polar star
人が身体を求めるのは何故だろう。
手を触れ合うだけで、キスをするだけで、抱きしめるだけで幸せなのに。
その先を求めるのが動物として自然な行為であることは頭では理解しているけれど。
感情が納得出来ない。
僕の前世は女性で、大河の前世である男性と恋人同士だった。
以前は前世の夢で悩まされ……結局それは彼を好きな自分を認めたくないが故に見せていた夢だったのだが。
それを自覚して彼にはっきりと思いを告げて、傍に居てくれと自分から懇願した。
彼が好きだから。
だけど、彼が僕に求めるものと僕が彼に求めるものは微妙に違う。
僕は彼と話して傍に居られるだけでいい。
この未成熟な身体のせいだろうか、僕には性的欲求というものはほとんどなかった。
だが、彼は違う。
健全な肉体には健全な精神が宿るとは言うが。
決して彼の欲求が人並みはずれているというわけでなくても、若い彼には当然人並みの性的欲求もある。
…初めて彼に抱かれたときはかなり強引ではあったが、僕が男であるという事には何ら躊躇を示さなかった。
それは、それ以後も全く変わらない。
僕が男だと知って、それでも僕が欲しいと求めてくる。
口には出さなくても、握られた手に、重ねられた唇に、抱きしめる力強い腕に、僕への想いをひしひしと感じる。
時折、彼が拳を握りしめて何かを耐えるような仕草をするのは気付いていた。
気付いていて、気付かない素振りをしていた。気付いてしまえば、無視できなくなるから。
最初の時の事もあって、彼からは言い出せなかったようだ。
僕も、いかに彼を信用していてもあの時の事が甦ってきそうで怖くて彼に身を任せる決心がつかなかった。
だが。
…大河から貰った合鍵で彼の部屋に入ったときに運悪く
「昴さん…昴さんっ」
と言いながら僕が来たのも気付かずに一心不乱に僕の名前を呼び、一人自慰行為に耽る彼を目撃してしまったのが良くなかった。
「……」
「す、昴さん!!」
彼も固まったが僕も固まった。
たとえ僕が女であろうと、自分の想像をされながらそんな事をしている現場に出くわせばやっぱり固まるだろう。
「あ、あの……これは」
慌てて前かがみになりながら必死にそそり立った分身を隠す彼がむしろ哀れでならなかった。
「ご、ごめんなさい……」
彼が想像の中でどんな僕を想像していたのかは知らないが。
「すぐに出て行きます!昴さんは、ゆっくりしていって下さい!」
相当動揺していたのだろう。
彼の部屋なのにそんな事を言っていた。
…観念をして、小さくため息をつくと彼に近寄る。
「……ここは君の部屋だ。君が出て行く必要は無い」
「で、ですけど…昴さんは怒ってますよね?」
うろたえた瞳が今にも泣きそうになっていた。
まぁ、怒っているかと言われれば全く怒っていなかったわけではないが。
「大河は僕を抱きたいのかい?」
「……」
「答えてくれないか。どうなんだ」
「………はい」
消え入りそうな声で、彼は答えた。
「僕が男でも?」
「そんなの…関係ありません!昴さんだからです!」
即座にきっぱりと否定されて、問いかけた僕の方が驚いた。
以前、僕を抱いたときは逆上していたとはいえ言っていたことは嘘ではなかったのか。
「……じゃあそうすればいい」
「…え……?」
「昴は言った…大河が僕を抱きたいと思うなら、そうすればいい、と」
彼に対して欲情しているかと言われればこれっぽっちもしていない。
しかしこれほどまでに大河が僕を求めているのならば、一度きちんと彼と向き合ってみようという気持ちになっていた。
彼の傍にずっと居たいと願うならば、いつまでも素通り出来ない問題なのは分かっている。
ある意味、良い機会なのかもしれないと。
「昴さん……」
僕の言葉に大河は呆然として僕を見つめたまま動かない。
