あるところに一人ぼっちの少年が居ました。親の顔も知らなければ、追い出された施設の恩も知ることなしに、一人で工場に住み込みで働いていました。
 貧しい身なりをした少年を見つけた悪魔は、これはとばかりに近づきました。
「ねえ、坊ちゃん。欲しいものは無いの?」

 少年は、特に無いと答えました。悪魔は聞き方が悪かったと思い直して、願いは無いかと尋ねました。それでも少年の返事は同じでした。
「本当に無いの?嘘言っても無駄よ。私には分かるのよ、あなたが何かを欲しがっていることぐらい」
 それは本当のことでした。開きかけた口を再び閉じると、少年は再び仕事に戻りました。


 月日は流れ、少年も髭が似合う大人になりました。同僚や後輩からも信頼される良い職人にまで成長しました。
 この頃になると、悪魔も魂の交渉を半分諦めたのですが、正体の知れない願いがあるということは感じていました。
「坊ちゃん、じゃなくてどう呼べばいいのかしら。一人前になった今でも、かなえて欲しい願いがあるみたいね。そろそろ、言ってみてはくれないものかしら」
「僕にも分からない。それが何なのか、分かった時には君に魂をあげるよ」
「その言葉、忘れないでよ」
男は楽しそうに笑いました。


 髪が白くなり腰が少し曲がり始めた頃、男は会社の重役までになりました。会社も時代の流れに乗って大きくなりました。悪魔も会社が成長していく様子を、いつも男の傍らで見つめていました。願いはいつまでたってもその存在を消しませんでした。

 その何年後に男は退職金を、幼い頃にお世話になった施設に寄付しました。男を覚えている人は居ませんでしたが、男は満足した様子でした。
 生涯を通じて男は妻も取らず、ただひたすらに働いていました。退職しても死ぬ直前まで、新入りの職人に技術を教えていました。


 枕元で悪魔は言いました。
「あれから長いこと経ったわね。もうそろそろ、願いを叶えさせてもらっても、いい頃あいだと思うわ」
男は微笑んで、君のキスが欲しいと言いました。悪魔はそんなものだったのかと、驚愕とも拍子抜けともいえない顔になりました。
「コレぐらい、頼んでくれればすぐにしたのに」
悪魔は男の皺のよった唇に、そっと口づけしました。
 男は目を細めて、ありがとうと言いました。その瞬間、願いの輝きは一際煌き、悪魔は契約が成立したのを感じました。

 男の葬儀には多数の人が詰め掛けました。
 それを見ながら、悪魔は泣いていました。もしかすると、契約が何十年にもわたって引き伸ばされ続けた悔し涙かもしれません。


 大勢に見守られながら眠る男の顔は、実に幸せそうな顔でした。




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