それから数日は普通に時が過ぎた。
予定では明日には、日本に到着するはずだ。
この船で過ごす、最後の夜。

いつものように、ベッドに入っても僕はなかなか寝付けずに居た。
「…昴さん?起きてますか」
大河も同じなのか、小さな声で呼びかけられる。
「起きてるよ。なんだい、大河」
もぞもぞと彼のほうを向くと、彼は僕をじっと見つめていた。
枕元のテーブルスタンドに照らされた瞳が黒く瞬いている。
「その…船の旅も今日で終わりですね。何だか、過ぎてみるとあっという間な気がします」
「そうだね…最初は長いと思ったけど、もう終わりか……」
最初は早く着くといいと思っていたのに。
今は少しだけ淋しい。
「あの……一ヶ月、本当にありがとうございました。ぼくと同室になるのを、我慢してくれて」
「……本当に大河は律儀だな。君のせいじゃないと、何度も言っているだろう」
最後の最後まで礼儀正しい大河に失笑する。
隣の部屋の、我侭で自分勝手な司令に大河の爪の垢でも飲ませたいくらいだ。
「でも、本当に嬉しかったです。昴さんと同じ部屋で…過ごせて。それに……」
「それに?」
「………好きなのは、ぼくの方だけだと思ってましたから」
「!!」
そう言われてかぁっと頬が染まる。
確かに、こんな事でもなければ僕も彼も自分の気持ちを相手に伝えようなどとは思わなかったかもしれない。
途端に僕と大河がただの『友人』ではない存在になった事を意識してしまう。
心臓が、うるさいくらいに高鳴った。
そのまま、それ以上の言葉がないまま時が過ぎていく。
眠くなったのかと思ったが、そうじゃないらしい。
大河は、じっと僕を見つめている。
僕も、大河をじっと見つめていた。
お互いの気持ちを確かめ合うように、探るように。
ただ、見つめ合っているだけなのに物凄くドキドキする。
心臓の音だけが頭を反芻して、波の音も聞こえない。
周りを包む濃密な空気に押しつぶされそうなほど胸が一杯になって。
気がつくと、まるで助けを求めるかのように手を伸ばしていた。
ベッドとベッドの間はそれなりに距離があるから、お互いに身を乗り出さないと届かないけれど。
熱に浮かされたかのように手を伸ばすと、言葉はなくとも差し伸べられた手に大河の指が触れる。
触れた指先が熱くて、そこから感情が入り込んでくるみたいに意識が集中して。
指先を絡めてみると大河も絡め返してくれた。
ただそれだけの行為なのに、身体の芯から熱くなっていく。
指先だけじゃなくて、もっと触れたいような気分になってくる。
なんだろう、この気持ち。