「どうした?しないのか?」
「い、いえ…昴さんは、いいんですか?無理してぼくに合わせなくてもいいですよ…」
「大河、はっきりしろ。煮え切らない態度をとられるのが一番不愉快だ」
この期に及んでそんな事を言う彼に少々苛立ち、自然と言葉がきつくなる。
「昴さん……すいません」
「だから、謝るな。どっちなんだ」
「抱きたいです。昴さんには申し訳ないと思っていても、昴さんを、抱きたいです。ぼくは」
「わかった……じゃあ、大河の好きにしろ」
覚悟を決めて、ネクタイを解く。
「昴さん…」
続いてシャツのボタンを外していると彼が僕の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
「昴さん、誤解しないで下さい。昴さんの身体が欲しいから昴さんを好きなんじゃないです。昴さんが好きだから……」
「わかっているよ、大河。でも、一つだけ約束してくれないか。前みたいに、無理やりは、勘弁してくれ……」
僕の言葉通り、大河は僕を女性でも扱うかのように優しく抱いた。
自分から望んだ事なのに、気分は複雑だった。
僕は前世も相まってどうしても過敏に意識してしまう。
悪い癖だとは、わかっているのだけれど。
当然ながら、そんなことは思っていても彼には言えない。
言ったら彼は気にするだろう。
第一、彼に自覚があるかも定かではないのだ。
もしかしたら無意識にそうしているのかもしれない。
大河は
「昴さんだから抱きたい」
と言った。
その言葉を疑っているわけではない。
だが、例えば…そう。
手近な所でいけば僕の身体がサニーサイドのように彼よりも体躯が立派だったとしても。
彼は同じような気持ちを僕に抱いたのだろうか。
聞くのも憚られる疑問だが、どうしてもそう思ってしまう。
自分の、男性になりきれない、いつまで経っても中途半端な身体。
彼と会う前は人並みに成長が望めなくても才能も霊力もある自分は幸せだと思っていた。
だが、彼と会ってからは自分のこの身体に劣等感を感じてばかりだ。
『抱かれる』という行為は他者に自分の身体を委ねるという事。
僕の性が女性であったのならばそれも自然な行為として受け止められたのかもしれないけれど。
「…んっ……大河…」
「昴さん、痛いですか?」
「そう、じゃないけど…あんまり、急には……」
いつものように、彼が僕の中に入ってくる。
もう何度目か。いちいち数えていないから覚えていないけれど。
何度同じ行為を繰り返しても、慣れない。
挿入される瞬間の違和感、背筋を伝う震え。
「…ごめんなさい、昴さん。昴さんには、負担が大きいですもんね…」
本来受け入れるべき箇所ではない所への異物の侵入。
そして律動を繰り返されるたびに僕の身体は極度の緊張で疲弊し、その後はまともに動けなくなるほどだ。
彼は一番初めが無理やりだったのを心の底から反省して、じっくり解してからゆっくりと気遣うようにするけれど。
それでも身体の強張りは抜けない。
…僕はこの行為が好きではないのだろうか。
はっきり言えば好きではない。
されど、彼と一緒に居たいと願ったのは自分。
それは当然、こういう行為も受け入れるという意味も含まれてはいたのだけれど。
「昴さん、やっぱり止めますか?辛かったら、無理しないで下さい」
彼は、僕の手を取って優しくそう言う。
「…平気、だよ。大河の思うままに、して構わない……」
本当は、止めて欲しいと言うべきなのだろう。
けれど大河はいつも精一杯我慢しているのを僕は知っている。
大河はまだ20歳前後。
性的欲求が盛んな年頃なのは理解している。
…同じ男性である僕に対してそれを向けられるというのは正直いまいち理解出来ないけれど。
「…んんっ……はぁっ……大河」
