チャイムとともに退屈な授業も全て終わり
教室の中はまったりした雰囲気になる。
部活に急ぐやつ、ダベってるやつ、仲間と連れだってどっかいくやつ・・・
「沢本ー」
帰り支度をしている俺にも、悪友の一人が声をかけてくる。
「んー?」
「ゲーセン寄ってかね?」
ちょっと頭の中で財布の具合を計算する。
「・・・奢りか?」
「馬鹿抜かせ。俺が奢ってもらいたいくらいだ」
「んじゃパス。ちょっと今ピンチなんだわ」
「お前、いつもピンチじゃん」
「うるせえな・・・今月は特にピンチなんだよ」
そう。ただいま俺、沢本和彦は超緊縮財政を強いられている。
昼飯代を切りつめ、寄り道もせず、買いたい物も我慢して極力出費を抑える日々。
しかし、それもこれも全てはあの日のためなのだ・・・
1週間ほど前
学校からの帰り道、珍しく妹の香奈と一緒になる。
「今日は早いんだねー」
「ああ・・・ま、まっすぐ帰ればこんなもんだ・・・お前、いつも今ぐらいか?」
「そうだよ。お兄ちゃんだって去年まで通ってたんじゃん」
「中学時代か・・・今となっては遠い昔のことのようだぜ」
「卒業して1年もたってないよ?」
「ふっ・・・お前も高校に上がればわかるさ」
「何言ってんだか・・・あ」
「どした?」
「ほら、あれ」
香奈が指さす先には鮮やかなリースに飾られたウィンドウがあった。
「・・・もうクリスマスなんだねー」
「まあ、もう12月だからな」
「ね・・・今年は・・・何くれるのかな?」
香奈が期待を込めた目で俺をのぞき込んだ。
去年のプレゼントは・・・なんだったっけ、CDだったか?いや、それは一昨年だ。
去年は・・・そうそう、MDプレイヤーだったか。
・・・年々高額品になってる気がするのは気のせいか。
で、俺がもらったのは・・・
・・・あれ?
「お前さ」
「なに?」
「なんでお前はプレゼント貰うばっかで、俺には何もくんないわけ?」
「お兄ちゃんは兄であたしは妹だから」
「・・・その理論は何か間違ってないか?」
「あたしは気にしないよ?」
「お前には思いやりとか感謝の心はないのか」
「うるさいなー・・・そんなに言うなら、こういうのはどう?」
香奈は腰に手を当てて、ちょっと偉そうにふんぞり返る。
「あたしがビックリするようなプレゼントを用意できたら、あたしもお返ししてあげる」
・・・どこまで行っても不公平な気がするのは俺だけか?
・・・と、こんなことがあって
俺は意地になって香奈をビックリさせるようなプレゼントを用意すべく
必死に小遣いを節約したり、細々としたバイトをしたりして金を貯めている。
現在プールされている金額は・・・3万2千円ほどか。
中学2年の小娘に贈るプレゼントの金額としては破格・・・だと思う。
よくわからんが。
まあ、このまま順調に金を貯めることができれば
クリスマスプレゼントを買う頃には4万・・・いや、5万ぐらいはいけそうだ。
問題は
「・・・何買ってやってもビックリしそうにねえなぁ」
ということだった。
学校から帰る道を変え、商店街を抜けていく。
何かめぼしい物はないか、あちこちのウィンドウをのぞき込む。
ちょっと目を引く物があった。
金額的には何とかなりそうだが・・・
アクセサリーとか興味なさそうだしなぁ。
そうこうするうちに12月23日。
・・・明日もうイブじゃん。
いくつかプレゼントの候補はあがっていたが
どれも決め手に欠けるような気がして決めかねていた。
明日の夜に渡すとして、プレゼントを買うなら
今日か明日しかもう残っていない。
もう・・・アレに決めるか・・・
部屋から出てきた香奈が俺を見てにんまりと笑う。
「おはよう、お兄ちゃん♪・・・プレゼント、もう用意できた?」
「ふっ・・・お前こそ、お返しの用意をしておけよ」
強がってはみたものの、正直自信がない。
「フフーン・・・ま、期待しないで待ってるよ♪」
挑戦的に笑う香奈に、無理にニヤリと笑いかける。
財布の中には苦労して貯めた全財産。
心には・・・今一つ自信のないアイデアを秘めて
俺は一足先に家を出た。
そして放課後。
時節柄、売れちまってる可能性もないわけじゃない。
目を付けておいた店に駆けつけ、ウィンドウを見る。
よかった、まだ売れてない。
店に飛び込んで、店員のお姉さんに声をかける。
「はい、こちらですねー・・・クリスマスプレゼントですか?」
「ええ、まあ・・・」
「いいなぁ・・・彼女にプレゼントかぁ。気合い入ってるねー」
「いや?・・・妹にですが」
「照れない照れない♪じゃ、気合い入れてラッピングしちゃうわねー」
何か激しく勘違いしながらお姉さんが小さな箱を包んでくれる。
会計をすませて店を出る。
小さな包みと引き替えに、ほぼ空っぽになった財布が無性に悲しかった。
明日の昼飯代も残ってない。
これで香奈がビックリしなかったら・・・
考えるのもイヤな展開だった。
12月24日。クリスマスイブ。
昼飯を抜いたのでフラフラとしながら家に帰る。
「おかえり、お兄ちゃん」
香奈はもう家に帰っていた。
目をキラキラさせながら俺を見つめる。
「ね・・・約束、覚えてるよ、ね?」
「うむ・・・ま、座れ」
「うい」
ソファに向かい合わせになって座る。
俺はおもむろに、鞄から用意したプレゼントを取り出した。
「・・・これだ。メリークリスマス、香奈」
差し出された香奈の手に小箱を渡す。
「うん、ありがと、お兄ちゃん・・・開けてもいいかな?」
「おう」
カサカサと紙包みを開けた香奈の動きが
ぴた、と止まった。
お?・・・驚いてる?