絡められた指先を見つめていた視線を上向かせて彼の様子を窺うと、つられたように大河も僕を見た。
だが僕を見つめる彼の瞳に自分の気持ちを見透かされたような気がして、反射的に手を離すと視線を避けるように反対を向く。
向いてから、しまったと思った。
これでは大河に変な誤解を与えてしまったのではないだろうか。
そう思い、こわごわと振り向こうとすると。
「たい、が……」
背中に、大河の気配を感じて、ぎゅっと抱きしめられた。
「た、大河…」
「昴さん……」
いつの間に、と思ったがもう遅い。
浴衣越しでもわかる、大河のぬくもり。
怖いとは思わなかった。
むしろ、温かくて安心する。
「すいません……これ以上はしませんから、少しだけこうしてもいいですか…」
そうは言われてもベッドの中に二人きり、というのにドキドキしないはずがない。
彼が身動ぎをするたびに、ほんの少し指先が動いて身体に触れるたびに僕の心臓が飛び上がる。
だが、言葉通り大河は僕を抱きしめたままそれ以上は何もしようとはしない。
それが、なぜか寂しくて。もっと触れて欲しくて。
胸の奥から湧き上がる、この衝動を、抑えきれない。
「大河……」
腰に回された手に手を重ねると、さきほどのように指を絡める。
そうすると、自然と言葉が口をついて出た。
「君にとって、人を好きになるというのはどんな気持ちだい?」
「え…?ええと…うーん……」
しばし考えた末に、大河はこう答えた。
「…うまく、言葉に出来ないですけど。その人と話せて、自分に微笑んでくれたら幸せだな〜って思います」
「それだけ?」
「え、ええと…あと。こうして触れたいな…って。あ、でもこれ以上はしませんから!」
「……じゃあ、僕がおかしいのかな」
大河の手を取り、浴衣越しの自分の胸に当てる。
ふくらみなど微塵もない、平坦な胸だけれど。
鼓動は、彼にも伝わるだろう。
「昴さん……!」
「僕は……もっと、大河に触れて欲しい。昴の…全てに…んっ」
大河の指が浴衣の中の素肌に触れて、僕は肩を震わせた。
その動作に、大河はぴたりと指を止めて、きつく抱きしめてくる。
何かに耐えるかのように、小刻みに指先が震えている。
「…嘘です、本当は昴さんにこうして…触れたいです……」
でも、と大河は言う。
「昴さんはいいんですか?…ぼくに性別をばらして…後悔、しないですか」
「わからない……」
この気持ちは、一時の熱情なのかもしれない。
明日になったら後悔しているのかもしれない。
けれど、来るかもわからない明日より今を大事にしたいなどと思うなど。
僕も変わったなと思う。
変えたのは、大河。
他でもない…彼。
だから、彼になら…僕の全てを見せてもきっと、後悔しない。
「わからないけど、大河を…君を好きな気持ちは嘘じゃない。でも、どれほど言葉にしても…言葉だけじゃ伝えきれないんだ」
「昴さん…」
「だから、昴は知りたい。君を好きな僕の気持ちが、僕の好きな君の気持ちが……行き着く先を」
驚いたように、大河の腕が解かれた。
僕はというと、そこまでまくしたててから急に恥ずかしくなって口ごもる。
何だか、これではまるで自分から「しよう」と言っているようなものだ。
「…す、すまない。何だか、よくわからないことを口走ったみたいだ、忘れてくれ…」
自分でも勝手なことばかり言っているのはわかっている。
…これじゃ自分から誘っておいて急に怖くなって逃げ出すみたいだ。
この僕が。
大河相手に。
なんて無様だ。
「昴さん」
けれど僕の名を呼ぶ大河は呆れた様子も怒った様子も見せず、ただ優しく微笑みながら僕の頭を撫でている。
情けない、大河に慰められるなんて。
「昴さんが本気じゃなくても、そう言ってくれただけでぼくは嬉しいですよ。それに…もしこのまま昴さんとひとつになったとしても」
それは終わりじゃありません、と彼は言った。
「一つになったらそれで全てが終わり、というわけじゃないでしょう?身体を重ねても、重ねなくても好きな気持ちに変わりはないですし」
「……」
「だから、もしそうなってもそれはきっと終わりじゃなくて…むしろ始まりなんじゃないかなって。もっと、お互いを知り合うための」
「大河……」
「えへへ…ぼくがそう思うだけですけど。だから、昴さんもあんまり考え込まないでください。ぼくは、昴さんが傍にいるだけで…幸せですから」
胸のつかえが、すぅーっと降りていく。
深く考えなくても、単純な事じゃないか。
僕は、性別をばらすことも、彼とそういう関係になることも、まるで生死をかける一大事のように考えていたけれど。
「大河」
彼が好きだから、一つになりたい。
それで、いいんだ―――――。

「じゃあ、終わりじゃなく…僕たちの始まりのために…僕は、君の全てを知りたい」
頭を撫でる彼の手を取りながら、彼をまっすぐに見上げる。
「昴さん……」
「大河は…僕の全てを知っても、嫌わないと、約束してくれるかい?」
この期に及んでこんな事をいう自分はやっぱり恐れているのだろうか。
知られて、彼に嫌われることを。
「約束します」
僕の指先に彼の指先が触れ、指切りをするように小指を絡めあった。
間をおかずして降りてきた唇に、目を閉じて応じる。


