月華蝶


「ここがアナル」
サニーが僕の手首と手の平の境界をさすりながら言う。
「ここがヴァギナ」
つーっと指が上に滑り、手の平の真ん中をさする。
「ここがクリトリス」
更に指が移動して指の付け根に触れる。
「さぁ、何処を愛撫して欲しい?昴」


「潜入捜査?」
「うん、そう」
サニーの支配人室に呼び出されたのは数日前。
何の用かと思ったら、切り出されたのはパーティーへの潜入任務だった。
「ほら、この間も女性が石にされる事件があったばかりじゃない?で、また不穏な噂を聞いたんだよねぇ」
だから、ちょっと行って確かめてこようかと思うんだよ、とサニーは言った。
「…僕はそんな噂は聞いていない。それに、何故僕が君に同伴しなければならないんだ」
「ボク一人じゃ行けないんだよ。女性同伴じゃないといけなくてね」
「だったら、ラチェットにでも頼めばいい」
「彼女は明日からワシントンに出張だよ」
「…他にも適材はいるだろう。わざわざ僕でなくとも」
「それにさぁ」
サニーは広いデスクについていた頬杖を崩し、ゆったりとソファに身を沈めると呟いた。
「もう、昴を連れて行くって先方にも約束しちゃったから。昴じゃないとダメなんだよね」
「なっ…!人に断りもなしにそんなこと勝手に決めるな!」
「だからこうして断ってるんじゃない。…一緒に行ってくれるよね?」
有無を言わせぬ口調。
だからサニーは嫌いだ。
人の都合などお構いなしに話を進めては断れない所まで進めて言ってくる。
「それは司令命令か…?」
「そうだよ」
「…わかった。日時と場所を教えてくれ」
「明後日に迎えに行くよ。場所は船上パーティーだし。あ、あと和服で頼むね」
「は…?何故だ。普通はドレスだろう」
「ドレス姿はこの間見たし。それにほら、来月は『マダム・バタフライ』が演目になるだろう。それのアピールも兼ねてさ」
…抜け目がないというかなんというか。
「杏里には頼んであるから当日はシアターで待っていてもいいよ」
「……了解した」
頭が痛くなるのを感じながら、支配人室を後にする。
ロクな事になりそうにないと感じるのは自分と彼の関係ゆえか。

彼とはしばらく前から男と女の関係になっていた。
誘ってきたのは彼だったが、まぁいいかという気分で一度相手をしたらそのままずるずると関係が続いていた。
恋愛感情ではなく気が向いたら身体を重ねて、性欲を満たすだけ。
…だったはずなのだが。
最近、少しずつサニーの態度が変わってきたように感じるのは自分の気のせいだろうか。
なんというか、自分達の関係を表に出したがっているような。
鬱陶しがっても、人気のない廊下で、支配人室で腰に手を回してきたり、キスされたり。
…彼が何をしたいのかよくわからない。
まさか僕に惚れたわけでもあるまい。
恋愛感情なんて面倒くさい。
束縛し、束縛される関係などうんざりだ。
適度に性欲を満たす相手がいればそれでいい。
その点、サニーはうってつけだった。
仕事とプライベートはくっきりわけて、公私混同しないところが気に入っている。
しかし、最近はそれも曖昧になってきた。
そろそろこの関係にも終止符を打つべきだろうか、扇を手にそんな事を考えていた矢先の事だった。