彼が、当然膨らみなど無い僕の胸をさするようにして撫でる。
複雑な気分だ。
自分は男性ではあるが厳密には男性ではない。
僕はあまりにも高すぎる霊力のせいだろうか、身体の成長が10歳前後にして著しく遅くなった経緯を持っている。
それゆえに男性としては未成熟な身体。
中性、むしろ無性に近い状態なのかもしれない。
男性にあるべき男性器も存在していたが大河に比べれば小さいし、身体そのものも子供のようだ。
あまり男を抱いているという気分がしないのかもしれない。
だから、大河は僕を抱きたがるのだろうか。女性のように。
そんな思いすら抱いてしまう。
「やっ…!たい、が……たいがっ」
「昴さん?」
ことに最近そう思うのは、大河が僕の中で蠢くたびに違和感を感じながらも身体中を這うような震えが止まらないせいかもしれない。
くすぐったいような、寒いような。
全身を痺れるような感触が伝って、自分が自分でないような感覚に襲われる。
「痛いですか?」
「違う……違うけど、なんだか…おかしいんだ……身体中が、ざわついて…」
彼に身体を揺すられる度に、言い知れぬ何かが喉元にせりあがる。
「あ、ああっ……何…何だ、これ……」
「昴さん!」
本能的な恐怖を感じて彼から逃れようとじたばたともがく。
大河はそんな僕を見て、自分自身を引き抜こうとした。
「……んぅっ…!」
まただ。
また、あの『感覚』が襲ってくる。
ふいに怖くなって彼にしがみつく。
「昴さん……」
そうしないと、自分が自分でなくなってしまいそうで。
「もしかして、感じてるんですか?」
「!!」
遠慮がちに、大河が呟く。
「ちが…違う!そんなこと……」
「我慢しなくてもいいんですよ。ぼくはむしろ嬉しいですし」
大河の手が、僕自身よりも僕の興奮を如実に現す小さな男性器に触れる。
そこに触れられるのは大河といえども嫌で、いつも触れようとされる度に必死に拒んでいたのだが。
律動と共に刺激をされて、僕の身体は仰け反った。
断続的な震えが止まらない。
むしろどんどん感覚が狭く、大きくなっていく。
「…大河……!はなせ、いやだ…変に…なる!……よせ、あ、あ、あ、ああぁっ………!!」
のがれようともがく自分の動きすら震えを誘い、今まで感じたことのない痺れが脳を麻痺させる。
ぎゅっと彼の腕を掴み、目を固く瞑る。
全身を支配するような、一際大きな震えの後に目を開けると…僕は彼の手の中に射精をしていた。
彼の動きも僕よりやや遅れてぴたりと止まった。
と思ったら、自分の中で脈打つような感覚を感じた。
「……っ、ごめんなさい昴さん。ぼくも、イっちゃいました。昴さんの中が、凄く締まって…」
大河に悪気は無いのだろう。
だが、今の僕にはまるで僕が女性のようだと言わんばかりに聞こえて気分が悪かった。
嫌がっていたのに無理やり絶頂にのぼりつめさせられた事も含め。
「…帰る」
「え、今すぐですか?昴さん、身体は……」
「そんなのは、平気だ!」
嘘だ。
絶頂感の余韻で、立ち上がろうとすると足に力が入らない。
しかしそんな身体を無理に押さえつけて服を身につける。
「昴さん、無理しないほうが……」
「うるさい!僕の身体を僕がどうしようと君には関係ないだろう!」
彼に怒鳴ってからはっとした。
これではただの八つ当たりだ。
彼は驚いたように目を見開いて、やがて悲しそうな目で僕を見る。
バツが悪かった。
「昴さん……」
「すまない、少々気が立っているみたいだ。だけど、僕の心配は無用だ。おやすみ、大河……」
そのまま振り返りもせずに彼の部屋を後にする。
いつものようにだるさと疲れで瞼が重かったが、なんとか自分の部屋に辿り着くと服も着替えずにベッドに横になった。
「僕は、男だ……」
そんなことを呟く。
