「ふ、ぅ……ぁ…はぁ……」
「気持ちよくなってきた?……キミの手越しでもわかるほど鼓動が早いから、平常心どころじゃないかもしれないけど」
蕩けかけていた意識が、その言葉で覚醒する。
サニーサイドにもたれかかるようにしていた背筋を伸ばし、きっと後方のヤツを睨む。
「そんなことはない!!」
「そう。まぁ、胸を揉んだくらいじゃその鼻っ柱は折れないか。じゃあ次の段階に進みますかね」
「何……?」
男と女が二人きりで何をするのか。
まともに外の世界を知らなかったオレにはよくわからなかった。
だから、サニーサイドの手が閉じていた足の間に入り込んできたときも。
オレはその先の意味をわからずにいた。
「な……馬鹿!何処を、触っている!」
不意に、痺れが全身を襲った。
「何処って……何、言って欲しいの?」
「言うな!」
と、時々。
ラリーに乗っているときとかに擦れてむずがゆいような気持ちになったことはあるが。
直に、しかも他人の指に触れられた感触は言葉に出来ないほどの衝撃だった。
「や…馬鹿!離せ!そんな所を触るなんて…貴様は変態か!離せ!」
一瞬、頭が呆然としかけたがすぐに恐怖が湧いてきてサニーサイドの腕の中でもがく。
「う〜ん…面白い反応だねぇ。キミを気持ちよくさせるために触ったのに変態と言われるとは」
「き、気持ちよくさせるって……」
その言葉に少なからずショックを受ける。
これは、オレの師匠の仇討ちへの覚悟を試すため試練じゃなかったのか。
オレを…気持ちよくさせる?
意味がわからない。
「だってさ、キミはヴァージンだろ?それじゃあこっちに挿れたところで気持ちいいとも思えないしねぇ」
「……え、や……よせ!んんっ」
ぺろりと舐められた指が、さきほど触れられた場所よりも更に身体の奥深く。
自分自身でも未知の部分に浅く沈められて、オレは今度こそ呆然とした。
「……」
「まぁ、ジェミニ君のヴァージンを本人の知らない所で奪うのも悪いしね、挿れる気はないけど」
オレは呆然としてサニーサイドの話など全く聞いていなかった。
自分の身体のそんな所に他人の指がやすやす入ってしまうなど。
それだけでショックだった。
「少しは安心したかい?挿れられずに済むとわかって」
サニーサイドは放心状態のオレを抱き寄せながら、身体を痺れさせる赤く腫れ上がった部分を抓み、擦りあげ、弾いた。
「や、……嫌だ!!あぁっ…」
またあの痺れが、身体を這う。
必死にもがいて逃れようとしたら、逆に一瞬のスキをつかれて閉じていた足を開かされてしまった。
「イヤ?挿れて欲しいの?」
「ちが…違う!はな、せ……はなせっ!」
「暴れても無駄だよ。まぁ、そんなに興奮しているなら胸でも揉んで気を落ち着かせたら?」
嘲笑されているのが悔しくて。
行為が止められないのならばと唇を噛んで湧き上がる感覚に耐える。
どうすれば終わりなのかなどわからないがわからないが、そうしていればヤツも飽きると思ったのだ。
だが執拗なほどに絶え間なく続く、触れられるほど敏感になる部分への指の動きに。
オレが頭を真っ白にして屈伏させられたのはそれから5分もしないうちだった。

「……っ」
全身を突き抜けるような震えが何度か身体を伝い、波のような感覚が過ぎ去ってしまうと。
何故か今までと違って擦られるのが痛くなって、小さな呻きをあげたのをサニーサイドもわかったらしい。
「ああ……イったのか。…我慢強いんだね。声も殺したままイくとは思わなかったよ」
「……」
イク、というのはさきほどの頭が真っ白になる状態を言うのだろうか。
一気に疲れが出たかのように全身が気だるくてたまらない。
けれど、サニーサイドは満足そうだった。
オレを横たえると鼻歌まじりに衣服を整えている。
何が…楽しいのかわからない。
これが、オレを気持ちよくさせるということなのか…?
「まぁ、その立派な精神に免じてこの辺でやめておくよ。シャワーでも浴びていくかい?」
「…約束を」
オレがうわ言のように呟くと、サニーサイドは愉快そうに大声で笑った。
「ハハッ、勿論守るさ。だからとりあえず服を着たほうがいいんじゃないか。風邪を引くよ」
まるで子供をあやすように乱れたオレの髪を撫でると、サニーサイドはオレの耳元でこう囁いた。
「これからも妖魔の情報が欲しかったらいつでもボクの所へおいで。それ相応の対価で、キミに教えてあげよう」
『これからも』
その言葉はこれが一度限りの事ではないと言わんばかりで。
思わず驚きに目を見開くとサニーサイドは笑いながらオレにキスをした。
契約の証のように。