「待たせたね、昴。さぁ行こうか」
タキシード姿のサニーが現れて僕に手を差し出す。
「たいして待ってないよ。…格好はこれでいいのかい?」
「最高だよ。いいねぇ、和服…このまま家に連れ帰りたいくらいだ」
「冗談は顔だけにしてくれないか」
早速、冗談とも本気ともとれない言葉を吐くサニーをするりとかわし、車に乗り込む。
「顔だけ…って、酷いな。これでもそれなりに寄って来る女性だっているのにさ」
「それは良かったね。君もいい加減いい年なんだから身でも固めたらどうだい」
「…なるほど。じゃあこのまま教会にでも行く?格好も丁度いいしさ。二人だけの式でもあげようか」
「……僕はバタフライのように改宗する気はない」
サニーを鋭く睨みつける。
何処までも口の減らない男だ。
「いいよ別に。その場で愛を誓ってくれればさ」
「誓う気などない」
「つれないなぁ、昴はボクが嫌い?」
「目的を忘れたのか、サニーサイド。今日はこれからパーティーへ行くはずだろう」
運転手の目があるので任務、とは言わなかった。
「式を挙げるだけなら数十分で済むよ。それからでも十分間に合う」
「独り身が淋しいのならば僕以外の人とどうぞ。キミならよりどりみどりだろう」
「わかってないなぁ。昴がいいって言ってるんじゃないか」
「…あまり僕を辟易させないでくれないか。僕にも我慢の限度というものがある」
胸元から鉄扇を取り出し、サニーの喉元に突きつける。
軽口に付き合うのもそろそろ飽きてきた。
「おお、怖い怖い。見た目は可憐な蝶々なのに中身は八岐大蛇だね」
「何とでも言えばいい」
サニーが両手をあげて降参のポーズを取ったので鉄扇を離し、再び胸元にしまう。
こうして脅しておけば少しは大人しくなるだろう。
「で、教会は何処がいい?昴」
……僕が甘かった。

「じゃあ、よろしく頼むよ。客の接待と監視と大変だと思うけど」
「誰に言ってるんだい?…それくらい別になんともないさ」
サニーに手を引かれて船に乗り込む。
以前、大河たちと乗り込んだ船と同じくらいだろうか。
まぁ、この手のはどれも大してかわらないだろう。
僕たちが到着する頃には既に船上は盛り上がっていた。
給仕たちが慌しく動き回り、あちこちから笑い声が聞こえる。
「ところで、これは一体何のパーティーなんだ」
「んー。まぁ、紐育の有力議員のご機嫌取りみたいなものかな」
「ふぅん…」
メイン会場に到着し、中に入ると眩しさに一瞬目を細める。
何故か僕とサニーを見て歓声が沸き起こった。
「サニーサイド様、その方は何方ですの?」
「いや、これはこれは…羨ましい」
「私たちにも紹介してくださいよ」
どっと近づいてくる人間に微笑みかけながらサニーは高らかに言う。
「みなさんごきげんよう。マダム・バタフライをご存知ですか?可憐な蝶を手に入れた幸せな男の話ですが」
「おお、プッチーニの」
「もちろん存じておりますわ」
「ボクの隣にいるのは九条昴。我がリトルリップシアターの誇るスターであり、ボクの蝶々さんでもあります」
どうです、羨ましいでしょう?とサニーは僕たちを囲む男性陣に向かって言った。
わぁっと先ほどより大きい歓声が上がった。
「……!」
その台詞に驚いてサニーを見上げる。
ボクの蝶々さんだって?
何を言い出すのだ、この男は。
「おお、あのハムレットを努めた…。雰囲気が違うからわかりませんでしたな。こんな美しい女性だったとは」
「いやはや…羨ましい。こんな可憐な蝶ならば、確かに羽をもぎとって手放したくなくなりますな」
「てっきりラチェット・アルタイル嬢と…と思っていましたが、こんな方がいらしたなんて…知りませんでしたわ」
「サニーサイド様もようやく身を固める決心をされたのですか。いや、喜ばしい。式はいつですかな?」
僕とサニーを囲んだ人間は僕を頭から爪先までじろじろと見ながら口々に勝手な事を言う。
「……っ」
否定したいが、出来ない。
サニーの顔を潰す事になる。
任務にも差し支える。
僕に出来るのは引きつった笑顔を浮かべるだけ。
そして、僕の手を取るサニーの手を端からは見えないようにつねるだけ。
だが、サニーはつねられても顔色一つ変えず逆に僕の手を掴み、握りしめる。
「みなさん、失礼。今日の主役にもご挨拶をせねばなりませんからね。道を開けていただけますか?」
そのまま人ごみを縫うようにしてサニーは僕の手を引いたまま会場を進んでいく。
今日の主役らしい有力議員とやらへの挨拶も頭が呆然としていてそれどころではなかった。
飛んでくるのは、式はいつだ、何処だ、是非呼んでくれの言葉ばかり。
全くデタラメの話がいつの間にか決まった事のように話されている。
僕に出来るのは笑顔を浮かべて曖昧に相槌を打つことだけ。
下手に喋ればボロが出る。
…こんなに疲れる任務は初めてだ。
まだ、スターに乗って戦っている方が気が楽な気すらする。
サニーはそんな僕の気分を知ってか知らずか次々に投げかけられる質問に優雅に答えている。
時折、僕の肩に手を回したり、手を握りしめたり。
まるで、僕を見せびらかすように。
それは女性がお気に入りのアクセサリーを自慢するのに似ていて、非常に不快だった。
「…失礼。彼女が少し酔ったようなので、夜風に当たってきても良いでしょうか」
質問責めの嵐にいい加減疲れ切っていたのをサニーも悟ったらしい。
周りの人間にそう言うと、僕の腰に手を回し甲板へと足を向ける。
その動作にすら、どっと歓声が上がるのももうどうでも良かった。
早く帰りたい。

