private stage
人間という生き物はココロとカラダで出来ている。
そんなことは言葉にせずとも誰もが知っている事。
ココロだけでも生きられない、カラダだけでも生きられない。
不安定で不思議な生き物。
「昴…ちょっと、いいかしら?話があるから残って欲しいのだけど」
戦闘の後、作戦指令室にて今日の戦闘の反省会を終えて出ようとする僕をラチェットが呼び止める。
「…何だい?」
心の中で舌打ちをしつつも努めて冷静に呟く。
「大した話ではないのよ。ちょっと、気にかかることがあって」
艶やかなハニーブロンドを揺らし、ラチェットが微笑む。
周りにはまだ星組のみんながいる。
…つまり、他の人間には聞かれたくないことか。
「…了解した」
話の内容など聞かなくてもわかっている。
他の人間は気付かなかったようだが、ラチェットにだけは気付かれたか。
流石に長い付き合い。
……隠し事が通用しないのはお互い様らしい。
「今日の戦闘はどうしたの?貴方らしくないわね、昴」
指令室からラチェットと僕以外の人間が消えると、ラチェットは単刀直入にそう切り出した。
「……何がだい?」
そ知らぬフリをしてすっとぼける。
どうせそんなことで騙されるラチェットではないだろうが、素直に認めるのは癪だ。
「他のみんなは気付かなかったようだけど、私の目は誤魔化せないわよ、昴」
彼女の青い瞳がすっと細められる。
「二度ほど、狙いが逸れたでしょう。貴方らしくないわね、疲れているの?」
「……あれは大河が邪魔だっただけだ」
そうかわしてもラチェットの追求はやまない。
「いつもの貴方ならそれでも仕留めるわ、昴。次も同じような事があるならば私の権限で貴方の出撃を認めないわよ」
イヤリングが揺れる。
「戦闘中に集中力を欠くならば撤退すべきだ…と貴方、私に言ったわよね?」
「僕は問題ない。今日はたまたま調子が良くなかっただけだ。次回からは気をつけるよ。じゃあ失礼」
そのままラチェットの返事も聞かずに指令室を後にする。
これ以上の話し合いなど無意味だ。
理由は分かっていた。
狙いが逸れたのは大河が近づいた所為。それは間違いない。
けれど本当に彼が邪魔だったわけではない。
最近は、彼に近づかれるだけで心が乱れる。
戦闘中でも、日常生活でも。
…だが、理性でそれを押し留めていた。
はずだった。
はずだったのに。
翌日の戦闘演習ではくっきりと結果が現れた。
結果を見て愕然とする。
霊力が…落ちていた。
自分の霊力は星組の中でも一番高いと思っていた。
そのことに自負心も持っている。
しかし、今日の結果は信じられないほど霊力が落ちていた。
データを渡されるのは本人と司令であるサニーサイドと副司令であるラチェットだけ。
ラチェットの視線が突き刺さる。
どうすればいい。
その事だけが頭の中をぐるぐると回る。
こんなのは認めるわけにはいかない。
どうにかしなければいけない。
だがどうすればいい?
