ぼくと昴さんの×××

「………昴さん、お待たせしました!ごめ…げほっ…ごめんなさい……遅くなって」
「……走ってきたのかい?そんなに急がなくても、僕は逃げなどしないのに」

恋人達の記念日と呼ばれるバレンタイン・デー。
クリスマスの時のようにサニーさんに「大河くん。キミは一人で過ごすつもりかい!?ありえないね!!」
とせっつかれて勇気を出して昴さんをデートに誘ってみたところ、すんなりとOKを貰った。
別に初めてのデートではないとわかっていても今日は特別な日だと周りが盛り上がっているからだろうか。
つられるように自分まで興奮して夜遅くまで眠れなかったせいか、少し寝坊をしてしまった。
しかし、ホテルの前で待っていたらしい昴さんは責めるどころか肩で息をするぼくの額の汗を拭いてくれる。
「とりあえず、中に入ろうか。温かい紅茶でも運ばせるよ」
そう言われて握られた指先まで冷え切っているのに気付き、思わずびっくりして立ち止まると。
「…どうしたんだい?ああ、ごめん。冷たかったね」
昴さんは勘違いしたらしい。
手を離されそうになって慌ててぎゅっと握りしめる。
自分の手も冷たかったけれど、昴さんの手はそれ以上に冷たくて罪悪感で胸がちくちくした。
昴さんは、一体いつから待っていてくれたのだろう。
「違います!そうじゃなくて…ごめんなさい。こんなに冷たくなるまで、外で待たせて」
「……違うよ。僕が自分の意思で待っていたんだから、君のせいじゃない」
しゅんとするぼくを見て、あやすように昴さんは頭を撫でてくれる。
きちんと目線を合わせて、ぼくが安心するように気遣いながら。
「昴さん…」
周りに人目がなかったら。
昴さんを今すぐにでも抱きしめたいと思ったけれど。
流石にここはホテルの前だから人目がありまくるので、ぼくは湧きあがった愛しさをちょっとだけ我慢することにした。

「…どうぞ。中は暖かくしておいたから……って、大河……」
とりあえず部屋までは耐えたけどそれまでが限界だった。
やっと人目がつかない所で二人きりになれたんだと思うと、考えるより先に身体が動いていた。
華奢な昴さんを抱きすくめるようにして包み込む。
昴さんはぼくの行動に驚いたようだけど、突き飛ばされることはなかった。
しょうがないな、という感じにぼくを見上げている。
「…すいません。変な事はしませんから、ちょっとの間だけ…こうしていてもいいですか」
順序が逆になってしまったけれど、不意打ちは卑怯だと思ったので念の為に謝っておく。
「……変な事ってどんな事だい?例えば………」
そこで言葉を切った昴さんの瞳が細められ、誘うように唇が開かれる。
目と目が合って、吸い寄せられるようにして柔らかい唇に自分の唇を重ねると、悪戯っぽく昴さんは微笑んだ。
「こんな事?」
「……ぅ…」
あきらかに昴さんに挑発された事はわかっているけれど、それでも何だか申し訳ない気分になる。
部屋に入るなり抱きしめてキスまでするなんて普段の自分じゃないみたいだ。
バレンタインには不思議な魔力でもあるのだろうか。

「冗談だよ、そんなに真っ赤になって固まらないでくれ」
言葉に詰まるぼくを見て昴さんは笑う。
決して嫌がっている様子ではなく、むしろ嬉しそうだ。
何だか、良い雰囲気かもしれない…などとと思っていると。
「九条様、紅茶をお持ちいたしました」
……邪魔のプロがやってきた。
「ウォルター。今、出る」
無情にも昴さんはぼくの腕の中からするりと抜け出てしまう。
一人虚しく取り残されたぼくをよそに、昴さんは温かい紅茶を受け取るとテーブルの上に並べる。
…ん?並べる。
「大河、何をぼさっとしているんだい。隣へおいで」
神はまだぼくを見放してはいないようだ。
ぼくは喜んで昴さんの隣に座った。
バレンタインはまだ、始まったばかり。

