着替えて教室に戻ると、波多野も戻っていた。
「いただきます。
ん?保健委員の久住さん?
2年の久住 弘文(くずみ ひろふみ)先輩だな。
部活はやってないけど拳法習ってて大会にでてる人だぜ。」
波多野は遅くなった食事をとりながら由惟に教える。
由惟は久住の優しい笑みを思い出す。
長めの黒髪に、身長は由惟より高いが170くらいだろう。
なんだか安心できる雰囲気をもっていた。
「そんな顔してると、こうだ!」
波多野はいきなり由惟の鼻をつまむ。
「やっ…痛いよ。」
由惟はパチンと軽く手を払い、鼻を抑える。
「あんまりぼーっとしてんなよ?」
波多野は由惟に言い聞かすようにいう。
「気をつける!
…どーせドジだよ。」
由惟は軽く拗ねてみせる。
波多野はそんな由惟にゲラゲラと笑う。
ついに体育祭当日。
由惟は重い足取りで学校に行く。
「朝からそんなんだと怪我すっぞ?」
波多野は由惟の髪をクシャクシャと乱暴に撫で回す。
「やめてよ。あーグシャグシャだ。
もう着替えにいく。」
由惟は簡単に髪を整え、ズンズン歩き出す。
波多野は余裕でその後を追う。
男子更衣室に行くと、久住がいた。
着替えの途中らしく下はジャージをはいていたが、上は裸だった。
由惟の目は久住の上半身にくぎずけになった。
細身なのだが筋肉がしっかりついている。
腹筋はキレイに割れていて、全体のバランスもいい。
「ぷっ。」
久住は突然笑い出した。
「あ…。すいません。」
見入っていた由惟は慌てて謝る。
「いや。いいけど。」
久住は相変わらず優しい眼差しを由惟に向けている。
「今日は怪我しないように気をつけてね。」
着替え終わった久住が去りぎわに由惟にいう。
「はい。気をつけます!」
由惟は久住の言葉に元気にこたえる。
だが久住が居なくなると急に寂しくなっていた。
「ほら、ちゃっちゃっと着替えっぞ。」
波多野が着替え始めたのをきっかけに由惟も着替えはじめた。
体育祭は順調に進んでいた。
秋川は応援団らしい。
その学ラン姿はファンを魅了していた。
由惟も見ほれていた。
午後の中盤。
遂に『借り物競争』で由惟の出番がきた。
パァン!
という音と共に走り、札を拾い上げる。
封筒の中身を見て由惟は固まる。
「こんなの…どうすればいいの…?」
由惟の目には涙が浮かび上がる。
「大丈夫?」
「どこか痛いのか?」
このふたつの言葉は殆ど同時にかけられていた。
助っ人に来た2人は、由惟の持つ紙に視線をおとす。
「好きな人?…なんだこれは。」
秋川は実行委員席を睨む。
「なるほどね。
水島くん、このさい俺たち2人のどちらかが一緒に行くよ?」
久住は視線で秋川と会話をする。
「俺が行く。掴まってろ。」
秋川は由惟を横抱きにしてゴールを目指す。
人を抱えてるとは思えない速度で走り、由惟を一着でゴールさせた。
周りの歓声は凄いものだった。
半分は悲鳴だった事を本人たちは知らない。
由惟は真剣に走る秋川に見惚れていた。
「水島、大丈夫か?」
秋川の声に由惟はやっと現実にもどる。
「は、はい。…また迷惑かけちゃってすみません。」
頭を下げる由惟に秋川は表情を和らげる。
「水島、本当に俺とつき合わないか?」
秋川は笑みを浮かべる。
由惟は顔が熱くなり、心臓が壊れると思うほど驚いていた。
「その顔は‘はい’というのと同じだ。」
秋川は帰りに迎えに行くと言い残し、応援団席に戻っていった。
由惟は自分の心臓の音を聞きながら秋川の言葉を反芻していた。
よくわからないウチに秋川とつき合う事になったが…いいのだろうか?
由惟は自問する。
秋川に対して憧れているし、心臓が悲鳴をあげていた事をふまえれば
好きなのかもしれない。
「また何か困ってるの?」
その声に目線を少しあげると、久住が笑っていた。
「あ、さっきは…ごめんなさい。」
由惟は勢い良く頭をさげる。
「気にしてないから。
あの場面で秋川先輩が強引な事する人だとは意外だったなぁ。」
久住は口元に笑みを浮かべている。
だが心の中では数々の戦略が組まれていた。
それこそ由惟が知ったら卒倒するようなものまである。
「話は戻るけど、どうかしたの?」
「いえ、その…。」
久住は頬を赤らめる由惟の様子に、これはキスでもされたのかと考えた。
「僕、秋川先輩と付き合うことに…」
「ほ…」
「何ぃ〜〜!?」
久住の言葉をさえぎったのは波多野だった。
「要、落ち着きなさい。
由惟、自分で決めたことなのか?」
「…う、うん。お兄ちゃん。」
波多野は由惟の兄・由技(ゆぎ)に口を塞がれていなければ
さらに叫んだろう。
由技は