Message of love


「さぁ、ダンスタイムだ!好きな人を誘って……カモン、ダンシング!!」
サニーサイドがそんな風に叫んだのは聞こえていたが。
ラチェットが大河に近づき、彼がラチェットの手を取った時点で選択肢などないも同然だろうと心の中でため息をつく。
残るはサニーサイドに加山に王氏。
いずれも独身の男性ではあるが、ジェミニたちの『好きな人』ではありえない。
サニーサイド的には大河をちらちら気にするラチェットを焚きつけたかっただけなのかもしれないが…。
などと考えながら船の縁にもたれシャンパンに口をつけていた僕は、近づいてきた人物に名を呼ばれても
「昴」
その人物の意図など気にもしていなかった。
「ボクと踊ってくれないか?」
僕に向かって恭しく頭を垂れるサニーサイド。
しかし…彼の台詞を額面通りに受け取る気にならないのは普段が普段だからか。
鉄扇をぱらりと開き、彼を睨め付ける。
「……どういうつもりだ」
「どういうつもりも何も,、好きな相手だから誘ってるんじゃないか」
だが、探るような眼を向けてもサングラスの奥の曖昧な笑みは少しも揺るがない。
「…君が僕に対して好意を抱いているとは知らなかったな。てっきり―――」
「それとも、昴には誰か他に踊りたい相手でも?」
サニーサイドは僕を遮るように呟くと、思わせぶりに背後を窺う。
『誰か』などと白々しい。その先にはぎこちないダンスを踊る二人しかいないというのに。
「……さぁ、どうだろうね」
「いないのならボクが誘っても問題ないじゃないか」
「昴はそんな気分じゃない……」
「ダメだよ、そんなんじゃ。人生はエンターテイメント!せっかくのパーティー、楽しまなきゃ損だろう」
口癖を高らかに謳うサニーサイドに、何人かの人間が何事かとこちらを振り向く。
黙れ、という意味合いを込め鉄扇をわざとらしく閉じても彼の演説は止まることはない。
リカが、傍のサジータの裾を掴んでこっちを指差しているのが見え。
このままサニーと押し問答を続けて余計な誤解や詮索をされる方よりはいいだろう、と自分を納得させると
「…わかったよサニーサイド。一曲だけなら付き合おう」
僕はしぶしぶ誘いを受諾することにした。…甚だ不本意ではあるが。
「そうこなくちゃね。じゃあ、お手をどうぞ……昴」
差し出された手を取り、船上にしつらえられた即席ダンスホールへと歩いてゆく。
大河とラチェットとはお互いの声が聞こえない程度の距離を取ったのは、彼なりの配慮と取るべきか。
見つめあう二人の邪魔をするような無粋な真似はしたくない僕に不満はなかったが。

「昴」
「なんだい」
「……よく似合ってるね。今日の為にあつらえたのかい?」
サニーの手を取り、ゆったりとした音楽に身を預けているとありがちな褒め言葉が頭上から降ってきた。
「―――まぁね」
「彼は褒めてくれた?」
「……なるほど。君はラチェットではなく大河が好きだったのか、サニーサイド」
いちいち勘に触る言い方をされると皮肉の一つも言いたくなる。
だが、一瞬きょとんとした表情を浮かべたサニーサイドは次の瞬間には楽しそうに顔を綻ばせた。
「へ?……ああ、そうか。そういう風にもとれるのか…それはそれで面白そうだ」
重なり合った手をぎゅっと握られ、彼の方に引き寄せられる。
「それだと…キミの性別がどっちでもボクには問題ないワケだし」
耳元で囁かれる艶めいた声に『何が』と聞くのも無粋だろう。
「なんなら、このままパーティーを抜け出して…二人で夜明けでも見るかい?日本では初日の出って言うんだっけ」
「……君の嗜好はともかく、僕がそんな誘いに乗ると思われるのは心外だな」
「じゃあ、どうすれば昴の気を引くことが出来るんだい?是非教えて欲しいね」
「ない、と言ったら?」
「そしたらボクなりのやり方でやるだけさ。―――とりあえず、大河くんに相談してみるとか」
予想の斜め上を行く答えが返ってきて僕は眉を顰めた。
サニーにそう言われたときにとるであろう大河の慌てふためいた様子が嫌でも頭に浮かぶ。
「……何故そこで大河の名前が出てくる」
「なんでって…そりゃあ、日本人を口説くなら日本人に聞けってね。どんな贈り物が喜ばれるとかさ」
素直な大河はきっとサニーの冗談を真に受けるだろう。
そして思ってることが顔に出やすい大河から星組に噂が広がってネタにされるのかと思うと……気が滅入る。
特にプチミントとデートの真似事をしたときのダイアナの態度を考えると、今度こそ医学的アプローチをされかねない。
彼の興味を逸らし、尚且つ諦めさせる良い方法が何かないものか……と考えてすぐに思いつく。
あるじゃないか、サニー好みの日本的かつ非常に簡単に見えて絶対に無理な方法が。

