夜の公園。
切れかけた街灯の蛍光灯が、ちか、ちか、と
頼りなげな明かりを投げかける下で
私はお兄ちゃんと並んでベンチに腰掛けていた。
「・・・腹、減ってないか?」
お兄ちゃんがそっと小声で尋ねてくる。
「ううん・・・大丈夫」
夕方まではすごくお腹が空いてたけれど
夜になって、もう空腹は通り過ぎてしまったらしい。
「じゃ・・・今夜はここで、いいかな」
寝る場所のこと、なんだろう。
夜になって、昼間の蒸し暑さは嘘のように消え
心地よい風が吹き抜けていく。ここなら、なんとか眠れそうだ。
それに、硬いベンチの上で眠るのにも・・・もう、慣れた。
「うん・・・私は平気だよ」
お兄ちゃんが隣にさえいてくれれば。
お兄ちゃんの肩にもたれて、夜空を見上げる。
別に星なんか見えない。どんより、曇っている。
すぐ横で、お兄ちゃんも夜空を見上げている。
まだ少し、頬骨のあたりに傷が残っていた。
「傷・・・残っちゃったね」
「ん?・・・ああ、たいしたことないよ」
父さんはずいぶん酷くお兄ちゃんを打った。何度も、何度も。
私が何度「やめて」と言っても、ちっとも聞いてくれなかった。
母さんは泣いているばかりで、何もしてくれなかった。
その夜からお兄ちゃんも私も部屋に閉じこめられて・・・
やめよう。
振り返らない。過去はもう見ない。もう、捨てたのだから。
だけど。
未来も、見えない。
この夜空の星のように、何も見えなかった。
最初は、ちょっとした好奇心だった。
でも、他の男の子には、そういう気持ちにはならない。
他の女の子には、そういう気持ちにならない。
お兄ちゃんが。お兄ちゃんだけが。
私が。私だけが。
互いの胸をときめかせる。
それがわかったとき、私たちは
兄妹で恋に落ちてしまったことを知った。
いけないことなのは知っていた。
許されないのはわかっていた。
だから、なるべく最後の一線は越えないように努力した。
キスだけ。抱き合うだけ。見せ合うだけ。指でするだけ。口でするだけ。
入れるだけ。一回だけ。出すのは外にだけ・・・
二人でルールを決めて、そのルールをことごとく二人で破って。
それでも、二人は幸せだった。
父さんと母さんに知られるまでは。
「これから・・・どうするの?」
お兄ちゃんの胸の中で、尋ねる。
お兄ちゃんと、私自身に。
もう家には帰れない。
「どこか・・・遠くに行こう・・・」
見つかったら、きっと連れ戻されて
離ればなれにされてしまう。
誰にも見つからないような、遠いところ。
行けるのだろうか。
閉じこめられた部屋を抜け出して
その勢いでお兄ちゃんと家を飛び出して
いったい何日が過ぎただろう。
走って走って。歩いて歩いて。ようやくここまで来たけれど。
まだ、ようやっと隣の県についただけ。
どこにも行けないのなら。どこにも二人の居場所がないのなら・・・
「・・・ここで、死んじゃおうか」
一瞬、びっくりした顔をしてから
お兄ちゃんが苦い思いを吐き出す。
「・・・馬鹿なこと言うなっ」
「別に・・・馬鹿なことじゃないよ。もう・・・私たち、どこにも行けないよ」
「そんなことない・・・俺が連れてってやるから・・・」
すがるように。祈るように。
自分に言い聞かせるように、お兄ちゃんが力無く話す。
「・・・どこに?・・・ねえ、どこに?」
「・・・だから・・・」
答えはない。それはわかっていた。
ゴメンね、お兄ちゃん。
お兄ちゃんを責めてるわけじゃないんだよ。
ただ、二人がこれからどうすれば一番いいのか
それをわかって欲しかったの。
だから私は言葉を続ける。
お兄ちゃんと、終わるために。
「見つかったら・・・連れ戻されて、きっと離ればなれにされちゃうよ。
父さん、私たちを別々の家に預けるって言ったじゃない。
そしたらもう、ずっと会えなくなっちゃうんだよ?
それぐらいだったら・・・今、ここで、二人だけで・・・終わりに、して」
詰め寄る私の肩に、お兄ちゃんがなだめるように手を置く。
「お前・・・ちょっと落ち着け」
「私は・・・落ち着いてるよ。お兄ちゃんは平気なの?私と離ればなれになってもいいの?」
肩に置かれた手が、ぎゅっと掴んでくる。痛いほどに。
「そんなわけあるかっ・・・!離さない・・・絶対、離すもんかっ!」
「私もだよ・・・お兄ちゃんは・・・誰にも渡さない・・・私だけの・・・」
お兄ちゃんは、私だけのお兄ちゃんで終わって
私は、お兄ちゃんだけの私で、終われればいい。
幸せだった。思いを確かめ合って、結ばれてからの2ヶ月。
毎日のように求め合って・・・
そう、毎日。2ヶ月。毎日。2ヶ月の間・・・毎日?
何故・・・今まで疑問に思わなかったんだろう。
指を折る。震える指を折って、数える。
覚え違いかもしれない。勘違いかもしれない。
ああ、だけど何度数えても・・・
家を飛び出した時の必死な状況や
逃げ歩いていた生活が忘れさせていたけれど
もう二月分、生理が、来てない。
「・・・どうした?」
お兄ちゃんは怪訝な顔をして私を見ている。
「・・・後・・・1ヶ月・・・」
「ん?」
「後1ヶ月だけでも・・・私を連れていって、お兄ちゃん」
たしか・・・3ヶ月経てば、子供は堕ろせない。
それまでの間、どんなにボロボロになっても・・・逃げなければ。
「1ヶ月だけ、なんてこと言うな。どこまでだって・・・いつまでだって、お前と一緒だ」
お兄ちゃんが嬉しそうに笑う。
見上げた夜空に、一つだけ・・・星が瞬くのが見えた。
・・・あれから、何年たっただろう。
逃れるためではなく、安住の地を求めて、二人はずっと離れずに旅をしてきた。
何でもやった。どんなことでも耐えた。
一度死ぬ覚悟をしたのだから、平気だった。
お兄ちゃんと・・・この子が居さえすれば。
「まぁま?」
「なぁに?」
「ぱぁぱ、どこ?」
「ぱぁぱはね・・・ほら、お空見て」
「お空?」
「ぱぁぱはね・・・お星様になったの。空からずっと、私たちのことを見てるのよ」
つらいけれど。悲しいけれど。
もう二度と、自分から終わろうとはしません。
だから、お兄ちゃん。そこから、見ていてください。見守ってください。
私とこの子を、守ってください・・・
見上げれば夜空は、満天の星で輝いていた。
(Seena◆Rion/soCysさん 作)