※注意点
この話は人格入れ替え話です。

『大河』と表記してあるのは「サニーサイドの身体で人格が新次郎」
『サニー』と表記してあるのは「新次郎の身体で人格がサニーサイド」

と昴が認識している(ここがややこしい)ものです。
何せ人格入れ替え話なので、そこらへんは頭の中に人格の入れ替わった二人を
ご想像の上でお読みください。想像できなくても気合です、根性です。
よろしくお願いしますorz



彼がぼくでボクが彼で

「ホワット!?」
「わひゃあ!?」
午後の一時にテラスで読書をしていた僕の耳に聞こえてきたのは大河とサニーの情けない声だった。
「……何をしているんだ、全く」
本を閉じ、声のしたエレベーターの方へ向かう。
「二人ともなんて声をあげているんだ…」
エレベーターの前で、大河とサニーが尻餅をついて頭を擦っていた。
派手にぶつかったらしい。
「昴さん、ごめんなさい。エレベーターを出たところでサニーさんとぶつかって…」
サニーが頭をさすりながらそんな事を言う。
「ああ…目の前に星が飛んだよ。大河くん、気をつけてくれよ」
大河の口からはそんな声が聞こえた。
「……は?」
思わず間抜けな声が自分の口から漏れた。
僕の目の錯覚だろうか。
今、二人はなんと言った?
「大河」
「はい」
サニーが答える。
「…サニーサイド」
「なんだい、昴」
大河が答えた。
「……」
これは何かの冗談か。
「さて、急ぐので失礼するよ」
そう言って立ち上がる大河。
だが、立ち上がったまま去る事はなかった。
「……何でボクが目の前にいるんだい?」
「え…?ってあああああああああああああああああああああ!!」
サニーが素っ頓狂な叫び声をあげた。
目の前の大河を指差し、ぷるぷる震えている。
「…念のためにもう一度聞く。大河」
「は、は……はい……」
震えたままのサニーが答えた。
「サニーサイド」
「昴、この状況を説明してくれないか。ボクは夢でも見ているんだろうか」
腕を組んで、眉を顰めながら大河が答えた。
「僕に聞くな。むしろ僕が説明して欲しいくらいだ。それとも君たちにかつがれているんじゃないかと疑いたくなる」
「酷いなぁ、ボクがそんなことするわけないじゃないか」
肩を竦めながら言う大河を見てため息をつく。
外見は大河なのに中身はまるで誰かそのもの…というかそのとおりなのだろう。
信じられない話だが、信じるしかない。
…どうやら二人の人格が入れ替わったらしい。

「え!?サニーと大河くんの性格が?」
「そ、そんな…冗談ですよね」
「ウソだろ……まさか」
「しんじろーがサニーでサニーがしんじろー?…リカ、よくわかんないぞ」
「リカ、あんまり深く考えちゃダメよ」
とりあえず、二人とみんなを支配人室に集めて事情を説明する。
「新次郎…?」
ジェミニが大河に向かって呼びかける。
「ジェミニ、ぼくが新次郎なんだよ…」
情けない声をあげるサニー。
「オーマイガーッ!」
ジェミニが後ずさる。
サニーの姿をした『大河』はちょっと傷ついた顔をしてうつむいた。
「サニー…?」
ラチェットが一番この状況を理解しているらしい。
大河の姿をした『サニー』に向かって言うと『サニー』は手を上げて答えた。
「はいはい、ボクがサニーサイド。…なんだけどねぇ」
「……信じられないわ」
「だが事実だ」
冷静に言う。
「とにかく、二人が入れ替わった状況を説明してもらおう。それと…サニーの予定は全部キャンセルを頼む、ラチェット」
「わかったわ…とにかく、早く元に戻ってもらわないと…困るものね」
ラチェットはそう言って秘書室に消える。
「で、大河。サニーサイド。説明してもらおうか?」
「説明って言っても…」
「エレベーターを出てきた大河くんとぶつかっただけだよ。ちょっとばかり勢いよく」
さらりと『サニー』は言う。
「じゃあもう一度ぶつかれば元に戻るんじゃないですか?」
その言葉にジェミニがそんな事を呟いた。
「そうだね、それがいいんじゃないか」
サジータも賛同する。
「…だそうだ、頑張って元に戻ってくれ、大河、サニーサイド」
それで本当に戻る自信はなかったが、とりあえず試す価値はあるだろう。
「はい…わかりました」
「やれやれ…仕方ないな」
それから何度か勢いをつけて二人は体当たりを繰り返したが。
…元に戻る事はなかった。

