遠く遠く


「おめでとう、ラチェット」
「ラチェットさん!おめでとうございます」
今日は私の誕生日。
リトルリップシアターのみんなは屋上のテラスで私の誕生日パーティーを開いてくれた。
「ありがとう、みんな」
昴にサジータに大河くんにサニー、プラムと杏里。
二日前だというジェミニの誕生日を兼ねて他のみんなが祝ってくれる。
大河くんの来る前は、こんな事はなかった。
先日の裁判騒動が起こったせいだろうか。
今までなら忙しいと参加しなかったかもしれないサジータは大河くんに絡みながら陽気に歌っている。
その様子が微笑ましかった。
期待したとおり、大河くんは『サムシング・エルス』を持っている。
これなら、きっと……。

「ラチェット…終わったら少しいいかい」
飲めや騒げやの宴もたけなわになった頃、そっと近づいてきた昴がぽつりと呟く。
「え、ええ…構わないけれど」
「おや、今日の主役をお持ち帰りかい?昴」
いつの間にか間に割り込んできたサニーを睨みつけて昴はため息をつく。
「……品の無い言い方はよしてくれないか、サニーサイド。そういうつもりじゃないよ」
「じゃあボクもご一緒していいかな。キミらのする話に興味があるしね」
「…たいした話じゃないけど、まぁ…嫌だと言った所でついてくるんだろう。君は」
「オーケイ。たまには両手にブロードウェイの美女とオリエンタルビューティーを侍らすくらいの特権は欲しいからね」
お互いの言いたい事を言ってしまうと、二人とも波が引くように去っていってしまう。
全く、仲が良いのか悪いのかわからない。

「指令室に行くの?」
「ああ、会わせたい人間がいるんだ」
「会わせたい人間…?」
「行けばわかるよ」
先導する昴、後ろを歩くサニーに挟まれる形で私は指令室へと降りていく。
着いてきてくれ、と言われて着いていった先は何故か指令室へと降りる階段だった。
「…ちょっと待っていてくれ。すぐに呼んで来る」
入り口まで来ると、昴は一人で中に入ってしまった。
「呼んで来るって…」
「まぁまぁ、昴に任せて」
後ろに居たサニーがぽんぽんと私の肩を叩きながら意味ありげに笑う。
「あなたは知っているの?相手が誰だか」
「まぁ…ね。昴に自分は面識がないから話をつけろと言われたし」
「……」
昴の面識の無い人物…誰だろう。
そもそも、華撃団の設備を使うような相手は一体……。
プシュと音を立ててドアが開く。
「いいよ、入っても。思う存分、日頃の鬱憤を晴らせばいい」
中から出てきた昴は私の横をすっとすり抜けるとサニーは見計らったかのように私の背を押した。
「え、ちょっと待って……一体、誰……」
『ラチェット?』
「!!」
後ろで締まるドアにモニター越しにちょっとかすれた男性の声が重なる。
聞き覚えのある、懐かしい声。
「え…まさか」
『久しぶりだね…元気かい?新次郎は、君に色々と迷惑をかけていないかな』
ちょっと困ったように笑う、ノイズ交じりの笑顔。
「なんであなたが……」
『うん、まぁ…君の華撃団の九条…昴くんに自分の代わりに新次郎を寄越したなら、その後のケアもするべきだと言われてね』
「昴が……」
驚いた。と、同時に納得する。
サニーが「話をつけろと言われた」のも昴が「日頃の鬱憤を晴らせ」と言うのも。
…確かに、大神には言いたい事がたくさんあった。
こちらから連絡をとろうとろうと思いながら忙しさのあまりそんな事も忘れていたのだ。
しかし面と向かうとあれほど言いたかった台詞が浮かんでこない。
何か、何か言わないと……と思い悩んだ末に。
「た…大河くんは、よくやってくれているわ。私の代わりに……」
隊長見習いとして、と言う言葉を続けようとして悩む。
どうせ大神は私が霊力を失った事も大河くんを隊長見習いに指名した事も知っているに違いない。
でも、いざ自分から言うのは躊躇われた。
彼は昔の私を知っている。自信家で、傲慢で、全てにおいて効率しか考えなかった私を知っている。
あれほど自分に自信を持っていた私が自信の源を失った姿は彼にはどう映るのだろう。
恐る恐る俯いていた顔をあげると…
『ラチェット』
彼は微笑んでいた。
以前、私が自分のした事を彼に打ち明けたときのように穏やかで優しく。
『ハッピーバースディ、……これからの新しい君に、おめでとう』
「な……知って、たの?」
突然の台詞に目を丸くする。
彼に誕生日を教えた覚えは無い…とすると昴が言ったのだろうか。
『う〜ん、実はこれも昴くんに聞いたんだよな…もっと早く知っていればプレゼントでも贈れたんだけどね』
「そんなに気を使わなくていいわ。そう言ってくれるだけで嬉しいもの」
ほんの少し、目元が潤んだのを悟られないように髪をかきあげる。
予想もしていなかったからか、少しだけ泣きそうな自分がいた。
『しかし一年前とは服装が違うせいかな…随分雰囲気が変わったね。今のスーツ姿もよく似合ってるよ』
「あなたは……変わらないわね。司令になったのにまだモギリ服なの?」
『ははは…着慣れてるせいかこの方が落ち着いてね』
「ふふふ……」
大神のジョークに口元に手を当てて笑う。