「で、今日はバレンタインだけど大河は僕に何かくれるのかい?」
隣に座った昴さんは、紅茶を飲んで一息つくと小首を傾げながらぼくを覗き込んできた。
もちろん、用意はしている。
日本人であるぼくはこっちに来てから知った習慣だったけれど、準備は万端だ!
「はい、もちろんです!これなんですけど……」
おそるおそる紙袋に入った包みを渡すと昴さんは「開けてもいいかい?」と言うので当然頷いた。
「……ショコラか。何だか手作りっぽいけれど、まさか?」
「はい、ぼくが作ったんですよ。中にいちじくが入っていて凄く美味しいんですよ!」
「へぇ…大河が、か」
バレンタインに関して全くの素人だったぼくはプレゼントを考えても何をあげればいいのか全くわからなかった。
アドバイスを聞こうと…丁度近くに居たラチェットさんとプラムさんの二人に聞いてみると。
ラチェットさんには「心がこもっていればなんでも嬉しいものよ」と言われたがそう言われても難しい。
一方、プラムさんは何だか大興奮で「きゃふ〜ん。だったら手作りなんかどう?きっと喜ぶわよぉ」と応援してくれて。
その結果、プラムさんの提案でぼくは生まれて初めてチョコレートを手作りすることにした。
日本に居たら男が料理、ましてお菓子つくりなんて!と言われそうだけど、ぼくも紐育に慣れたからだろうか。
最初は大変そうだと思ったけれど、苦心して作るのも楽しかったし完成した時には嬉しかった。
ラッピングのアドバイスまでしてくれたプラムさんにはお礼を込めて昴さんの分とは別に作った分をあげたら喜んでくれたし。
「君が一人で作ったのかい?」
昴さんも、勿論そんなわけないのはわかっているのだろう。
誰に手伝ってもらったんだい?と言いたげな表情だ。
「い、いえ…プラムさんに手伝ってもらってですけど。でも、ぼくがほとんどやったんですよ!」
「……わかってるよ。ふふ、僕の知らないところで、そんな事をやっていたなんてね。ありがとう、大河」
それはそうだろう。
昴さんを驚かせようと思ってこっそりこっそりやっていたのだから。
でも、思ったより驚いてくれなくてちょっと残念かなぁと思っていたら昴さんが意外な事を言い出した。
「じゃあせっかくだし、大河の作ってくれたチョコでも食べようか」
「はい。食べてみてください」
「…食べさせてはくれないのかい?」
「へ?」
昴さんは組んだ足に頬杖をつきながらぼくをじぃっと見つめてくる。
「どうせなら、君に食べさせて欲しいな。…大河」
ココアパウダーで手が汚れてしまうし、ととってつけたような言い訳をしながら昴さんは口の端に笑みを浮かべた。