「お兄ちゃん・・・これ・・・」
「・・・サイズとかよくわかんなかったんだけどさ・・・ちょっとはめてみ。合わなかったらなおしてくれるらしいから」
「指輪・・・だよ?」
「知ってるよ、俺が買ったんだから。ほら、はめてみろって」
「・・・お兄ちゃんが、はめて・・・」
「はあ?」
少しうつむきながら、香奈が俺に指輪を戻し
左手を俺に差し出した。
自分でやればいいのに、と思ったが
まあついでだからはめてやるか。
「で、どの指がいい?」
「・・・薬指」
「ん・・・お前手ぇちっさいなー」
ん?
・・・どうしたわけか、差し出した香奈の手が小刻みに震えていた。
香奈の手をとって、指輪をはめてやる。
ゆっくりと香奈は手を戻し、薬指にはめられた指輪を見つめ・・・
突然、泣き出した。
「お・・・ど、どうした?キツイのか?」
「ううん・・・大丈夫・・・ただ・・・嬉しくて・・・」
「そ・・・そう?いやー、苦労して金貯めたかいがあったかなー」
「ありがと・・・一生・・・大事にする、ね・・・」
・・・それほどのものかな。
「で・・・ビックリはしたか?」
「え?あー・・・うん・・・ある意味、驚いた・・・ちょっと反則っぽいけど」
「ふふん・・・じゃ、明日はお前が俺にお返しを・・・」
「お返しなら・・・」
まだ少し涙に濡れた目で俺を見つめながら
香奈が立ち上がって俺に近寄ってくる・・・
「今・・・あげるよ・・・」
「・・・香奈?」
香奈の柔らかな身体が、ぴったりと俺に寄り添う。甘い匂い。
ドキドキと、なぜか鼓動が早くなる。
「お兄ちゃんには、そんなつもりないの、わかってる・・・」
・・・そんなつもり、ってなんのことだ?
聞きたいのに、喉がカラカラで声が出ない。
「でも、もう私は・・・お兄ちゃんのものだからね・・・」
なんで?指輪プレゼントしただけだぞ?
「この・・・指輪が、契約の証・・・」
だからなんで指輪で契約とか・・・
「そして、お返しに・・・私の誓いを・・・あげる」
香奈が伸び上がって・・・
顔が俺の顔のすぐそばまで来て・・・
柔らかな唇が、俺の乾いた唇にそっと触れる。
・・・え?・・・キス?香奈が、俺に・・・キスしてる?
頭の中でいろんな物がグルグルして
それでも、俺は香奈を拒むことができなかった。
どれくらい、そうしていただろうか。
いつの間にか、俺は香奈の体を抱きしめていた。
ハッと我に帰って唇を離し、ゆっくりと香奈から体を離す。
「あー・・・えーと、その、なんだ・・・今の、何?」
「何って・・・キス、だよ」
「ああ、うん、まあ・・・そう、だな」
「今のが、私からのお返し・・・」
「ああ、そう、うん・・・えっと、あれだ・・・ありがとう」
「・・・うんっ♪」
「で、まあ、その、なんだ・・・」
「・・・もっと・・・お返しが欲しい?」
「滅相も!」
・・・なんだか・・・大変なことをしてしまったんじゃないだろうか、俺。
「あ、そうだ、忘れてた・・・メリークリスマス、お兄ちゃん♪」
また軽くキスをして、そのままソファで二人寄り添っていた。
・・・ま、こんなクリスマスも・・・・・・続くの、かな?
(Seena◆Rion/soCysさん 作)