…そうしてサニーサイドから情報を聞くようになってから。
師匠の仇が何処に現れるか、今までとは違い予測出来るようになった。
いかなる方法なのか知らないが、ヤツの紐育華撃団のデータの精度は高い。
ジェミニは紐育にますます疎外感を感じているのか、オレ自身も出てきやすくなった。
だが、何度対峙してもヤツを仕留めることが出来ない。
何故だ。
ヤツを倒せば全てが終わる。
師匠の仇を討って。
オレの目的が達せられるはずなのに。
何故、オレは仇を、討てない。


「んっ、ぅ……ぁっ」
「最近、キミで居る時間が長くなってきたね?ジェミニン。以前にも増して悪を裁きまくっているそうだけど?」
この行為が何度目なのかいちいち数えてなどいないけれど。
サニーサイドはいつものようにオレの身体に触れながらそんな事を言う。
「仇を討つだけなら正義の味方をする必要もないんじゃない?」
「うるさ…い。貴様には、関係ない……」
オレはイライラしていた。
仇を目の前にしながら討てないもどかしさ。
そして、最近オレの目の前によく現れる一人の男。
ジェミニの知り合いであるその男はオレに余計なおせっかいをかけてくる。
警察どもも、相変わらず五月蝿い。
仇を討つのは目前のはずなのに。
何かに追い詰められるような感覚が、日増しにオレを支配していた。
「ボクの知り合いにも師匠の仇と言って迫ったんだって?そうじゃないことは、キミだってわかっているだろうに」
「……」
そんなことはわかっている。
「それに、マスター・ミフネの仇を討つと言いふらしまくってるからキミとジェミニ君の関係を怪しんでる人間もいるよ?」
「…オレには関係ない」
今日のサニーサイドはいつにも増して饒舌だ。
鬱陶しいくらいに。
「まぁキミがどう動こうと勝手だけど。ほどほどにしておかないとキミの身が危ないかもよ?ジェミニン」
「はっ……貴様が、オレの心配か?オレのことを、情報を盾に弄んでいるだけの貴様が…第一、心配など無用だ」
「う〜ん。そう言われると事実だから弱いなぁ。けど、それなりには心配してるんだよ。これでもボクは、キミを気に入ってるからね」
首筋にキスを落としながらそんな事を言うサニーサイド。
「戯言を……」
オレの身体を弄ぶだけの男に心配されるなど。
でも。
最初ほどこの腕の中がイヤだとは思わなくなっていた。
「戯言じゃないさ」
サニーサイドはオレの手を取り、口付ける。
気障ったらしいことこの上ないが、オレは振り払う事もせずに好きにさせた。
オレは、生まれてこの方誰かに抱きしめられた事などない。
ずっと一人で。
師匠がオレを認めてくれるまで一人で。
師匠が死んでからも一人だった。
「……」
師匠以外に現れたオレの存在を知る人間。
人の肌とは、こんなに温かいものだったのか。
腕の中とは、こんなに心地よいものだったのか。
…この気持ちは、何だ?


それからもオレとジェミニとの歪みは増していくばかりだった。
元より、一つの身体に二つの精神が共存出来るはずないことくらいオレにだってわかる。
だからオレはムリにジェミニの身体を支配しようとは思わなかった。
ジェミニは慣れない紐育に戸惑い、心が弱くなっているだけだと思っていたから。
しかしジェミニは変わってしまった。
夢であった星組隊員になれるというだけで。
全てを忘れてハッピーになろうなどと言い出す。
『ボクね、お姉ちゃんにもハッピーになってもらいたいんだ。仇討ちなんてやめて……』
『うん、そうだね。罪を憎んで人を憎まず!きっとわかってくれるよ』
ジェミニと大河の会話に耳を疑った。
ジェミニは、そこまでかわってしまったのか。
…ジェミニにとって、師匠の仇を討つというのはその程度の思いしかなかったのか。
自分の夢さえ叶えば、捨ててしまえるような気持ちで師匠の仇を討とうとしていたのか。
ならば、もう……容赦はしない!!