「……で、でも」
「それとも、僕が君に食べさせてあげた方がいいのかな?」
「だ、ダメです。昴さんの為に作ったんですから。ぼくが食べてどうするんですか!」
「じゃあ、お互いに食べさせればいいじゃないか。それで問題ないだろう」
さらりと昴さんは言う。
…かなり問題がある気がするんですけど。
そう思ったが、昴さんはひょいとチョコをつまむとぼくの目の前に差し出してくる。
仕方なく、ぼくも覚悟を決めて同じようにチョコをつまんで昴さんの前に差し出した。
「じゃあ、いただきます。大河…」
「ど、どうぞ……」
昴さんの顔が、チョコを持つ指に近づいてきて心臓が跳ね上がる。
薄く開かれた唇からちらりと覗く赤い舌が、妙に艶めいて見えるのは気のせいだろうか。
何だかちょっと、いやらしい光景だ。ぼく自身が食べられるみたいな。……いやいや、そんな事ある訳ないけど。
ぱくり、と昴さんの唇がチョコを齧ったと思ったらちらっと上目遣いで目配せをされる。
う。さっきより更にいかがわしい光景かもしれない。
だが、ぼくの気持ちをよそに昴さんは軽くしゃくった顎と視線でぼくをせっつく。
「あ……」
ぼくの目の前には昴さんの持ったチョコがある。それを食べろということらしい。
逸る鼓動を抑えながら、ぎゅっと目を瞑って齧りつくと。
チョコの端を齧っていた昴さんの唇が徐々に近づいてきて、しまいにはぼくの手ごと口に含まれた。
「…ひゅ、ひゅばるしゃ…!」
仰天して目を開けると、昴さんは有無を言わせずぼくの口の中にチョコを押し込んだ。
反論は受け付けないよ、と言いたげに。
「……うん、美味しいじゃないか。ご馳走様、新次郎」
そのまま何事もなかったかのように微笑む昴さんは天使のようだけど。
こんな事をして楽しむ辺りは悪魔かもしれない。
でも、名前で呼んでもらえたことが嬉しくて何も言えなくなってしまう自分はやっぱり昴さんに惚れているんだなと。
押し込まれたチョコを食べながらそんな事を思った。

「じゃあ、僕からのプレゼントも渡さないとね」
「あ、ありがとうございます」
そう呟き、すっと立ち上がった昴さんはにっこりと笑う。
「以前、君から服をプレゼントされただろう。そのお返しにと思ってね…着てみてくれないかい」
「へ…服ですか?」
確かに、以前に昴さんとデートした時にワンピースとトレンチコートをプレゼントしたけれど。
そのお礼をこんな形でされるとは思っても見なかった。
…昴さんがぼくの為に選んでくれた服。
それだけで嬉しくて、ぼくは深く考えもせずにクローゼットへ消えた昴さんをうきうきしながら待っていた。
昴さんが選んでくれたんなら、きっと高いブランドの服とかなんだろうなぁ…などと思っていたのだが。

