紅家当主には“影”といわれる者たちが従っている。

気配を消す事にたけ、情報収集や暗殺を手がける者たち。



その゛影゛は李絳攸を守るように当主より命を受けている。

8年間一人の者を本人に気づかれる事無く守っている。

影は自身には感情が無いのだと思っていた。

だがあの日、気づいてしまった。

当主の養い子に対する自分の想いに。

当主の宝に手を出すつもりは無かった。

それは職を失うだけでなく、命を失う事だからだ。

守っていく幸福だけで満足していたのだ。

あの男が現われるまでは…。





「絳攸、愛しい人。」


甘い声音で囁くその男を消す事ができたら、どんなにいいか。

残念ながら当主からの命がない限りそれは許されない。

藍家の子息。



本当はこの無防備に眠る青年に何度触れてみたいという

衝動にかられたことか…。

府庫に泊まりこむ青年に上着一枚かけてやることができない。

−もう時間がない。

影には自分がいた痕跡を残す事はできないのだ。

だが最後に―。


寝ていた絳攸は軽い痛みにうめく。


「っん……なんだ?」


首筋に手をやり確かめるが腫れてはいない。

絳攸は気のせいかと卓上に目を向ける。

そこには湯気を上げる茶器が置いてあった。

絳攸の脳裏には楸瑛の顔がよぎった。

たまには気が利く事をするじゃないか。

知らぬうちに口元に笑みを浮かべ茶器に手をのばした。


影は絳攸が茶を啜るのを見届けると、もう一人の影に目をやる。


「くれぐれも頼む。」


一言を残し消えた。



風が木の葉を舞あげる。

宮中でも人気の無い庭園の一角。

相手の攻撃に楸瑛は素早く剣の鞘で受ける。


「紅家の?それともお前自身の判断か?」


楸瑛は舞うような剣技で反撃をする。


「俺はお前を認めん!」


楸瑛は問いの答えが後者であると理解した。


「私の方が絳攸を守れる自身はある。

本当はわかっているはずだ。」


楸瑛はその男に殺気を向ける。

絳攸の近くにいる楸瑛は気づいていた。

この男の役目や想いも。

だが気に入らないのはお互い様で、絳攸に触れ印をつけた男を

五体満足で帰す気はなかった。

剣と剣がぶつかり青い火花が散る。

影として紅家に仕えるには相当の力量がなければならない。

その自分がおされている事実。

楸瑛の剣が自分の体に吸い込まれていくのを

どこか現実をはなれた所から静かに見ていた。


「…ぐっ!!」


男の口から赤いものが吹き出す。

そして次には姿を消していた。


「死に場所は他に決めていたか…。」


同じ想いを抱える者として殺してやるのは自分だとわかっていた。

絳攸付きの影は交代が早い。

何故か絳攸を大事に想い過ぎて道をあやまるのだ。

あの影は例外で余程自制心が強かっただろう事が伺えた。


「絳攸…罪な人だよ、まったく。」


楸瑛の呟きは風がさらっていった。



END



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かなりオリジナル要素強いです、ごめんなさい(涙)