決戦前夜


「…じゃあそういうことだから、キミたちにも辛い思いをさせると思うけど……紐育の為に頼むよ」
サニーサイドが難題を押し付けてくるのは今に始まったことじゃない。
大河が来てからは押し付けられるのはもっぱら大河にだったが僕たちに押し付けることも多々あった。
別にその判断が間違っていないと思えば従おうと思っていた。
…今回だって、サニーサイドの判断は間違っていない。
それが最善で最良の方法。

例え、星組の誰かが命を落とすことになっても。

「……」
放心状態のまま星組のみんなが支配人室を後にするなかで、一人黙って俯いたままの人間が目に入った。
ジェミニ・サンライズ。
見習いから正式な隊員になってまだ日も浅い彼女。
憧れの星組に入ったと思った途端こんな事になったのでは彼女が落ち込むのも無理はない。
「…ジェミニ、行こう。ここに居ても仕方ない」
その手を取り、支配人室の椅子に座ったままのサニーを横目で見ながら部屋を後にする。
彼女は細かく震えていた。

「…驚いたかい。まぁ、そうだよね。あんな事を言われたら驚くなという方が無理だ」
テラスに彼女を座らせると優しく声をかける。
「……昴さんは、驚いてないんですか」
俯いたまま、彼女がぽつりと呟いた。
「僕かい…?」
まぁ、彼女の疑問は尤もだ。
サニーサイドの台詞を聞いたときにも、僕は眉をかすかに動かしただけだったのだから。
「そんなことはないよ、僕だって驚いている。…そうは見えないかもしれないけど」
何故だろう。
確かに驚いているのに、何処か冷めた気分だった。
生まれつき定められた宿命。
他のみんなとは違い、僕は血筋によりこの痣を持って生まれた。
もしかしたら、心の何処かではこうなることを知っていたのかもしれない。
人とは違う、特別な力。
持つ者には持たざる者にはない物を与えられると同時に、持たざる者にはない枷も与えられる。
本人が望もうと望むまいと。
例えば……そう。
神に仕える巫女が神の妻となり、結婚を許されないのと似たようなものだ。
今回も、洪水が起きた時に人柱を捧げるのに若い娘が選ばれるのと差異ない。
…これも、ある意味人柱のようなものなのだろう。
紐育という日本から遥か離れた都市で相手が信長、というのも何かの皮肉か。
「…新次郎は、誰を選ぶんでしょうね」
ジェミニが引きつった笑みを浮かべる。
僕を見上げるその瞳には、僕の気持ちを量るような意図が見て取れた。
彼女が何を考えているかはわかる。

人の心は複雑だ。
これが、命をかけた戦いでなれけば誰もが大河に選んで欲しいと思うだろう。
『一番信頼出来るパートナー』
ジェミニが大河に好意を抱いているのは知っている。
その一番になりたがっているのもわかる。
だが、選ばれた次の瞬間には命を落とすのが分かっているのだ。
選んで欲しいと思う気持ちと選ばれたくない気持ちが相反して彼女の心を揺らしている気持ちは良く分かる。
そして、彼女が僕を意識しているのも知っていた。
大河と一番仲が良いのはジェミニだ、それは間違いない。
けれど同じ日本人の気安さもあってか、僕が自ら『Revolution』と呼んだ革命のせいか。
東日流火の一件以来、僕と大河は今までよりもずっと親しくなっていた。
…僕の性別がわからない以上、それは恋人同士というよりも友人のようだったが。
大河は誰にでも優しい。
ジェミニにも、サジータにも、リカにも、ダイアナにも、ラチェットにも。
でも、ジェミニは違う。
彼女が大河を見る目にはいつしか女性としての期待が見え隠れしていた、
気付いているのは僕だけかもしれない。
何故なら、僕も同じだから。