「……それなら大河に聞くまでもない。日本人らしい口説き方なら、饒舌な君に相応しい方法がある」
「それは興味深いね、どんな方法だい?」
無論、僕に口説かれるつもりなど毛頭ない。
だからサニーサイドには絶対に無理な方法とわかっていて、あえて僕はその方法を口にした。
「僕を口説きたいのなら歌の一つでも贈ってくれればいい」
「ウタ??」
「そうだ。古来の日本では好きな相手を口説くときに文のやり取りをして相手の気持ちを推し量ったものだからね」
案の定、そう言われてもサニーサイドにはピンと来ないらしい。
首をかしげている。
「ラブ・ソングでも歌えばいいのかい?」
「…少し違う。歌といっても全部で31音で構成された前半の5・7・5・と後半の7・7からなる2部構成の短い叙情詩だ」
「へぇ……、日本には面白い風習があるもんだね」
「僕が心惹かれるような歌を作ってくれたら一晩くらい付き合ってもいいよ。……出来るなら、ね」
「うーん……面白そうだけど難しい注文だなあ。歌、ねぇ……」
ほどよく曲が終わったのもあり、僕はサニーを置いてその場を後にした。


そのままサニーサイドの事などすっかり忘れていたら。
二月ほど経った頃だろうか。
ノックの音に誰かと問うとサニーサイドが扉の前に立っていた。
「……やぁ、昴」
「こんな時間に人の部屋を訪ねるのは感心しないな、サニーサイド……」
「ああ、警戒しなくても今日は口説きに来たわけじゃないから」
あっさりと言われて以前サニーサイドに誘いをかけられたことを思い出す。
「じゃあ何の用だ」
「ミスター加山に頼んでいたものがようやく届いたんだよ。……というわけでどうやって読むのか教えて欲しいんだけど」
「……」
帰れ、と言ったところで大人しく帰るような相手ではないのは嫌というほど知っている。
溜息をつきながら扉を開けた僕はサニーサイドが手にしていたものを一目見て。
サニーサイドが加山に何を言ったのか、加山が何を考えてサニーにこれを渡したのか問いただすのも面倒くさくなった。
サニーが僕をどうこうしようというような艶めいた考えよりも手の中のモノへの興味が勝っているのは瞳を見ればわかる。
…後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
彼が大事そうに抱えた桐の箱の中身は、見ずともなんとなくわかるような気がして僕は頭が痛くなった。