こんな事は初めてで、解決方法など予想もつかない。
一時的なものなのか、それとも本当に霊力が失われつつあるのかも。
自分から霊力が失われる日など考えたこともなかった。
ラチェットが霊力を失ったときでさえ、他人事と思っていたのだから。
どうすれば、どうすれば…それだけが頭を巡っていた。
取り戻す方法があるのならばなんでもいい。
神にでも悪魔にでも、縋ってやる。
「……昴、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
サニーサイドがいつものように曖昧な笑みを浮かべて僕を呼ぶ。
「今晩、ボクの家に来てくれるかい?…理由は、言わなくてもわかるよね?」
「……」
肩を掴まれ、耳元で囁かれる。
副司令の次は、司令自らか。
憂鬱な気分になりながら
「わかった……」
とだけ答える。
気分がだるい。
次の舞台までしばしの期間があり、稽古もなかったのでシアターを後にして自分の部屋で横になる。
そのまま眠ってしまったらしい。
目を覚ましたときには、9時をまわっていた。
サニーは夜とだけで時間を指定していなかった。
もう帰っているだろうとセントラルパークの屋敷に向かう。
屋敷には明かりがついていた。どうやら帰っているらしい。
呼び鈴を押すとサニーが出てきた。
「やぁ、待っていたよ昴。どうぞ、遠慮はいらないよ」
彼に促されるままに居間へと案内される。
「…ダイアナは?もう寝てしまったのか?」
途中、以前立ち寄ったことのあるダイアナの部屋の明かりがついていないのに気付き、サニーに尋ねると
「あれ、言ってなかったっけ。ダイアナは前に住んでたアパートに戻ったよ。荷物はまだ全部運んでないけどね」
彼はそう言って肩を竦めてみせた。
「そうだったのか…」
そういわれてみれば、そんな事を話していたような気もする。
関心がないというか自分の事で頭が一杯で気にも留めていなかった。
「だから、今はボクだけの淋しい男の一人暮らしさ。何ならダイアナの代わりにキミが住むかい?昴」
サニーは僕をちらりと振り返りそんな事を言う。
「遠慮しておくよ、サニーサイド。君と住むのは色々と疲れそうだ」
「酷いなぁ、ボクは結構我関せずだから上手くいくと思うんだけどね、キミとは」
居間につき、ソファに腰掛けてサニーと向かい合う。
「……そんなことはどうでもいい。それより話ってなんだい」
「今日の戦闘演習の結果、随分悪かったじゃないか。昴とも思えないくらい」
サニーの懐から一枚の折りたたまれた紙切れが出されて、僕の前に突きつけられる。
…見なくても分かる。今日の結果だ。
「ラチェットも随分心配していたよ。昴らしくないってね」
「…たまたま調子が悪かっただけだよ。…次からは」
「ってこの間ラチェットに言ったそうだね」
冷ややかな声に遮られ、言葉を失う。
「昴。一度なら『たまたま』かもしれない。けれど、それが二度続いたらそんな言い訳は通用しないよ」
「……」
「何か悩みがあるのなら相談してくれないかな?ボクで話しにくいならラチェットでもいい」
サニーは足を組みなおすとサングラスの奥で微笑む。
「…悩みなんてない」
顔を背け、そう呟く。
「やれやれ…そうかい。まぁ、ラチェットが霊力を失いつつあったときもキミみたいな反応だったしねぇ」
その言葉に身体がびくりと反応する。
「僕の霊力が失われつつあると、そう言いたいのか……」
「さぁ、それはわからないよ。もし本当にそうだったらボクとしても困るんだけどね。キミだってそうだろう?昴」
認めるわけにはいかない。
認めてしまえば、他の人間にも知られて…最悪は戦闘から外される。
そんなのは耐えられない。
「本当に…調子が悪いだけだ。すぐに元に戻る」
「すぐっていつ?敵はキミの体調なんか構っちゃくれないよ」
「そんなことはわかっている!」
思わず怒鳴るとサニーが困ったように笑う。
「怖いなぁ、そんなに怒らないでよ。キミを責めてるわけじゃない、むしろ手助けをしようと思って呼んだんだし」
「手助け?」
怪訝な顔でサニーを見ると彼は頷く。
「そう。ラチェットの霊力が落ちたときにもこの方法で一時立ち直ったからね、キミにも効果あるんじゃないかと思って」
「それは…どんな方法だ」
逸る気持ちを抑えて問い返す。
しかしサニーは答えずに無意識に身を乗り出していた僕を抱きしめた。
「…なっ…何を…!」
「心が疲れているときは身体をリラックスさせるのが一番だよ。どうだい、試してみる?一晩、ボクと」
「…!!」
直接、言葉にしなくてもその意味するところは十分理解できた。
「それは……」
「あ、ラチェットの事なら気にしなくてもいいよ。彼女とは別に恋人同士というわけじゃないから」
サニーの手が僕の髪を撫で、背中をそっとさする。
普段ならすぐに突き放すところだが、驚きのあまりかそうしようという気もおきなかった。
「まぁ、日本人は結婚まで純潔を守りたがる方なんだっけ?キミもそうだったら無理にとは言えないけどね」
混乱する頭で必死に思考をめぐらせる。
サニーの言う事が本当である確証はない。
だが、本当かもしれない。
彼が嘘をついたところで彼にメリットなどないのだ、まさか純粋に僕を抱きたいなどと思っていはしないだろう。
『本当に霊力が戻るのなら』
ごくりと唾を飲む。
『本当に霊力が戻るのなら』
経験はなかった。
もう何年も昔、理由もわからず身体の成長が遅くなり反比例するかのように霊力は上がっていった。
子供のように貧弱な身体。
それでも良かった。
戦いにも舞台にもさしたる影響はない。
体格に劣ろうが戦いは霊子甲冑に乗って戦うので問題ないし、舞台においては身体的よりも心情的になりきれるかどうかだ。
だが、自分の存在意義の一つである『戦う事』を捨てなければならないかもしれない。
そして、ラチェットと同じように霊力がつきればリトルリップシアターの舞台に立つ事も出来なくなる。
彼女はシアターの支配人、星組の副司令として留まった。
では僕は?