それは約束の証であり、これからの僕たちの始まりのキスだったのかもしれない。


長い口付けの後に目を開けると至近距離から大河の視線とぶつかってやっぱり反射的に反対を向いてしまう。
恥ずかしくて、顔を見れない。
「昴さん」
「…や、やっぱり…顔を見ては無理だ。見なければ、平気だから…だから」
「……わかりました。昴さん…優しく、しますから。怖がらないで、ください……」
「う、うん。わかっている……」
再び大河に身体を包まれ、躊躇いがちながらも指が浴衣の中に忍んでくる。
優しく撫でるように胸を揉まれて顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「ん……っ……」
意思とは関係なく、身体中が震えて縮こまる。
怖い。
自分で決めたことのはずなのに、震えが止まらない。
これから何が起こるのかくらいは、わかっているけれど。
「……昴さん、好きです…」
耳元に感じる大河の吐息もいつもより荒くて、声にも熱を帯びている。
緊張しているのは、多分僕だけじゃなくて大河もそうなのだろう。
彼の動きはお世辞にも手慣れていないし、気持ちいいかと言われたら微妙だけれど。
でも、普段の彼らしい精一杯な雰囲気はひしひしと伝わってくる。
僕を、大切に思ってくれている気持ちは。
「…ぅ…んっ……たいが…」
背後から抱きしめたまま、大河はゆっくりと労わるようにして僕に触れる。
まるで、全身で僕の存在を確かめようとでもしているかのように。
指が鎖骨から胸を優しくさする間にも、唇が髪に触れ、その隙間にある首筋に軽く口付けられた。
うなじにキスをされすぅーっと舐められると、電流のような痺れが背筋を這って思いがけず高い声が漏れる。
「っ、んぁっ!」
その声の高さに、慌てて口を噤む。
こんな声を出したら隣のサニーサイドに聞こえるかもしれない。それは避けたい。
「昴さん…ごめんなさい。でも、気持ちいいですか?」
大河もそれはわかっているのか一瞬ぴたりと動きを止め、しばし波の音だけが部屋にこだました後。
ぎゅっと抱きしめられて耳元でそう囁かれた。
「さぁ…どうだろうね……」
彼の、少し嬉しそうな声がちょっと癪で。
十分に潤みを帯びた自分の声でそうはぐらかしても意味などなさない事はわかっていても、ついそう言ってしまう。
どうせならもっと。
自分の恥じらいも理性が吹き飛ぶほどに、追い詰めて欲しい。
何もかもを忘れて、彼のことだけで頭がいっぱいになるほどに。

暴れた拍子に浴衣が一層はだけて、最早着ているというより絡まっていると言った方が正しいのかもしれない。
閉じて汗ばんだ内腿が不快で足をかすかにずらすと、素足に大河の手が伸びてきた。
「た…大河……」
「昴さんの足…すべすべですね。こうして触れるなんて……夢みたいです」
うっとりとした声が、耳元にかかる。
僕のほうといえば、いつその中心に触れられるかとドキドキしているかというのに大河は夢中で僕の足をさすっている。
少しでも大河の指が内側の方へ来るたびに心臓が跳ね上がりそうになって気が気ではないのが馬鹿みたいだ。
「…っ…、はぁっ………んん……」
首筋を這う舌と唇。胸と足を這う指。
大河のぎこちないながらも熱心な愛撫で身体がだんだん熱くなってくる。
意識せずとも漏れる、艶めいた声が喉からあがるたびに大河は甘く優しい声で「昴さん」と僕の名前を呼ぶ。
僕の身体の強張りを解いて、安心させるように。自分の名前を呼んで欲しいと、せがむように。
「たい…が…ぁ…あ…ぅ、んっ……」
身体が火照るたびに、触れられてもいないのに一番熱い箇所がじわじわとほころんで。
「昴さん…」
時折、大河にぎゅっと抱きしめられるたびに背後に大河の昂りを感じると、そこは期待と恐怖に慄いた。
大河は意識してやってないのかもしれないが、擦り付けられるようにされるとその度にこのまま…と思ってしまう。
「昴さん、大好きです。だから、ぼくは……」
背後から一際強く抱きしめられたと思ったら、大河の手がお情け程度に身体に纏わりつく浴衣を留めていた腰紐に伸びる。
「……!」
驚きはしたが、止めようとは思わなかった。
固く、目を瞑って大河のしたいように身を任せる。
「昴さんの全てに、触れたい」
そう囁かれて、脳の芯が甘く痺れた。
腰紐を解いた大河の手がそのまま分け入るようにして足の間に伸びてきて、下着越しにじわりと濡れた場所に触れる。
軽く触れられただけなのに、他の何処に触れられるよりも背筋がぞくりとするほどの痺れが走った。
「すば…」
「言うな!」
彼が何を言おうとしたのかはわからないが、最後まで聞く前に振り返り小声で、しかし鋭く遮る。
「僕の、性別はわかっただろう?だから…何も言わずに…このまま……お願いだから」
きっと、今何を言われても恥ずかしくて静聴出来る自信なんかない。
だから何も言わずに抱いて欲しかった。
「昴さん……」
僕は泣きそうな顔でもしていたのだろうか。
大河は驚いたように僕を見ていたが、やがて皺の刻まれた僕の眉間にキスをすると優しく微笑んだ。
「昴さんがそう望むなら、ぼくは昴さんのお望みのままに。でも、痛かったら我慢せずに言ってくださいね」

