幻の理想郷と呼ばれるこの国は、代々直系の王がいなくては霞のように消えてしまう。

初代王が神と交わした約束を次代の王が守り続けて華やぐ、うたかたの国。



当代の王の名をセイレンという。

まだ若い王だが民や臣から慕われる良い王として名高い。

聡明で背も高く、優しげな顔立ちは整っている美男子だ。

ただ幼少の頃から身体が弱く、成人した今でも時折政務をこなす事を困難にしていた。

そんなセイレンであったが、近頃は体調を崩すことが少なくなっていた。

そして陽が傾き始めた頃、西の宮にいる事が増えていた。

セイレンはいつもの様に兵舎へ帰る者達の中、ただ一人を呼ぶ。

「シンラ」

シンラは素早くセイレンの前で膝を着き、頭を垂れた。

磨かれた床に長い銀髪が独自の模様を描く。

「セイレン様、呼びつけてくだされば私から参ります。

 どうかご自分の身体を労わってください。」

硬い声音でシンラは云った。

じつはシンラはセイレンが少し苦手であった。

王宮の警備の職に就き、季節が2回ほど変わった頃から兵舎への帰りぎわ

セイレンに声をかけられる事が多くなった。

民として慕っている王と話ができて嬉しくないわけではない。

だが青銀の髪から覗く、王である証の金色の瞳が居たたまれなく感じる時がある。

耳に心地いい、よく通る声で名を呼ばれると身体が震える。

シンラは細身だが武人であり、背は王より頭半分ほど低いだけだが立派な男だ。

その自分がどうして、なりたての女官のような反応をしてしまうのか戸惑う。

「心配かけてすまない。

 だがシンラにそう言われるのは嬉しく感じるから不思議だよ。

 さあ、こちらに茶の支度がしてある。

 すまないが、少し話し相手になってもらうぞ。」

セイレンは嬉々としてシンラの手をとり、一室に連れだった。

普段のセイレンは強引な事はしないが、唯一シンラに関する事柄には強引になる。

残念ながらシンラにとってはいつも、少し強引な王という認識しか残らないのだが。



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