「…サニーサイド」
「珍しいね、キミの方から訪ねてくるなんて」
翌日、支配人室にサニーを訪ねた。
「話がある」
「……何だい?」
ごくりと唾を飲み、話を切り出す。
「契約を破棄する。僕は、君の人形であることを、辞める」
「…やっぱりその話かい」
サニーは驚かなかった。ある程度、わかっていたのだろう。
「勝手なのはわかっている。もちろん金銭に関しては返すつもりだし、可能な要求なら全て呑む」
「……大河くんの為に、かい?ボクが彼にキミの秘密をばらしてでも?」
「違う…これは自分の意思だ。大河は関係ない」
それに、と付け加える。
「ばらしたいのならばばらせばいい…どの道、自分で全てを話すつもりだ」
その言葉に、サニーの眉がぴくりと動く。
…嘘じゃない。サニーとの関係を清算したら、大河に全てを話そうと思っていた。
「驚いたね…そこまでするつもりなのか。じゃあ何を言っても無駄だね」
困ったように肩を竦めると、サニーは僕に向かって微笑む。
「わかったよ…キミがそこまで言うのなら、残念だけどボクに止める権利は無い」
「すまない…サニーサイド…」
「けれど、せめて最後の夜を一緒に過ごさせてくれないかい?いつもの場所で」
「わかった……」
断るつもりは無かった。
「じゃあ夜に…」
「ああ……」

「九条様、ルームサービスをお持ちいたしました」
「ありがとう、ウォルター…」
聞きなれた言葉、それもこれが最後なのかと思うと何だか感慨深く感じる自分がおかしかった。
「やぁ、昴。来てくれて嬉しいよ」
部屋に行くと、サニーはグラスを片手に僕を出迎えた。
「最後の夜に乾杯しよう」
シャンパンの入ったグラスを差し出される。
「……ああ」
素直に受け取る。
「乾杯」
「…乾杯」
カチン、とグラスが音を立ててぶつかった。
そのままシャンパンを飲み干すと、ふいに抱き寄せられて口付けられる。
強引に割り込んでくる舌に唇を開くと、シャンパンを口移しで飲ませられた。
唾液が混じっているせいだろうか。何だか少し味が違うような気がしたが素直に飲み干す。
「……キミは最高の人形だったよ、昴」
僕が飲んだのを確認して、サニーは離れる。
「出来る事なら、ずっと傍に留めておきたかった。無理だとわかっていてもね」
「サニーサイド…」
「キミと居れて楽しかったよ。キミと過ごした日々は、永遠に忘れない」
饒舌に語るサニーにかける言葉が見つからない。
「僕は…」
そう言って一歩踏み出そうとして異変に気付く。
「……っ!?」
身体に力が…入らない。
「…おっと」
崩れそうになった身体をサニーの腕が支える。
「さすがは王先生の調合した薬だ。思った以上に早かったな」
「……なっ…」
目線だけでサニーを見上げる。
「心配しなくても大丈夫だよ。怪しい薬じゃない。ちょっとだけ、身体が痺れて動かなくなる薬…みたいなものだから」
十分怪しい薬じゃないか…と思ったが、問題なのは其処じゃない。
「凄い効き目だなぁ。ボクですらもちょっと力が抜けてるから、キミはしばらく動けないんじゃないかな」
「さっきのシャンパンか……」
「そうだよ。普通に混ぜたんじゃ気付かれるかと思ってね」
「何故こんな事を……!」
身体が動かないので唯一まともに動く瞳でサニーを睨みつける。
「何故…?この状況でそれを聞くのかい?キミにだってうすうすはわかっているだろうに」
ひょいと抱えあげられるとベッドの上に降ろされた。
「こういうことさ」
「……」
正直に言えば、覚悟していなかったわけじゃない。望まれたら、受け入れるつもりだった。
だが、こんな形でとは思いもしなかった。
「……キミは最高の人形だったよ、昴。だから最後は恋人のように優しく愛してあげよう」
微笑むサニーと目が合う。
彼の目は、本当に嬉しそうに輝いていた。


