移り香



 扉を叩く音が、執務室に静かに響き渡る。
 執務机で書類に向かっていたクラヴィスは、顔を上げる事もせず、面倒臭さ気に入室を許可した。
「失礼致します」
 聞きなれた声にクラヴィスが顔を上げると、生真面目な顔をしたオスカーが、歩み寄り、机を回り込むと、クラヴィスの目前に書類を差し出した。

「ジュリアス様からの書類をお持ち致しました。今日中にとの事です」
「わかった。ご苦労であったな」
 クラヴィスは、無表情なまま抑揚のない口調で答えると、書類を受け取ろうと手を伸ばした。オスカーは、その差し出された手を掴むと、クラヴィスの身体ごと引き寄せ、間直に紫水晶の瞳を覗き込む。

「それだけ…ですか?」
 クラヴィスは、眉をひそめたが、オスカーの手を払いのけようとはしない。
「どういう意味だ?」
「労いは、態度で表して頂きたいと」
 表情を崩し、悪戯っぽく笑いかけるオスカーの台詞に、クラヴィスは、呆れたようにため息をついた。

「たかが、書類を持って来たくらいでか?」
「いいではありませんか? こうして昼間に堂々と、会えたのですから」
「断る!」
「少しくらいよろしいでは、ありませんか。帰るのが遅れても、適当に言い訳をしておきますから」
「おまえが少しで済むとは思えぬ。第一、アレに小言を言われるのは私だ」
「クラヴィス様、愛していますよ」
「おまえは、私の話を」
 クラヴィスの非難の言葉が、オスカーに唇を塞がれ途切れる。

「オスカー! 許さぬと言っている!」
 クラヴィスは、オスカーの両肩を押し返し、腕から逃れようと懸命に身体を動かしたが、逆に更に強く抱きしめられ、身動きが取れなくなった。
「クラヴィス様、俺が嫌いですか?」
 オスカーは、芝居がかった悲しげな瞳でクラヴィスを見つめた。

「そう言う問題ではなかろう! 時と場所を考えよ!」
「場所? 確かに…この机では、あなたの背中が痛みますね。やはり、あちらですか?」
「おまえは…」
 オスカーは、クラヴィスの怒りの混じった瞳を避けるように、机から寝椅子へを視線を向けた。
「参りましょうか?」
「いつ私が同意した!?」
「些細な事は、お気になさらず」
 オスカーは、有無を言わさずクラヴィスを抱き上げると、寝椅子へと移動した。

 横たえられながらクラヴィスは、オスカーの強引さに疲れたように呟いた。
「…時々…私は、おまえを選んだ事をひどく後悔する時がある」
「時々? では、他の時は、幸せだという事ですね?」
「ものは取り様だな。幸せな思考だ」
「もちろん幸せですよ。あなたに愛されているのですから」
 クラヴィスは、皮肉を甘い言葉と笑みで返され、苦笑した。
「おまえには、かなわぬ。まったく仕方のない奴だ」
 クラヴィスの表情が柔らかな微笑みに変化する。そして、腕を伸ばし、オスカーの首をかき抱き、唇を合わせた。

 軽くついばむような触れるだけの口づけから、歯列をなぞり、舌を絡め、貪るように、深く合わし、吸い上げた。徐々にクラヴィスの口内を犯す激しいものへと化す。クラヴィスから甘い吐息が漏れ出すと、オスカーは、唇を離し、首筋、鎖骨へと舌を這わせていった。
「あっ」
 オスカーの抱きしめる手が下げられローブの裾を捲り上げ、大腿から上へと手を滑らせ、クラヴィスの敏感な部分を焦らすようにじっくりと攻めてくる。
「オ…スカー…もう……」
 オスカーの指が奥へと侵入をしはじめ、さらに執拗に嬲られクラヴィスの腰が揺れる。

「あーあ……ああ」
 オスカーの熱い雄が、クラヴィスの狭く引き締まった箇所を引き裂くようにして、押し入ってくる。慣れることのない激痛と扱かれる快感にクラヴィスは、オスカーの背中を抱きしめ、喘いだ。
「あ…ああっ」
「きついですか? すぐによくなりますから」
 押しては引き、引いては押す、深く、浅く、オスカーは、クラヴィスを苛みながら、口づけた。差し込まれた舌とオスカーの激しい動きにクラヴィスは、翻弄され続けた。


「クラヴィス様、大丈夫ですか?」
 心配そうなオスカーに、クラヴィスは、軽く頷いた。
「早く行け。うるさい奴が待っている」
「お名残惜しいですが。では、後ほどお迎えに参ります」
 オスカーは、クラヴィスと何度目かの口づけを交わすと部屋を後にした。クラヴィスは、ままならぬ身体を起すと、机に置かれた書類に目をやり、深く後悔のため息を吐いた。
『許すのではなかった』

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「ジュリアス様、クラヴィス様に書類をお渡しして参りました」
「遅いぞ!たかが書類を…!!」
『渡すくらいで』と続く筈のジュリアスの言葉が途切れた。
「申し訳ありません」
 ジュリアスは、表情を硬くして、頭を下げ素直に謝罪するオスカーを見つめた。
「そなたに行かせたのは、間違いであったな。昼間から」
 オスカーは、ジュリアスの言いたい事を瞬時に察した。やはりばれたか? それにしても早くにばれたものだ。

「その香りくらいは、何とかしろ!」
「香り?」
 オスカーは、袖の匂いを嗅ぎ、濃厚な白檀の香りを纏っている事に気付き、思わず声を洩らした。
 あれだけ愛し合えば、匂いもつくか。
「執務中だ。仲が良いのは、結構だがわきまえよ」
「申し訳ありません」
 ジュリアスの苦々しい口調や視線を浴びながらもオスカーは、白檀の香りに先程までのクラヴィスとの情事を思い出し、笑みを隠せなかった。


 夕刻、リュミエールがクラヴィスの執務室を訪れた。
「今宵、ハープの音などいかがでございますか?」
「今宵は、かまわぬ」
 クラヴィスは、理由を告げる事もせず、気怠げにリュミエールの申し出を断り、仕上げた書類を手に取ると、緩慢な動作で立ち上がった。
「そうでござますか」
 リュミエールは、残念そうに呟きながら、脇を通り過ぎるクラヴィスに違和感を覚え、思わず呼び止めた。

「香を替えられましたか?」
「いや? 何故だ?」
「いつもと違われたような気が致したものですから」
 クラヴィスは、濃厚に漂う薔薇の香りに気付き、微かに眉を寄せた。
「オスカー……か」
 クラヴィスが苦々しく洩らした小さな呟きをリュミエールは、聞き逃さなかった。胸中穏やかならぬ感情を抱いたが、表面に出す事無く、静かにクラヴィスの後姿を見送った。


 その後、ジュリアスの元へ出向いたクラヴィスは、小言と皮肉をうんざりするほど聞かされ、リュミエールに探されたオスカーは、にこやかな笑顔で厭味を味わう事になる。

 厭味を聞かされながら、オスカーは、昼間の情事を思い出して口元が緩み、リュミエールから更なる強烈な厭味が浴びせられ、クラヴィスは、疲労の為に途中から眠ってしまい、ジュリアスを呆れさせた。

 その後、ジュリアスからオスカーは、クラヴィスの執務室への出入り禁止命令を出されたが、大人しくそれを守ったかどうかは、クラヴィスだけが知っている。



END



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