その夜、藍楸瑛はおぼつかない足取りで歩いていた。
あろうことか上司、同僚につかまり散々飲まされていた。
それでも、いつも通り吏部に足を向けるのは習慣になっていたからだ。
しばらく歩くと、曲がり角で誰かとぶつかる。
楸瑛は相手が後ろに倒れる前に腕を引いてやるが
結局、自分と共に倒れて尻餅をついていた。
「…いたたた…」
「…っ…つう…。」
互いにぶつけた痛みに呻く。
楸瑛は腕の中にある人物に目を向ける。
「絳攸、大丈夫かい?
つくづく君とは運命を感じるよ。」
楸瑛はいつもの口調で言う。
絳攸はそんな友人に何故か腹が立つのだったが。
「そんな運命は気のせいだ!…貴様、酒臭いぞ…。」
絳攸の物言いに楸瑛は苦笑をうかべる。
そして、おもむろに後ろに倒れて床に寝転ぶ。
もちろん絳攸も道ずれに。
「絳攸、星が凄くきれいだよ。
このまま酔い冷ましに付き合ってくれないかい?」
言いながら楸瑛は腕に少しだけ力を込め、絳攸を逃がさないようにした。
「この酔っ払いが!!
まぁ、たまにはゆっくり夜空を眺めるのもよかろう。
…だから腕をはなせ!」
絳攸が暴れても楸瑛の腕が解ける事はなかった。
いつの間にか楸瑛との差ができたようで、絳攸は寂しさを覚える。
気がつけば迷っている自分を見つけだし、送り届けてくれる楸瑛。
その優しさや気づかいに気がついてはいるが
認めたくない事がたくさんあるのだ。
楸瑛が優しければ優しいほど、自分は素直ではなくなる。
花街に行ってほしくないと思う感情も
そのあたりをふまえれば分かっているのだ。
だが、どうして認められる?
楸瑛にとって自分は゛女だったら好みのタイプ゛なだけ。
男である自分は除外されているのだ。
絳攸は知らず、ため息をつく。
「悩み事でもあるのかい?
絳攸、私には気兼ねせず相談してほしいよ。
何のために君のそばにいるのか分からないだろう?」
楸瑛は絳攸の頭を優しく撫でる。
この男は床をともにした女達にも同じなのだろう。
だが今は、この腕は自分のもの。
絳攸は知ったことか、と呟きながら瞼をとじた。
楸瑛は月明かりに照らされた絳攸をみつめていた。
腕の中の愛しい人はいつもつれない。
だが、それでいい。
いや、それがいいのだ。
これから長い年月を共に生き、気がついたら死ぬまでそばにいた…そんな関係でいいのだ。
臆病者と言われるかもしれない。
だが失いたくないのだ。
「…おい、寝ているのか?」
絳攸は静か過ぎる楸瑛に目を向ける。
だがその瞬間、心臓を掴まれたように息がつまる。
楸瑛の表情に目をそらせなくなっていた。
その切なげな表情に漂う色香に、絳攸は顔が熱くなるのを感じた。
一方、楸瑛は理性をかき集める事に必死だった。
頬を朱に染め、濡れた瞳を向けてくる絳攸は初めて見る。
そして、その色気は花街のどんな女よりも楸瑛の体を熱くした。
「絳攸、そんな顔は誰にも見せてはいけないよ?」
楸瑛はなるべく、いつものように言った。
「…う、うるさい!元からこんな顔だ!!」
絳攸は楸瑛の腕から逃れようと体をずらした。
ふいに固いものに触れてしまい動きが止まる。
だがそれは失敗だった。
気がつけば絳攸は楸瑛に体を入れ替えられ、組ひかれていたからだ。
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