サニーの手が服に伸びる。
「サニーサイド…!やめろ…っ!!」
「ここまで来てやめる男が居たら見てみたいな」
するりとネクタイが外され、スーツの上着が脱がされた。
必死に身体を動かそうと思っても、指一本動かない。
サニーの為すがまま。まさに人形だ。
「………っ!!」
シャツのボタンを全て外されて胸をはだけさせられたところで、耐え切れず目を瞑る。
顔を背けようとすることすら出来ないので、せめてもの抵抗だった。
「……」
ふと、サニーの手が止まる。
おそるおそる、目を開けるとサニーは自分から取り去ったネクタイを握りしめていた。
「サニー…サイド?」
「目を瞑りたいならもっといいことをしてあげよう。なんなら大河君に抱かれるとでも思っていればいい」
「何を……」
問いただす前にネクタイが目の前に迫り、視界を塞がれる。
「…な…何をする…!」
視界が暗闇に閉ざされ、後頭部でネクタイをきつく縛られた。
うっすらとだけネクタイ越しに光は感じるが、何も見えない。
目の前に広がるのは、ただ…暗闇の世界。
「……昴、知ってるかい?男は視覚で興奮するけど、女は妄想で興奮するんだって。何処かで聞いた話だけど」
耳元で囁かれる。
「せいぜい、大河君に抱かれる自分でも想像しているといい。彼に抱かれるときの、予行練習だとでも思って」
「……んっ…」
耳朶を噛まれ、声が漏れる。
サニーの顔が離れたと思う間もなく、ベルトに手をかけられたのを感じて背筋がぞくりとした。
「……いや…だっ…!」
もちろん、そんな言葉が通じるはずもなくベルトを外され下着ごとズボンを下ろされる。
「…前に見たときも思ったけどやっぱりほとんど生えてないんだねぇ」
「……!!」
その言葉にかぁっと頬が羞恥で染まった。
例え見えなくても、サニーが自分の何処を見てそう言ってるのかわからないわけじゃない。
そして、サニーはそれをわかってわざと言っているのだから。
「……さっさと済ませろ…!犯すなりなんなり…僕を好きにすればいい!」
奥歯を噛みしめて叫ぶ。
こんな状況に甘んじるくらいなら、いっそ舌でも噛み切ったほうがましだろうか。
「まぁまぁ。濡れてもいないのをいきなり挿れたらキミが壊れちゃうでしょう。それともそういうのが昴のお好みかい?」
「違っ……!」
「じゃあじっくり可愛がってあげるよ。ああ…そうだ。薬はそんなに長時間効くわけじゃない」
ボクを焦らせばあるいはバージンが守れるかもね、とサニーは言う。
「いやらしい光景だなぁ…ネクタイで目隠しされてはだけたシャツ一枚の昴のこんな格好…誰も見たことが無いだろうね」
「………っ……」
手を握られて上体を起こされる。まるで抱きしめるような姿勢で背中にサニーの気配を感じた。
自分では見えないが、自分のそんな格好を想像して身震いをする。
まるで自分は蜘蛛の巣にかかった蝶のようだ。もがくことも出来ず、ただ食べられるのを待つだけの。
「でもそんなキミも綺麗だよ、昴」
サニーの手が伸びてきて、胸に触れる。
先端には触れずに、円を描くようにゆっくりと。
「……んんっ……」
くすぐったいような感覚に、くぐもった声が漏れた。
「身体だけだと、幼女にでも悪戯をしているみたいでちょっと罪悪感を感じるな。まぁ、そこもいいんだけど」
まるでそこへ意識を集めるかのように外側から中心へ、突起に触れるか触れないかのギリギリの位置まで何度もさすられる。
「……ぅ…ぁ…」
もどかしい。
視界がきかないのも相まって、どうしても神経がそこへ集中してしまう。
そして集中するほど決して触れられない部分へ意識がいく。
もっと中心へ…触れて欲しい。
そんな考えが浮かぶのを必死に振り払う。
違う。そんなことは望んでいない。
「物足りなそうだね?昴」
まるで考えを読まれたかのように囁かれてぎくりとする。
「…そんなこと…ない…」
「そう?…こうして欲しいんじゃないの?」
言うなり突起を指でぎゅっとつままれた。
「…うっ…ああああっ!!」
急の刺激に痛みとも快楽ともつかない感覚が全身を駆け巡る。
「驚いたな。胸だけでこんなに感じるなんて」
嬉しそうにサニーが囁く。
「ち…違う……」
乱れた息を整えながら否定するが
「じゃあこれは何だい」
サニーの指が秘所に触れて、くちゅ…と卑猥な水音がした。
「っ……ん……」
「凄いな、ぐちゃぐちゃだよ。見える?…って見えないか。ほら、こんな感じ」
そう言ってサニーはその指を僕の頬にすりつけた。
生温かくて生臭いようなべたべたした液体が頬に触れる感覚に眉を顰める。
「……わざわざ、そんなことしなくてもいい」
そんな事をされたのは不快だったが、なるべく冷静さを保ちつつ呟く。
「昴が素直じゃないからだよ」
「…っ…ふ……」
熱い舌が、液体を塗りたくられた頬を舐める。
ざらざらした舌の感覚までよくわかる自分が嫌だった。
「一応ローションも用意しておいたんだけど、これなら必要なさそうだな」
サニーの指が、自分から溢れる愛液を品定めするかのように入り口で蠢くのがわかる。
「……んっ…ぁ…」
「そういえば…昴。自分で自分を慰めたりとかはするのかい?」
潤みを帯びた指がすっと上へ伸びて陰核へと触れた。
軽い痺れが、全身を伝う。
「…くぅ…っ……そんなこと…しな…ああっ!」
否定する間もなく、擦られる。
「あ…っ…あぁ……ぅっ…ひぁっ!」
もがこうとしても動かない身体の代わりに、息を吐く。
まるで、水の中にいるみたいに呼吸が苦しい。
「へぇ…しないんだ。じゃあこんなことをするのは、初めて?」
指の液を塗りたくるように刺激されて、今まで感じたことのない感覚が襲う。
触れられる度に足先から這ってくるような、言葉に出来ない感じ。
「い…いやっ…いやだっ…!」
サニーに答える余裕すらなく、ただひたすらに叫んで気を散らす。
そうしないと、何かが。
自分でも認めたくない感覚が全身を支配してしまいそうで。
「…何が、いやなんだい?昴」
サニーの指は止まらない。それどころか、指の動きは更に速度を増す。
「や……っは…ん、んっ……!」

