狂った月


夜空に輝く満月を見上げる。
雲ひとつない空で、皓々たる月が自分を照らすのを感じながら歩調を早め、急ぐ。
早くしないと。
早くしないと。
あの月が自分を追いかけてきそうで。

「昴さん…」
「新次郎……」
ドアをノックすると、中の住人が現れる。
まるで月から逃れるように、彼の腕に飛び込む。
「早く…ドアを閉めてくれ!」
彼は何も言わず、言葉の通りにドアを閉める。
それを確認して僕…九条昴はほっと息を吐いた。

「ああ…昴さん…」
自分の身体の上で、荒い呼吸をする彼の声を聞きながら、窓の外の月を眺める。
月が嘲笑うかのように自分を見下ろして、部屋の中は白く浮かび上がっていた。
「昴さん…昴さん…好きです…」
うわ言のように繰り返される自分への言葉は何処か遠いところから聞こえてくるようだ。
彼を好きかと聞かれれば好きと答えるだろう。
けれど、この行為に愛情なんて感じていない。
ただ、月から逃げたいだけ。
「新次郎……もっと…」
目を閉じると、彼の首に腕を回す。
言葉通りに動きが早くなり、快楽の波が押し寄せるままに喉を仰け反らせて声をあげる。
やがて、波が絶頂に達したと同時に月への怯えがすぅっと消え去っていく。
「昴さん…」
自分と同時に達したらしい彼に向かって微笑む。
「ありがとう…新次郎」

「昴さん…」
「何だ」
行為の余韻に浸る間もなく、服を着て身なりを整える。
此処にはもう、用はない。
「どうして、満月の日だけなんですか。ぼくはずっとあなたと……」
「それ以上言うなら、もう二度とここへは来ない」
「昴さん!」
新次郎は僕を背後から抱きしめて、苦しそうに呟く。
「そんなこと言わないでください…ぼくは本当に…」
「じゃあ、また次の満月の夜に…」
彼の腕を振りほどき、振り返りもせずに部屋を後にする。
空を見上げるとさきほどと同じ月が輝いていたが、怖いとは思わなかった。


月の翳る新月の夜。
星だけが夜空を照らし、月の姿は見えない。
なのに、何故満月の夜と同じような気分になるのだろう。
月は僕を追いかけては来ない。
でも暗闇が僕を追いかけてくる。
どこまでも。
どこまでも。

「やぁ…昴。来たね。待っていたよ」
サニーサイドは微笑みながら僕を招き入れる。
身を任せると自分の身体がすっぽり腕の中に収まってしまうほどの体躯。
サングラス越しの瞳が嬉しそうに僕を見下ろす。
「ここならばキミの嫌いな暗闇は追ってこないよ。では、寝室に行こうか」

星明りだけが照らす暗い寝室。
突き上げられて翻弄される自分の身体。
「キミはいつも綺麗だけど、やっぱり新月のキミは格段に妖艶だ…」
その言葉にちらりと彼を見る。
「そうかい…?」
「ああ、満月に狂わされる人間は多いけど、キミは新月にも狂わされるんだね」
月に狂わされる。
そうかもしれない。
「僕が狂っていたとしたら…嫌かい?」
「まさか。月に一度しか見れない、キミの顔が見れて嬉しいよ。もっと…よく見せてくれないか」
彼の手が、僕の顎にかかる。
「新月が過ぎたら普段のキミに戻ってしまうのがちょっとだけ残念だよ」
「くだらない…」
そこで会話を打ち切って身体を動かし彼を誘う。
彼は苦笑を漏らすと僕に合わせて動き出し、やがて僕の息も奪うほど動きが激しくなる。
何度かの震えの後に全身に痺れが突き抜けて、目の前が真っ白になった。
暗闇はもう追ってこない。
「満足したかい?昴」
微笑む彼に、口付けを落とす。
「もちろん、最高だったよ…サニーサイド」

「…もう帰ってしまうのかい?相変わらずつれないなぁ」
そう言いながらもサニーは僕を引きとめようとはしない。
サングラスの奥の瞳が、曖昧な笑みを浮かべるだけ。
「君なら相手など不自由しないだろう?」
「まぁ…そうだけど。昴ほど楽しめる相手は、そういないよ」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
交わされる軽口は行為の余韻としては悪くはない。
「ま、ひきとめて嫌われるのも嫌だし振られた男は素直に引き下がるとするよ」
サニーが笑顔で僕に手を振る。
「また月の新月に楽しもう、昴」


いつからだろう。
満月と新月の日だけこうなるのは。
理由などはわからない。
あるいは…Revolution…自ら革命と呼んだ変化のせいか。
月に二度だけ、怖くて一人でいられなくなる。

最初に縋りついたのは新次郎にだった。
熱に浮かされるように彼をアパートを訪ね、中へ転がり込む。
あとは、彼にもたれかかって潤んだ瞳で見上げれば思うがままだった。
躊躇いがちに僕の身体に触れる彼の手。
「昴さん…ぼくは、ずっとあなたとこうしたいと思っていました…」
熱っぽく囁かれる声。
壊れ物にでも触れるかのようにぎこちない彼の動きがだんだんと慣れていく。
それを見るのは少しだけ面白かった。

新月の夜に同じようになったときには、新次郎は留守だった。
そのままアパートの前で彼を待とうかとも思ったが、自分を包むような暗闇に耐えられなかった。
…思考をめぐらす。
もう一人だけ、心当たりはある。
「おや、昴。どうしたんだい、こんな時間に」
そう言って首を傾げるサニーサイドの胸に身体を預けるだけで彼は僕の意図を理解したらしい。
僕の背に腕を回すとこう呟いた。
「…なるほど、そういうことか。光栄だな、昴が僕を選んでくれるなんて」


彼らとの『行為』に罪悪感もなければ自分の貞操観念の無さに戦くこともない。
月から、暗闇から逃れられれば、それでいい。


「おはよう、大河」
「…昴さん、おはようございます」
遅れて楽屋に入ってきた彼に声をかける。
昨日が満月だったせいだろうか、彼の少しだけ切なそうな瞳が僕を射抜く。
それを知りながらわざと近くに居たダイアナの髪に触れる。
「ダイアナ…髪にゴミがついているよ」
「え…どこですか?」
「とってあげるよ、動かないで…」
彼の視線を感じる。
……本当に、思うがままだな、君は。
心の中で苦笑する。


そしてまた次の新月と満月になれば、僕は狂うのだ。
彼らを求めて。

END



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