「すまない…もうギブアップだ。ボクと大河くんじゃ体格が違うからね…さすがにこれ以上はきつい」
先に根をあげたのは『サニー』だった。あちこちを撫でながら顔を顰めている。
何度もぶつかった衝撃は体型的に劣る大河の身体の方が負担が大きいのだろう。
「ぼくも…これ以上やったらぼくの身体が青あざだらけになりそうです……」
『大河』もそんな自分の身体を見て顔を曇らせる。
ある意味、彼の方が心配だろう。何せ自分の身体なのだから。
「やれやれ……どうしたものか。昴、何か良い方法はないかい?」
『サニー』がちらりと僕を見る。
「…こういう事例は過去にも全く例がないわけじゃないが…大抵は話の中だけの世界だからな…」
あやしげな機械を使って人格が入れ替わった、などは活動写真の定番だが。
大抵こういう場合、入れ替わるのは男女が多かった。
男同士というのも珍しい。
いや、そこに感心している場合ではない。
必死に頭を働かせて解決策を模索してみる。
……思い浮かばない。
理論上はやはり人格が入れ替わったのと同じ状況ならば人格が元に戻るはずなのだ。
しかしそれが無理ということは、別になんらかの要因があるのだろうか。
…最悪は、怪しげな科学者にでも頼ればなんとかなるのかもしれないが、出来ればそれはしたくなかった。
それこそ話の中のように電気ショックでも浴びせられるかもしれない。
だが…。
「緊急事態発生!緊急事態発生!」
そこへ非常事態を告げるブザーが鳴る。
咄嗟に駆け出す星組隊員。
「敵か!?こんな時に……」
舌打ちをする。
とりあえずは敵の殲滅を最優先させねばならない。
「大河、サニーサイド。大人しく待っていろ。すぐに戻る」
「あのー…サニーさん、行っちゃいましたよ」
情けない声で『大河』が言う。
「は!?何だと?まさか…」
「…どうやら着替えに…」
だんだん声のトーンを下げながら『大河』は言う。
「大丈夫かな…ぼくの身体とはいえ、まさかサニーさん、出撃するつもりなんじゃ…」
「あの…インチキメガネが!!大河、君も指令室に来い!」
「は、はい……わかりました」
奥歯を噛み、『大河』に向かって叫ぶ。
彼に八つ当たりをするのが間違っているのは分かっているが、サニーの姿の彼を見ると叫びたくもなる。
「遅かったね、昴」
「……どういうつもりだ」
戦闘服に着替えて指令室に行くと、案の定…大河の戦闘服に着替えた『サニー』が居た。無論、大河の椅子に座っている。
「いやほら、ボクも戦おうかと思って。一度戦ってみたかったんだよねぇ」
いけしゃあしゃあと言う『サニー』に拳が震えた。
この男は戦いを何だと思っているのだ。
「サニー…。悪ふざけが過ぎるわよ。いくら大河くんの身体とはいえ戦闘経験のないあなたを戦闘に出せるわけないでしょう」
ラチェットもため息をつく。
「あ、やっぱり?じゃあ仕方ないな。大人しく帰りを待ってるよ。戦闘服を着れただけでも楽しかったしね」
「……」
順応能力の高さは流石、「人生はエンターテイメント」が口癖のサニーと言うべきか。
「じゃあ、紐育華撃団・星組、出撃だ。人生はエンターテイメント!イッツ・ショータイム!!」
「サニーさん…ぼくの台詞を取らないで下さいよ…」
居心地悪そうに司令の椅子に座る『大河』が泣きそうな声で言うのが哀れだった。

