昴と北極星


「昴さん、お願いがあります」
大河が一枚の写真を僕に差し出す。
「大河?」
いつになく真剣なその面持ちに一体何事かと思いながら差し出された写真を受け取ると……。
そこには傍らに望遠鏡を置き、芝生の上に寝転び星空を見上げる僕が写っていた。
「……こんなもの、一体どこで」
「そ、それは秘密です!とにかく、ぼくも昴さんと一緒に星が見たいです。……こんな風に」
「はぁ……別に、それは構わないが」
「本当ですか!?ありがとうございます、昴さん」
僕の言葉に大河の顔がぱあっと破顔する。
「君に星を見る趣味があるとは知らなかったな。まぁいい……今夜の夜、公演の終わった後でいいかい?」
「はいっ!!」

「お待たせ、大河。じゃあ行こうか」
「はい、よろしくお願いします!」
望遠鏡を手にホテルのロビーに降りるとそこには既に背筋を正した大河が待っていた。
「以前…君とはハーレムで星を見上げた事があるけど、今日は違う所にしようか」
「はい、昴さんにお任せします。あ……望遠鏡、ぼくが持ちますよ」
別にいい、という前に彼は僕から望遠鏡を取り上げるとにっこり微笑む。
「…じゃあ、頼んだよ」
嬉しそうな彼を見ていると、こっちまで釣られてしまう。
実は、僕も結構楽しんでいるのかもしれない。大河と一緒に星空が見れるということに。


彼を連れてやってきたのはセントラルパークの一角だった。
紐育の摩天楼の中でも明かりの少ないここはより多くの星が見える、僕もお気に入りの場所だ。
「さて、と……これでいいか」
三脚を広げ、星空に向かって望遠鏡をセットする。
だが、最初から望遠鏡を使う気などない。
自分の目で見た方が、何倍もの星が見えるのだから。
「……ふぅ」
僕はやや傾斜のある芝生の斜面に寝転がり、空を見上げる。
満天の星空が、目の前に広がった。
「す、昴さん!スーツが汚れちゃいますよ……」
隣に腰かけた大河がぎょっとして僕の方を見る。
「昴は言った…そんな事を気にしていたら、星が見えないだろう…と。大河もこうしてご覧、その方がよく見える」
「わかりました……」
おそるおそる、彼も芝生の上に横たわると
「わぁ……本当だ。とっても綺麗ですね…」
幾分弾んだ大河の声が聞こえてきて、僕は満足だった。

