夜の闇の中、瞬く無機質な光の洪水。

立ち並ぶ高層ビルは、まるで競い合うように天に伸びている。

何故人は天に届く建物を造りたがるのだろうか?

其処は人の領域では無いと、何故考えないのだろうか?

少年はビルの上から、人々を見ては考えていた。

人間の世界は、今や“負の力”に満ちている。

地獄のようなこの世界で、人は苦しくはないのだろうか?


「お待たせしました。グエル君。
気分はどうですか?」

「少しは慣れてきたみたいだ。」


少年・グエルは、背後に現われた青年に強い口調で言う。

青年はそんなグエルを暖かい眼差しで見つめている。


「サリエル。本当にこんな所にいるのか?
『光輝く魂を持つ者』が…。」

「これほどの“負の力”の中なら、以外と早く見つかるかもしれないですよ。」


グエルは目を閉じると、静かに力を集中させた。

頭上にはエンジェルリングが光を放ち、背中には白い翼が広がる。


「ダメだ。いろんな気配が混ざりすぎて分からな…
ひゃッ!!」


グエルは突然の衝撃に座り込んでいた。

なんと、エンジェルリングを触られたのだ。

天使にとってそれは神経の一部であり、もっとも敏感な場所。

グエルはあまりの衝撃に震えが止まらなくなっていた。


「すいませんグエル君。貴方が可愛いから、つい。
大丈夫ですか?」


青年・サリエルはグエルの身体を支えながら起こす。


「信じられねぇ!!普通やるか!?
このエロ上司!!」

「そんなに怒らないで下さい。
ああ、本当になんて可愛らしい…。」


激昂するグエルに、サリエルはますます上機嫌になっていた。

そんなサリエルに、グエルが何か言いかけようとしてが

突然、目の前に刃がかすめた。


「天使み〜っけ。
一人は小物だけど、あんたは随分大物だな。
楽しめそうだ…。」

「おやおや。せっかく二人きりの甘いひと時を邪魔するなんて
さすが悪魔ですね。お仕置きが必要でしょう。」


悪魔はまだ少年から青年になりかけの姿をしていた。

人型がとれる事から、中級の上から上級の下といったところだろう。

サリエルはグエルを庇う様に羽を広げ、グエルの前に立つ。

その背には三枚の羽。

邪眼の天使は冷たい笑みを浮かべ、悪魔を見据えた。

悪魔はその目を見て相手が誰かを悟った。

だがもう引くことは出来ない。

張り詰めたものが限界を迎えようとした瞬間、悪魔の背後に別の悪魔が現われ

素早く連れ去っていった。


「珍しいですね。…まぁ、いいでしょう。
グエル君大丈夫ですか?」


サリエルが振り返ると、背後の少年はサリエルの腕に倒れこんだ。

天界と違う濃い“負の力”の影響でグエルはだいぶ弱っていた。

そこに高位の悪魔が現われたのだから、影響がないわけが無い。

サリエルは優しく抱き上げると、住処へと運んだ。

それは瞬間異動のように見えたかも知れない。





グエルは顔に当たる光によって目を覚ました。


「起きたようですね。力を分けますから口を開いて下さい。」

「…。」


グエルは一瞬躊躇したが、素直に従った。

天使としては中級の下の自分は、今の人間界では慣れないせいか動けない。

よって上級天使のサリエルに力を分けてもらうい、耐性をつけるのが早いのだ。

だがサリエルの嬉しそうな顔を見ると、どうしても腰が引けるのだ。

サリエルの顔が近づき、唇が触れる。

舌が触れ、優しく愛撫するように撫でられ力が注がれる。


「ふっ、…はっ…。もう、やっ…ぁっん。」

「顔色も良くなりましたね。良かった。
貴方は私の唯一の半身です。無理はしないで下さい。」


サリエルはグエルの濡れた口元を舐め上げ、優しく髪をすくと

部屋を出た。

後に残ったグエルは、なんとも居たたまれない気分になった。

サリエルの半身は今まで存在しなかった。

限りなく悪魔に近い天使として生み出された“はじめの天使”の一人・サリエル。

俺はサリエルの重荷になってはいないか?

グエルはいつも思う。

昨日だって、本来なら副官たる自分が庇うべきだったはず。

グエルはのろのろと着替え始めた。

シャツのボタンを外してふと視線の先に見えたものにグエルは

息を呑んだ。


「サリエール!!エロ上司が!!
俺が寝てる間に何しやがったぁ〜!!」