そう言った大河の身体が、すっと離れた。
「大河……?」
今までぴったりくっついていた分、急に離れられると不安になる。
「そんなに不安そうな顔をしないでも、ぼくは何処へも行きませんよ」
頭上から見下ろす大河の浴衣も、既にはだけて着ている用などなしていない。
大河はもどかしげにそれらを脱ぎ捨てると、微笑む彼と目が合った。
「ただ、どうせなら後ろからじゃなく正面から昴さんと向き合って愛し合いたいですから」
臆面もなくそんな事を言われ、頬が染まる。
でもさきほどまでの恥ずかしさは、だいぶ薄らいでいた。彼の顔を見れるほどには。
微笑んだ大河がふと下を向いて視線を追うと、自分は自分であられもない格好のままなのに気付く。
羽織っていたはずの浴衣は、既に袖を通しているだけ。
室内の薄明かりに晒される自分の裸身に恥ずかしくなって胸元を手で隠そうとすると
「何で隠すんですか?ぼくは昴さんの全てが見たいのに」
と、どかされてしまった。
「これなら、さっきしてあげられなかったことも…出来ますね」
そう悪戯っぽく囁いた大河の唇が、さきほど指でさんざん抓まれた胸の突起を吸い上げ、舌が舐めあげる。
「ひぁっ…!」
指とは違う感覚にびくっと身体を反らせると、大河はもっと僕の反応を楽しもうとでもいうのか。
下着の中に指が入ってきて、すぐに触れた陰核をそっと揉まれた。
「んぅぅっ……ぅ!」
声は出来る限り抑えたけれど。
けれど、そこに触れられると抑えても抑えきれないほどの刺激が襲ってきてぎゅっと唇を噛む。
噛んだ拍子に一緒に髪まで噛んでしまったが、それは大河が笑いながらはらってくれた。
「声、我慢出来そうです?」
「だ…大丈夫…ぁうっ…はぁ……はぁ…」
無理に声を我慢すると、余計に息が乱れて苦しい。
「本当だったら、昴さんの声…聞きたいですけど。サニーさんに聞こえちゃいますもんね」
「あっ……」
それを理由に止めよう、とはお互い言い出さなかった。
もしも大河にそう言われても、僕は拒んだだろう。
僕も、大河も、きっと同じ気持ちだと思うから。
目の前の人と身も心も一つになりたい…と。

「たいが…たいがっ…はぁっ…っ、っ!!」
「昴さん……」
大河の指が、肉芽だけでなくその先の秘裂の中にまで侵入してくる頃には僕はもう余裕などなかった。
くちゅ、くちゅ…と内部から溢れ出す潤みを絡ませて抜き差しされる音を聞くたび、恥ずかしくて耳を塞ぎたいくらいだ。
代わりに頭を振っても、大河はもちろん止めてなどくれない。止められても、困るけど。
「凄い濡れてる…昴さん、感じてます?」
むしろ足を開かされ、彼に自分の秘所を見られているのかと思うとそれだけでまた蜜が溢れ出す。
彼の視線は一点のみに向けられ、いつしか愛撫もそこのみに集中していた。
爆ぜるような感覚が、身体の奥から湧いてくる。
肉体的な快楽、精神的な羞恥、ないまぜになった感覚が頭をぐるぐる周って僕の思考を麻痺させていく。
大河がくれる心地よい刺激。
ああ、でももっと。
もっと違う何かが欲しい。
もっと身体の奥で、大河を感じたい。
例えそれが痛みを伴ってもいいから―――――。