戦闘自体はあっという間に終わり、帰投した僕たちを嬉しそうな『サニー』と憂鬱な『大河』が出迎えた。
ラチェットはあきれ果てているのか頬杖をついて視線を背けていた。
「いやーいつもながらお見事だ。大河くんがいなくても大丈夫そうだね」
「ううう…サニーさん、ひどいですよ……」
どうやら僕たちが戦っている間にも色々あったらしい。
「さて、戦闘も終わったしボクは帰るよ。ボクが悩んだところで元に戻るわけでもないし」
「ちょ…ちょっと待てサニーサイド!帰るって何処にだ」
「決まってるだろうボクの家…って、そうもいかないか。うーん…大河くんのアパートに戻らないといけないのか……」
狭いなぁ、と『サニー』は呟く。
「狭くて悪かったですね…どうせサニーさんの家に比べたら狭いですよ」
相当いじめられたのか『大河』はかなりささくれ立っている。
「こうしよう。ボクが君の部屋に帰って着替えとかを持ってボクの家に行けばいい。ああ、キミはボクの家に居ていいから」
好き勝手な事を抜かして『サニー』はそそくさと立ち上がると止めるのも聞かず出て行ってしまった。
「おじさま…何だか楽しそうですね」
ダイアナの台詞が残された全員の心情を代弁していたのは気のせいではあるまい。

とりあえず、各々元に戻る方法はないかと考えてみる事にして解散となった。
全員が集まって悩んだところでどうにかなる問題でもない。それよりは個々で考えた方がいいかもしれないと。
次の舞台まで期間があって本当に助かった。正直、舞台どころではない。
「昴…とりあえず明日までのサニーの予定は全部キャンセルしたわ。でも、それ以降は…」
「わかってるよラチェット。それまでにどうにもならなかったら…隠し通すのは難しいからね」
ラチェットの秘書室で彼女と今後について打ち合わせる。
とりあえずは明日まで様子を見て、それからの事は明日考えるしかない。
「じゃあ…大河をサニーの屋敷に送り届けてくるよ。サニーにも勝手な行動を慎むように言わねばならないし」
「悪いわね……私はサニーの代わりに溜まった仕事を片付けるわ。二人をよろしくね、昴」
「君もあんまり根をつめないようにね、ラチェット」
ラチェットにそう言い残して秘書室を出ると『大河』が待っていた。
「昴さん…ラチェットさんは何て?」
「とりあえず明日までは様子見だ。明日以降の事は…明日考える」
「そうですか…」
『大河』がうつむく。
「ごめんなさい…ぼくのせいで昴さんにもラチェットさんにも迷惑をかけてしまって」
「気にするな…君だけのせいじゃない。それに、辛いのは君のほうだろう」
「昴さん……」
『大河』がそっと僕の手を握る。
表立っては言っていないが、僕と大河は俗に言う「恋人同士」のような関係だった。
大河が五輪曼陀羅のパートナーに僕を選んでから急速に仲は進展し、紐育に平和が訪れた頃にははっきりとお互いを意識した。
キスをしたこともあるし…それ以上も何度かある。
だから彼が僕の手を握るくらいは普段だったら何でもない行為なのだ。
しかし、中身が大河だとわかっていても外見がサニーなので非常に複雑な気分だった。
もちろん、口に出しては言えないが。
しかし、僕の表情で『大河』も気付いたのだろう。
「あっ!ごめんなさい…」
ぱっと手を離す。
「今はサニーさんの身体でしたね……」
『大河』も顔を曇らせる。
まぁ、自分の恋人に他の男が触れている姿はあんまり気分の良いものではないだろう。
いくら意識が自分とはいえ。
「昴さんに触れるのもままならないなんて…絶対に元に戻らなきゃいけませんね!」
決意も新たに彼は拳をぐっと握りしめる。
…身体がサニーだけに、正直不気味だったがそれは黙っていた。
「その意気だよ、大河。さぁ、サニーの家に行こう。あの我侭男の首根っこをひっ捕まえて解決法を考えねばならない」