男であるとか女であるとかはその人を判断する上で意味の無い問題だ。
それが僕の信条であり、ずっと思ってきたのに。
こんなにも自分の性別というものに拘って振り回される日が来るとは。
それでも大河を離すことは出来ない。
僕のポーラスター。
ただ君の傍に居たいという僕の願いは我侭なのだろうか。
前にも同じことがあった時のようにそれから数日はぎこちない日々が続いた。
心配そうに僕を見つめる大河を無視し続ける日々。
もうちょっと気にしないフリでもしてくれたほうが僕も楽なのに。
素直な彼は顔に率直に出てしまう。
それは周りにも伝わる。
僕の性別を知らなくても僕と彼の関係におおよその所は気付いているみんなに気を使われるのもそれはそれで鬱陶しかった。
結局、一週間目には僕が痺れを切らした。
彼を大道具部屋に呼び出し、詰問する。
「いい加減にしろ!言いたい事があるならはっきり言え!!」
声は抑えながらも怒気の孕んだ声で彼を睨みつけると彼は悲しそうな表情のまま僕を見ていた。
何故僕をそんな表情で見る。
まるで哀れまれているようで、気に食わない。
「昴さん……」
「そんな目で、僕を見るな……」
「昴さんは、ぼくに抱かれるのが辛いですか?」
「……」
やっぱりその話題になってしまう。
ふいと視線を逸らし、俯く。
「君は嫌いじゃないけど、僕は女じゃない。いくら身体が未発達でも……女みたいに抱かれるのは、嫌だ……」
それが本音だった。
「昴さん……」
「君に抱かれるたびに、自分が男じゃないような気がして、怖くなる。僕は女じゃない、そんな風に扱われるのは嫌なんだ…」
「昴さん、ぼくは」
「……失礼する」
そのまま逃げるように大道具部屋を出て行く。
「おや、昴。どうしたんだい?暗い顔をして」
テラスでぼーっとしていたらサニーサイドに声をかけられた。
「…別に。君には関係ないだろう」
そう言いながらもサニーサイドの身体をじっと見つめる。
すらりとした長身も、がっしりとした肩幅も、大きな手も。
自分にはないものだ。
「神の領域に達している」とまで言われた霊力を持ち、人々から「天才」と称された自分がそんなものを羨ましがる姿が情けない。
「ま、昴のことだから心配はしていないけど。今日の公演もよろしく頼むよ」
大きな手で肩をぽんと叩かれる。
それだけでも振動が身体中に伝わる自分の小柄な身体が、今は恨めしかった。
「…昴さん……」
ぼくは昴さんが去った後も大道具部屋に一人突っ立っていた。
昴さんが去り際に呟いた言葉
『君は嫌いじゃないけど、僕は女じゃない。いくら身体が未発達でも……女みたいに抱かれるのは、嫌だ……』
『君に抱かれるたびに、自分が男じゃないような気がして、怖くなる。僕は女じゃない、そんな風に扱われるのは嫌なんだ…』
それだけが気になって。
ぼくが、昴さんを女みたいに…。
そんなつもりはなかったのだけれど、昴さんがそういうのならそうだったのだろうか。
確かに昴さんは男性というには身体も小柄だし、あんまりそう意識させないところはある。
「誰にも言わないでくれ」と前置きをして教えてもらったところによると、霊力の高さゆえに成長が阻害されてるらしい。
それゆえに昴さんの身体は10代前半の状態で、男性としては未発達なのだと言われた。
ぼくは驚きはしたが、本当に昴さんが男でも女でも構わないと思っていたのでその事実も割とすんなり受け入れた。
「でも完全に成長してないわけじゃないんですよね?だったら昴さんにそのうち追い抜かされちゃうのかなぁ、背とか」
ぽつりと漏らしたぼくを、苦笑しながら見た昴さんの優しい笑みは今でも覚えている。
そういう事実や前世が女性だったということもあるからだろうか。