「流石に疲れたみたいだね、大丈夫かい?」
人気のない甲板の端まで出ると、サニーがそう言って笑う。
潮風が冷たくて気持ちいい。
「…大丈夫だと思うのかい。誰のせいでこんなに疲れてると思ってるんだ」
きっと睨みつけてもサニーは微笑んだまま。
「あんな事を言って…僕に対する嫌がらせか。僕は君のアクセサリーじゃない」
「違うよ。一つは宣伝の為。もう一つは…まぁ、本音?」
「ふざけるな!」
「こらこら、昴。パーティーでそんなに怖い顔をしちゃダメだよ。たおやかに笑ってないと」
彼の手が僕の頬を包み、顔が近づいてきた。
「やめろっ…!」
顔を背けてそれを避ける。
「おやおや、嫌われちゃったか」
「…もういい。戻る」
「もうかい?もう少し二人でゆっくりしたいな」
「任務があるんだろう。いつまでもここに居るわけにもいかない」
「…じゃあ、少しだけゲームでもしようか」
背後から僕を抱きしめて、サニーはくるりと海のほうを向く。
「サニーサイド…こんなところで…」
「大丈夫、他の人間に見られてもただ恋人同士が抱きしめあってるようにしか見えない」
「…一体何をする気だ」
「簡単だよ。昴にちょっと悪戯をするだけさ」
「な…何を言って」
サニーは僕の手を取り、手の平をすーっと撫でた。

「ここがアナル」
サニーが僕の手首と手の平の境界をさすりながら言う。
「ここがヴァギナ」
つーっと指が上に滑り、手の平の真ん中をさする。
「ここがクリトリス」
更に指が移動して指の付け根に触れる。
「さぁ、何処を愛撫して欲しい?昴」

「……」
にこにこ笑いながら背後から僕の顔を窺うサニーを唖然と見つめる。
何を言い出すのかと思ったら…。
「リクエストはないの?だったら勝手にやるけど」
「ばっ…馬鹿!何をわけの分からない事を…」
「んー。まずはやっぱりここか」
サニーは僕の手を掴んだまま人差し指をぺろりと舐めると中指の付け根をさわさわと撫でた。
彼の言う所の『クリトリス』だ。
「……っ…」
くすぐったい。
「まぁ、ほんのお遊びだけどね。その気になれば意外と楽しめるよ。例えば、こうしたりしたらちょっと本当っぽいし」
彼の人差し指と中指が『クリトリス』をつまむ。
「…ん…っ」
サニーから顔を背けると、もう一方の手が僕の首筋に触れて、襟元の中に忍び込もうとしてきた。
「サニーサイド…やめろ…」
掴まれていない方の手でその手を遮る。
「はは、ここで脱がせたりはしないよ。ちょっと悪戯してみたくなっただけで」
そう言いながらも彼の愛撫は続く。
真っ直ぐ撫でたり、円を描くように撫でたり、つまんだり。
手と手が触れ合っているせいだろうか。
…手の平にうっすら汗をかいてきたのが何だか淫靡な気分にさせられた。
まるで、自分が。
「これだけ愛撫したらもうここはぐちょぐちょだね」
指が滑り、手の平の真ん中をすぅっと撫でた。
彼の言う所の『ヴァギナ』だ。
「…っ」
「昴、ちょっと興奮してきた?手の平が汗で…濡れてきたけど」
わざわざ『濡れてきた』という部分だけ耳元で囁くのが憎い。
「…まさか。そんなわけないだろう」
「そう。まだ物足りないか」
僕の首筋に軽く舌を這わせながら、サニーは愉快そうに喉の奥で笑う。
やってる方はさぞ楽しいのだろう。
やられている方は楽しくはないが。
「昴は中を掻き回されるのが好きだけど、手じゃそれも出来ないね。じゃあ、こんな感じかな」
中心部分を避け、周りをくるくるとサニーの指が撫で回す。
「…ぅ……」
さっきよりもくすぐったい。
「ん?気持ちいい?こういうのとかはどう?」
短く切られた爪と指の腹が軽く引っ掻くように辺りを撫でる。
…むずがゆい。
「本当のキミはどうなの?…濡れてきた?」
「馬鹿…そんなわけ…ないだろう」
顔が熱い。
サニーに抱きしめられたままこんな事をされているせいだろうか。
妙な気分になってきた。
触れられているのは手の平だけなのに。
自分の中心がじんわりと潤みを帯びていくのがわかる。
それを気付かれたくなくて無意識に足を閉じる。
見えないと分かっていても、恥ずかしかった。
「本当に?…確かめてみようか。本当はこっちまで滴るほど濡れてるんじゃないの?」
サニーの指が手首と手の平の境界をさする。
彼の言う所の『アナル』
「…ふ、ぁっ…」
抑えていた声が、漏れた。
「ダメだよ、こんな所でそんな声をあげちゃ」
サニーが嬉しそうに笑う。
「人に見られないところに行こうか」