「遅いよ〜大河くん。おや、昴も一緒かい」
サニーの屋敷に行くと玄関の前で『サニー』が待っていた。
トランクが横にあるという事は、本当に荷物を持ってきたのだろう。
「…サニーサイド。少しは勝手な態度を慎んでくれないか。もし、周りにばれたらどうするつもりだ」
「えー…だってなっちゃったものは仕方ないじゃない。どうせならこの状況を楽しんだ方が有意義だし」
彼を諭そうと思うだけ無駄なのか。
はぁ…とため息をつくと、隣の『大河』がすまなそうに僕を見た。
「昴さん……」
いや、彼のためにもなんとか元に戻らせなければならない。
「とにかく、もう少し詳しく人格が入れ替わったときの状況を聞かせてくれ。さっきは出撃で聞き損ねたが…」
「いいけどさ、とりあえずは中に入らないか。玄関で立ち話もなんだしさ」
「…大河。鍵を開けてくれ」
「は、はい…」
『大河』が鍵を開けると『サニー』はさっさと中に入っていく。
「サニーサイド!客間で待っているから逃げるなよ!」
釘を刺すようにその背中に言い放つ。
「わかってるよ、ボクは珈琲でいいから淹れといてね」
「……」
「あ、あの…ぼくがいれますよ」
思わず背中に鉄扇を投げつけそうになった僕の肩に手を置いて『大河』が言う。
「…すまないな、大河」
「いえ、昴さんこそ…あんまり考え込まないで下さいね。戦闘の後で疲れているのに……すいません」
「だから!君が謝る事じゃないと言っているだろう。…すまない、疲れているのかな」
「昴さん……」
『大河』が僕を抱きしめる。いや、身体はサニーなのだが。
大河よりも大きい手と広い胸。鼻をくすぐる匂いも当然違う。
サニーとの身長差は40センチほどあるから仕方ないのだが、腕にすっぽり包まれてしまう。
「大河……」
「……昴さん」
見上げると『大河』と目が合う。
いや、もちろんそれはサングラス越しのサニーの瞳なのだが。
わかっていても、仕草や口調がいつもの大河だからだろうか。
なんだか本当の大河のような気がしてくる。
「……」
目を閉じ、顔が近づく。

唇が、かすかに触れたと思った瞬間…

「おーい、大河くん、昴。まだ玄関にいるのかい?」
『サニー』の、呑気な声が聞こえてきて慌ててお互いにそっぽを向く。
「す、すぐに行く!」
上ずった声で『サニー』に答えるとくるりと振り向いて『大河』の方を見ると彼も僕を見ていた。
顔を見合わせて、笑いあう。
身体が違おうが大河は大河で、僕はやっぱり彼が好きらしい。

「遅いよ二人とも…ってあれ?なんか顔が赤くない?」
「そうか?君の気のせいだよ」
本当は自分でも顔が火照っているのはわかっていたが、そ知らぬふりをして答える。
「じゃあぼくは珈琲を淹れて来ますね。ええと、キッチンは何処かな…」
「そっちだよ」
『サニー』が指差した方向に『大河』は消えていく。
「やれやれ…全く困った事になったな。自分の身体じゃないというのがこれほど不便とはね」
ソファにどかっと背をもたれかけ、足を組みながら『サニー』は言うが、その口調は全然困っている感じがしない。
むしろ、あきらかに楽しんでいる様子だ。
「だから、早く元に戻る為に状況を聞いている。君も本当に戻りたいと思っているのなら話してくれ」
「……うーん。どうしようかなぁ」
ふと、『サニー』の口元がつりあがる。
彼が何かよからぬ事を思いついたときの癖だ。…大河の身体でそれをやられると非常に不気味だが。
『サニー』はすっと立ち上がると僕に近づいてくる。
「昴がキスしてくれたら考えてもいいよ」
「はぁ!?何を言って…」
「どうせいつも大河くんとしているんだろう?キミたちは恋人同士なんだしさ」
顎に手をかけられて、『サニー』の顔が近づく。
なまじ外見が大河なだけに張り倒すわけにも行かない。
それに、さっきの事が思い出されて動けなかった。
まるで続きのようで…。
「やっ…やめろ…!」
それでも必死に顔を背けた瞬間
「…昴さん、サニーさん…」
がしゃん、とトレイと食器の落ちる音がして、音の方を見ると『大河』が呆然と立っていた。
「た、大河…」
「おや、見つかっちゃったか」
「な、な…何をしているんですか」
地面にちらばるティーカップの欠片やカーペットに広がる染みも気にせず、『大河』が震えた声で呟く。
「大河!誤解だ…これには理由が」
「……っ!!」
彼は踵を返すと一目散に走り去っていく。
「大河!待つんだ、僕の話を聞け!!」
何だかどっかで見たことのある光景な気もしたが、ともかくすぐさま彼の後を追う。
「あーあ…お気に入りのティーカップだったのに…」
背中に『サニー』のそんな声が聞こえたのはもちろん無視した。