「……わかる気はない。オレは師匠の仇を討つ。それだけのためにここにいるんだ!」
「ジェ……ジェミニン!!ジェミニンか!?」
ジェミニの意識を無理やり乗っ取っても。
今までジェミニが感じていた疎外感がオレに降りかかってきたと思えるほど、オレは孤独だった。
「もう、ジェミニはいらん……師匠の仇は、オレ一人で討つ!!」
裏切られた気分だった。
ジェミニに。


「……おや、ジェミニン。どうしたんだい、疲れた顔をして」
「……」
家に帰る気にもなれず足が向かった先は何故かサニーサイドの屋敷だった。
何でもいい。
むしゃくしゃした気分を晴らしたかった。
おぼつかない足取りでサニーサイドに近づくと、その胸にしがみつく。
何故だかわからないが、それだけでほんの少し落ち着いた。
自分が一人じゃないような気分に、なった。
「ジェミニン?」
オレの様子がおかしいのに気付いたのか、サニーサイドはオレを引き剥がすと顔を覗き込んでくる。
「そんなに興奮してどうしたんだい?何かあった?」
「…貴様には関係ない。それより、ヤツの情報を寄越せ。…もうちょっとなんだ、もうちょっとで……」
仇が討てる。
そう言う前に唇が塞がれたが、オレは抵抗しなかった。
目を閉じ、サニーサイドに身体を任せる。
一人で居たくない。
どうしようもない孤独感に苛まれて身体が押し潰されそうだった。
「…ふ…はぁ……っ…ぁ」
だから例えそれが偽りでもいいから。
今だけでいいから自分が一人でない証が…ぬくもりが欲しかった。

「…ぁ、ああっ!!んっ……」
「今日はまた随分と声をあげまくりだね。いつも必死に噛み殺してるのに」
サニーサイドの言葉も耳に入らない。
オレはただ、与えられる心地よさに身を任せて我を忘れたいだけだった。
だが、いつもと同じようにイかされただけでは満足できない。
「……まだだ」
「ん?」
「まだ、足りない。もっと…オレを……満足させろ」
達したあとの疲労感に肩で息をしながらもしながらもサニーサイドに爪を立て、上目遣いに睨みつける。
「う〜ん…何だか趣旨が変わってる気がするけどまぁいいか。キミにおねだりされるなんて初めてだしね」
ヤツはじゃあもう少しサービスするか、と言いながら指を熱く湿ったオレの中に沈めた。
「…!あ、あぁ……くぅ…」
指を入れられたのは最初のとき以来だった。
サニーサイドの指が、オレの中で生き物のように蠢く。
抜き差しされるくちゅりとした音が耳に届いて、オレはサニーサイドのスーツを掴んだまま首を振った。
「痛い?」
「……違う!」
実際、痛みはなかった。
異物が自分の中に入り込むという恐怖と違和感はあったが。
「はぁ、っ……んぅっ……んんっ!」
サニーサイドは、オレの声でまるで何かを探り当てるかのように内部をあちこち掻き回す。
たった指一本だけなのに。
オレはその動きに翻弄され、荒い呼吸を吐きながら身を捩じらせる。
「……っ、ん、あっ…あうっ!」
やがて、他の所よりオレの声が高くなる場所を見つけたサニーサイドはそこを集中的に擦りだした。
「や…はっ……んぁっ……!!」
既に一度昂りが治まっていたはずの肉芽と共に刺激され、オレは何も考えられなくなるほどの快楽に身を包まれる。
いつの間にか増やされた指が尚もオレを攻め立てて。
動きに合わせて息をつくのもままならないほどになってもオレはサニーサイドにしがみついていた。
いつもはそんなことはない。
でも、今だけは離すのが怖かった。
師匠のように。
置いていかれそうな気がして。
…そんなことあるはずもないのに。
やがて、いつもより長い余韻を残して達した後も。
オレはサニーサイドを掴んだ手を離さなかった。

「……少しは満足したかい?」
汗でオレの額に張り付いた髪をはらいながらサニーサイドは微笑む。
オレは重い身体を預けたまま、されるがままにしていた。
激しい修行の後のように身体がぐったりして、動く気にもなれないのもあるが。
「ああ……」
「それは良かった。これ以上と言われると流石に困るからねぇ」
「……何故だ」
「だってこれ以上やる事と言ったら一つしかないから、それはヤバいしね」
「……」
この身体はもうジェミニのものじゃない、オレだけのものだと言おうとしてやめた。
「疲れた…今日はここで寝ていいか」
「別にいいよ。ベッドは余ってるから好きな部屋を使って構わないし」
「ここでいい……」
ごろん、と横になる。
ほとんどほどけかけていた髪紐を無造作に抜き取ると、当てもなく放り投げ目を閉じた。
「おいおい、ボクのベッドを奪うつもりかい。しょうがないなぁ……ボクが別の部屋に行くか」
「別に……二人で寝ても十分な広さだろう。貴様が横に居ようが、オレは構わない…」
「…今日のキミはなんかおかしいね。まぁいいか。疲れさせちゃったのはボクだしね」
オレはきっと心のどこかで気付いていたのだろう。
これが。
最後の夜となる事に。