動きに合わせて息の荒くなる自分に反吐が出る。
望んでしている行為ではないのに。
こんなことをされて、それでも……感じている自分が嫌だった。
サニーが楽しみたいのなら、サニーだけが満足すればいいのだ。
自分が気持ちよくなる必要なんて無い。
痛みだけを与えてくれればいいのに。
なのに、何故。

「っ………うっ…くぅ……あ、あぁ……!」
大きな震えが全身を突き抜けて、痺れが全身に行き渡る。
全身が痙攣するかのように強張って、やがて身体中の力が抜けた。
「…はぁ……はぁ…はっ……」
「……イった?昴」
乱れた呼吸を整えるように肩で息をしていると、サニーが指を止めてそう囁く。
とても嬉しそうに。
その問いには聞こえないふりをして答えなかった。
いつまでこんな事が続くのだろう。
早く、終わって欲しい。
だが、思いとは裏腹にサニーの行為は続く。
「……う…っ……あ…」
指が、自分の中に沈んでいくのを感じて再び身が強張る。
強烈な異物感。
指一本でも、慣れない挿入に背筋に恐怖が走った。
ゆっくり中を押し広げるように進むサニーの指が、すぅっと内部を擦る。
ざらざらした感覚に、自分の中はそんななのか…とぼんやり思う。
「……っ……んっ…」
「一本くらいなら普通に平気そうだね。でも狭いなぁ」
指を抜き差しされながらさきほどさんざん刺激された陰核を爪で弾かれて悲鳴が漏れる。
「やっ…はああっ!!」
「……やっぱり、一緒に刺激される方がいい?」
「う……ぅ…」
指が二本に増える。
異物感は消えないが、思ったほどの痛みはなかった。
それよりも、抜き差しされるたびに耳に届く水音が不快だった。
視界を閉ざされている分、他の五感が研ぎ澄まされているので余計に。
きっとサニーもわざと音を立てているに違いない。
「聞こえる?昴」
そんなことを言う。
言われなくても聞こえているが、答える気にはなれなかった。
「…これで三本目。流石にキツイかな」
「……っく…ぅ……」
わざとわからせるように三本の指で掻き回されて吐息が漏れる。
流石に少しだけ苦しい。
「大丈夫そう?じゃあそろそろ挿れても平気かな?」
「!!」
さっと顔から血の気が引く。
サニーの身体が離れて、衣擦れの音がした。
わかっていたこととはいえ、いざとなると恐怖が湧いてくる。
「……多分、痛いと思うから力を抜いてね」
人肌の感触を背中に感じて、サニーが耳元でそう囁く。
「ちょっと君には大きいかもしれないから」
手首を掴まれて、後ろへ導かれる。
「…!」
導かれた先の、指が触れたものに息を呑む。
固くて、太いものが指先に触れた。
「見えなくても、大体の大きさはわかるでしょ。どう?」
何が『どう』なのだかわからない。
「む…無理だ!こんなもの…はいるわけが……」
多分、入りそうかと聞かれているのだと勝手に解釈して答える。
「まぁ…なんとかなるでしょ。痛かったら泣くなりわめくなりしていいよ。その方が痛みもまぎれるだろうし」
それに、とサニーはつけたす。
「こんな昴を目の前にして止めろと言われても、もう遅いよ」
興奮を隠そうともしない、熱い息を吐きながらサニーは呟いた。