「大河……」
「……」
外で立ち尽くす『大河』の背中に優しく声をかける。
「すまない…だが本当に違うんだ。あれはサニーの悪戯で…」
慎重に、ゆっくりと声をかけながら近づく。
刺激しないように、そっと近づかねば。
「わかっています…昴さんがそんな人じゃないってことは。でも」
『大河』が僕のほうに振り向く。
「嫌なんです…昴さんが、ぼく以外の男に…というか身体はぼくなんですけど、キスされそうになるなんて」
躊躇いがちに、抱きしめられた。
「ごめんなさい…取り乱して。もう、大丈夫ですから」
「大河……」
少し悩んだが、首に手を回して顔を引き寄せながら自分も爪先立ちをすると、唇を重ねた。
…やっぱり大河の唇とは感触が違ったが、致し方ない。
「す、昴さん…!!」
「僕が好きなのは君の身体じゃない。君の「心」だよ。だから、心配しなくていい」
驚く彼を安心させるように囁く。
「僕が絶対に元に戻す。もし、どんな手を使っても無理なら…その時は身体がどうであれ、君が僕の恋人だ」
…恋人、という単語を彼に向かっていったのは初めてだった。
正直、恥ずかしくてあまりこういう事は言いたくはないのだが。
それで彼が安心するのならば。
「昴さん……」
「だから、僕を信じてくれ。僕も、君を信じるから」
「……わかりました。ぼくの命は昴さんに預けます、えへへ…」
「馬鹿。命を預けてどうする…」

「おかえり。誤解は解けたかい。…仕方ないから片付けはしておいたよ」
『サニー』はけろりとした調子でソファにふんぞり返っていた。
…本当に殴ってやろうか。
「とにかく、話を聞かせてくれ。君たちがぶつかったときの」
この台詞も何度目だろうか。
いい加減、言うのに飽きてきた。
「いいよ、えーと…ボクは用事で出かけるところだったんだよね。相手が嫌いな政治家でさ〜会いたくなかったけど」
「ぼくは…ラチェットさんに呼ばれて支配人室に向かう所でした。この間、ちょっとミスをしてしまって…その件で」
「……で、出会い頭にぶつかったというわけか」
「そうだよ」
「はい」
「……」
頭の中で、状況を整理する。
そこから何か糸口がつかめるかもしれない。
「その時は、どんな気持ちだった?」
何気なく、聞いてみる。
「もちろん最悪だよ。誰か代わってくれないかな〜と思うくらいは」
「ラチェットさんに怒られるんだと思うと…ぼくが悪いのは分かってるんですけど、ちょっと憂鬱でした」
「……それだ!」
その言葉にぴんときた。
弾かれたように二人を見る。
「へ?何がそれなんだい?」
「昴さん?」
「…あくまで仮説にすぎないが、君たちは誰かに代わって欲しい、そう思っていた心情が少なからずあった」
「まぁね」
「確かに…そうですけど」
二人は素直に頷く。
「だから、ぶつかった瞬間に人格が入れ替わったのかもしれない。……ちょっと強引な説だけど」
「あー…なるほどね」
『サニー』が感心したように呟く。
「非現実的ではあるが、どの道それを言い出したら人格が入れ替わるという事自体が非現実的だ」
「そうですね…」
『大河』がため息をつく。
「だから、君たちが心の底から『元に戻りたい』と願って同じ状況を繰り返せば…元に戻る可能性はある」
「またぶつかるのかい…」
『サニー』は流石に嫌そうなのが口調にありありと込められていた。
「何を言ってるんですか!元に戻れるかもしれないんですよ!」
反対に『大河』はやる気まんまんだ。
…外見が逆なだけにどう見ても不気味だが、それもいい加減慣れてきた自分が嫌だった。
「わかったよ…試してみるさ。ただ、流石にボクも身体があちこち痛いんで…明日じゃダメかい?」
「何を呑気な事を……」
「心の底から『元に戻りたい』と思わなきゃいけないんだろう?正直、今の状況じゃ思えないよ」
「サニーさん…」
そう言われるとそれ以上無理強いは出来ない。
「もう夜も更けてきたしね。まぁ、せっかくだから今日一日は大河くんの身体を楽しませてもらうよ」
「サニーさん…本当に身体が痛いのが原因なんですか…」
「もちろん」
『大河』に不審な目で見られても『サニー』は動じない。
「元に戻ったときを覚悟しておくんだね」
にやりと笑う『サニー』に、『大河』はぶるっと身体を震わせた。