「いや〜届いたはいいものの何が書いてあるのか全く読めなくてさぁ。難しいんだねぇ、日本の歌というのは」
桐箱の紐を解き、中を開けるとそこには思ったとおりそこには僕にも見覚えのある句が書かれたかるたが入っていた。
「……君じゃなくても読めないよ、これは」
触れずともそれが類まれな技巧の凝らされた作品であることに感心しながら、加山ももう少し普通のものを選べば良いのにと思う。
読み札には歌仙達が、取り札には歌意に合わせた花鳥風月が金地に描かれた様は僕ですら見惚れるほど美しいが……
流れるような字体で書かれた句の数々はサニーには意味不明だろう。
一目見てそれが本来の目的のかるたとしてではなく、芸術品目的として作られたものだと僕には判別がついたが。
おおかた加山には日本びいきのサニーがコレクションとして欲しがったのだと思われたのか。
「そうなのかい!?もしかしてボクは騙されたのか?」
「いや……そうじゃない。けど、これを君が詠むのは無理だろうね」
一枚目の札を手に取りめくってみると裏面にまで金箔が貼り込まれていた。
見れば見るほど美術的観賞価値以上のものを求めるのは難しい一品だ。同じ日本人の大河でもきっとそう言うだろう。
「うーん…そうか。じゃあ今度はもうちょっと読みやすいのを頼むとするか」
サニー的には結構ショックだったらしい。肩を落としている。
「……別にこれでも詠めないわけじゃない。かるたとして使うわけじゃなければこれでも構わないしね」
というか、これを詠んでどうするんだい?と訊ねるとサニーは当然だろうとばかりに応えた。
「勿論、キミを口説く参考にするに決まってるじゃないか。古人の教えに学べと言うしね」
「………」
何かが間違っている気がしたが、いちいち突っ込むのも面倒くさい。
わざわざこんなものまで取り寄せたその情熱はある意味敬意に値するものかもしれないし。
「これを詠めるようになったから作れる、というものでもないよ。歌は」
「じゃあどうすればいいんだい?」
「……」
どう、と言われて説明出来れば苦労などしない。
日本人の感性を元より持ち合わせていないサニーサイドに歌に込められた日本の情感を説明するというのも……。
嗜みとして和歌の心得はあるとはいえ、人に教えるとなると一朝一夕には不可能だ。
身から出た錆、という言葉が脳裏に浮かぶ。
これならまだ竹取物語のかぐや姫気分で蓬莱の枝でも所望した方がマシだったか。
「昴」
「……何だい」
さてどう説明すべきか悩んでいると、そんな僕を見兼ねたのかサニーが苦笑しながら口を開いた。
「そんなに真面目に悩まれるとこっちが困るな。まぁ、昴の事だから難題を吹っかけただろうとは思っていたけど」
「……わかっていながら諦めない君も大概しつこいな」
「障害が多いほど恋は燃えあがるものだろう?」
「手に入らないとわかっているから燃えあがるだけで、手に入った途端に興味をなくすかもしれないよ」
「それは……キミの経験談かい?」
「そんなんじゃないよ。まぁ、君の熱心さに敬意を表して方法を変えるとするか。そうだね……」
考えるまでもなかった。
つい今しがた思いついたばかりじゃないか。
相手の誠意を量る方法を。
「……日本の昔話にこういうのがある。とある姫は求婚者の誠意を確かめるために課題を出した」
「へぇ……そんな話があるのか。それで?」
思ったとおり、サニーは興味津々だ。
「―――求婚者たちのように、僕が望むものを持ってきてくれるのなら考えてあげてもいいよ」
「面白そうなゲームだ、ところで昴の欲しいものってなんだい?」
そのゲームで命を落とした人間もいる話だけどね、とは言わないでおく。
「……」
かぐや姫の望んだのは実在しないものばかりだったが、さりとてそれをそのまま真似るのはつまらない。
しばし考えた末、僕はこう呟いた。

「それを考えるのが君への課題だよ、サニーサイド。僕が今一番欲しいものを、ね……」

「…それはまた、難しいね。モノが何かも教えてくれないのかい」
「それくらいじゃないと張り合いがないだろう。君には」
「ヒントは?」
「ないよ。僕の欲しいものすらわからない人間に付き合う気はないからね。それじゃ、期待しているよ……サニーサイド」


かるたを戻し紐を結んだ桐箱をサニーサイドに突き返すと、彼は肩を竦めながら素直にそれを受け取り僕の部屋を後にした。
数々の豪奢な贈り物をかぐや姫に突き返された公達の如く。



どうせサニーには僕の欲しいものが何かなどわかりはしないだろう。
何を持ってきてもそれは違う、と突き返せばいい。
何故なら答えは「nothing……なにもない」
僕が今一番欲しいもの、そんなものはありはしないのだから。