「……ますね」
「…え?」
そんな事を考えていて、彼の言葉を聞き逃したらしい。
問い返そうとする前に、足を殊更開かされ腰を掴まれて濡れた割れ目に当たる硬い感触を感じて。
「た……ぃっっ………!」
大河、そう名前を呼ぼうとした。
だが名前を呼ぶことは叶わず、ただ声にならない悲鳴となって吐き出されただけだった。
「っ……ぁ………ぅ……ぅぅっ」
溢れる蜜が潤滑液となったのだろうか。それとも大河が急いたのか。
先端が内部に侵入する感覚を感じた次の瞬間には、熱く滾ったものが深々と根元まで沈められていた。
途中感じた焼け付くような破瓜の痛みは、歯を食いしばって耐える。
代わりに涙が目に滲んだが、入ったこと自体にはほっとしていた。
いざとなって入らなかったらどうしよう…という不安がないわけじゃなかったから。
ちょっと強引だったけれど、あるいは痛みが少なく済んだはずだと必死に自分を納得させる。
「…っ……すいません。もっと、ゆっくり…挿れるつもりだったのに」
だが、急に腰を進めたのは彼の本位ではなかったらしい。
大河が、目を閉じたまま小さく呻いた。
「ごめんなさい、今抜きますから…」
「……痛っ…!」
言葉と共に引き抜こうと動かれ、裂かれた内部を擦られる痛みに今度は我慢しきれなかった。
「ぬ…抜かなくていい!」
無我夢中で手を伸ばし、大河を引き寄せるようにしてしがみつく。
「昴さん…でも」
「っ……ぅっ…」
頭と身体の引き起こす痛みに耐え、何とか目を開けると泣きそうな大河の顔が目に入る。
何だか、どっちが痛いのかわからないほど赤い目をしているが。
「いいから…少し、このままで、いてくれないか」
自分も願ったとはいえ、このまま動かれたら間違いなく暴れて逃げ出してしまいそうだ。
本音を言えば、とっとと抜いて欲しいけれどせっかく彼と一つになれたのにそれも淋しい。
動かれなければ…それでもひりひりするけどなんとか耐えられないこともなさそうだ。
「昴さん……」
「やっと…君と…こうして……うっ」
動くな、と言ったのに動かれてじろりと大河を睨むと大河は僕の背に腕を回して抱きしめてきた。
見た目よりも逞しい身体に全身を包まれてちょっと驚いたけど、素直に目を閉じて大河を抱きしめ返した。
ぴったり密着しているからか、それとも少し落ち着いたのか、彼と一つになっているんだという実感がじわじわと湧いてくる。
身体中を満たす幸福感で、胸が一杯になった。
「好きです、昴さん」
「僕も…だよ。大河……」
じゃなきゃ、こうして性別を晒して痛みを我慢してまで君を受け入れるわけないじゃないか…。
そう心の中で囁く。恥ずかしいから口に出しては言わないけれど。
目で、そう訴えかけると大河は微笑んで、そっと僕に口付けた。
軽い口付けを幾度か交わし、痛みも少し和らいだのを感じて僕は覚悟を決めて呟く。
「…少し、平気になったから。だから、動いても…いいよ。出来れば、あんまり激しくは…して欲しくないけど」
「昴さん…」
大河は心配そうだ。そうは言われてもすぐに動こうとはしなかった。
でもこのままはこのままで辛い。
さりとてそれを正直に口に出すのも躊躇われて言いあぐねていたら。
「……わかりました。もう少しだけ我慢…してください。なるべく、ゆっくり…でも、早めに済ませますから」
「ぅ…た、いが……ぁっ……ああっ…」
僕の体内の楔が大きく引き抜かれ、その後は言葉通り大河は小刻みに挿入を繰り返す。
「んっ…う……っ…あ、っ……くぅ……」
抜き差しされる度に擦れる部分が熱を帯びて痛みを訴えるが、大河の動きに合わせて漏れる声は、苦痛…だけじゃない。
痛いけど、痛いけど、それだけじゃなくて。
それだけじゃない何かが、混じっていく。
「たいが…たいが……う、あ…あっ…」
「……!昴さん、ぼく…もう…っ!」
ほどなく、彼の限界が来たらしい。
ぎゅっと目を閉じ抽挿に意識を集中させていた大河が噛みしめるように呟き、凄い勢いで自分自身を引き抜く。
直後の白い放流を彼は自分の手で受け止めて、ようやく解放された安堵感と同時にほんの少し寂しかったのは黙っておいた。
それは多分、彼の優しさなのだろうし。