昴さんは男性でありながらやっぱりどこか中性的で、でもそんなところもたまらなく魅力的だった。
他の誰にもない、不思議な魅力。
昴さんはあんまり意識していないかもしれないけど、その中性的な魅力は女性だけじゃない、男性をも魅了する。
…昴さんが男性だったとしても本気で恋焦がれる男は多いだろう。ぼくもその一人だけど。
だから、昴さんがぼくを選んでくれたときは嬉しかった。
でも、一度無理やり昴さんの身体を奪ってしまったから、昴さんに対して性的欲求をぶつけるのはなんだか悪い気がして。
自業自得なので自分で処理していたところを、うっかり昴さんに見られて。
てっきり嫌われると思ったら、昴さんはそんなぼくも赦してくれた。
……昴さんの優しさに甘えちゃいけないのはわかっている。
普段が抑えている分、昴さんに触れるとどうしても昴さんがぐったりするまで求めてしまう。
身体も小柄な昴さんにはそういう行為は負担が大きいし、精神的にも乗り気ではないことはわかっているんだけど。
昴さんを好きになればなるほど、気遣わなくちゃと思う反面、全てを知りたくなる。
こんなことをしていたら昴さんに愛想を尽かされるかもしれないと思いながらも、昴さんと一つになるのは凄く幸せで満たされて。
だから、昴さんも気持ちよくなってくれたらいいなぁ、とか思っていた自分は単純だったのか。
ぼくに抱かれて達してしまったことが昴さんにとってそんなに屈辱だとは思いもしなかった。
昴さんはぼくが考えるよりもよっぽど複雑で、そして誇り高い人だ。
そんなことはわかっていたのに、怒らせてしまった。
今度こそ、許してくれないかもしれない。
ちらりと、やっぱりぼくは昴さんの傍にいるべきではないのかもしれないという考えが浮かんだのを頭を振って振り払う。
諦めちゃダメだ。
もう一度きちんと話をしよう。
ぼくはまだ昴さんが好きなんだから。
公演のあと、帰ろうとする僕を大河が呼び止める。
無視してもしつこく食い下がる。
僕のホテルまでついてきたところで根負けした。
「…わかった。話があるなら僕の部屋で聞く」
部屋の前まで着いてこられても迷惑だ。
「僕に話があるんだろう?何だ」
「昴さん」
彼が真面目な顔をして僕を見る。
「さっきはごめんなさい…でもぼくは昴さんを女だと思って抱いた事はありません」
「……」
繰り返される同じ話題。
何度も何度も何度も。
いい加減に嫌気がさしてきた。
「でも、昴さんが嫌ならぼくはもう二度とそういうことはしませんから…」
「それで?また僕を想像して一人で自慰行為に耽るわけか」
「……」
彼は口ごもる。
そんな事は無い、とは言えないだろう。
一度、僕にその現場を目撃されているのだし。
「……昴さんは、どうしたいんですか。ぼくはどうすれば、昴さんに許してもらえますか」
「…っ!許すも何も、僕は身体の関係なんていらない!そんなものなくたって、僕は君を…」
そこまで言って、慌てて口を押さえる。
これじゃあ、自分が彼を好きだと告白しているようなものだ。
「昴さん……」
沈痛だった彼の表情がほんの少しだけ嬉しそうにほころぶ。
「良かった。ぼくのこと…嫌いになったわけじゃなかったんですね」
「何で、そうなるんだ。僕は君を嫌いになった事なんて一度もない」
「昴さん…」
彼が、僕の隣に座り僕を抱きしめる。
抱きしめられるのは嫌いじゃない、むしろ安心する。
…それ以上を求められるのが苦手なだけで。
「大河。僕は君が好きだけど、君と僕がお互いに求めているものは微妙に違う。…それでも一緒に居てもいいんだろうか」
「昴さん!!」
僕の言葉にびっくりした大河が僕を離し、僕をじっと見てくる。
「当たり前じゃないですか!昴さんが迷惑じゃなかったら、僕は昴さんとずっと一緒に居たいです。ずっとずっと…」
「大河……」
