それは昔々の物語
人々は畑を耕し、ゆったりとした時間を楽しみながら暮らしていた時代




その日、いつものように北風は風を紡いでいた。

リーン、リーン

澄んだ音色が響く。


「この音色は僕の鈴だ!」


北風は一緒にいた雨雲に云う。

この日は雨を降らすために雨雲と共にいたのだ。


「鈴って風族が気に入った人間に渡す『友好の鈴』?
北風も誰かに渡してたんだね。」


ぽやんとした雨雲に北風は頷く。

鈴を鳴らすという事は、余程助けが必要な時。

北風は事情を話し、雨雲と別れると鈴の音がする場所に急いだ。




その頃、太陽は宮にいた。


「…っう!!」


ガシャンという音と共にクリスタルの杯が割れる。


「大丈夫か?
あぁ、北風から貰った杯だろ?
怒られるぞ。」


南風が意地の悪い笑みを浮かべる。

太陽は自分の指を見つめたまま無視をする。

何か…ピリッとした感触がしたのだが、怪我はないようだ。


「南風、私は怒られるのは慣れているよ。
北風はどんな表情でも愛しいからね。
むしろ、楽しみだ。」


太陽は嫣然と微笑む。

南風は新しい杯を渡しながら乾いた笑い声をあげた。




北風は小さい村近くの小屋に降り立った。

少し警戒しながらも小屋に入る。

今まで鈴を渡したのは二人。

一つはすでに失われているので、持ち主は分かっていた。


「ディアナ?」


小屋に入り、奥の人影に呼びかけると突然扉が閉まる。

北風は急に息が苦しくなり、体から力が抜けていくのを感じた。

薄暗い小屋に明かりが灯り、人影が3人分浮かび上がる。


「ディアナはどこだ?」


北風が警戒しながら問う。

すると3人に笑いが起きる。


「ディアナは俺のばーちゃんだ。
しかし、嘘だと思ったら本当にいるんだなぁ。
精霊なんてさ。」


男が乱暴に北風の顎を掴み、上をむかせる。


「風の精霊がこ〜んな綺麗なガキとはな。
しかも服は下だけしか身につけていない。」


男はニヤリと笑い、北風の胸に手を這わす。


「僕に触るな!
ディアナの血縁者でも許さない。」


北風は抗いながら風を紡ごうとしたが、膝からくずれただけだった。


「封印石って効くんだな。
売る前に楽しもうぜ。」


違う男が云う。

別の男の手が北風の両手をまとめて押さえ込む。

北風はあまりの屈辱に震えた。

封印石だと?

魔道士がからんでるのか!?