大河に、選んで欲しい。
例え、それが命を落とす事に繋がっても。

選ばれるのが幸せなのか、選ばれないのが幸せなのか、わからない。
限りある人の命。
いずれは死すべき運命にある命だ、遅いか早いかの違い。
そうとわかっていても完全に納得できないのは、離れがたいと思う仲間が出来てしまったからか。
以前の僕ならどうしていただろう、と思う。
きっと大河は僕を選ばない。
そして、大河が誰を選んでも僕はそれに異議を唱える事もなく自分の任務を遂行しただろう。
紐育を守るのが自分達に与えられた役割。
人一人の命で守れるなら安いものだ。
…そう考えていただろう。
「さぁね…誰だろう。僕かもしれないし、君かもしれないよ」
ジェミニの肩がびくっと震えた。
その肩に優しく手を置くと、呟く。
「ジェミニ。君には申し訳ない事をしたと思っている。せっかく正式な隊員になれた途端にこんな事になって」
「昴さん…」
「大河が、誰を選ぶかはわからない。……だが、もしも……いや、なんでもない」
期待と不安の入り混じった感情が胸をつかえさせ、言葉が喉に絡まる。
「さぁ、大河が目覚めて動けるようになるまでにも僕たちにはやらなければいけないことがある。それを為そう……」


ジェミニに偉そうに言ったものの、所詮は僕も一人の人間だ。
逸る気持ちを落ち着かせようと、いつの間にか足が向いていたのはドッチモのジャズバー「マーキュリー」
当然のことながらハーレムの人々も動揺し、暴動も起きかねない状況だった。
そんな中。人ごみに紛れて黒い髪が見えた。見間違うはずもない、大河だ。
動作から察するに彼はこの混乱をおさめようとしているのだろうか。
そんな大河を見て、手助け代わりに手近にあったピアノに手を伸ばし人々を落ち着かせる。
こういうときは言葉より音楽の方が気持ちが伝わるだろう、音楽には言葉と違って壁など無いのだから。
効果は覿面だったらしい。
人々は大人しくなり、ゆっくりとだが避難を始めた。
「昴さん……」
「大河……」
彼はピアノの音で気付いたのか、僕の傍にやってきた。
「君の回復力は認めるが……あまり無理はするなよ」
幾分まだやつれた様子が見られるが、それでもいつものモギリ服姿を見るとなんとなくほっとする。
周りが瓦礫だらけでなければまるでいつもの日常の一部のような気さえするほど。
大河と言葉を交わし、彼を他の星組の仲間の元へと行かせてから。

ふと。
ある事を思いついた。
……大河に、自分を選ばせる方法。
何故、急にそんな方法を思いついたのかはわからない。
まるで神託でもくだったかのように突然ひらめいて、その考えは僕の頭の中を支配した。
「……」
そんな事を思いつく自分に身震いする。
効果は、絶大だ。
絶対に大河は僕を選ぶ。
だが、それがとても卑怯な方法である事も事実だ。
…ある意味、彼を騙すようなもの。
頭を振って、必死にその考えを忘れようとする。
しかし一度首をもたげた思いは消えない。
…確実に。
…大河に。
…僕を選ばせる事のできる方法。

それはホテルに戻ろうと五番街に立ち寄ったときに、再度大河を見つけてしまったのが全てだった。
信長と同じ日本人である事を詰られ、殴られても蹴られても抵抗をしない大河。
「…よせ!」
耐え切れずに止めに入ると大河は僕に向かって礼を言い、いつものように優しい笑みを浮かべていた。
……ああ。
忘れようとしていた考えが全身を駆け巡る。
一時でもいい。
その笑みを僕だけのものにしてしまいたい。
たとえ、明日命を落とそうとも。
彼が誰かを選ぶ不幸より選ばれる幸せを願うなどと。
…僕は、どうしてしまったのだろう。

ごくり、と喉が鳴る。
「大河…話があるんだ。夜に、僕の部屋に来てくれないか?」
彼に簡単な手当てをしながらさりげなくを装ってそう呟く。
素直な大河は裏に隠された意図など当然気付くはずもなく、承知した。
…もう、後戻りは出来ない。