翌日。
オレはジェミニがいつもそうしているようにシアターに向かった。
行こうと思ったわけではないが、無意識に身体が動いていた。
「あ、ジェミニさん。おはようございます」
女が近づいてくる。
確かこいつは…売店の売り子だかをしていたか。
「大河新次郎は来ているか?」
「え、大河さんですか?まだ来てませんけど…」
「じゃあ来たら伝えろ。オレが屋上で待っているとな」
「え、え…ジェミニさん?」
それだけ言うと何か言いたげな女を無視して屋上にあがる。
空を仰ぎなら天に手をかざすと、指の隙間から陽の光が漏れた。
オレが憧れていた光の世界。
それを手に入れたはずなのに。
思ったほどの喜びはなかった。
「……来たか」
ほどなくして、息を切らせながら大河がやってきた。
相変わらず、何だかんだとオレとジェミニの事に口を挟んでくる。
こいつには…わからせてやらねばならない。
ジェミニはもういないことを。
この身体は、オレのものだということを。
わからせて、オレを説得しようなどという考えを捨てさせなければ。

そんな風に大河と話していたときだった。
警報が鳴り響いたのは。
即座に大河の首根っこを捕まえて走り出す。
「おい!作戦指令室はどっちだ!」
「そ、それは地下だけどまずは着替えないと…わひゃあ!」
「そんな面倒くさい真似がしていられるか!さっさと案内しろ!!」

「ほぅ……キミが来たのか?」
サニーサイドには口調でオレということがわかったらしい。
ずれたサングラスをかけなおすと、喉の奥で笑った。
「……敵はどこだ?はやく教えろ」
サニーサイドと大河以外の人間は何事かと顔を見合わせながらざわめいているが。
オレはそれらを一切無視してサニーサイドだけを真っ直ぐに睨みつけた。
他の人間などどうでもいい。
欲しいのは情報。
それはヤツも当然理解できている。
ぱちん、とヤツが指を鳴らしすぐさまモニターに映し出された映像に映っていたのは、師匠の仇だった。
「敵はブルックリン橋にいるよ。さぁて……どうしようね?」
どうするもなにもない。
仇を討つ以外の選択肢などオレにはない。
「どけっ!」
入り口付近で呆然としていた大河を突き飛ばすとすぐさま指令室を後にする。
もうすぐだ。
もうすぐで全てが終わる。
そうすればきっと。
オレの中の師匠も…喜んでくれるはずだ。

しかしブルックリン橋に到着しても師匠の仇の姿は見当たらなかった。
「……」
「ジェミニン!」
オレを呼ぶ声に振り向くと、オレを追ってきたのか大河の姿が見えた。
そしてお決まりの台詞を言う。
仇討ちをやめろと。
その言葉に、苛立ちが限界を超えた。
うるさい、うるさい、うるさい……!!
コイツが、コイツがいるからジェミニは仇討ちを止めようなどと思ったのだ。
コイツも……オレの敵だ!

オレは剣を抜き、大河に斬りかかる。
だがどんなに斬りかかっても、オレは大河を斬ることはできなかった。
大河より、オレのほうが強いはずなのにオレの剣はヤツに通じない。
力ではない強さ。
相手を負かすのではなく大切なものを守るために剣を振るう。
それは、師匠がオレに教えてくれたものだった。
…どうして、忘れていたのだろう。
師匠はオレに、オレに……ハッピーになるために剣を教えてくれたのに。

いろいろな事がありすぎて、オレはいつの間にか泣き疲れて眠り果てていた。
覚えている事は…オレは大河の剣に全てを打ち砕かれ、敗北と、ジェミニと、そして師匠の笑顔を手に入れた。