「はぁっ…あぁ……サニーサイド…」
「昴は嘘つきだな。…こんなに濡れてるじゃないか」
着物の裾を開かされ、秘所に触れられて耳まで染まる。
あれよあれよという間に船室の一室に連れ込まれ、月明かりだけが照らす暗い部屋。
置かれていたサイドボードに寄りかかるように身体を傾ける僕の足の間にサニーが割り込んでくる。
「…内股まで濡れてる。全部綺麗にしてあげないと、会場に戻れないね」
サニーは僕の片足を掴むとひょいと掲げられ、下駄がぷらぷらと揺れた。
ざらざらした舌が、内股に吸い付くようにして舐めあげる。
「あ、あっ…だ、だめ……」
拭くのではなく舐めるんじゃ結局変わらないじゃないか…と思う余裕もなく、喉からは喘ぎ声が漏れた。
「や……サニー…やだ……」
抗議をしても、もちろん無視されてサニーは滑るような仕草で僕の内股を伝う愛液を舐め取っていく。
お互い、服すら脱いでいないのに。
いつもよりも卑猥に感じるのはシチュエーションのせいだろうか。
時折、廊下を通る足音が、遠くから聞こえる笑い声が、絶え間ない波音が自分の居場所を自覚させられる。
任務で来た船の中だというのに。
自分は何をしているのだろう。
「……はあっ…はぁ…」
空を仰ぎ、吐息を吐く。
サイドボードの角を握りしめて身体を支えていないと、ずり落ちてしまいそうだ。
「こっちも綺麗にしてあげないとね」
サニーの舌が、陰核に触れる。
「やぁっ!……んっ…」
「昴。あんまり大きい声をあげたら気付かれちゃうよ?誰が外を通るかもわからないんだし」
サニーはそう言いながらもやめる気は毛頭ないらしい。
僕の手を掴むと、さっきのように指で中指の付け根に触れる。
舌の動きに合わせて。
「ぅ…あ……くぅ……ぅ」
さっきよりじっとりと手の平に汗をかいているのがわかる。
まるで、同じところが二箇所あるみたいに。
どちらに触れられても同じような感覚がして。
「…ダメだな。いくら舐めてもどんどん溢れてきて全く治まりそうにない」
サニーがちらりと僕を見る。
「ねぇ、昴。どうして欲しい?」
「何…が……だ」
着物に包まれた薄い胸を上下させながら呟く。
「どうすれば、ここが満足するのかな、ってことだよ」
言うなり一本、と思ったらすぐにもう一本の指がやや強引に挿入されて悲鳴にも似た声があがった。
「はっ…やぁぁぁっ!」
「昴…もうちょい抑えてくれよ。ばれてもいいならいいけどさ」
そんな僕を見てサニーは苦笑する。
「…ぅ…んっ……」
唇を噛む。
「そうそう、そんな感じ」
室内に響くサニーが指を抜き差しする音と、肉芽を舐める音。
波音に混じって聞こえるそれらが僕の羞恥をかき立てる。
そして、かきたてられるほど蜜は溢れ出て止まらない。
ああ…恥ずかしい。
けれど、心の何処かでこの状況を感じている自分もいる。
「や…ぁ…ぁ……」
鳥肌の立つような快楽の波が襲ってきて、喘ぎ声に合わせて身体が小刻みに震える。
「はっ…サニーサイド……も……だ、め……、んっ!」
相変わらず僕の手を掴んで擬似愛撫を繰り返していたサニーの指を逆に掴み、息を呑む。
一番大きい波が訪れて、頭の芯が痺れた。