昴さんが持ってきたのは予想もかけないものだった。

「これを着てくれないか」
「へ?」
昴さんが持ってきたのは何処をどう見ても『クマの着ぐるみ』
ぼくの頭二つ分以上はありそうな頭の部分と、胴体の部分が別々になった中のないぬいぐるみのようだった。
「ぼくが…着るんですか?」
思わず疑問が口をついて出る。
どう見ても着ぐるみ。むしろそれ以外の何物でもない。
「うん、サイズはぴったりだと思うよ。ダイアナがわざわざ君の為に選んでくれたんだし」
「ダイアナさんが…ぼくにですか!?」
意味が分からない。
どうしてダイアナさんが自分用にこんなものを昴にプレゼントしているんだとぼくは首をかしげる。
「……以前、ダイアナと君がドールハウス用の小道具を探していたのを覚えているかい?」
「え、ええ…覚えていますけど」
確か、昴さんは近くで買ったとかいうテディベアをダイアナさんにプレゼントしてはいたが。
「あの時のお礼ということで、何故かこれをプレゼントされてね…『大河さんと楽しんでください』だそうだよ」
昴さんがくっくっと思い出し笑いをしながらつぶやく。
「楽しむって…そんな、どうやって」
「それは着てみてからのお楽しみ、さ」
呆然とする自分に昴さんはクマの着ぐるみを手渡す。
「じゃあ、どうぞ。新次郎」
「え、ええと…やっぱり着ないとダメですか?もしかして、この姿でデートとかさせられるんですか?ぼく…」
真っ先に思い浮かんだのはそれだった。プチミント姿でもさせられたのだ、この姿でさせられてもおかしくない。
「まさか。頭を被ると何も見えないからね。流石にそんな新次郎を連れ出すわけには行かないだろう」
「じゃあなんで…」
「言っただろう?着てからのお楽しみだと。じゃあ、僕は奥の部屋で待っているから着替えたら声をかけてくれないか」
昴さんはそう言ってくるりと奥へ消えてしまう。残されたのはぼくとクマの着ぐるみだけ。
「ど、どうしよう……」
何が起こっているのかわからない。
プチミントの衣装を着させられた時以上に混乱していた。
だが、昴さんのお願いに弱いのは既にプチミントデートの時に実証済みだ。
それに、これがプレゼントだと言われたら着ないのも申し訳ない。
「仕方ない…どうせ被れば誰だかわからないからいいか……」
サムライの覚悟を決めて着ぐるみに手を伸ばし、身体を入れてジッパーを上げようとしたら。
「と、届かない…」
背中のジッパーはクマの手では上まで上げられない。
まぁ、それくらいいいかと渋々頭を被ると、世界は暗闇に包まれた。
着てから服を脱げばよかったと後悔する。
中は蒸して結構暑い。
しかしそんな姿をうっかり見られるわけにもいかないので腹を決めて昴さんを呼ぶ。
「昴さん!着替えましたよ」
すると、すぐにドアの開く音がして昴さんの足音が近づいてきた。
「おや、早かったね。…よく似合っているじゃないか、ぴったりだな。でも後ろは自分じゃ上げられなかったみたいだね」
昴さんが近くで忍び笑いを漏らすのが聞こえる。
と、思ったらジッパーをあげられて手を取られた。
「じゃあ行こうか」
「え、何処にですか?」
「……さぁ、何処だと思う?」
「わ、わからないですよ…見えないんですし」
「ついて来れば分かるよ」
見えない自分の手を引き、ぶつからないようにして昴さんは奥へと自分を導く。
その先を見たことはないが、普通に考えてあるのは寝室のはずだ。
(こ、これは…)
こんな状況でさえなければ喜ぶところだが、いかんせんクマの着ぐるみ姿では喜べない。