「うーん……」
「どうした?」
そのまましばらく互いに黙ったまま星を見上げていたのだが。
困ったような声に彼の方を見ると、彼は照れ臭そうに笑う。
「昴さんから貰った天球儀で勉強してきたんですけど、やっぱりどれがどれだか……よくわからなくて。あ!でも」
彼の指がすっと3つ子の星を指差す。
「ぼくにもあの星はわかりました、あれが……オリオン座ですよね」
「ああそうだよ、オリオンはわかりやすいからね」
冬の星座の中でもひときわ明るい星の多いオリオン座は彼でも容易に見つかったらしい。
「オリオン座の下に見える、あの明るい星はなんですか?」
「あれはおおいぬ座のシリウス」
オリオンよりもなお明るいその星をまっすぐ差しながら僕は答える。
「へぇ……あれがそうなんだ」
そして更にその上にある星を差すと彼の目線もそれにつられて上向いた。
一緒に口まで開いているのはご愛嬌か。
「その上に見える明るい星がこいぬ座のプロキオン、オリオン座のペテルギウスと三つ合わせて冬の大三角と呼ばれている」
「あ!本当だ、繋ぐと三角形に見えますね。凄いなあ……」
指先で星と星を繋ぎながら彼はしきりに感心している。
「そして……あれは」
もう一つ、彼に星座の名前を教えようと思い開きかけた口を噤む。
その様子に彼が首を傾げたがあえて僕はそれを無視した。
「昴さん?」
「いや…この星は、望遠鏡で見た方が綺麗だからね」
上体を起こし、望遠鏡を覗きこむ。
目的の星…というか星団はすぐに見つかった。
「どうぞ、……大河」
「は、はい。じゃあ失礼して……」
そう言って望遠鏡を覗きこんだ彼がすぐに感嘆の声を上げる。
「うわぁ……!肉眼で見るより全然綺麗ですね、すごい、星が……たくさん」
「それは星団……数十個の星の集まりだからね。名はプレアデス星団……」
食い入るようにプレアデス星団を見つめる彼に、胸の奥がくすぐったいような気持ちになる。
何故ならプレアデス星団は……。
「……はぁ、綺麗だなぁ。昴さんが星を眺めるのが好きな気持ちがわかった気がします」
ひとしきり眺めて満足したのか、大河が望遠鏡から目を離し僕に向き直る。
「プレアデス星団は何座の星なんですか?」
「…おうし座だよ」
「へぇ……昴さんの誕生月の星なんですね」
「……」
大河としては、思ったままを口に出しただけなのだろう。
だが、言われた僕の方は意味を知って言っているのかと思って胸が高鳴る。
「大河は……プレアデスの和名を知っているかい?」
「……え、日本での名前もあるんですか!?是非教えて欲しいです、昴さん」
「……」
やれやれ…と、髪をかきあげ溜息をつく。
悪気が無いとわかっていても、ドキッとした自分が馬鹿みたいじゃないか。
「さっきから…君が言っている名前だ」
「え?え?」
鈍い大河はそう言ってもすぐにはわからないようだった。
仕方ない。

「僕は昴、そして……」
スッとプレアデス星団を指差す。
「あの星の名前も……すばる」

「……」
ぽかんとした顔で僕を見つめる大河に苦笑する。
「驚いたかい?」
驚きのあまり言葉が出てこないらしい彼は、そう問われると首だけでこくこくと頷いた。


「じゃあ、あれは……昴さんの星なんですね」
「え……?」
しばらく僕とプレアデス星団を見比べていた彼は、我に返るとそんな事を言い出した。
「……たまたま、名前が一緒なだけだよ」
「でも、同じ名前の星が空にあるなんて素敵じゃないですか」
「……僕の星、か」
頭上のプレアデスを見つめる。
確かに同じ名前である事に多少の思い入れはあったが、そんな風には考えた事もなかった。
あれが…僕の星。


ふと、大河が僕の手を取る。
「たい……、……」
何事かと彼の方を向き、名を呼ぼうとした声は彼に吸い込まれた。
夜風にさらされていたせいか、少しかさついた唇の感触。
ぎゅっと、手を握りしめられる。
……驚きはしたが、振り払おうという気にはならなかった。
静かに目を閉じる。
夜風がさわさわと草を凪ぐ音が、やけに大きく僕の耳に響いた。

「……昴さん」
一瞬だったのか、それとも長い間だったのか。
顔が離れたのを確認し目を開けると、彼とまともに視線がぶつかった。
「……わひゃあ!す、すいません……」
ぱっと手が解かれる。
「星空の下で見る昴さんも綺麗で、見てたらなんか……ほ、本当にすいません!」
聞いてもいないのに、大河はしどろもどろになりながら必死に言い訳をする。
「何を謝る必要がある」
「へ……?」
その様子に少しムッとして言い返すと、間の抜けた声が帰ってきて僕は口を尖らせた。
「それとも、君は僕にした事を後悔しているのか?」
「違います!後悔なんてしてません、でも…」
「でも?」
「不意打ちみたいだったんで……申し訳なくて」
みたいも何も完全に不意打ちだろう、と思ったがそれは言わないでおいた。
言えば、素直な彼は更に委縮してしまうだろうし。
「まぁ……流石に僕も驚いたけどね」
「すいません……」
ああもう、これでは埒が明かない。
僕は深々とため息をつく。
全く、世話の焼ける。
「……大河」
大河の手を取り、そっと口付ける。
彼の肩がびくっと反応したが、すぐに手が握り返されたのに安堵しつつ僕は目を閉じた。