結論など、考えるまでもなかった。
取り戻す方法があるのならばなんでもすると思ったのは嘘じゃない。
「……わかったよ、サニーサイド。試してみる、ことにする」
それだけ呟くのが精一杯だった。
「オーケイ、昴。せっかくなら楽しもう、その方がきっと効果があるよ」
サニーはそう言って僕の唇に自分の唇を重ねる。
…初めてのキスは、かすかにアルコールの味がした。
サニーに導かれるまま、寝室に入ってもサニーはベッドの上で僕を抱きしめたままだった。
服すら脱いでいない。
もうどれくらいそうしているのだろう。
早く済ませてしまいたいという気持ちとやっぱりやめたほうがいいのではないかという気持ちと
これから起こるはずの出来事への緊張で頭の中はぐちゃぐちゃだった。
なのに、サニーは何もしない。
何故、さっきの言葉は嘘だったのか。
そんな考えがよぎったが、聞くのもまるでその次の『行為』をしたがっているみたいで憚られた。
「…不思議かい?ボクが何もしないから」
僕の考えを察したかのようにサニーが囁く。
「……僕の身体があんまり貧弱なんで抱く気が失せたかい?」
嫌味交じりに言う。
時間が経つほど緊張は苛立ちに変わっていく。
「そんなことないさ。…そうじゃなくて、いきなり『じゃあやりましょう』じゃ、ムードもないだろう?」
彼が僕の手を取る。
まるで、ワルツでも踊るかのように。
「そんなものは別に必要ない」
「おいおい、昴。キミをリラックスさせる為にこうしているのにそれじゃあ意味がないじゃないか」
そっけなく言い返すと大げさに驚かれた。
「ガチガチに緊張していたら楽しめるものも楽しめないよ。こうすれば少しは昴の緊張も解れるかと思ったんだけど」
「…僕は緊張なんてしていない」
それは嘘だったが、素直に認める気にはなれなかった。
「うーん…真面目なのは昴のいい所だとは思うけど、素直じゃないのは悪い所だね。こんな時位は素直になったらどうだい?」
「……」
「これから肌を重ねようって相手に思い切り全身で拒絶のオーラを出されたらボクだって困るよ、昴」
サニーが笑う。
「僕は別に…そんなつもりは…、…っ!」
いきなり唇を奪われて身体が強張る。
「心より身体の方が正直だね、キミは」
からかうように言われてむっとしたが、言い返すのも癪なので睨み付けるだけに留めておく。
「まぁ、緊張するなというのも無理な話だろうから…そうだね、今だけボクに惚れてみるとかどうだい?」
「はぁ?」
何処から出てきたのか分からない発言に素っ頓狂な声が自分の口から漏れる。
「お芝居だよ、お芝居。一夜限りのね。ここは舞台、ボクとキミは俳優だと思えばいい。役柄は…そうだなぁ」
彼は少し考えて、こう言った。
「シアターのオーナーとダンサーの恋。彼らは惹かれあって苦労の末にようやく初めての夜を過ごす、でいいか」
「…役柄も何もそのままじゃないか」
「まぁまぁ。その方がリアリティがあっていいでしょ。じゃあ、せいぜい今夜一晩ボクに惚れてくれよ、昴」
言い終わると、サニーの顔が近づいてきて文句すら言う暇を与えられなくなってしまった。
…仕方ない。
茶番だが、彼の言葉に乗せられるとしよう。
このまま、ただ時が過ぎるよりかはずっといい。
「……っ」
口内に入ってくる舌に背筋がぞくりとしたが、それも初めてだからと都合の良いように解釈する。
目の前にいるのは自分の惚れた相手。
初めて過ごす二人きりの夜。
「サニーサイド…」
「昴…」
熱っぽく見つめ合う二人。
観客はお互いだけの舞台の、始まり。
「…あ…っ……ふ……」
いとも簡単に服を脱がされて、いかにも慣れた感じの唇と指が僕の身体中を這う。
首筋に、鎖骨に、胸に、そして徐々に下へと。