それから、僕の腹を探るべく声をかけてくるサニーをのらりくらりとかわすのはそれなりに楽しかった。
日頃、僕たちに無理難題を吹っかけまくるサニーサイドを困らせるというのは実に気分がいい。
答えのわかりきっているゲームとはいえ、相手はそれを知らない以上こちらはどんな態度でもとれるのだ。
サニーもサニーで、最初はあの手この手で僕の真意を探ろうとしていたが最近は純粋に会話を楽しんでいるフシもある。
どうでもよくなったのならそれはそれで助かるのだが、と思っていたらこんな事を言われた。
「約束を忘れたわけじゃないよ。でももうちょい楽しませてもらえないか、こうして話しているのも悪くないしね」
……どんな事でもエンターテイメントとして楽しんでしまう精神は恐れ入るが。
如何なる答えを出すにせよ、哀れな結末しか与えられないアメリカの貴公子を月も頭上で笑っているだろう。
答えを知った彼がどんな顔をするのかだんだん楽しみになってきた。
なよ竹のかぐや姫も、表では優雅に微笑みつつ袖の影では翻弄される男の間抜けさに頬を緩ませていたのかもしれない。


更に数ヵ月後。
ノックの音に誰かと問うとサニーが扉の前に立っていた。
「……やぁ、昴」
「また君か、こんな時間に……」
「ひどいなぁ、忘れちゃった?昴の欲しいものを持ってきたら一晩付き合うのを考えてくれる約束だろう」
「……」
そんな約束もしていたな、と思いながら渋々扉を開けるとサニーは手に小箱を持っていた。
箱の大きさから察するにアクセサリーの類だろうか。
僕は目の端に笑みを浮かべつつサニーを招き入れる。
だが、端から僕の勝ちだとタカを括ったのが間違いだと知るのはそれから間もなくだった。

「……で、これが君の選んだ僕が一番欲しいものかい?」
ソファに座り、向かい合うとサニーがテーブルに置いた小箱を手に取る。
軽い、持ったときに音もしなかった所からすると指輪あたりか。
「そう、開けていいよ。キミへのプレゼントだし」
「じゃあ遠慮なくそうさせて貰うよ……」
リボンを解き、包み紙を慎重に剥がしていく。
包みを取り去り、箱を開けるとそこには………
「?」
何も入っていなかった。
「サニーサイド、これは……どういうことだ。何も、入っていないじゃないか」
まさか箱が僕へのプレゼントということでもないだろう。
驚いてサニーを見つめてもサニーは微笑むだけ。
「そうだよ。ボクが推測した昴が一番欲しいものが、それさ」
空っぽの箱を指差される。
「昴が一番欲しいもの、それは宝石でも芸術品でもない。キミは何も欲しくないと思ってね」
「……」
最初は真面目に悩んだよ〜大河くんでも縛り上げて差し出そうかと思ったし、とさりげなく聞こえた不穏な発言は聞かなかったフリをした。
「でもキミが例に出した月の姫…かぐや姫が出した難題の答えは実在しないものばかりじゃないか」
知っていたのか…と心の中で舌打ちする。
「仏の御石の鉢だの蓬莱の玉の枝だの龍の首の玉だの……よくもまぁ現実にないものばかりを考えたものだよ。その頭の良さに感心する」
「それで……どうして僕の答えが何もないになるんだ?例に出しただけだろう」
「キミはボクが何を持ってきたとしても絶対に違うと答える、断言してもいい。キミもかぐや姫と同じで端から相手にする気がないからね」
「………竹取物語なんてよく知っていたね」
少なくとも会話の中では知っている素振りすら見せなかった。
「いや、ついこの間まで知らなかったよ。でも大河くんに聞いたら丁寧に教えてくれてねぇ…それでキミの意図がわかったって寸法さ」
惜しむべきは勤勉なる日本人の大河がサニーの傍近くに居た現実か。
彼に悪気はないとわかっていてもほんの少し大河に理不尽な八つ当たりをしたくなってしまう。
「それともキミは本当にかぐや姫なのかな?いずれは月に帰ってしまうからその美しさも姿も変わらないと?」
「僕は……」
考えを見透かされた事に気まずくなり、俯いている間にいつの間にかサニーは隣に座っていた。
顔を上げると、目の前に微笑む口元と対照的に全然笑っていない瞳がある。
「まぁ、ボクを騙そうとした昴にはちょっと罰が必要かな。いたいけな男心を弄んだ罪として」
誰がいたいけだ!と反論したくなったが、サニーは僕の腕をなんなく捕まえると驚く間もなく乾いた唇を重ねられていた。
「……っ」
自分がキスをされたのだと気付いたのが数秒後。
不思議と嫌悪感はなかった。
経緯はどうであれ、彼の言うゲームに負けたのは事実。
自分の貞操をかけたものになるのならば、もう少し真剣に考えるべきだったと後悔はしたが。