「……」
そのままサニーの屋敷で夕食を取り、僕は帰るべきか悩んだが…結局サニーの屋敷に留まる事にした。
二人が…というか、大河が心配だったし。
しかし、当然の事ながら寝付けずに二階のテラスに出て星を眺めていた。
セントラルパークに建つこの屋敷からは星が良く見える。
遠い夜空に輝く星々に比べれば、人間の悩みなどちっぽけなものだろう。
…昔は、そう思っていた。
だが、今の自分はそのちっぽけな悩みに一喜一憂しているのだ。
昴は本当に変わったな、と思わず苦笑がこぼれる。
「こんな所に居たんですか」
背後から、大河…の姿をした『サニー』の声が聞こえた。
「外は寒いから風邪を引きますよ」
「…サニーサイド?」
なんだか口調がおかしい。まるで、普段の大河みたいだ。
「違いますよ、ぼくは大河新次郎です」
「え…?」
「実は、寝付いた後サニーさんがやってきて、二人で昴さんの行った方法を実行してみたんです…そしたら」
大河が僕の手を取る。
「元に戻りました…あなたの、大河新次郎に」
「大河…っ!!」
無意識に抱きつく。
ああ、良かった良かった。
「ごめんなさい…心配をかけて。でも、ぼくはもう大丈夫ですから…」
「大河、大河……」
彼の服を掴んで何度も顔を擦り付ける。
口では強がっていたが、本当は戻らなかったらどうしようと不安だった。
「昴さん…」
彼が優しく僕の髪を撫でる。
「ぼくも、こうして自分の身体で昴さんに触れられて嬉しいです」
耳元で囁かれて顔が熱くなった。
「た、大河……」
「昴さん……」
見つめあい、口付けを交わす。
柔らかくて温かい、大河の唇。
ぎゅっと、彼の服を握る手に力を込める。
「さぁ、部屋に戻りましょう。夜風は身体に毒ですよ」
「……そうだね」
そうして肩を寄せ合い、屋敷の中へと引き返す。
「昴さん…その」
「大河?どうしたんだ?」
「……昴さんの部屋に行ってもいいですか」
「!!」
その言葉に驚いて大河を見る。
暗がりでは彼の表情ははっきりと分からないが、かすかに照れているような気がした。
「そ、それは…まずいだろう。仮にもここはサニーサイドの屋敷なんだし…」
「でも、ぼく…せっかく元に戻れたんですから。……それに、いつもと違うシチュエーションもいいかもしれませんよ」
その言葉にかすかなひっかかりを感じた。
まるで、大河じゃないような。
「大河?」
「なんですか、昴さん」
「…一つ、僕の質問に答えてくれないかな」
「ど、どうしたんですか?急に」
にっこりと微笑む。
「大したことじゃないよ。以前、クリスマスにデートしたときに僕の部屋に飾ってあった花はなんだい?」
「…昴さん、ぼくを疑っているんですか」
じっと見つめられても騙されない。
大河なら、答えられるはずだ。
「答えてくれないか、大河」
すっと胸元から鉄扇を取り出す。
「い、いやだなぁ、昴さん。何で鉄扇なんか取り出すんですか。もちろん覚えていますよ、薔薇ですよね」
「……そうか」
うつむくと、髪がはらりと顔にかかった。
僕としたことが、危うく騙されるところだったとは。
「…………君には躾が必要だ、サニーサイド」
片手で髪をかきあげて、僕は呟いた。
怒りを瞳に湛えながら。
「な、何を言って…」
大河が後ずさる。
「正解はチューリップだよ。残念だったね、もう少しで大河のフリが出来たところだったのに」
じりじりと後退する大河…のふりをした『サニー』に詰め寄る。
「なかなかいい演技だったよ。あのまま騙されていればどうなっていたのかと思うとぞっとするほどにね」
「や、やだなぁ、昴。冗談に決まっているじゃないか。そんなに怒らないでくれよ」
僕が本気で怒っているのに気付いたのか、『サニー』はホールドアップの姿勢をとりながら首を横に振った。
…どうやらフリはやめたらしい。
「そうか、冗談か」
「そうだよ。決まってるじゃないか」
「…地獄で悔いろ!!僕を謀ったことをな!!!」
「オーマイガーッ!」
僕の殺気を感じて走り出す『サニー』を追いかける。
「待て!」
大河の身体だけあって素早い。
と、長い廊下の端にサニーの姿をした『大河』が見えた。
大声で会話をしていたので起きてきたのだろうか。
丁度いい。
「大河!そいつを捕まえろ!!」
目をこすりながらふらふらした足取りの『大河』に向かって叫ぶ。
「冗談じゃない、捕まったら殺されるんだろう、ごめんだよ」
僕を振り返りながら走っていた『サニー』は大河に気付くのが遅れたらしい。
「!!」
「え…?わ、わひゃあ!?」
『大河』は大河で突然そんな事を言われて動揺しつつも目の前に迫る自分の身体を捕まえようとして…