奴らは聖霊を捕まえては怪しげな実験のすえに殺す。

今の自分は封印石のせいでただの子供同然だ。

この男たちにすら自由にされてしまう。

北風は歯を食いしばり、覚悟を決める。

今まで成人の肉体を持たないのには訳があった。

風族の長の代理を勤める長老たちとの約束。


「…太陽、ごめん。」


北風は小さく呟くと、呪文を唱えた。

それは力を抑える鎖を切る呪文。

狭い小屋の中、北風を中心に空気が渦を巻きはじめる。

まばゆい閃光が辺りを包むと、男達は声もなく細切れに飛び散った。

小屋も跡形もなく消える。

かまいたちのような風がおさまると、その中にはただ一人

白い布を纏った青年がいた。

魔道士は死に近い意識で青年を見た。

銀の髪は後ろだけが長く、風になびいていた。

表情の無い顔のまま近づく青年。

魔道士が最後に見たのは青年の白く美しい手だった。





宮の風族は大騒ぎになっていた。

何故なら風族の長老が、風長がお帰りになると召集をかけたのだ。

宮の入り口には、そこに住まう全ての風族が集まった。

その中、かつて北風と呼ばれた青年が通り抜ける。


「風長、お待ちしておりました。」


長老たちは青年に頭をたれる。


「永きに渡りご苦労だった。
これは魔道士だった者の魂だ。」


風長となった北風は長老たちに魂をわたした。

そして風族を見回す。


「かしこまらなくていいよ。
中身はみんなも知っている北風だから。
けれど、これからは風長として宜しく頼む。」


風長は見る者を圧倒する笑みを浮かべた。

風族達はあの北風が長だった事に驚いていた。

だが風族は個々は自由気ままだが、結束が固い一族

柔軟な思考を持つ彼らはすぐに受け入れた。

南風は柱の影にいた太陽を振り返った。

太陽はまるで捨てられた子供のような顔をしていた。

南風と目が合うと、きびすをかえし去って行った。


「…北風。責任とれよな…」


南風は風長を見る。

風長は太陽が去るのを視界の隅で見送っていた。




その夜、風族は風長を御披露目するために

それぞれの精霊の長を宴に招いていた。

もちろん太陽も招かれていた。

太陽の目の前では風長が舞を披露していた。

以前の北風にはない、色香のようなものも感じられるのは

気のせいか?

成人した姿の北風は細身で、美しい顔にやや切れ長の瞳が凛としており

精霊同士でも思わず見惚れるほどだった。


「食が進んでないな。
まさか彼奴が長とはな。」


南風は葡萄酒の瓶と杯を手に太陽の隣に座る。


「悪い夢を見ているみたいだよ。
正直ここまで私に打撃を与えられるのは彼くらいだ。」


太陽は進められるまま葡萄酒を煽る。

痛ましい太陽の姿に、南風はただ葡萄酒をついでやり続けた。




宴が終わり、風長は来賓の精霊達に笑みをうかべ見送った。

宴に呼ばれた精霊たちは北風が長と聞き不安に思っていた。

だが、やんちゃな子供だった北風とは違い、一族の長として完璧に宴をきりもりしていた。

太陽は風長となった北風にたいし、心を乱されていた。

そして、ふらふらと歩き去る。

宴がおわり、風長は長老達に声をかけると静かに宮の奥に歩き出す。

風族の布を腰布として靡かせて歩く姿は優雅ですらあった。




太陽は自分の部屋に戻る気にはなれず西の庭園にいた。

初めて北風という存在に触れた場所。

あの頃は手が届く存在だと思っていた。

精霊同士の婚姻は真実の名を教え合い、その名に誓う形で成立する。

普通の精霊なら、まだいいのだ。

だが、長同士となれば大事になる。

真実の名を教えるというのは相手の全てを支配する事。

だから太陽が風族全てを握るという事になるのだ。

世界のバランスが崩壊してしまう可能性すらいなめない。

太陽は小高い丘に座っていた。

ふと、後ろに目をやると風長が静かにたたずんでいた。


「太陽、僕は…」


風長は下を向いたまま、それきり言葉を途切れさせた。


「北風いや、風長。お前は約束はやぶっていない。
だから…気にしなくていい。」


旅人のマントを脱がし、賭に勝った太陽にたいして

風長は北風として約束は守ると言った。

風長は精一杯、太陽に歩みよっていたといえる。


「太陽が本当はすごく優しいのは知ってる。
僕の本当に嫌がる事はしなかったから。」


ここで風長は決意を表した目を太陽に向けた。

太陽は、変わりない風長の澄んだ瞳から目を逸らす事ができないでいた。

何か、聞いてはいけないことを言われる予感があったにもかかわらず。


「太陽、僕の真名は セアト だ。」


太陽は驚愕に声を出せないでいた。

今、太陽は風を支配できる状況になってしまった。

確かに、北風が側を離れてしまうくらいならば世界など壊れてしまえばいい

と、頭をよぎりはした。

だが太陽は太陽の誇りにかけて、それはできない。


「太陽に一方的に押し付けてしまって悪いとは思う。
けれど僕は、そう遠くない未来に新しい風長に役目を譲るだろう。
その後、僕の命が消えるまでの僅かな時間だけれど
太陽と一緒にいたいんだ。」


風長は切ない瞳に太陽を映す。


「風長…」


今は離れてしまうが最後にまた一緒にいようと、新しい約束をくれたのだ。

太陽は風長を抱きしめた。

風長は北風の時とは違い、暴れることなく太陽の背中にそっと手を添えた。



西の庭園の外れ、南風はひとつに重なる二人の姿に祝福の風を紡いだ。


それはむかし むかしの物語。


END


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