でもそれは大河に我慢を強いることに繋がる。
まだ若い彼には辛いだろう。
「……」
それなら、とごくりと唾を飲み込む。
知識でしかない行為だから、上手く出来るか自信がないけれど。
「…僕にはこんな事しか出来ないけど、許してくれ……大河」
彼の下半身に手を伸ばすと、かすかに膨らんだ部分に当たる。
こわごわとファスナーを下げると、彼があきらかに動揺した表情を僕に向けた。
「す、昴さん……何を」
「……大河……」
もぞもぞと取り出した彼の分身は既にいくばくか立ち上がっていた。
髪を耳にかけて、それにおそるおそる顔を近づけると舌を這わせる。
「昴、さ……っ!!」
柔らかい先端に、固い幹に。
「や、やめてください!そんな事、しなくて…いいですから……」
大きさが違うとはいえ自分自身にもあるものに舌を這わすというのはいい気分ではなかったが、なんとか耐えられそうだ。
適度に唾で舌を湿らせながら、彼の陰茎を隅から隅まで舐めあげる。
逆に言えば、自分にもあるからこそなんとなく初めてでもわかるのだろうか。
裏筋とかを下から上へ舐めれば彼の身体がかすかに震える。
大河は必死に僕を引き離そうとするが、彼の手には力が篭っていない。
「…っ……す、ばるさ…ん……ダメです…」
言葉とは裏腹に気持ちいいのだろう。
素直に感じる部分を刺激されれば、彼は呻くような声をあげる。
先からは透明な液が溢れ出していた。
口に含むと苦い。
だが、我慢しなければならない。
「大河……気持ち、いいかい?」
ちらりと上目遣いで彼を見ると、彼は閉じていた瞼を開き、息を整えながら言った。
「すごく…気持ちいいです……でも、昴さん。お願いですから、やめて下さ…」
「昴は言った。その要求は却下する、と…」
大河が気持ち良いならいい。
あとは彼をイかせるだけだ。
ちょっと躊躇ったが、先端を口の中に含む。
「…っ!!昴さん!」
大河が悲鳴のような声をあげた。
だが、無視する。
舌で転がすようにして舐め回し、緩やかに幹を扱く。
僕の口の大きさでは全部を含むのは無理そうだ。
唇をすぼめて吸い上げるようにすると、彼の身体がびくっと震えた。
「すば…るさ…ん……ダメです、そんなにされたら…お願いですから、やめてください…」
力の篭ってない手で頭を押さえつけるような素振りはするが、大河の声は上ずっていた。
軽く頭を上下させ、ピストン運動を繰り返すと口の中の彼のモノが更に大きさと固さを増して存在を主張する。
「…っ。昴さん……もういい、もういいです……!お願いだから、離れて…っ」
僕の肩を掴んだ彼の手が、力の加減も忘れて僕を突き飛ばす。
僕は引き剥がされ、ソファの肘掛の部分にぶつかった。
「邪魔をするな、大河!」
睨みつけても彼はひるまない。
「ぼくは昴さんにこんな事をして欲しいわけじゃありません!」
お互いに荒い息を整えながら睨みあう。
やがて、大河が悲しそうな瞳で僕を見つめながら、そっと手を伸ばした。
「すいません、突き飛ばしてしまって…大丈夫ですか?」
「…しろって言うんだ」
「え?」
「じゃあ僕にどうしろって言うんだ、君は!」
唇を噛みしめる。
他に方法が思いつかなかったからこうしたのに。
それすらも拒まれるというなら僕は彼に何をすればいいのだ。
「無理しないでいいんですよ…昴さん」
彼の腕が僕を包む。
「ぼくは昴さんの気持ちだけで嬉しいんですから…」
「嘘だ!だって君は欲情しているんじゃないか、僕に。でも、僕は……僕は女のように抱かれるのは嫌なんだ。どうすれば、いい…」
「昴さん…」
どんなに困難な戦闘でも難しい学問でもこれほどに悩んだ事はない。
「昴さんは女性じゃありませんよ」
大河の手が僕の下半身に伸びて、さっきとは逆に僕の分身を取り出される。
