ジュリアスは、自室のソファーにくつろぎながら、オスカーが語った恋と挑戦的な言葉を思い出していた。
『そう言えば、その人が近くで眠ろうものなら、その唇を奪いたくなりますね』
『さっきの俺達を見て、俺に怒りを感じませんでしたか?』
あの時、眠るクラヴィスの表情があまりに無防備だったゆえ、唇に触れてみたくなった。口づけた瞬間、支配していたのは…自分に対する驚愕よりも触れ合えた歓喜。
軽率な行動を思い出したくもなく、考える事から逃避していた。だが、実際考える必要などないことだった。何も想わぬ者に、まして同性相手にあのような行動が取れる筈がないのだから。 彼女の事にしろそう考えれば納得できる。嫉妬ゆえに伝言を伝えたくなかったのだ。
私は、クラヴィスを愛していたのか? 今までそのような自分を認めたくなくて、心の奥を見ようとしなかったのかもしれぬ。
オスカーは、私が垣間見てしまった事、私のクラヴィスへの気持ちを知った上で言ったのであろう。牽制のつもりか? それにしても…真実に気が付いたというのに…あれは、すでにオスカーのものになっているのだな。
しかし、私にクラヴィスを想う資格などない。愚かな嫉妬で恋を失わせ、深い闇に沈ませてしまった罪は、消えぬ。 そう言えば、謝罪の言葉すら言った事がないような?
「謝らねば!」
ジュリアスは、闇の守護聖の館を訪問する為、立ち上がった。
「すまぬ。このような時間に」 「用件は?」
クラヴィスは、昼間の疲れで早々に眠っていたのを起こされ、不機嫌だった。
「その…私は、今までそなたに謝罪をしていなかった事を思い出して、謝らねばと」 「何をだ?」 「そなたを傷つけるような事ばかりしてきた。遅すぎる事は、承知している。私を罵倒するなり殴るなり、そなたの気の済むようにしてくれ」
クラヴィスは、すぐに謝罪が何に対してかを察し、項垂れるジュリアスを呆然と見つめた。
いまさら思い立ったものだ。私にとっては、とうに清算済みな事を… 私もおまえの苦悩を知りながら、見てみぬ振りをしていたのだからお互い様だ。 それにしても、こんな夜更けに言いに来る必要もあるまいに。 思い立てば即、行動に移すとは本当に気真面目な事だ。 クラヴィスは、ジュリアスの実直さを好ましく感じ、自然と笑を浮かべる。
「時間は、戻せぬ。とうに終わった事だ。もう、気に病むな」
ジュリアスは、殆ど見る事の叶わなかった目の前の微笑を、別の意味に受け取った。 今のそなたには、オスカーがいる。だから、過去の事として受け止められるのであろうか?
「そなたは、オスカーと幸せなのであろうな」
ため息と共に吐き出された呟きに、クラヴィスの笑みが凍りつく。
私とオスカーの関係を知らぬはず…嫌な予感がする。
「何故、オスカーなのだ?」 「本人に聞いた。隠さずともよい」
やはり! ジュリアスに何を吹き込んだ?
「あれが何を言ったのか知らぬが、本気にするな」 「私は、そなたらを責める気はないのだ。そなたらが真剣に」 「違うと言っている!」
クラヴィスは、ジュリアスの言葉を遮るように、言い放った。
あれに何を言われたか知らぬが、何故寛容な態度を取っていられる!? オスカーとの関係を認めるというのか? 彼女の時とは、大違いではないか! 無性に腹立たしい気分に、瞳が険しくなる。
ジュリアスは、強い視線と否定に戸惑った。 本人から聞いたと言っても否定するとは… それほどまでに、オスカーを守りたいのか?それとも、私が信用できないのか?
二人の視線が複雑に絡み合う。
「そなたは、オスカーを愛しているのであろう?」 「何故、私の言葉が信じられない?」
クラヴィスは、ジュリアスの確信が疑問だった。 巧妙に騙されているにしても、この思い込みは何なのだ?
ジュリアスにしてみれば、二人の情事を見た後にオスカーから聞かされたのだから、その言葉の方が真実に思える。
「その…私は、見てしまったのだ。昼間そなたらの…」
口篭もりながら告げたジュリアスの台詞で、クラヴィスは、ようやく納得できた。
なるほど…まさか見られたとはな。 オスカーの奴、それに気付き適当な事を吐いてジュリアスを挑発したのであろう。あの男のやりそうな事だ! おまえも騙されているとは言え、私を諦めるのか?
クラヴィスは、言い知れぬ寂しさのような、怒りのようなものが湧きあがるのを感じた。そして、感情を制御できないままジュリアスにぶつける。
「おまえには、関係ない!」 「関係はある!私はそなたを愛している!」
クラヴィスの感情の波に巻き込まれたように、ジュリアスは、怒鳴り返すとハッとしたように慌てて口元を抑え、赤面した顔を背けた。
「いや…その…」
言いよどむジュリアスをクラヴィスは、先程までの寂寥感や怒りを忘れ、楽しげに眺める。ジュリアスは、クラヴィスから不快を表す言葉が出ない事に安堵すると、真正面から見据えた。
「この想いを伝えるつもりは、なかったのだ。愚かな嫉妬のせいで、彼女を失なわせ苦しい想いをさせた私に資格などない。同じ過ちを繰り返したくない。それゆえ、オスカーとの関係も認めようと。だが、そなたが他の誰かを愛する事が苦しいのだ。迷惑である事など承知しているが……」
穏やかな表情でクラヴィスは、ジュリアスの真摯で一途な想いを神聖な気持ちで聴いていた。
「オスカーとは、誤解だ。確かに関係はあるが、お互いに割り切ったもの。おまえは、からかわれただけだ」
ジュリアスは、クラヴィスの言葉に眉をひそめる。
「それでは、不道徳ではないか!」 「想い合っていなくともできる。試してみるか?」
真面目すぎる反応にクラヴィスは、からかうつもりで言ってしまったが、左腕を痛い程に掴まれ睨みつけられた。
「そなたは…」 「すまぬ。冗談だ」
真剣な告白の後に言うべき言葉ではなかったと、すぐに謝罪した。だが、ジュリアスは、クラヴィスを見つめたまま、腕を放そうとしない。
「ジュリアス?」
クラヴィスは、本気で怒らせたのかと不安な気持ちでその名を呼んだ。返事もなくジュリアスは、腕を掴んだまま無言で歩き出す。その先には…
「本気か?」 「試させてくれるのであろう?」
ジュリアスは、寝室の扉を開けながらクラヴィスを振り返った。
|