「さぁ、着いたよ」
「何処にです?」
「僕の…寝室、さ」
(多分)耳元で囁かれて顔が赤くなる。
「す、昴さん…」
「本当なら、もうちょっとムードのあるものなんだろうけど…その姿じゃムードどころじゃないね」
誰のせいですか…と言いたくなったが、文句を言うことは出来なかった。
しゅる…と昴さんのネクタイの外す音が聞こえたから。
「昴さん…」
「新次郎」
着ぐるみを着た自分の胸に、昴さんが寄りかかってくる。
毛の短い着ぐるみ越しに、昴さんがもぞもぞと動いているのが分かってごくりと息を呑む。
もしかしなくてもこれは…服を脱いでいるのだろうか。
「……抱きしめて、くれないのかい?」
「え、あっ…いいですか?」
「嫌ならこんな事言わないよ」
ちょっと拗ねたように言われて手を彷徨わせると、呆れたような声が返ってきてぎゅっと抱きしめる。
手の部分はちょっと生地が厚いせいか、昴さんが素肌なのか服を着ているのかはわからなかったけれど。
「んっ……!」
びくっ、と昴さんの身体が震えて慌てて手を離す。
「ご、ごめんなさい…」
「いや……ちょっと、くすぐったくて。大丈夫だよ、もっと僕に触れてくれないか、新次郎…」
今度は極力くすぐったくないように、おずおずと抱きしめたつもりがその方が昴さんにはくすぐったいらしい。
「…んんっ。新次郎、わざとか…!」
「ち、違いますよ…!」
鋭い声で言われて必死に否定する。
「まぁ、いい。さて、僕の準備も出来たから…ベッドの上へ行こうか」
「あ、あの…」
ベッド、という言葉に身体は非常に素直に反応したが。
…良かった、着ぐるみのせいで昴さんに気付かれなくて。
じゃなくて!これじゃ生殺しだ。
「なんだい?」
「この着ぐるみ…脱いでもいいですか。これじゃ…その、ぼくは何も見えないですし」
「何を言っているんだい?だからいいんじゃないか」
ぐいっと腕を引っ張られ、ベッドの端に足がひっかかってそのまま倒れこむ。
咄嗟に受け身を取ろうとしたが、何せ着ぐるみの上に見えないのだから格好悪くもがくだけ。
「それとも、もう耐えられなくなった?」
着ぐるみの上に、重みを感じる。
…おそらく、昴さんがのしかかってきたのだろう。声が近くに感じた。
「これなら、君には僕が見えない…僕の性別がわからなくても、君と抱き合えるじゃないか」
「す、すすす…昴さん」
「…触ってもいいよ、僕に。僕はまだ君に性別を晒す覚悟はないけど、君に触れて欲しい…新次郎」
ぎゅうっと、まるでぬいぐるみを抱きしめるように昴さんの身体が絡みついてくる。
「昴さん…」
喜ぶべきなのか、拷問というべきか。
クマの手で昴さんの滑らかな背中に触れると、するすると手が動くところを見るとどうやら上半身は何も着ていないらしい。
「…ば、ばかっ。いきなり、何処を触っているんだ!君は」
そのまま両手で昴さんの全身の輪郭を掴もうと手当たり次第触ってみたら、いきなり大声をあげられて驚いた。
……一体自分は何処を触ったのだろう。あんなところとかそんなところだろうか。
いや、性別がわからないのだから想像しようと思っても想像できないけれど。
…やっぱり、多分あそこら辺だと思う。感触を味わえなかったのが残念だな、などと思いつつ。
「そ、そう言われても…見えないんですけど、ぼく」
「…っ。そうだったね、全く…本当は見えているんじゃないかと冷や冷やしたじゃないか…」
昴さんがふぅと息を吐きながら再び身体を預けてくる。
ぼくの身体よりも更に大きい着ぐるみを着ているからか、昴さんはいつもより更に小さく感じた。
「何だか…不思議な気分だ。クマとこんなことをするなんて思いもしなかったからね」
「ぼくだって……そうですよ。どうせなら昴さんとちゃんと向き合いたいですけど」
「ダメだよ。今はこれで。君に本当に僕の全てを晒す覚悟が出来るまでは、ね…」
「昴さん…」
クマの頬を撫でる昴さんの手に自分の手を重ねる。
握りたいところだが、本当にぬいぐるみのような手ではまともに握る事も出来ない。
どうせならもっと薄くて小回りの利くのにして欲しかったと、ダイアナさんにちょっと心の中で文句を言いたくなった。
「でも…昴さん、何でこんな事を?」
確かに見えないけれど、触った限り昴さんはほとんど裸だ。
もしぼくの気が変わって襲われでもしたらどうするのだろう。
…撃退されるだけかもしれないが。
「何故だろう…よく、わからないな。でも、君に触れていると安心するんだ…」
たとえ着ぐるみごしでもね、と昴さんは言う。
「けれど、うっかり君の理性が飛んで襲われたら躾けないといけないからね。これなら躾けずに済むだろう?」
これはこれで躾けるよりきつい拷問なんですけど、と思ったが言わないでおく。
けれど、昴さんなりにぼくへの譲歩なのだろう、きっと、多分。
「新次郎…僕はまだ、こんな形でしか君に自分を晒せないけれど、僕の傍に居てくれ……」
昴さんの手が、ぎゅっと自分の手を握りしめてくる。
まるで子供が母親の手を握るように。
「昴さん……」
その手を握り返したくてもやっぱり握り返すのは無理なので、せめてもと昴さんの背中をさする。
昴さんが安心すると言うのならば、いくらでもしてあげたいけれど。
「んんっ…しんじ、ろぅ……」
そんな悩ましげな声で喘がれると、こちらの精神衛生上は非常によろしくない。
「ぅうん…もっと、もっと…僕に、触れて…」
しかしそうお願いされれば断れないのは惚れた弱みか。
自棄になって滅茶苦茶に昴さんの全身を撫で回すたびに、昴さんは掠れた喘ぎ声を漏らしながらぼくの名前を呼ぶ。
背中、腕、頭、足…おぼろげながら、触れているうちになんとなく全身がつかめてきた。
着ぐるみごしでもわかる、華奢で滑らかな肌触り。どうやら下着はつけたままらしい。
そこの部分だけ、わずかに引っかかるというか手触りが違う。