「じゃあ、本当に力抜いてね」
相変わらず動かない身体をやすやすと持ち上げられて、サニーの上にゆっくり落とされる。
「…ぅ…あっ…くぅ…っ…」
秘所にさきほど指で触れたサニーのモノが触れて、軽く上下に滑らされたかと思うと浅く沈められた。
「…うっ!うあああ…ぁ…痛っ!!」
指とは比べ物にならない圧迫感と強烈な痛みに目を見開くと、暗闇に閉ざされた目の前がチカチカした。
「っ!……くぅ……あぁ…」
「やっぱり痛そうだねぇ…すまないね、これでも慣らしたつもりなんだけど」
謝るくらいなら最初からしなければいい…と思ったが、痛みでそれどころではない。
「…くぁ…っ…んんっ…んんんっ!」
一際大きい激痛と何かが裂かれたような感覚に歯を食いしばる。
「……別に疑ってはいなかったけど、最初の相手が大河君でなくてすまないね、昴」
自分の体がサニーを飲み込んでいくのを感じながら、そう言われてついカッとなった。
「そんなこと…君が気にすることじゃない!悪いなんて思ってもいないくせに…そんな事、言われたくない!」
「思っていないわけじゃないよ」
サニーの動きが止まる。
「思っているからこうして時間をかけてゆっくりしているのさ。単に性欲を満たしたいだけならこんなことはしない」
「え……」
「キミは知らなかっただろうけど、いつからかな。こうしてキミを抱いてみたいと思っていたよ」
根元まで入ったのを確認すると、サニーの腕が自分を優しく抱きしめる。
わからない。てっきり、サニーは契約を破った罰で、自分を抱いているのだと思っていた。
「だって…君が欲しいのは…人形だって…」
「人の心は変わるものだよ、昴」
僕の髪に顔を埋めながらサニーは言う。
「キミのようにね」
「っ…うっ…あっ…ああっ!」
再び身体を持ち上げられ落とされて、痛みに喘ぐ。
「キミがボクの人形で居てくれるのならば別に抱かなくても構わないと思っていたよ。性欲の処理だけなら、相手は誰でもいい」
痛みでぼぅっとする頭でサニーの言葉の意味を考える。
わからない、彼は何を言っているのだろう。
わからない。
「…最初はね、キミが大河君に惹かれるのも面白いかなとか思っていたんだよ。キミがどう変わるのか、楽しそうだったし」
大神と会って変わったラチェットのように、とサニーは呟く。
「…あぁ…っ…んっ…ぅ…」
「……でも、今は少しだけ後悔しているよ。彼を呼んだことを。司令としてではなく、個人としてね」
サニーの呟きと性器が擦れるぐちゅぐちゅとした音と自分の口から漏れる喘ぎ声だけが静かな室内に響く。
「キミがそこまで彼に入れ込むとは予想していなかった。そして、思った以上にキミに辞めると言われてショックを受けた自分も」
「っ……!あ、ああっ……!」
ずん、と根元まで深く貫かれて、呻く。
「キミを一目見て欲しいと思ったよ。ある意味、マダム・バタフライのピンカートンの気分だった」
自分が演じたバタフライを脳裏に思い出す。
あれは…確かサニーサイドの発案で演じた舞台だったはずだ。
キミのバタフライを楽しみにしているよ、と笑うサニーが瞼の奥に浮かぶ。
「バタフライと違うのは…キミは別の男に惹かれ、逆にボクは軽い気持ちで手に入れたキミに想像以上に執着したことか」
「あっ…あっ…ああっ!痛い…痛っ!!」
乱暴に身体を揺すられて、結合部が悲鳴をあげる。熱い。
そして、痛みに混じってじわりと他の感覚が湧いてきているのも知っていた。
「こんなにも誰かに執着したのは初めてだよ、昴」
自嘲気味に、サニーは囁く。
「人形のように大切にしたいと思ったのも、自分のものでなくなるのならば、全てを壊してやろうと思ったのも」
キミだけが特別だ、と呟きサニーは叩きつけるように自分を何度も貫く。
「う…あっ!……あぁ…サニー…サイド…くぅっ!!」
「す、ば、る……」
自分の名前を噛みしめるように言ったサニーの動きが止まる。
自分の中で蠢くサニーの分身が、何度か痙攣を繰り返して、彼が射精したのだと揺らぐ意識の中で感じた。