そして夜になり僕はじっと大河を待っていた。
どんなに落ち着こうとしても指先が震える。
これから自分がしようとに慄いているせいだろうか。
そうしてどれくらい経ったのだろう。
コンコン、と遠慮がちなノックがした。
「昴さん、ぼくです」
「大河か……開いているよ。入っておいで」
「失礼します…って、昴さん。その格好……」
「驚いたかい?ふふ、久しぶりだからね」
僕は東日流火のパーティーに潜入した時に着ていたドレスに身を包んでいた。
「こんな時に…と思われるかもしれないけれど、どうしてもこれを着たくてね」
「あ、あの…す、すいません!こんな格好できちゃって…ぼく」
彼は僕だけ正装なのに驚いたのかいきなりぺこりと頭を下げる。
「大河…違うんだよ。僕が着たいから着ただけで君に何かを求めるつもりはない」
そんな大河に苦笑しながらもさりげなく彼に近づく。
「ただ、君と二人きりになりたかった…」
「昴さん……」
彼の手を取り見上げると、見る見る間に彼の頬が赤く染まり、困惑気味の瞳が僕を見つめていた。
「身体は…もう大丈夫なのかい?」
「あ…はい。大丈夫です」
「そうか…それは良かった」
手を取ったまま、大河の胸に身体を預けると。
「す、昴さん…!」
予想通りうろたえた反応が返ってきた。
彼の肩が、びくんとはねる。
「大河……」
こうして彼にもたれかかるのは初めてではない。
クリスマスに彼を部屋に招いたときに。
寝たふりをして彼にもたれかかった事がある。
…あの時はウォルターがやってきて何事も起こらなかったが。
今は、違う。
これから為す事にほんの少しだけ怖くなって、ぶるりと身体が震えた。
「怖いんだ」
「昴さん」
「今まで戦いを怖いなど一度も思ったことがない。だけど、何故か今だけは怖くて仕方ない……」
それはウソだった。
でも大河にはそう言った方が効果が高いだろう。
「だから、昴に…勇気をくれ。大河の……君の全てで」
「!!」
いくら鈍い大河でもその言葉の意味はわかったらしい。
彼の瞳が、大きく見開かれた。
信じられない、といった風に僕を見つめている。
無理もない。
僕は今まで彼にも、他の人間にも性別を隠してきた。
だが、さきほどの言葉にはそれをも晒すという意味合いを込めて呟いた。
夜の密室に二人きりで抱き合っているのだ。
直接的に言葉に出さなくても十分意味は通じるだろう。
「昴さん」
大河が僕の肩を掴んで、言葉の真意を探ろうとするように僕の瞳を覗き込む。
僕は黙って、目を閉じた。
身体の力を抜き、大河に身を任せるようにして。
後は、彼次第だ。
これでキスの一つもしてこないようなら僕の算段はもろく崩れ去る。
けれど、彼がキスをしてきたら…。
あとは最後まで行けばいい。

僕が思いついた確実で卑怯な方法。
それは大河と関係を結ぶことだった。
彼の性格を考えれば、関係を持ってしまえば彼は僕を選ばざるを得なくなるだろう。
…ラチェットの言葉を借りるなら
『効率の良い方法』だ。
性別がばれてしまうという欠点もあるが、どうせ明日には死ぬのだ。
死ぬ前に彼にばれたところで彼は僕の死後にそれを口にするとも思えない。
…選ばせるには一番確実な方法だ。

「……っ」
彼が息を呑む声が聞こえ、すぐに乾いた唇が押し付けられた。
……その時の気持ちは、言葉になど出来ようか。
歓喜で胸が熱くなると同時に申し訳なさで胸が締め付けられた。
大河、大河、大河…!!
彼の腕を掴み、自らも爪先立ちになり口付けを深める。
彼の吐息すらも奪うように。