……僕はかぐや姫になり損ねてしまったらしい。


「……抵抗しないってことは、一晩付き合う気になったと考えていいのかな」
唇が離れ、閉じた瞼を開くと覗き込むような瞳と目が合った。
「その気がないと言ったら帰ってくれるのかい?僕はそれでも一向に構わないけど」
さりげなく人の腰に手を回しておいてよく言う。
「―――怖くなった?他人に性別を晒すのが」
「そういうわけじゃないよ」
「じゃあ問題ないだろう」
サニーは僕をひょい、と抱えると奥の寝室に向かうドアへと歩いていく。
「……君を寝室へ入れると言った覚えはないが」
「ソファでするのがいいならボクは構わないけど昴はそういうのが好み?」
僕の咎めなどお構いなしにサニーはドアを開くと無遠慮に中へと入った。

僕を地に降ろすとベッドに腰掛けたサニーは自らサングラスを外し、サイドボードに置く。
思えば、サングラスを外すところをなど見たことがない。
初めて見たサニーサイドの素顔は、心なしかいつもより若く見えた。
こちらを向いた彼と、正面から向き合うと。
「……昴」
「何、……んっ…!」
ふいに背中に回された腕に引き寄せられ、少し強めに唇を吸われる。
サニーのねっとりとした舌が踊るように動き、僕の舌をくすぐった。
「…っ……ふっ……ぁ、……」
口内を弄られる事は未知の経験ではあったが……悪くはなかった。
舌と唇だけでこれだけ心地良さを引き出せるということに素直に感心する。
興味を覚えた僕は、彼の行動をじっくりと観察し、即座に頭の中で分析を試みようとしていた。
癖というか、知的好奇心が抵抗する気よりも勝ったというか。
だが、ただ与えられるばかりというのも物足りない。
たった今学習したばかりの動きを実践してみたくなり、逆に彼の舌を絡め取り彼の口腔へと侵入すると。
サニーは僕の行動にも驚いた素振りすら見せず、むしろ楽しそうに鼻を鳴らした。
互いの口腔を舞台に二枚の舌が蠢きあい、せめぎ合う。
唇の端から漏れる音は卑猥で……その分、演技ではあり得ない生々しさに瞼の裏が熱くなる。
「……ふ…ぅ……んっ……はっ…」
さほど乗り気ではなかったはずの行為にいつしか僕は没頭し、夢中になっていた。
強張っていた全身の力が、抜けるほど……。


「……さすがは天才だな。キスも上手いとはね。誰かに教わったのかい?」
どれくらいそうしていたのか。
最後に僕の唇をなぞるように舐めあげたサニーの顔が離れるとそんなことを言われた。
「……ん、…君の、動きを真似しただけだよ。サニーサイド……」
称賛された事自体に悪い気はしないが、過去を詮索されるのは心外なので即座に否定する。
「へぇ。それはそれは……教え甲斐があるなぁ。…気持ちよかった?」
サニーサイドはその答えに気を好くしたらしい。
彼の眼元が嬉しそうに緩み、問いかける声は幾分弾んでいた。
「まぁ……興味深い行動ではあるかな」
長いキスによって潤んだ瞳、上気した頬を見れば聞かずともわかるだろうに。
今更ながら自分の姿に恥ずかしくなり、無造作に髪をかきあげるとサニーがおもむろに僕の頭を撫でた。
「昴は可愛いなぁ」
「なっ……!!」
子供をあやすような台詞と行動に思わず絶句する。
何を言い出すのだこの男は。
「気に触った?ボクは褒めたつもりなんだけど」
サニーサイドの手が、僕の服にかかる。
身を引こうとする前に腰を掴まれ、僕はあえなく退路を絶たれた。
「……っ、昴を、子供扱いするな…!」
「子供扱いなんてしてないさ。……子供に、こんな事をする趣味はないしね」
首筋に吸い付く唇が、ジャケットのボタンにかかる手が、彼の言葉を如実に物語っている。
じゃれるような動きでも、それは明確に次のステップへ進もうという意図を持ってのものだ。
「んっ……はぁ…っ…サニー……やめっ…!」
ネクタイが解かれ、ボタンを外すついでとばかりに素肌に指先が触れたのを感じて思わず声が裏返る。
激しく頭を振ってサニーの胸を押し返すと、スッと身体が離れた。
「そうそう、キミへのお土産があるんだった。……ちょっと待っててくれるかい?」
「……?」
そう言って消えたサニーが戻って来た時に手にしていたモノは、後ろ手に隠されていて僕からは見えない。
ただ、その顔を見れば彼の意図はなんとなくわかる気がした。