二人は盛大に激突した。

「サニーサイド!!」
派手な音を立てて二人が地面に尻餅をつく。
追いつくなり大河の姿をした『サニー』の襟を捕まえる。
「観念して貰うぞ…!」
「いたたた…す、昴さん。ぼくです、新次郎です」
「また大河のフリをしても…今度は騙されないぞ」
「ほ、本当です…いたた…今の衝撃で元に戻ったみたいです……」
「……」
反対側に倒れたサニーを見る。
サニーの方も頭を擦りながらよろよろと立ち上がろうとしていた。
「じゃあ聞く。僕と大河がクリスマスの時に一緒に食べたのは何だ」
あえて曖昧に問う。
正解はベーグルと湯豆腐。
湯豆腐だけなら珍しさから大河がみんなに言ったかもしれないのでひっかけを兼ねて。
「朝が…一緒にベーグルを食べましたよね。昴さんが変装してまで買ってきてくれて…」
「……」
「その後、昴さんの部屋で湯豆腐も食べましたね。えへへ…あれは美味しかったなぁ、また食べたいです」
掴んでいた襟を放す。
…ここまで詳しく説明できるという事は、本物らしい。
「大河…」
「やっと…信じてくれましたか。いったい何があったんですか…昴さん」
「それは……」
言いながらサニーを見ると、こそこそと逃げ出すところだった。
「…サニーサイド」
その前に立ちはだかり、腕を組みながらサニーを見下ろす。
「や、やぁ。元に戻ってよかったね。ありがとう、キミのおかげだよ、昴」
おそるおそる僕を見上げるサニーに向かって微笑む。
「…そうだね。元に戻ってよかった。これで心置きなく、君を躾けることが出来る。大河の身体じゃないなら遠慮はいらないし」
…その後、何が行われたかは想像に任せる事にしよう。
大河は目を覆って、でも指の隙間から事の成り行きを見守っていた。