けれど、彼は僕に舌を入れることもなければ手が服にかかることもなかった。

「……」
しばしの口付けの後、顔を離した彼に僕は動揺を隠せなかった。
何故、彼は何もしない。
これではまるで…。
「…少しは落ち着きましたか」
そう呟く彼の声は幾分かすれていたが、口調は穏やかだった。
瞳にも思いつめた様子もなければ、ただ不安そうな色が浮かんでいる。
「大河……」
「昴さんが怖いなら、ぼくは一晩中でも傍に居ますから」
まるで子供でもあやすかのように言われて、僕は目の前が暗くなった。
……彼はそう言って僕を抱きしめたままそれ以上のことはしない。
やっぱり、僕では駄目なのか。
「……こんな貧相な身体では、相手にする気も起きない、か」
「昴さん?」
「もういい。帰れ」
すっと彼から離れると背中を向ける。
今の自分はとても醜い顔をしているだろう。
とてもじゃないが見られたくない。
「昴さん、誤解しないでください。ぼくは…」
「言い訳など聞きたくない!」
僕の豹変に驚いたのか、慌てて言い縋ろうとする大河を鋭く一閃する。
だが大河は尚も食いさがろうとした。
「…っ、君はわからないだろう。君が目を覚ますまでの間、僕がどんな気持ちでいたか…!」
くるりと振り向くと彼をきっと睨みつける。
「君が絶対に目を覚ますと信じていても…気が気じゃなかった。自分の腹を貫かれた方が、まだマシだ」
「昴さん!」
僕の言葉に大河が目を丸くしたが、無視してまくしたてた。
「君に…置いていかれるんじゃないかと…一人にされるのかと孤独に怯えていた僕の気持ちなど……」
君にはわからない、と言おうとした僕の肩が物凄い力で掴まれた。
「昴さん!!」
僕がよろめくほどの手加減なしの力で押さえつける大河の顔は眉を吊り上げ怒っているかのようだ。
だがすぐに僕が痛みに顔をしかめたのに気付いたのか手を放すと俯いた。
「……すいません。でも、自分が貫かれた方がマシなんて、言わないでください」
吊り上っていた眉が下がり、今度は泣きそうになる。
…本当に彼は喜怒哀楽が激しい。
そんな彼を、本当はずっと見ていたかったけれど。
僕にはもう…時間がない。

「ぼくは今でも後悔してません。あの時、最後に残った事を。でも…昴さんにそこまで思わせていたなんて…」
「……」
「ぼくは隊長失格ですね。ぼくなんかより、昴さんの方が隊長に相応しいのかもしれません」
「大河…!違う、僕はそういう意味で……」
大河の言葉に僕は焦った。
彼には僕が居なくなった後も星組を導いて貰わねばならぬのだ。
それを、よりにもよって僕が自信を無くさせていては元も子もない。
しかし大河は静かに首を振った。
「わかっています、そうじゃない事は。でも、自分が情けなくて……さっきだって、本当は嬉しかったんです」
「え……」
「昴さんの気持ちが凄く嬉しくて…でも、何だかこれが最初で最後みたいで……そんなのは嫌なんです」
「!!」
大河の台詞に、心臓が止まるかと思った。
…彼は、気付いていたのか。
「だから、信長を倒して平和になって…その時に昴さんの気持ちが変わっていなかったら……教えて下さい」
「大河…」
彼の言葉に胸が熱くなりかけて、すぐにはっとする。
信長を倒して…平和になったら?
彼が僕を選べば、僕は平和になったあとの世界には居ない。
では彼は僕ではない人間を選ぶのか?
……いいや、違う。
彼は僕以外の人間を犠牲にしてその後に僕を選ぶような人間ではない。
心のどこかに違和感を感じ、混乱する頭を必死に整理させながらサニーサイドの台詞を思い出す。
サニーサイドは、彼はなんと言った。
思い出せ、必ずそこに何かがあるはずだ。
サニーサイドは何かを隠している。僕たちにも、大河にも。
五輪曼陀羅…。
一人の犠牲…。
一番信頼出来るパートナー…。
「!!」
最初から最後まで思い出して、そこでようやく気付いた。
何故、もっと早く気付かなかったのだろう。