「……これで、おあいこだ」
「昴さん……」
顔を離し大河を見つめると、夜空でもわかるほど頬が朱に染まるのが面白い。
ところが、彼はみるみる眉を顰め僕の肩に頭を預けてきた。
「――――おあいこじゃ、ありません」
背中にまわされる手と、緩やかにのしかかる彼の重みに身体は容易く傾いで、再び芝生の上に僕は横たわった。
…さきほどと違う事と言えば、目の前に見えるのは星空ではなく大河の顔ということだろうか。
「大河……」
「……ダメ、ですか?」
切なげな瞳が、僕を捉える。
頬に感じる彼の手は、かすかに震えていた。
この状況で何が、とは聞くだけ野暮というものだろう。
落ち着かせるための口付けが、逆に彼に火をつけてしまったらしい。
ここが野外だとか、人に見られたらとか、そんな考えが及ばないほどに。
「駄目だ、と言ったら?」
「…今日は帰ります。昴さんの嫌がるようなことは、したくないですから……」
(やれやれ……)
夜空に輝く星座を見せたくてここに連れてきたというのに。
彼は頭上の星々よりも目の前にある僕という星に夢中らしい。
だが……それは僕とて同じだ。
大河、僕のポーラースター。
(仕方ないな……)
「夜風にあたって……身体が冷えてきたから、温めてくれないか?……君が」
そう呟くと、彼は嬉しそうに頬を綻ばせる。
……ああ、完敗だよ大河。
君のそんな顔を見るだけで、僕のささやかな羞恥心など簡単に弾け飛んでしまうのだから。
顔が近づき、熱い舌が唇の隙間から差し込まれても。
ネクタイが解かれ、いくつか外されたボタンの隙間から侵入してきた指先が僕の素肌に触れても。
僕は彼を止めようとは思わなかった。

「……っ、ぁっ……んっ……う……」
僕の胸をさすっていた手がするすると下に降りて。
ズボンの隙間から、躊躇いがちに指先が滑り込んでくるのを感じぴくりと身体が震える。
「…すいません、痛かったですか?」
切羽詰ったような、彼の声。
本当は、早く挿れたくてたまらないのだろう。
でも、優しい彼はそんな事はしない。
……時間をかけるほど誰かに見られるかもしれないというリスクは高まる。
早く済ませて欲しいという理性と、ゆっくり彼を感じたいという感情が頭の中で揺らめく。
「いや……平気、だよ」
手を伸ばし髪を撫でると、大河はほっとしたのか再び指が割り込んでくる。
こんな所でこんな事をしているにも関わらず、彼の指を易々と受け入れてしまうほど僕の中は既に濡れていて。
「……ん、……は、ぁっ…大河……」
内部を掻き回され、思わず漏れた声は彼の煽情をそそるのに十分な艶を帯びていたらしい。
「昴さん……」
許しを請うように目線で訴えかける彼にそっと頷くと。
引き抜かれた指の代わりに熱い昂ぶりが宛がわれ、ゆっくりと僕の中に入り込んできた。
「う……あ、ぁっ!……っ」
極力、声は抑えたつもりだった。
だが少し先の木陰から枯葉を踏むようながさがとした音が聞こえ、互いの動きが一瞬止まる。

「……」
「……」
思わず、音がした方を振り返ると。
セントラルパークに住みついているのだろう。
野生のリスが木陰から飛び出し、そしてすぐに走り去っていった。

「……びっくりしましたね」
「そうだな……」
リスが去ったのを見届けると、大河と顔を見合わせ息を吐く。
正直、人に見られたのかと思い気が気ではなかった。
たった一瞬の事なのに心臓がうるさいくらいに早鐘を打ち、喉はカラカラだ。
だが、そんな僕をよそに大河は嬉しそうに微笑む。