……どれくらい眠っていたのか。
「お姉ちゃん、起きた?」
「…ジェミニ」
「大丈夫?凄く疲れていたみたいだけど」
「ああ、オレは平気だ。お前こそ平気なのか?」
「うん、ボクは全然平気だよ!あのね、お姉ちゃんが寝てる間に色々あったんだよ」
そう言ってジェミニは色々なことを語りだす。
師匠の仇との戦闘。
舞台の主役に選ばれた事。
「今度ね、ボクの入隊と初舞台の成功を祝ってみんながパーティーをしてくれるんだよ」
「そうか…それは良かったな」
嬉しそうに言うジェミニに頷きながら答える。
ジェミニが嬉しいならオレも嬉しい…などという日が来るなどとは思ってもみなかった。
今のオレには表で日の光を浴びるジェミニを妬む気持ちも僻む気持ちもない。
これ以上ないほどに…心が穏やかで、静かだった。
「お姉ちゃん、新次郎もお姉ちゃんに会いたがってるよ。みんなにもさ、ボクのお姉ちゃんを紹介したいし」
「……そうだな。オレもアイツに会いたい。会って、話したいことがある」
「うん!新次郎も喜ぶよ。楽しみだなぁ…」
新次郎には、会って話したいことがあった。あいつにだけは。

けれど、その前にたった一つだけジェミニに知られずにしたいことがあって。
オレは寝静まったジェミニの身体を借りて、ある場所を訪れた。

「……やぁ、また仮面の剣士に会えるとは思わなかったな」
オレは仮面をつけ、サニーサイドの元を訪れた。
「これからも紐育の悪を退治するつもりかい?」
頬杖をつきながら問いかけるサニーサイドに首を振って否定する。
もう、仮面の剣士として夜な夜な紐育を彷徨うつもりはなかった。
「じゃあ何でその格好を?」
オレはその問いには答えず、仮面を外すとサニーサイドに向かって投げる。
ヤツは驚いたようだが宙を舞った仮面を受け止めた。
「それは……お前にやる」
「へ?ボクに?」
「お前には世話になったからな…その礼だ」
「あ、ああ…ありがとう。でもいいのかい?キミには大事なものなんじゃないのか」
「いいんだ、オレにはもういらない。それに……」
お前に持っていて欲しい、という言葉を飲み込む。
オレを忘れて欲しくないなどという感情を、悟られたくなかった。
「それに?」
「……なんでもない。それだけだ、じゃあな」
「ジェミニン」
くるりと背を向け、歩き出そうとしたら声をかけられた。
ぴたりと足が止まる。
「これは、預かっておくよ。返して欲しかったら、いつでも来ればいい」
「……そんな日は絶対に来ない」
「……」
ぽつりと呟くと、後ろを振り返りもせずに走り出す。
変な女だと思われただろうが、それでもいい。
ただ、オレの事を覚えていてくれれば。
忘れないで、くれれば。


「サニー、入るわよ…って、何してるのよ!」
「いやまぁ…似合う?」
「馬鹿な事してないで早くサインを頂戴!…全く、今度はあなたが仮面の剣士になるつもり?」
「ああ…それもいいかもね。馬に乗ったヒーローって格好良いよねぇ」
「もぅ……仮面の剣士は一人で十分よ。何人も居たら迷惑でしょうがないわ」
「…もう仮面の剣士は現れないよ」
「え?」
「ヒーローは風のように現れて去っていくのが運命だからね。人の心に印象だけを残して、さ」


「……すまない。お前にだけは、伝えておこうと思ってな」
パーティーの日、オレはジェミニに頼んで新次郎を屋上の隅に呼び出した。
「実は、少しの間……眠りにつこうと思う」
それは少し前から決めていた。
「眠りにつく……?どういうことですか?」
オレは新次郎にいろいろあって疲れたことを述べ、当分の間は出てこないことを告げた。
「……ジェミニはそのこと、知ってるんですか?」
案の定、新次郎の顔が曇る。
だが、新次郎にはジェミニの事を頼まなければならないのだ。
オレが、たった一人の妹を頼めるのは新次郎しかいないのだから。
「それじゃあな……おやすみ……」
一通り、言いたかった事を言い終えると、オレはそう言って意識を薄れさせていく。
「おやすみ、ジェミニン……」


きっと、二人はお似合いのカップルになるだろう。
ジェミニが新次郎に信頼以上の好意を抱いているのは言葉にしなくてもわかる。
オレも…二人にはうまくいって欲しい。
だから、それまでオレは眠ろうと思った。


目を閉じると、師匠の顔が…そしてもう一人の顔が浮かんで、消える。


きっと。
次に目覚めるときには。

オレのこの不確かな気持ちは消えているのだろう。

…誰にも知られずに、消えていく思い。

誰も知らなくていい。

誰にも知られなくても、オレだけが知っていればいい。

オレだ け が … …





END


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