くすぐったいような、気持ちいいような、不思議な感覚。
指が、唇が、舌が触れるたびにまるでそこから身体中が熱くなっていくような。
人間という生き物はココロとカラダで出来ている。
ココロだけでも生きられない、カラダだけでも生きられない。
不安定で不思議な生き物。
触れられているのは身体なのに、心地よいと思うのは心。
喉から漏れる、自分の声が甘みを帯びていくのがわかる。
さっきまでの緊張が嘘のように、素直に身を任せている自分がおかしかった。
役柄になりきっているというのだろうか。
もちろん恥ずかしさはあるけれど、部屋が薄暗いせいか自分の身体をじっくり見られないのも幸いしていた。
「…っ!サニーサイド…っ」
指が、誰も触れた事のない恥部に触れて思わず抗議の声をあげる。
「どうしたんだい?昴」
撫でるように指を動かされて、軽い痺れが全身を伝った。
「…っ!!そこは…」
「昴の、一番熱い所」
心臓が、どくんと音を立てて跳ねた。
「そんな…風に…言わないで、くれ…」
恥ずかしさに片腕で顔を覆う。
サニーの指に纏わりつく自分の身体が興奮している証の体液も、何もかも。
「何故?本当の事なのに」
「うっ…!」
ゆっくりと、指が侵入してくる。
かすかな痛みのような違和感のような感覚に身を強張らせると、サニーはすっと指を引き抜く。
ほっと安堵のため息を漏らす間もなく、今度は舌が入ってきた。
「や…やめ……あ…ぁ……」
恥ずかしい。
何でこんなことをしているのかとかそんな事は既に頭になく、恥ずかしさで何も考えられなくなりそうだった。
自分の置かれている状況を冷静に考える事なんて出来ない。
恥ずかしさと、時折感じるむず痒いような快楽。
舞台の上でも自分の芝居が上手くいったと思ったら気持ち良いと感じる事はある。
あれが自分の内側から外側へと発散するような気持ちよさだとしたら、今は反対だ。
何かが、自分の内側へと内側へと入り込んで、浸食されるような…。
「ああっ……んっ……っ!!」
息を止め、身を縮めて全身の震えを受け止める。
自分に何が起こったのかを理解したのは、震えが治まって身体の力が抜けてからだった。
「…はぁっ…はぁ…はっ……」
呼吸が苦しい。
「気持ちよかった?昴。どう、イった感想は」
サニーが僕の背に手を入れて抱き起こすと耳元でそんな事を呟く。
「……死ぬかと、思った…」
呼吸困難で。
「はっはっはっ…これくらいで死にそうだったらセックスでイったら本当に死んじゃいそうだね。もっと凄いよ?」
ほんの少しだけ肩が震える。
「でもまぁ、初めてだからどうだかわからないけど。出来る限り頑張るよ、愛しいキミの為にね」
「……あ…うっ!!」
予想していたとはいえ、やっぱり痛い。
でも何とか耐えられる範囲だった。
ふと、何で自分はこんな事をしているのだろうと我に帰る。
ここまでして効果がなかったら…そう考えてぞっとした。
自分の純潔に拘るつもりはないが。
「昴……大丈夫かい?」
「平気だよ…なんとか」
「難しい顔をしてるね。もしかして後悔してる?」
自分でも気付かないうちに顔に出てしまったらしい。
「別に…そんなことないよ。サニーサイドの気のせいだ…」
「じゃあもう少し嬉しそうな顔でもしてくれよ。愛しい相手とセックスしているようにさ」
「そうは言われても…」
一度現実に引き戻されてしまったせいか、再びそんな気分になれない。
「霊力を取り戻したいんだろう?『気は心』ってキミの国でも言うじゃないか」
「…使い方が間違っている、サニーサイド」
くすりと笑みをこぼす。
「どうせなら楽しんだ方がいい。ラチェットも、そうだったしね」
「……ラチェットも、こんな風に抱いたのかい」