『なーに、二人でいい雰囲気になってるですかー?』


そこへ割り込んでくる独特のイントネーションをもった高い女性の声。
「……織姫……」
『ボクも……いるよ』
「レニ……」
『ふ、二人とも…なんでここに』
大神の両脇に並ぶようにして現れた二人は、驚く大神を横目に私に向き直る。
『ラチェット、久しぶりでーす』
『久しぶり……ラチェット。誕生日、おめでとう』
『おや、そうだったですか〜?』
『そうだよ。ラチェットの誕生日は1906年6月23日。血液型はA型……』
『じゃあ私からも言ってあげます。ラチェット、おめでとうでーす』
「……」
私の記憶が正しければ。
彼女たちに誕生日を祝われるなどそれこそ初めてじゃないだろうか。
長い付き合いではあるけれど、それぞれの性格ゆえにそんな事を言った事も言われた事もない。
そんなものを、誰も必要としていなかった。
少女の頃の、私たちは。
「ありがとう、織姫。レニ」
『はは…何だか俺の方が邪魔者みたいだな』
織姫とレニに囲まれながら私に向かって笑う彼が、私たちを変えた。
こんな風に、遠く離れていても笑いあえる関係に。
大丈夫、と心が温かくなる。
新しい私を、彼も織姫もレニも受け入れてくれるだろう。
共に戦場で戦う事はもうなくとも、共に戦った記憶が消えることは無いのだから。
「そんなことは…ないわ。あなたには、言いたいことも聞きたいこともたくさんあるんですからね。何で大河くんが来たのかとか」
じろり、と彼を見ると彼はちょっと困ったように首をかしげた。
『あ…いや、それは……』
『大河?ああ…あのぽやんとした人ですか。ラチェットも大変ですねー、あの昴に加えてお子様のお守りなんて』
『織姫、大河少尉は19歳だよ』
『なっ…あの顔で19歳ですかー?信じられませーん!』
何処かで見たような光景に、吹き出してしまう。
やっぱり大河くんは見た目よりも若く見えるのは変わらないらしい。


「……キミも話に加わらなくていいのかい?」
「必要ない」
「大神に面識はなくとも帝国華撃団にはキミのかつての仲間もいるんだろう?懐かしいんじゃないのかな」
「…別に。同じ欧州星組に所属していただけの関係だ、懐かしいとも思わない」
「でも仲間だろう、積もる話もあるんじゃないか」
「サニーサイド」
尚も言い募ろうとするサニーサイドを昴はきっと睨みつける。
「勘違いするな!今回の事は…大河を代わりに寄越しておきながら何一つ言ってこない大神司令に一言言いたかっただけだ」
「そのついでにラチェットを元気づけるように頼んだのかい?まぁ、彼はラチェットにとって特別な人間だしねぇ」
「……僕には霊力を失ったラチェットの気持ちはわからない。今後の事を考えれば、大神司令の方が助言も出来るだろう」
「ひどいなぁ。ボクだって司令なのにさ」
肩を竦めるサニーサイドを冷ややかに見つめると、昴はすっと踵を返した。
「………遠く離れているからこそ、言えることもあるだろう。それじゃあ、僕は帰るよ」
そのまま振り向きもせず去っていく昴の後姿が見えなくなると、サニーサイドは一人呟いた。
「やれやれ…大河くんにあの昴を変えることが出来るのやら。…まぁ、何とかして貰わないと困るけど」
一人、二人と指を折りながら4本の指を折ったところで唇の端に笑みを浮かべる。
「あと4人…纏め上げて貰わないとボクの盆栽は完成しないからね」

「サニー、…昴は?」
扉を開け、ドアの外を見るとそこに居るのはサニー一人だった。
「帰ったよ」
「そう……」
織姫とレニが昴にも会いたいというから一緒に会話に加わって貰おうと思ったのに。
「ボクは加わらないのかい?って言ったんだけどね」
「そう、仕方ないわね……」
でも、それが昴なのだ。
孤高の天才であるがゆえの孤独な存在。
私よりも、織姫よりも、レニよりも。
『ラチェット、昴はいましたかー?』
「ううん、居なかったわ。でも……」
いつかきっと、4人で話せる日が来るだろう。
織姫が、レニが、私が変わったように。
その日は、きっと遠い日ではないはず。
だからその時には今度は私が昴をここに連れてこようと思いながら、私は画面の向こうの3人に微笑みかけた。

END


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