一人の犠牲。
大河ならば…間違いなく僕たちではなく自分がなろうとすることに。

「……」
危険を承知で安土に最後まで残った大河が僕たちを犠牲になど選ぶはずが無い。
では……大河が選んだパートナーが犠牲になるというのは僕たちを納得させる為のサニーサイドの悪知恵か。
大河がサニーサイドに何と言ったかは知らないが、パートナー云々は話を聞いたサニーが考えたに違いない。
そして大河はそれを知らない。
適当な理由をつけて彼にパートナーを選ばせてから真実を明かし、後戻りを出来なくさせる…。
拒否できないところまで話を進めてから真実を明かすのは、サニーサイドお得意の手法だ。
……しかし、気付いたところでどうにもならない事も事実だった。
誰かが一人犠牲になる、それだけで紐育は救われるのだ。
犠牲を出したくないが為に無闇に戦いを挑み、全員が死んだらそれこそ犬死になってしまう。
それと、大河を犠牲にするのはサニーサイドとしては避けたいと思う気持ちもわかる。
他の隊員と違い、彼は帝国華撃団から派遣された人間。
それを他の隊員を生かすために彼一人を死なせたとあっては今後の運営維持に差し支える。
…少なくとも、僕がサニーサイドなら大河だけは選ばない。
彼が自分がなると言うのならば、彼を騙してでも他の人間を犠牲にする。
その方が、後々の面倒が少なくて済むからだ。
……考えるうちに、だんだんサニーサイドの意図が見えてきた。
だが、どうにも出来ない。
サニーサイドを殴りつけて罵るのは簡単だ、けどそれで一体何が解決するというのだろう。
…サニーサイドの思惑に乗せられるのは癪だったが、やはり僕が犠牲になるのが一番いい。
そう思ったら、とたんに気持ちが冷静になった。

「昴さん…?」
長い事自分の思考に耽って黙ったままの僕を不審に思ったのか大河が顔を覗き込む。
「あ、ああ……すまない。少し、考え事をしていた」
「大丈夫ですか?何だか昴さん…凄く難しい顔をしていましたけど」
「平気だよ…ただ……負けられないな、と思って。信長に」
「はい!必ず全員で生きて帰ってきましょうね。信長を倒して」
「……」
僕は大河の言葉には答えず、ただ彼の胸に身体を預けた。
それは出来ない、出来ないんだよ…大河。
心の中で、そう答える。
「………夜遅くに呼び出してすまなかったね。ありがとう…大分、落ち着いたよ」
「昴さん」
大河にもたれかかったまま静かに時は過ぎ、彼のぬくもりを身体中に刻み付けてから。
僕は後ろ髪を引かれる気分を振り払い、そう呟いた。
「もう、帰った方がいい…明日に響く。ただ…お願いだ。もう一度だけ、キスをしてくれないか」
「昴さん……」
最後にそれくらいのわがままはいいだろう、と目を閉じると大河はそっと僕に口付けた。
彼の肩口をぎゅっと掴むと大河の手が僕の手に重なり、僕はその手に指を絡める。
このまま時間が止まってしまえば、と思うほど一瞬が永遠にも感じた。

「…昴さん、大好きです」
さきほどより長く、深く口付けた後に彼はそう言って僕を抱きしめた。
「僕もだよ……大河」
寄り添い、指を絡ませあったままお互いの顔を見て微笑む。
大河も少しは名残惜しいと思っていてくれているのか、それからしばらくもそうしていたが。
このままでは本当に大河を返したくなくなりそうで、僕から言って彼を帰した。

「……」
大河が去ってしまうと、急に室内の温度まで下がった気がする。
一人残された部屋で、僕は大河の言葉を、仕草を、笑顔を思い出し。

やがて未練と一緒にドレスを脱ぎ捨てた。

そのままドレスをゴミ箱に捨てようとして、思いとどまる。
どうせなら。
もし僕が死んだ後に身体が残っているのならば。
どうせならこのドレスを着せて埋葬して欲しい。
…遺書にでもそう書いておくか。
そんな事を考えながら、ふっと笑うとドレスの形を整える。
そのままクローゼットにはしまわずに目の届くところにかけた。

彼と関係を持つという目的を達する事は出来なかったが、清々した気分だった。
思えば、これで良かったのかもしれない。
自分の身勝手な思惑で彼の身体に穢れを残さずに済んだのだから。
大丈夫、彼はきっと僕を選んでくれるだろう。
僕の考えが正しければ…一悶着ありそうだが、それは大河を説得すればいい。

ちらりとハンガーにかけられたドレスに目をやる。
僕はまるで婚礼を控えた花嫁のようにそれを見て微笑むと、静かに目を閉じた。
彼に選ばれる事を、願いながら。

END


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