「……昴さん、身体は…まだ痛みますか?」
彼は自分の放った精の塊を拭き取ると、ぐったりしたまま横たわる僕の純潔の証を丁寧に拭き取ってくれた。
恥ずかしくて自分でやろうとしたら、「動かないで下さい」と頑なに止められたのだ。
そういう彼には何を言っても無駄なので、おとなしく任せることにした。
「ん……まぁ、少しは。でも、じきに治まるさ……」
「昴さん」
拭き終えて、乱れた浴衣を着せてくれた大河が縋るような目で覗き込んでくる。
「ごめんなさい…昴さんだけが痛い思いをして…」
「こればっかりは仕方ないからね…いいさ。君は気持ちよかった?大河」
聞き方が不味かった。
大河は物凄く罪悪感たっぷりな顔をして頷く。
全く、世話の焼ける。
「だったら…いいだろう。時間はたっぷりあるんだ、いつかは…君と一緒に。……そうだろう?」
首を傾げながらそう囁きかけると、泣きそうな顔がぱあっとほころぶ。
彼の素直さに、今は感謝したい気分だった。
「はい…!もちろんです。ぼく、頑張りますから!」
「じゃあ、僕はもう寝る……疲れた」
本当なら、シャワーでも浴びるなりもう少し余韻に浸って睦言にでも華を咲かせるべきなのかもしれないが。
そんな余裕もないほど、瞼が重くなっていた。
「おやすみなさい、昴さん」
僕の邪魔にならないようにと、ベッドから出て行こうとする彼の袖を捕まえる。
離れたくない。もう少しだけでも。
「…昴が、寝付くまででいい。傍に、居てくれ……」
「……」
その言葉は意外だったのか大河は口をぽかんと開けて僕を見たが、すぐにいそいそとベッドの中に入ってきた。
「じゃあ、ぼくが腕枕をしますよ。えへへ…夢だったんですよ、実は。昴さんにしてあげられたらなぁ…って」
「それは…夢が叶って良かったね……」
おずおずと差し出された腕に、頭を預ける。
「おやすみなさい…昴さん」
大河の声と波の音に包まれながら、僕は意識を手放した……。

翌日。
結局、大河も僕のベッドで寝入ったのかそれとも僕を起こさない為の配慮か。
夜明けにはまだ早い時間に目を覚ました僕の目の前に飛び込んできた寝顔に一瞬驚いたが。
すぐに昨日の事を思い出して、頬が熱くなるのを感じながらその寝顔を見つめる。
「君にしては、頑張ったんだろうね…多分」
ぽつりと呟くと起こさないようにそっと、その頬にキスをした。

「昴さん、ほら日本が見えてきましたよ!」
甲板で遠くの陸を指差しながら大河がはしゃぐ。
「ああ…そうだね。久しぶりの日本だ……」
「いやぁ〜長かったねぇ。ようやく神秘の国、ニッポンをこの目で拝めるよ」
いつの間にか帽子を被ったサニーサイドが隣に居て、大河の指差す先を嬉しそうに眺めている。
「……君が一番嬉しそうだな、サニーサイド」
潮風に飛ばされないようにか、帽子を押さえたままのサニーに向かって目線を向けると意味深な笑みを返された。
「キミだって何かを得たんじゃない?前半に比べると後半の旅は大分楽しんだようだけど」
「何のことかな。とりあえず、帝都滞在中はくれぐれもおかしな真似はしでかさないでくれよ」
「酷いなぁ。ボクはそんなに信用ない?これでもキミ達の事を考えているんだけどね」
何処まで知っているかわからない台詞を吐くサニーの横をすり抜けて、甲板の先で地平を見つめる大河の傍へ走り出す。
海風に煽られて揺らめく髪を押さえつけながら彼の傍まで来ると、大河の顔を見て話しかけた。
「大河」
「何ですか、昴さん」
「時間があったら、帝都でデートでもしようか」
「え、本当ですか?」
「君にはプチミントの格好をしてもらうけどね」
「…うぅぅ…帝都でまでプチミントですか……」
途端にがっくりと肩を落とす大河に向かって笑いかける。やっぱり、彼をからかうのはやめられない。
「嘘だよ。…全く君は思うがままだな」
「うう…ひどいですよ昴さん。でも、約束ですよ」


それから日本で過ごした日々の事を語るのは、また次の機会にしよう。
…もし、あえて記述することがあるとすれば。

「昴、キミに似合うと思ってバッチリ買ってきたよ!」
「い、いけませんです!そんなこと許されませんです!」
僕が舌打ちしながらサニーに抗議するより先に裏返った声でそう叫んだのは隣に居た大河だった。
「昴さんにスクール水着なんて…そんな、そんなの…」
馬鹿、大河。
何故そこで君が赤くなる。
「なんで?昴のスクール水着姿見たくないの?大河くん。きっと似合うよ。それともメイドの方がいい?」
「違います!そうじゃなくて…その……」
俯きながらもじもじする大河を放置してサニーに向き直る。
「昴は思った…好き嫌いの問題ではなく立派なセクシャルハラスメントだ。僕はそんなもの着る気もない、と」
やっぱり日本に来る人選を誤ったと、我らが司令の手にするモノを見て思ったくらいだろうか。

END



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