「お待たせ、じゃあ続きと行こうか」
「………、っ!?」
ヘンなものじゃないだろうな…と一抹の不安を抱えつつ、ベッドに横たえられた僕の上に降り注いだモノに驚いて身を起こすと。
僕の上には花鳥風月、歌仙達の描かれた札が折り重なっていた。
見覚えがある所を見るとこの間サニーが持ってきたかるたのようだ。
「さ、サニーサイド……?何を」
桐箱を軽く揺すり、もう中に残っていないのを確認するとサニーは箱を放り投げ、僕に覆いかぶさる。
「どうせならキミに詠んでもらおうと思って」
「はぁ……?」
「前は、教えてくれなかっただろう?だから丁度良いじゃないか……とりあえず、これは何ていうんだい」
そう言ってサニーは散らばった札の中から一枚を僕の前に差し出す。
……肌をまさぐる手を止める気は毛頭ないらしいが。
「……こんな、状況でっ……何を考えている…」
「キミなら詠めるだろう?それとも…天才も色事の前にはただのヒトなのかな」
「……っ…!」
嘲るような口ぶりと目線が僕を捉える。
これが彼の言う『罰』なのだろうか。
「――――忍ぶれど…色にいでりけり、わが恋は…」
身体を這うように動くサニーの指や舌を無視しながら渡された札を読み上げる。
技巧を凝らされた高価な品も、この男の前では自分が愉しむための小道具でしかないらしい。
「意味は……?」
当然、読み上げた所で意味のわからないらしいサニーが聞いてくる。
薄い胸の上を滑る指に答えの催促とばかりに突起を抓まれ、喉元にせりあがる感覚を奥歯を噛みしめやり過ごす。
「……、っ。秘めた…恋心が、人に問われるまで顔色に出てしまった……」
「なるほど、ボクにぴったりだ」
分かりやすいようにと端的に意訳するとそんな風に返される。
どこが…、と言う前に次の札が僕の手に握らされた。
「じゃあ、コレは?」
「……君がため…をしからざりし、命、さへ…」
「意味は?」
僕の脚に吸い付いた唇から覗く舌が、唾液の筋を作りながらすうっと舐め上げる。
背筋がぞくりと震えたが、即座に意味を答えられるほどには僕はまだ冷静だった。
……身動ぎする度に、四散した札の角が腕や脇腹に刺さるのもあるかもしれないが。
「あなたに会うためならば、惜しくもないと思った命も、…会った今では長くあって欲しいと思う……ッ」
途中を曖昧にぼやかす。本来なら契りを結んだ後の後朝の歌だが…この状況でそれを言うのは躊躇われた。
「…なるほど、思いを遂げた後に詠んだ歌なのか」
しかしあっさりとサニーに悟られ、心で舌打ちをする。
「何故……、そう思う?」
「むしろ、他にどう思うんだい?…どう考えても一夜を過ごした後の相手へのピロートークじゃないか」
「……心当たりがあるのか」
呆れたように言ったつもりが、誤解されたらしい。
「もしかして…妬いてるのかい?」
ニヤニヤした顔が僕を見下ろす。
「まさか」
「あ、次はコレね。絵から察するにきっと美人のプリンセスの気がするからどんな歌なのか気になるんだよねぇ」
そう言って渡された札には扇を手に几帳の裏に隠れる女性が描かれていた。
サニーの勘に恐れ入る。
それはこれだけある札の中で唯一の『お姫様』…内親王が詠んだ和歌なのだから。
…それにしても、一体何首詠ませる気なのか。
「――――玉の緒よ…たえなば、たえね…」
「意味は…?」
「命よ…絶えるならば絶えてしまえ。生き長らえれば……忍ぶ恋も…っ…人目について、しまうかもしれないから…」
「なるほど……さっきの歌と似ているけど、さっきよりも情熱的で激しい歌だね」
「んっ……ん、ぅっ…」
歌に煽られたわけでもないだろうに。
サニーの指が、舌が、緩やかな動きから僕を追い詰めるような動きに変わる。
「しかし忍ぶ恋が好きなんだねぇ…日本人は。……同じ日本人のキミも、そうなのかな?昴」
「……そ、んなの…どうだって……いい、だろう…っ……!」
意味ありげな視線から逃れようと身を捩ると、一枚の札が指先に触れた。
サニーは目敏くそれを見つけると口の端で笑う。
「それは……何て歌だい?」
「……春の、夜の…夢ばかりなる、たまくらに……」
この期に及んでそんな事を聞くサニーに些か辟易しつつ歌を詠む。
「…どんな意味なんだい?」
「春の夜の儚い夢のような戯れで…つまらぬ浮名を流すのが惜しい……今の僕の気分にぴったりだな」
自嘲気味に呟きサニーの目の前に札を掲げると大きな手が札ごと僕の手を包み、指先に唇が触れる。
「つまらない浮名と言われるのは切ないな……、じゃあ楽しんで貰えるように頑張るか」