「おはよう、昴、大河くん…と、サニー?」
翌日、シアターに3人揃って行くなりラチェットが声をかけてきた。
「ラチェット。大河とサニーは元に戻ったよ。心配をかけたね」
「ラチェットさん…すいませんでした」
「い、いえ…戻ったならいいのよ。…サニーはどうしたの?」
「まぁ、ちょっと色々あってね。気にしないでいいよ、ラチェット」
「そ、そう……」
僕の有無を言わせぬ口調に気圧されたのか、ラチェットはそれ以上尋ねようとはしなかった。
後からやってきた星組のみんなにも元に戻った旨を話して、このはた迷惑な騒動は幕を閉じた。

「昴さん…」
「なんだい?」
その夜、大河の部屋で話していると、彼がぽつりと呟いた。
「結局、サニーさんと何があったんです?昨日の夜」
「……たいしたことじゃないよ」
「…教えてくれないんですか。まぁ、言いたくない事なら仕方ないですね」
「……」
言える訳がない。
「でも本当、元に戻ってよかったです」
大河は感慨深げに言う。
「あのままサニーさんの身体のままだったら…サニーさんの身体のまま昴さんとや……ごふっ」
とりあえず、言い終わる前に鳩尾に一発入れておいた。
全く、どいつもこいつも。
「ねぇ、昴さん。もう一回言ってくださいよ。ぼくが昴さんの恋人だって」
背後から抱きついてくる大河の腕をするりとすり抜ける。
「嫌だよ。何度も言ったらありがたみがなくなるだろう」
「えー…だって、あの時はサニーさんの身体だったから、もう一度聞きたいんですもん」
「……それに、あんな状況でもなければ恥ずかしくてあんな台詞言えるか」
ぼそりと言うと、大河はぱあっと顔を輝かせてもう一度僕に抱きついてきた。
「もしかして、昴さん照れてます?」
「君の気のせいだ」
「えへへ…昴さんは可愛いなぁ」
「大河!いい加減にしないと…君も躾けるぞ!」
「いいですよ、昴さんにだったら。それにどうせ最後に『大河…許してっ』って言うのは昴さんですし」
顔が赤くなる。
「馬鹿!」
鉄扇を取り出した手は彼に掴まれた。そのまま口付けられる。
「馬鹿でいいですよ。昴さんの傍にいられるんだったら…」
「……」
何だか上手く言いくるめられたような気がして悔しい。
「じゃあ…もしも、僕とサニーの身体が入れ替わっても君は同じ台詞が言えるかい?」
ふと思いついた台詞を言ってみる。
ほんの冗談のつもりだったのだが、大河の動きがぴたりと止まった。
「……」
「…大河?」
「………サニーさんの姿をした昴さん……」
顔を覗き込むと眉間に皺が寄っている。
…まさか本気で想像しているのだろうか。
「も、もちろんですよ!昴さんが男でも女でも別人でも!それが昴さんだったら………でもやっぱり昴さんは昴さんがいいな」
つけたすように小さな声で呟く彼を見て笑う。
「あはははは……僕も大河は大河のままがいいよ。そのままの君が好きだからね」
「でもサニーさんの姿となるとぼくより大きいんだよな…実際大きかったし……」
ぶつぶつ呟く大河の額を鉄扇でぺちりと叩く。
「何を馬鹿な事を言っているんだ。そんな事ありえるわけないだろう」
「そ、そうなんですけど…」
「まぁ、もしもそうなったら君の反応が楽しそうだな。ふふっ」

そのまた翌日。
「大河くんはねぇ〜…やっぱり全てが小さかったよ。……色々とね」
というサニーが流した噂がシアター中に広がっていたのを聞いた大河が「狼虎滅却…」と言いながらサニーに迫ったのはまた別の話。

END


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