「……大丈夫かい?昴」
「大丈夫そうに見えるのかい……」
ゆっくりと引き抜かれて、息を整える。
下半身には、鈍い痛みが残っていた。
だが。
指先を動かしてみる。
薬の効き目が切れてきたのだろうか。大分、身体が動くようになってきた。
サニーもそれに気付いたらしい。
「……。薬の効果が切れてきたようだね。ボクを八つ裂きにするならご自由にどうぞ。キミにだったらそれもいいかもしれないし」
「…そんなことはしないよ…」
まだかすかに痺れの残る腕を上げて、自分の視覚を奪う戒めを解く。
長時間目隠しをされていたせいか、久しぶりに見る光に目がぼやけて視点が定まらない。
何度か瞬きをしてみたが、やっぱり変わらない。
全てに靄がかかったかのような歪む世界に必死に目を慣らそうとするが、しばらくは無理そうだ。
諦めて、サニーを振り返る。
ぼやけた視界では彼の表情はわからない。
「……君は満足したかい?サニーサイド」
「そうだね。キミを抱けたのだから満足だよ」
「そうか…それは良かった」
「昴……?」
僕の言葉にサニーが怪訝な顔をする。
「じゃあ、僕の望みも聞いてくれるかい…?」
「…ボクで聞けることならね。いいよ、なんだい」
すっとサニーの首に腕を絡めて、抱きしめる。
「僕を、今夜だけ君の恋人にしてくれないか」
「……昴…」
「君は少しだけ勘違いをしている、サニーサイド。僕が大河に惹かれているのも事実だ。それを否定する気はない」
けれど、と呟く。
「同時に心の何処かで君にも惹かれていたよ。君が嫌いになったから人形であることを辞めようと思ったわけじゃない」
「……」
「一つは心が人形でいられないのに、君の傍には居られないと思ったから。もう一つは…どちらも選べないから」
静かに目を閉じる。
瞼の裏に、大河の顔が浮かんだ。
「だから、君の人形であることを辞めて、そして大河にも本当の事を話して彼とも別れるつもりだった……」
サニーサイドは勘違いしていたようだが、それが真実。
どちらも選べないのに、どちらも失いたくないと思う醜い自分。
そしてそんな自分に苛まれ続ける事に、疲れていた。
だから…全てを失ってでも楽になりたかった。
「ふ…ふふ……僕にバタフライはミスキャストだったよ、サニーサイド。僕は、彼女のように一途に誰かを想えないのだから」
一人の男を愛して、愛に生き愛に死んだ女。
舞台でどんなに完璧に演じようとしても納得がいかなかった。
言葉を紡ぐ度に、二人の顔がちらついて。
「僕は卑怯でずるい人間だ。だから…君が気に病む必要は無いよ…」
涙が流れた。本当は、このことを話すつもりはなかったのに。
何故、僕は話しているのだろう。
サニーに許しでも請いたいのだろうか。
…馬鹿な話だ。
「昴……」
「僕に最後の思い出をくれないか、サニーサイド。さっきのはちょっと痛かったから…もう少し優しく抱いてくれ…」
流れる涙を拭おうともせず囁く。
熱い雫のいくつかは、サニーの肩にぽとりと落ちた。
「……わかったよ。今夜だけはボクらは恋人同士だ。それでいいのかい?」
「ありがとう…サニーサイド…」