そしてぼくが触れているからなのか、それとも着ぐるみの感触がくすぐったいからなのかはわからないが。
「しんじろぉ……あぁ…しんじろ…ー…」
昴さんの小柄な身体がぼくの上であられもなく乱れている姿が確かにわかるのにそれを見ることも出来ないのは切ない。
性別がどっちかなど関係ない。
本当は今すぐこの暑くて重い着ぐるみを脱いで、昴さんと生まれたままの姿で愛し合いたいが。
そんな事をしたら後が恐ろしい。
躾けられるならまだいい。愛想を尽かされてしまったら立ち直れない。
一時の熱情に流されて大局を見失っては武士が廃る。
昴さんは昴さんなりに必死にぼくの為を思ってくれて着ぐるみごしとはいえ触れるのを許してくれているのだ。
ぼくがサムライの意地にかけて我慢すればいい。
心頭滅却すれば火もまた涼しと言うし。
「やっ…やだ、やめたら…嫌だ……ん…っ…しんじろう…」
(我慢我慢)
「…んぅっ。……しん…じろ…あっ…そこ、ダメ……ぅ……」
(我慢我慢…)
「新次郎…しんじろう…しんじろぅぅ……」
(我…)
「昴さん!」
気がついたときには遅かった。
昴さんに抱きつくようにして身体を反転させ、自分が上になっていた。
「しんじろう…?」
荒い呼吸を吐きながら、昴さんが尋ねてくる。
「……っ」
今すぐ、この暑い着ぐるみを脱いでしまいたい。
でもそうしたらきっと昴さんは悲しむから。
しばしそのまま頭の中で理性と本能の戦いが繰り広げられ。
…やがて、何とかなけなしの理性は勝ったものの、当然ながら興奮は治まらない。
悩んだ末に、昴さんが満足すればこの状況からも解放されるだろうという結論に達した。
「…んっ!新次郎……」
昴さんの薄い胸を通って、更に下へ。
「ちょ……馬鹿、何処を触っているんだ…!!」
案の定、怒られたけどぼくを引き剥がそうとする腕には力が入っていない。
「昴さん…ぼくには、昴さんの性別はわかりませんから…それなら、いいんでしょう」
狭い着ぐるみの中にこだまする自分の息もいつの間にか荒い。
何だか、こんなのを被りながらはぁはぁしているなんてまるで危ない人だ。
…いや、他人に今の姿を見られたら何処をどう見ても危ない人だけど。
「しん…しんじろう…?」
「昴さん、ぼくに触れられるのが好きなら…ここも、触れて欲しいんですよね」
「んんっ!……し、新次郎…ぅ…」
(多分)昴さんの中心と思われる部分を着ぐるみの手でさわさわすると、昴さんがぼくの下でじたばたと暴れた。
本当は躾けられたらどうしようとかいう不安もあったけれど、さほど抵抗されない所を見ると気持ちいいのだろうか。
とりあえず(触った感じ)何かがついてる感じはしないけれど、自信がない。
でもまぁ、昴さんが気持ちいいならいいかと自分を納得させて更に全体にまんべんなく触れる。
「あぁっ…!し…んじろ…そこは…だめ…だ……」
ここでこんなに感じてるって事はやっぱり女性なのかな、と思いつつも自分も逆の立場で同じ事をされたら…。
昴さんがしてくれるならやっぱり感じてしまうかもしれないから自信がない。
「し…しんじろぅ…だめ…んっ……んぅ…」
しかし我に帰ると見えなくても想像するだけで凄い格好だ。
(ほとんど全裸の)昴さんがクマの着ぐるみに襲われて喘いでいるという…。中はぼくだけど。
ダイアナさんはこういうのを期待して昴さんにこれを贈ったのだろうか。
聞いてみたい気もしたけれど、聞いたらまた勘違いをされて今度こそ医学的アプローチをされかねない。
万が一、昴さんが男性だったらぼくが身も心もプチミントにされそうだ。
「あ、あっ、あぁっ……しんじろ…しんじろぅ……ぅんっ」
昴さんの身体が何かに耐えるようにぎゅぅっと縮こまり、ぼくの動きに合わせて吐息が漏れる。
本当なら、こんな着ぐるみ姿ではなくぼく自身で昴さんをイかせてあげたいけれど。
焦らずともいつかはきっと…と淡い期待をしながら押しつぶすようにして昴さんの中心部を擦る手を早める。
「昴さん……」
「んんんっ……しんじろぅっ!!」
着ぐるみの肩をこれ以上ないほどぎゅっと掴まれ、ちょっと息が詰まったけれど必死に耐えた。
ぼくを自分の方に引き寄せようとした昴さんが、ぼそっと「好きだよ…」と呟いてくれたから。
「昴さん」
空耳かもしれないけれど、やっぱりそう言われると弱い。
というか、せっかく平常心を保とうとした頭がまたスパークしそうになり、慌てて昴さんを解放すると反対側に寝転がろうとして。
「新次郎…そっちは、危な……」
転がった先にはベッドがなかった。
「わひゃ…ごふっ」
着ぐるみのせいで普通に落ちるほど痛くはなかったが、自分より遥かに大きい頭が地面にぶつかった拍子に頭の中を揺すぶられて目が回る。
目の前に星が飛び散った。
「す、昴さん…」
「大丈夫かい?」
言いながらもクスクス笑う声が頭上からする。
「ちょっと待ってくれ。今、外すから」
そう言って昴さんが頭を外してくれるまで、一分ちょっとだっただろうか。
もしかして、裸のまま?とか期待したぼくをよそに久しぶりの明かりの中で見た昴さんは既にシャツもズボンもばっちり身につけていた。
…何て着替えの早い人なんだ。
「大丈夫かい?新次郎」
背中のジッパーも外され、やっと着ぐるみから解放されたぼくは思わず昴さんにしがみついた。
「昴さん!」
ああ、やっぱり着ぐるみごしより全然いいや。
昴さんの柔らかい身体の感触がする。
「どうだった?着ぐるみを着てというのは」
「生の昴さんの方が全然いいです。…うぅ」
ついさっきまで昴さんに触れていたというのに。
何だか物凄く久しぶりに昴さんに触れた気がして離れたくなくて。
「それは、まだダメだよ。でも、少しくらいならこうするのもいいか…」
ぼくは昴さんの言葉に甘えてそのまましばらく昴さんに抱きついていた。

