拓海を寝かせ、賢太朗は夕飯の買い出しに出かけた。
1時間ほどで戻り寝室を覗くと、拓海は眠っていた。
賢太朗はリビングでコーヒーを飲みながら趣味の読書に没頭することにした。
「…っう。…賢太朗」
拓海の呼び声に賢太朗は寝室の扉をあける。
「どうした?」
拓海はその声に不思議と安心して笑う。
「起きたらさ、なんか怖くて…。でも、もう大丈夫!」
拓海は割とタフなようだが、本人の覚えていない記憶がどこかにあったのだろう。
寝てる間に夢で反芻してしまい恐怖感だけを残して目が覚めたようだ。
ベッドの横に膝をつき、賢太朗は大きい手で拓海の頭を撫でる。
華奢でデリケートな弟にも拓海みたいにタフな所があれば良かったのだろうか?
「賢太朗の手は安心するし気持ちいいな。
俺、動物だったら懐いてたかも。」
拓海は言いながらも再び眠りについた。
賢太朗はしばらくその寝顔をみていた。
とても柔らかい表情。
「子供みたいな奴だな…。」
賢太朗の顔には数年間忘れていた優しい笑みが浮かんでいた。
拓海は夕飯までご馳走になり、自分のアパートに車で送って貰う事になった。
「ありがとう!
あ…迷惑じゃなければ、また会ってくれる?」
自分より五つ年上の賢太朗に拓海はすっかり懐いていた。
別れが急に寂しくなり、そう口走ってしまうのも仕方が無い。
「俺で良ければ聞き役にはなれる。
さっきの名刺に携帯番号も書いといた。」
大きい手が拓海の頭を少し乱暴になでる。
コレは賢太朗のクセなんだろうと拓海は考える。
「ありがと。じゃ、またね。」
賢太朗にただされ拓海はアパートの階段を登って、走りだす車を見送った。
明日から仕事頑張って、週末に飯を…今度は俺がご馳走してやるかな。
拓海は心の中で決めていた。
3階の自分の部屋につくと、戸口に座り込む男がいた。
「永田!?」
拓海はあの晩一緒に酒を飲んだ友人に声をかける。
「佐崎!よかった…。
自販機でタバコ買ってたら居なくなってたから心配したんだぜ?」
拓海は永田に近寄ろうとしたが足が地面に縫いつけられたかのように
動かなかった。
「どした?」
永田が拓海の元に歩みよる。
拓海はだんだん近づいてくる友人に何故か恐怖を感じていた。
なんでこんなに怖いんだ!?
拓海は恐怖に固まっていた。
「左崎?…もしかして覚えてるのか?」
瞬間、拓海の身体がビクリと強張った。
もしかして…永田なのか?
「酔ったら記憶なくすって聞いてたのに残念。
俺、お前の事ずっと狙ってたんだ。」
…やめてくれ。
…聞きたくない…。
拓海は震える手で口元を覆った。
「酔ったお前に少しづつ男を教え込んで、俺無しじゃいられない身体に
してやろうと思ったのに。」
友人だと思っていたのに…。
「泣くなよ。…でもお前、泣き顔もいいな。
部屋の鍵出せよ。今度は優しく抱いてやるから。」
「…っ!!賢た、ろっ…!!」
永田の手が拓海に触れる瞬間、思わず口走ったのは賢太朗の名前だった。
「誰の名前だ!?
左崎、まさか最初から男もいけたのか!?」
永田は乱暴に拓海の服をまさぐり、鍵を奪う。
そして開いたドアに拓海を突き飛ばし、自分も入ろうとした。
だがその腕をつかまれ、殴り飛ばされた。
「っう!」
「拓海、ドアを閉めて鍵をかけろ!」
賢太朗の声に、拓海は急いで従った。
震える身体でドアにも垂れて様子を窺うと、激しく何かがぶつかる音と
怒鳴り声が響いていた。
しばらくして静かになった外の様子に、拓海は不安を覚えた。
賢太朗は大丈夫かな?
俺のせいで迷惑ばかりかけて…。
その時、遠慮がちにドアがノックされた。
「拓海、俺だ。
あいつは追い払ったから、もう大丈夫だ。」
拓海は急いで鍵を外しドアを開ける。
そこには少し服が乱れた賢太朗がいた。
「うぅ…。よかった…。
賢太朗が無事で…。」
思わず拓海は賢太朗に抱き着いた。
「俺はお前が無事でよかった。
携帯、シートに落ちてたんで届に来て良かった。」
賢太朗も腕の中の拓海に安心して抱きしめていた。
「拓海、お前さえ良ければ俺のマンションに来るか?
あいつがまた来るかもしれない。…俺が心配なんだ。」
「本当に…いいの?」
「ああ。もちろんだ。」
拓海はスーツなどを手早く準備して再び賢太朗のマンションに戻ることになった。
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