「…いっ…ふぁ……はっ…や、ぁっ……っ……くぅ…っ!!」
僕の中を行き来するモノの圧迫感に、吐息が漏れる。
角度や深さを変え、動く速さを変えられる度に喉からせりあがって来る声は、いつしか抑えられない程大きくなっていた。
「苦しい?それとも……気持ちイイ?」
「……苦しいと言ったら、止めるのか…?」
荒い呼吸を整えながら、上目遣いにサニーを睨むと彼はニヤリと笑った。
「まさか。……耐え忍ぶのが、好きなんだろう?日本人は」
「それは…意味が、違っ……くあぁっ…!」
脚を高く抱えられ、奥の奥まで捻じ込まれる感覚に全身を震わせる。
小波のように寄せては引く快楽に翻弄され、高みに昇りつめて行かされるのは癪だが悪くはなかった。
「サニー…サイド!……だ、め……おかしく、なっ……――――っ!!」
一際大きな波が、僕を包んで。
高みから突き落とされるような衝撃に眩暈がし、脳から全身に伝わる痺れに僕は最後の理性を手放した……。


「何を見ているんだい?」
後ろから声をかけられ振り向くといつの間にかサニーがこちらを見ていた。
「今日は月が綺麗だからね……」
部屋の明かりを消していても月明かりだけで室内が見渡せるほど今日の月は冷たく美しい。
「そうだね、帰りたくなった?」
すっと伸びてきた手は蛇のように僕の身体に絡みつき、引き寄せるようにして力を込められる。
「……君は僕がかぐや姫だとでも言いたいのかい?」
「もしそうだとしても、ボクはキミを離すつもりなどないけど」
さぁっと音がしてサニーがカーテンを引き、室内は暗闇に包まれた。
月から僕を隠そうとするかの行動に失笑しながらも、求められるままに唇を食み手を背中に回す。
……僕がかぐや姫でなどあろうはずがない。