「新次郎、夕食は一緒に食べていくだろう?」
しばらくそうして昴さんにべったりした後。
昴さんは、あんな事のあとだというの涼しげな表情でそんな事を言う。
「は、はい。いいんですか?」
「当然だろう、今日は恋人達の記念日なんだ。君と二人でゆっくり過ごしたいしね」
恋人。
そう認められているだけで嬉しい自分はやっぱり昴さんには当分敵いそうにない。
「…何なら、食後にさっきの続きでもしようか?」
「え……続きって……」
今度こそ、生の昴さんとあんなこととかこんなこととかそんなことまで…!
「今度は僕が着ぐるみを着て、君が僕にしたことをするのも楽しそうじゃないか。なぁ、新次郎」
「なんだ……そっちですか……」
「そっち、って。一体何を想像したんだか。言っただろう、まだ全てを晒す気はないとね」
がっかりしたぼくを宥めるように、昴さんは頭を撫でてくれる。
こういう時の昴さんは、やっぱり母さんみたいだ。
「それとも、こんな僕は嫌いかい?」
「そんな事ないですよ!」
「ありがとう、新次郎」
…うう。何だかまた言いくるめられた気がする。
でもそれでもいいかと思っている限り、ぼくは昴さんの手の平で踊らされるのだろうか。
いや、それじゃダメだ。
成せば成る。
信長だって下克上の世の中で這い上がったんだ、ぼくにだって…。