短夜の恋人。
わずかな時間すらも惜しむように互いにキスを交わし、肌を求め合う。
「…ああっ…!あ、あ、あ…んんっ!!」
相変わらずサニーに貫かれると痛みが全身を走ったが、徐々にそれも慣れて快感が上回った。
「はぁっ…ひぁ……う……くっ…!」
スターの中に居る自分を思い浮かべる。
セックスで達するのはこんな感じかと思っていたけれど。
それよりも…心地よかった。
身体中が溶け合って、一つになるような感覚。
いかにスターに霊力を馴染ませても、スターと一体になる感覚は得られなかった。
ああ、こういうものなのか…とぼんやりと思う。
他人と一つになるということは。
僕達は貪るように何度も抱き合って、昇りつめた。
何度か快感のあまり意識を手放しながら、時には一緒に。

どれくらいそうしていたのだろう…やがて夜が明けた。
九条昴がサニーサイドの人形であることは、こうして終わりを告げた。

「身体は大丈夫かい…?あんまり大丈夫じゃないと思うけど」
サニーがそう言って笑う。
「流石にくたくただよ…信長との戦闘より疲れた…」
僕も笑う。
「さて、そろそろ夜が明けるね。恋人の時間は終わりだ」
「ああ……」
カーテン越しに差し込む朝日に目を細める。
「今日からボクたちはリトルリップシアターのオーナーとダンサー。紐育華撃団の司令と隊員、そうだね?」
「……そうだ」
サニーの指に自分の指を絡める。
サニーは僕の指に軽く口付けて確認するかのように言う。
「ああ、お金は返さなくていいよ。ボクが好きでやったことだし。キミへの対価だ」
「しかし…」
「それと、大河君と別れるのは許さないよ。もし、大河君がキミと別れるのを承諾したら、今度はボクが彼を殴るよ」
「サニー…」
彼の瞳を見つめると、彼の目は今まで見たこともないほど穏やかだった。
「ボクからキミを奪っていった男に遠慮する気はないからね。幸せにおなり、昴。ボクの事は忘れて」
「サニーサイド…僕は…」
サニーは静かに首を振る。
「ボクらの間にあったのが恋でも愛でもないのはキミにだって分かるだろう。だから、何も言わなくていい」
否定を許さないきっぱりとした口調に、二の句が告げられなかった。
「さようなら、昴。ボクの愛しい人形。…キミはもう、人形じゃない」
手が離され、そっと、触れるだけのキスが交わされる。
「さようなら…サニーサイド…」
それきり、振り返らずに彼は去っていく。
その後姿を見ながら思った。
ああ…サニーサイドも、僕も、大河みたいなキスが出来るのだ…と。
出来ないと思っていたのは、自分の思い込みだったのだと。

翌日。
新次郎を自分の部屋に呼び出した。
…誰かに聞かれるのは嫌だったから。
「昴さん、話ってなんですか?」
「新次郎。君に聞いて欲しい話があるんだ…」
そして僕は語りだす。
自分の性別の事。
サニーとの関係の事。
……昨日の事だけは話さなかった。それだけは、誰にも言うつもりはなかった。
自分が死ぬまで誰にも言わない。そう決めていた。
「昴さん……」
新次郎の瞳がみるみる驚きで見開かれる。
だが、一言も口を挟まず新次郎は静かに僕の話を聞いていた。
「…これが僕の全てだよ。軽蔑したかい?」
「そんなわけないじゃないですか!!」
息も出来ぬほどきつく、抱きしめられる。
「ぼくは…昴さんが好きです。昴さんがどんな人であっても…」
「新次郎…」
おそるおそる彼の背中に手を回し、抱きしめると、僕は静かに目を閉じた。

漆黒の羽が朝露を含んで輝く糸の上でもがく。
何故そんな気になったのだろう。
あるいは、黒い羽が誰かの髪を彷彿とさせたからかもしれない。
蜘蛛の糸に絡まり、もがく蝶をそっと糸から取り去る。
弱々しく、だが逃げるように飛び去る姿を見つめ、呟いた。
「キミは自由だ……幸せになるがいい」
その台詞を誰に対していったのかわからない。
星のような粉を撒き、蝶はボクの元から去っていた。

END


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