「さて……そろそろ帰ってもらえるかな。目的は済んだだろう」
ひとしきり甘い余韻に浸ると、するりとサニーの腕をすり抜けベッドから起き上がる。
「つれないな、昴は。まぁ…キミを口説けただけラッキーだと思うことにするか」
「二度目はないけどね」
サイドランプをつけるとあちこちに散乱したままのかるたが目に入った。
「ところで…これはどうすればいいんだい。全く……」
「ああ…昴にプレゼントするよ。残りの歌は、次に詠んでもらうことにするから」
「……」
相変わらず人の話を聞かない男だ。
今さっき、二度目はないと言ったばかりなのに。

「じゃあ……おやすみ、昴。良い夢を」
「おやすみ…サニーサイド。……これが、君への返答だ」
「?」
衣服を整え、僕に軽くキスをするサニーに二枚の札を手渡す。
「意味は…自分で調べるんだね。じゃあ……良い夢を」




「大河くん」
「はい、なんですか。サニーさん」
「これ……どういう意味の歌?」
「かるた、ですか…?音に聞く、高師の浜のあだ波は……?ええと、英語でなんて言うのかな、これ…」
「あ〜…意味だけ簡単に説明してくれればいいよ」
「ううん…意味、意味……」
「それくらいも説明出来ないのかい?日本人なのに」
「そんな事言われても…ぼくも小さい頃に遊んだきりですし……とっさに出てきませんよ」
「ふーん、日本人なら誰でも知ってるわけじゃないんだ」
「詳しく知りたいならぼくよりも、昴さんに聞いた方がいいと思いますけど……」
「――――じゃあ、昴に聞いてきて。ボク忙しいから」

「……というわけなんですけど」
申し訳なさそうに俯く大河の話を聞き、僕は鉄扇の陰でため息をつく。
「すいません、昴さん。英語で説明となるとぼくにはまだ無理で」
彼の英語力を考えればサニーが理解出来るような説明など出来ないことくらいわかるだろうに。
大河を経由すれば僕が答えざるをえないのをわかっていてあえて彼に聞いたのは火を見るより明らかだ。
「いや、君が謝ることじゃない」
手近にあった紙とペンを取り、句と意味をさっと英訳すると。
見たところでわかりはしないだろうが、念のために紙を折り畳んでから札と一緒に大河に渡す。
…何故隠す必要があるのかは、自分でもわからないが。
そのついでに、ふと気になった事を聞いてみた。
「そういえば…大河の好きな歌はあるのかい?」
「え、ぼくですか?うーん……」
大河は腕を組み、本気で思案している。
そう言われてもすぐには出てこないようだった。
「いや……、思いつかないならいいよ」
「すいません……」
助け舟のつもりで言うと、大河はしょんぼりとしてしまった。
「……あ!昴さんの好きな歌はなんですか?」
その様子に苦笑しつつ席を立つと、大河は僕に呆れられたと勘違いしたのか慌てた様子で付け加える。
本当に知りたいというよりは、気恥ずかしさを隠すためというのが見え見えの問いではあったが。
「僕かい?……そうだね」
僕は大河の目を見つめ、囁くような声でこう答えた。


「かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを」


「……」
大河は目をぱちくりさせている。
案の定、どういう意味の歌かわからないらしい。
…無理もない。様々な技巧の凝らされた難解な歌なのだから。
「ええと…それはどういう意味の」
「……さぁ?どういう意味だろうね。じゃ、悪いけどそれを渡すのは頼んだよ」
大河の疑問には答えず、それだけ言って楽屋を後にする。

意味など言えるはずがない。
何故ならあの歌は……。
『しかし忍ぶ恋が好きなんだねぇ…日本人は。……同じ日本人のキミも、そうなのかな?昴』
サニーサイドの言葉が甦り、唇を噛む。
「……」
大河にあんな事を言うなど、僕らしくもない。
昨夜の熱が身体に残っているわけでもあるまいし……どうかしている。
ただ、と思う。
古人たちも今の僕と同じような気持ちで歌を詠んだのかもしれない。
そう思えば、胸の痛みも少しだけ安らぐ気がした。



「昴」
手に、札が握らされる。
「この歌の、意味は?」
僕は吐息を震わせながら、大河の前では言えなかったその歌の意味を呟いた。


「こんなにも君に恋焦がれる気持ちを伝えたいのに伝えられない、僕の燃え上るような恋心を…君は、知らないだろう――――」


END


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