「新次郎」
そんな事を考えながら無意識に拳を握りしめていた矢先に名前を呼ばれてびくっとする。
「は、はいっ!なんでしょうか、昴さん」
くるりと振り向くと、昴さんが身体を預けてきた。
「本当は……あんな事をしたのは君を試したかったからなんだ。君が、僕を嫌わないで居てくれるか…」
え、もしかして…この展開は。
「嫌われたら、どうしようと思ったけど…君はどんな僕でも嫌わずに受け入れてくれた、だから……」
何だか昴さんの瞳が潤んで頬が赤くなっている。しかも手をそっと握られてしまった。
この展開は、この展開は、まさか!
「だから、君になら昴の全てを見せてもいい……今日は、泊まっていかないか。新次郎……」
かすかに震える昴さんの口から出る、甘く切ない言葉。
ああ、死んでもいいかも……じゃなくて。
昴さんが決意してくれたならぼくも粉骨砕身の覚悟で期待に応えねば男が廃る。
「す、昴さん…」
よ、夜まで待ったほうがいいのか。
それともこのままムードに流された方がいいのだろうか。
……。
よし、ここはムードに流されよう。
幸いここは寝室だし、お互いに微妙に衣服も乱れたままだから脱ぐのも脱がせるのも容易い。
「昴さん……」
一世一代の決心をして片手で昴さんを抱き寄せ、もう一方の手を昴さんの服の中に忍び込ませて。
驚きで見開かれた昴さんの瞳をじっと見つめると、塞ぐようにして口付けた。
昴さんはぼくの大胆な行動に戸惑ったようだけど、すぐに身体に入った力を抜いてくれる。
ああ、もうどうなってもいい…。
甘い口付けと滑らかな肌の感触に夢見心地になりながら、昴さんをベッドに横たえると。
昴さんは恥ずかしさからか口元を覆いながら、ぼくを見上げていた。
「新次郎………」
ボタンを外しながら肌に触れるとさっきみたいに着ぐるみ越しじゃない、昴さんの素肌の感触が手の平一杯に伝わってくる。
バレンタイン、恋人達の記念日。
ぼくたちは、身も心も恋人同士に―――。


「…という感じになってると思うんですよ、きっと!」
「何、その為に特注テディ・ベアを欲しがったのかい。ダイアナ」
「だって良い方法じゃないですか!性別がわからなくても問題がないんですよ」
「……そういう問題じゃない気もするけど…まぁいいや。想像するだけで面白いし」

「くしゅん!」
「大河、風邪かい?」
「いえ…そんなはずはないんですけど……」
もしかして、誰かぼくの噂でもしているんだろうか。そんな事を考えていたら。
「それとも誰かが君の噂でもしているのかな。…大河も隅に置けないな」
「昴さん!誤解しないで下さい、ぼくは別に…」
「あやしいな、そうやって必死に弁解するところが」
昴さんは妖艶な笑みを浮かべると、ぼくの身体を押し倒した。
「大河、君には躾が必要だ……」
ああ、やっぱり今日もぼくが躾けられるのか…でもいいや。
優しい昴さんはきっと後でちょっぴりチョコレートであんなこととかこんなことをしても許してくれるはず。
紐育中の恋人達が甘い夜を過ごす日。
ぼくたちの甘い夜もまだ始まったばかりなのだから。

END

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