「女性には、これはないでしょう?」
彼と比べれば貧弱な性器。
くたりと力ないそれを大河がゆっくりと扱いた。
「や…!大河!」
「…ぼくのに、触れてくれませんか。昴さん…」
未だに固さと大きさを保ったままの彼のそれ。
渋々と、手を触れる。
「大きさは違うけど、おなじものでしょう?昴さんも、男性です」
「……っ」
彼の手で刺激されて、僕のもあっという間に立ち上がる。
変な気分だ。
触れているのは彼の手なのに。
自分の手にも同じものが触れているせいか。
まるで自慰でもしているような気分にさせられる。
「…はっ……大河…こんなこと、して…何が、楽しい…?」
「ぼくだって反省しているんですよ、一方的に昴さんを求めてばかりだったことに」
大河は優しく微笑む。
「だから、昴さんをちゃんと男性と思っていることを分かってもらおうと思って。…さっきと逆の事をしてもいいですけど」
「冗談じゃない!!」
「でしょう?昴さん、我侭なんだから…」
彼の邪気のない笑みに毒気が抜かれる。
自分を女みたいに扱われる事に落ち込んで、必死になって彼に何をすればいいだろうかと悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。
「大河……」
「なんですか?」
「ありがとう…君はやっぱり、僕のポーラースターなのかもしれないな…」
完璧に振舞っていた僕を変えて、劣等感を抱かせて、それでも僕を輝き照らす優しくて残酷な北極星。
夜空に見上げるだけだった星を僕は求めてしまった。
その光に晒されれば、隠したがっていたことも全て曝け出されてしまう。そうわかっていても。
「あ、あ……大河……あぁ…」
いつの間にか僕も大河も服を脱ぎ捨てて、手を握りしめあって互いの性器を擦り合わせていた。
先端からの先走りを潤滑液に、大きさの違う二つのモノが二人の間で重なり合う。
「……昴さん…」
ちょっとおかしな行為だけれど。
それでも、何故か安心する。
この身は女ではなくても、彼の前に全てを曝け出してもそれでも彼は僕を、男としての僕を認めてくれる。
一方的に僕を求めるだけでなく、互いに求め合ってる気がして、行為自体は恥ずかしいけれど少し嬉しかった。
直接的な刺激と心の充足感に全身が満たされ、僕はのぼりつめていく。
「たい…がっ……!もう、我慢…出来ない」
「ぼくも、です…昴さん、大好き……」
唇を重ね、舌を絡ませあう。
強く握り合った手に力がぐっとこもって、僕と大河は同時に達した。
「あ〜!…ソファが汚れちゃいましたね。革で良かったです。布だったら大変な事に…」
達した後にお互いを見つめ合うと、開口一番彼が呟いたのはそれだった。
確かにソファには僕たちの欲望の証が飛び散っていたが、真っ先それを言い出す大河に思わず笑ってしまう。
全く、彼の行動も言動も予測が出来ない。
だけど、それだから彼に惹かれるのかもしれない。
「大河」
「とりあえず早く拭かないと。匂いがついちゃいますね」
「……」
そそくさと後始末をする彼に苦笑する。
「これでよし、っと。何ですか?昴さん」
「いや、何でもない。じゃあ僕はシャワーでも浴びてくるよ」
「あ、じゃあぼくも一緒に!」
嬉しそうに顔を輝かせる彼は、とてもじゃないが二十歳には見えない。
大人びているような気もすればやっぱり子供っぽい。
「しょうがないな…」
犬のように尻尾でも振らんばかりの大河を見ながらそっと心の中で思う。
何かが解決したわけじゃない。
僕の進む道が茨の道なのに代わりは無い。
でも、隣に彼が居てくれるのなら。
彼はきっと僕に絡みつく茨も取り払って輝き照らしてくれるだろう。
そうして、ゆっくりでも一緒に歩いていければいい。
彼と、手を繋いで。
END