「…はぁっ…はぁっ……はっ…」
くたりと頭を下げて、止めた息を吐き出す。
「…おや、もうイっちゃった?」
「……」
目の前にかかる髪の間からサニーを睨みつける。
「こんな所で…こんな事…して、何が…楽しい」
「やだなぁ、こんな所だから楽しいんでしょう。逆だよ逆」
「何でもいい…服を調えるから…離れてくれ……」
「え?まさかこれで終わりだと思ったの?」
サニーがきょとんと僕を見上げて背筋に寒気がした。
「何……」
まさか、これ以上する気なのか。
「昴は満足したかもしれないけど、ボクはまだしてないよ?」
「冗談じゃない…こんなところで、そんなこと…!」
「自分だけイってボクにお預けかい?ひどいな、昴は」
「そういう問題じゃないだろう!」
そう言って身体を翻そうとした瞬間、何人もの話し声が近づいてきた。
「!!」
「しっ、静かに。気付かれちゃうよ」
言われなくとも、すぐに口をつぐむ。
扉の外の声はどんどん近づいてくる。
声からすると複数の女性のようだ。
早く通り過ぎてくれ、それだけを祈りながら息を潜める。
だが、扉の方に注意を向けるあまり、目の前のサニーへの注意が逸れた。
「…声をあげちゃダメだよ」
耳元で囁かれたときには遅かった。
いつの間にか取り出されたサニーのペニスが僕の入り口へと宛がわれ、ぐっと力を込めて挿入してきた。
「……っ!!」
必死に喉元まで出かけた声を飲み込む。
夢中でサニーのタキシードの肩を掴み、引き剥がそうとするが、絶頂直後の余韻で腕に力も入らない。
まして、挿入されて身体を揺すぶられれば更に力は抜けていく。
ずり落ちそうになった僕はサニーに軽々と持ち上げられ、無意識にその背に手を回す。
長い袖が、サニーの背中でひらひらと蝶のように舞う。
サニーはにやりと口の端を吊り上げて笑った。
「…っ、……んっ…」
緩やかに、だが持ち上げられるような格好での抜き差しに、湧き上がる声を頭を振って抑える。
扉の外の女性達は何故か扉の近くから去ろうとしない。
どうやら、人気のないところに涼みにきたようだ。
よりにもよってこんな所で涼まなくてもいいだろう…とちょっと恨みがましい気持ちになる。
「…ゃ……っ…ぁ…」
サニーの背中に爪を立てて必死に抗議をしても、彼は動きを止めない。
入り口近くを緩やかに突いたと思えば、戯れに奥を激しく貫き、僕の身体を軋ませる。
その度に声を抑えて、ひゅうと風が扉の隙間から入り込むような音が喉に絡まった。
「扉の鍵、多分かけたと思うんだけど…かかってなかったらどうしようね。見られちゃったら」
「…!……ぅ、んっ……」
わざとらしい言葉に、わかっていても心臓が跳ね上がる。
この部屋の中で一番うるさいのは自分の鼓動ではないかと思うほどに。
「こんな所見られたら、困っちゃうね。リトルリップシアターのマダム・バタフライは淫乱だって言われちゃうな」
「……やっ…」
「しっ。気付かれてもいいの?」
言葉とは裏腹にサニーは腰を大きく揺する。
結合部から淫らに響く水音。
それすらも外の人間に聞こえそうで。
「い…ゃ…サニー…そんなに…音を…立てないでくれ……」
消え入りそうな声でサニーの目を見ても彼は笑うばかり。
外の人間の笑い声と波の音が次第に遠くなっていく。
世界の輪郭が曖昧になっていく。
「…っ…ふ……んんっ…」
堪えても堪えきれない声を吸うようにサニーの唇が重なり、誘うように彼の舌が僕の舌をつつく。
そういえばキスをするのは今日初めてだな、と霞のかかる頭の端で思いながらサニーの舌に自分の舌を絡める。
結合部に似た音が口の端からも漏れた。
音を立てる箇所が増えた事もだんだん気にならなくなっていた。
「…ん…っ……んんっ…」
快楽により喉からせりあがる声は、サニーの口内に吸い込まれていく。
多少、息苦しかったがそれすらも脳の奥を蕩けさせ、欲情をそそった。
次第に早くなる動きに合わせるようにぎゅっと足を交差させる。
その方が、より強い快感を感じられたから。
「すば、る…」
だが、サニーは逆に眉を顰めて僕を見る。
無意識にした行動ではあるが、どうやら快感を感じるのは自分だけではないらしい。
彼の動きがぴたりと止まり、堪えるように奥歯を噛みしめて目を閉じた後、くぐもった声で言った。
「あんまり、そんな事をされると…ボクが限界だよ……」
「サニーサイド…いいよ…イっても……」
考えるより先に言葉が出ていた。
「…今日の昴は優しいね…じゃあ、最後にちょっと頑張るか……」
「……っ!……んっ…っ…!!」
サニーにしがみついて唇をきつく噛み、叫びそうな衝動を無我夢中で抑える。
髪が、袖が、身体が揺れて、月明かりに照らされる影は黒い揚羽蝶が羽をはためかせているようにも見えた。
「くっ!……サ、ニー…っ!!」
精一杯声を抑えて彼を呼びながら、絶頂の時を迎える。
ぎゅっと身を縮めるのは自分自身だけでなく自分の中も同じらしい。
サニーを搾り取ろうとするように収縮するのを感じ、促されたサニーが自分の中で果てるのを感じた。