どうしてそんな事を口に出したのかはわからない。
聞きたいとも思わないし、聞いたところで答えが帰ってくるはずもないのに。
「おや?気になるかい?でも目の前に違う相手が居るのに過去の女性の事を話すのはマナー違反だろう。想像に任せるよ」
案の定、サニーは笑顔ではぐらかすとゆっくりと動き出す。
「…ぅっ…あ……はぁ…っ…」
あれこれ考えるのはやめにした。
考えても栓のない事。
何も考えずにサニーに身を任せればいい。
彼が上手いのか下手なのか、他の相手と同じことをしたことがないからわからないけれど…少なくとも不快ではない。
「んっ…んっ…くぅ……」
貫かれるたびに走る鈍い痛みは消えないが、時々それだけじゃない感覚がじわじわと身体の奥底から湧いてくる。
…なんだろう、これは。
そんな事を考えている間にも自分の呼吸に合わせて、サニーの動きが激しさを増していく。
「サニーサイド…っ…そんな、に…激しく…ああっ」
何も考えられなくなる。
我を忘れるほどの感情など、自分にはないと思っていた。
どんな時でも冷静でありたいと願っていたし、そう演じ続けてきた。
なのに、この感覚は何だろう。
理性も、感情も、全てが頭の中から消えて。
身体に心が飲み込まれて、しまいそうな。
「や…あ、あ…ああっ!!」
無我夢中でサニーにしがみつく。
瞼の裏の世界が白く、弾けた。
「お疲れ様、昴。少しはスッキリしたかい?」
「…はぁ…はぁ……まぁね」
起き上がるのも億劫で目だけをサニーに向けて答える。
「今夜はここに泊まっていくといい。その身体で歩いて帰るのも辛いだろうし」
「……有難い言葉に感謝するよ」
正直、こんなに疲れるものだとは思わなかった。
こんな身体を引き摺って帰るのかと内心思っていたところだったので素直に言葉に甘える事にする。
「キミの霊力が戻るように祈っているよ、昴」
サニーが僕の額に口付ける。
何故だかわからないが、それがまるで夢から覚めるような気がした。
…本当に効果があったのか、翌日に一人でこっそり行った戦闘訓練の結果は今までどおりの霊力値に戻っていた。
実戦でもそれは変わらなかった。
「本当に疲れていただけみたいね、安心したわ。昴」
ラチェットが言う。
「…どうだい?本当に効果があっただろう?」
サニーがこっそりと僕の耳元で囁く。
今思えば、霊力がおかしくなっていたのも大河に心を乱されていたせいなのかもしれない。
僕が大河によって変わった後も、再び霊力が乱れる事はなかった。
むしろ、彼によって霊力も更に高まった気さえする。
サニーの態度はあの後も全く変わらない。シアターのオーナーであり、華撃団の司令だ。
あれは夢だったのではなかったのかと思う。
でも、身体に残る感触は夢ではない。
…そしてまた僕は舞台に立つ。
一夜限りのprivate stage.
それとは別の心地よさを求めて。
「昴…一時はどうなるかと思ったけど、良かったわ。霊力が尽きたわけではなくて」
「確かに、キミも失って昴まで失うとなると星組としては『損失』だからなぁ」
闇の中で一組の男女が笑い合う。
「でも、まさか本当に効果があるとは思わなかったわ。むしろ、昴が応じるとは、ね」
「キミがそれを言うのかい?ボクを焚きつけたくせに」
「私は星組の為を思って言っただけよ。自分の経験に基づいたアドバイスにすぎないわ」
「怖い怖い。ボクはキミの手の上で転がされてる哀れなピエロだな」
「あら?霊力を失いつつある私を騙し騙し使っていたのは何処の誰だったかしら。そのお返しよ」
「はっはっはっ…酷いなぁ。ボクらは利害の一致した大切な同士じゃないか」
「そうね、紐育を守る為に…」
二つの影は一つになり、闇に溶けた。
END