「えへへ……、本当にこんなところで一つになっちゃいましたね。昴さん」
「……馬鹿、いちいちそんな事は言わなくていい」
「どうしてですか?」
「どうして、って……」
「恥ずかしいからですか?」
「――――当たり前だ!」
「恥ずかしがる昴さんもいいなあ……ぼくだけが、そんな昴さんを見れるなんて幸せです」

ぼくだけ。

その言葉に脳の奥が甘く痺れる。
「大河……」
もっと深く彼を感じたくて、はしたないと思いつつも誘うような声で囁くと彼にも意図は伝わったらしい。
緩やかに、大河が動き出す。
「…んっ……はぁ……あぁ……」
僕の中を行き来するその圧迫感に、身体が、心が満たされる。
浅かった抽挿は徐々に深くなり、互いの吐息が次第に荒くなっていく。
「んんっ……たい、がっ……!」
場所がどうとか、人に見られたらとか、そんな事はもう頭の中から消え去っていた。
夢中で彼の名を呼び、その背にしがみつく。
やがて瞼の裏にさっき見たばかりのプレアデスが瞬き、弾けた。


「……全く、髪が草だらけだ」
「え、あ……本当ですね。すいません……」
呼吸を整え、身体を起こすと髪や服についた草を掃う。
じろりと睨むと、大河は申し訳なさそうに身を縮こませた。
「夏には違う星が見れるから、また連れてこようかと思っていたけど……やっぱり止めた方がいいのかな」
「す、昴さん〜……」
ぷいとそっぽを向くと、情けない声で袖にしがみつかれた。
……とても、さっき僕を押し倒した人間と同一人物とは思えない。
「……嘘だよ、また一緒に見に来よう?」
「はいっ!」
そんな姿に苦笑しつつ優しく笑いかけると途端に目を輝かせるのだから、本当に彼を見ていると飽きない。
「だけど」
こつん、と大河の額を小突く。
「今度こんな真似をしたら……容赦なく躾けるからな」
「うう……気を付けます」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」


「昴さん」
「何だ」
行きと同じように望遠鏡をかついで歩いていた彼が、ふと星空を見上げる。
「もう一つ、昴さんが教えてくれた星の名前を思い出しました。あれ……」
そう言って彼が指差した星は真北に輝く北極星。
「ポーラースター……君の星だな」
「え?」
「プレアデスが僕の星なら……君の星は、あれだ」
かつて彼に言った言葉を思い出し、さきほどプレアデスを僕の星と言われたのもあっての言葉だったのだが。
「……」
ぴたりと足を止めた大河の瞳がプレアデスとポーラースターを何度も行き来する。
「大河?」
その様子を訝しげに思いつつ問いかけると彼は大真面目な顔をして、こう呟いた。
「昴さんの星とは……結構離れてるんですね」
思わず、吹き出してしまう。
真剣な顔をして何を悩んでいるかと思ったらそんな事を考えていたのか。
「別に、問題ないだろう?だって……」
望遠鏡をかついでいない方の手を取り、微笑む。
「本物の昴は、こうして君の隣にいるのだから」
「……」
大河の顔がぼっと赤くなり、やがて嬉しそうに目が細められる。
「そうですね……」
「じゃあ、夜風も冷たくなってきたから…そろそろ本当に戻ろう」
彼の手を取ったまま、歩き出す。


彼に見せられた写真のように、かつて僕は一人で星空を見上げていた。
だが、今は違う。
手を伸ばせば、届く星が僕の隣に在る。
どんなに美しくても、夜空の星には決して感じない温かさを指先に感じながら。
僕は満ち足りた気分で夜のセントラルパークを後にした。


END

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