「…全く、何を考えているんだ君は…」
乱れた衣服を整え、サニーを睨みつける。
身体の火照りはすぐには取れない。
こんな状況じゃ人前になど出れはしないのに。
だが、幸い外に居た女性達はようやくどこかへいってくれたようだ。
「何を考えて…ねぇ。人生はエンターテイメント。楽しんだもの勝ち?みたいな」
悪びれもせずに言うサニーに大きなため息をついた。
「とにかく、僕は後から行くから先に戻っていてくれ」
追い払うように手を振る。
「…昴」
彼の吐息が耳にかかり、一言こう呟かれた。
「好きだよ」
「なっ…!何を言ってるんだ…」
「ははっ。でも昴は羽をもいで閉じ込めるより大空を羽ばたいている方が魅力的だからなぁ」
ちらりと僕の着物を見て、サニーは笑う。
「マダム・バタフライの演目中は今日の事を思い出しながら昴を見るとするよ。ボクの蝶々さん」
「馬鹿…!絶対見に来るな!!」
「毎日欠かさずに見に行くよ。ボクを見て、くれぐれもピンカートンよりボクに欲情しないようにね」
奪うような口付けをされて、サニーは飄々と部屋を出て行く。
「…やれやれ……」

サニーと時間をずらし、会場に戻るとさした時間は経っていなかった。
なんだか数時間くらい経過した気分だったが。
その後は再びもみくちゃ状態にされて、ようやく解放された時にはぐったりしていた。
こんな任務は二度とごめんだ…。
何に対してなのかよくわからないまま、僕は思った。


その後。
本当にサニーは毎日のようにマダム・バタフライの舞台を見に来た。
結局、あの潜入任務は本当に任務だったのか定かではない。
サニーに問いただしてもはぐらかすだけ。
ただ…非常に腹立たしいが僕をあのように紹介したのもあって大盛況なのは間違いなかった。
サニーは僕を自分の蝶々だと紹介したのもエンターテイメントの一部だと言っていたがどうだかわからない。
ちらりと舞台の上から劇場の隅で座るでもなく腕を組んだまま僕を眺めるサニーを見つめる。
何処までが本気で何処までが嘘か。
正体のつかめない男。
まぁ、もうしばらく翻弄されるのも悪くはないか。
…少なくともバタフライの演目が終わるまでは。
そんな事を考えながら、僕はダイアナ演じるピンカートンに寄りかかった。
瞼の裏に、サニーの姿を浮かべて。


END




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