「星に願いを」

コンビニのバイトが終わってアパートに戻ると
妹の留美が部屋に妙な物を持ち込んでいた。
「・・・なんだ、それ?」
「笹だよ。お店から貰ってきたの」
花屋でバイトしてて、初めて持って帰ったお土産は笹か。
「いや、笹はわかるけどさ・・・なんでまたそんなものを」
「・・・やだなぁ。今日は七夕じゃない」
ああ、そういやあそうか・・・
二人で暮らすようになってそろそろ半年だが
バイトやら学校やら日々の忙しさに追われて
そんなことに気を配る余裕もなかった。
「七夕の笹って、花屋で売ってるもんだったんだな」
「そうよー。最近はコンビニとかでも置いてない?」
「ウチは置いてないなぁ・・・しかし、今更七夕祝う年でもないだろ」
「いいじゃない、たまには・・・ちょっとぐらい夢見ても、さ」
そう言って微笑む留美の顔は、どこか寂しげだった。

半年前、両親が交通事故で死んでしまって
俺たち兄妹は二人っきりになってしまった。
俺も留美もまだ学生だったが
保険金と家を売った金、後はバイトで何とかやっている。
二人とも戸惑いながらの暮らしだったが
最近ようやく色々なことに慣れてきた。
「ほら、短冊も買ってきたんだよ」
「・・・久しぶりに、飾るか・・・これ、窓にくくりつけとけばいいか?」
「うん、お願い」
手渡された笹を窓の手すりにつけながら
子供の頃を思い出す。
家の庭に立てられた大きな笹に
留美はいくつも短冊を下げていて
父さんと母さんに「留美は欲張りだね」と笑われていたっけ。
毎年ちょっとずつ変わる短冊の中、一つだけ変わらずに留美が書いていたのは
「お兄ちゃんがお嫁さんにしてくれますように」だった。

「お兄ちゃん?何ボーッとしてるの?」
留美に呼びかけられて我に返る。
「ああ、すまん。ちょっと昔のこと思い出してた」
「そう・・・懐かしいものね、こういうの」
「そうだな」
「じゃ、はい、短冊」
微笑みながら、留美が色とりどりの細長い紙片を渡してくる。
「え、俺も書くの?」
「そりゃ・・・お兄ちゃんだって、願い事ぐらいあるでしょ?」
うーん。
バイトの時給上げてくれとか大学の単位落とさないようにとか・・・
どうでもいいような願いしか出てこない。
もうちょっと真剣に考えてみる。
俺が心の底から願っていることってなんなんだろう。
「ねえ、お兄ちゃんの願い事って何?」
ああ。そうだ。考えるまでもないじゃないか。

留美が幸せになれますように。
これ以上、悲しい目に遭わずにすみますように。
今、俺が願うことは
今、俺が生きる目的はただそれだけだった。
たった一人、残された家族。
この世でただ二人きりの兄妹。
その妹の幸せだけが、俺の願いだった。
卒業したら、一生懸命働いて。
バイトなんかしないですむようにしてやって。
ちゃんと学校を卒業させて。
いい人を見つけて、結婚するまで。
俺のことは、その後でいい。
俺は、留美のために生きる。
だから、短冊に書くことは決まっている。
「留美が幸せになれますように」
ただそれだけを願って、俺はペンを走らせる。

「ね、何て書いたの?」
いつの間にか、留美が後ろから覗き込もうとしていた。
慌てて短冊を隠す。
「見るな」
本人に見られるのは何となく恥ずかしい。
「ケチ。いいもん、吊り下げたあとで見るから」
むう。早まったか?
「お前は何て書いたんだよ」
どんなささやかな願いでも
どんな大それた願いでも
留美が望むことならば、叶えてやりたい。
「ナイショ」
「何だよ、俺のは見ようとしたくせに。いいよ、俺も吊り下げてから見るから」
「やん、ずるい」
「どっちが」
二人して顔を見合わせて、笑った。

夕食をすませると、二人で並んで窓辺に座り
夜風に揺れる笹の葉を眺めていた。
ひらひらと短冊が舞う。
一枚は俺。留実の幸せを願って。
もう一枚は留実。
二枚だけの短冊が、寄り添うように風に揺れる。
「お前、一枚だけでいいのか?」
「うん」
「昔は何枚も書いたじゃないか」
笑う俺に留実は真顔で答える。
「もう、一枚だけでいいの」
何を書いたのだろうか。手を伸ばす。
留実が苦笑いを浮かべる。
「一番のお願いは・・・もう無理だってわかっちゃったから」
留実の短冊を手にとって、読む。
「ずっとお兄ちゃんといられますように」

「あー・・・まあ、留実が嫁に行くまでは・・・」
「お嫁になんか、行かない」
「・・・そうか」
いちばんの願いは「お兄ちゃんがお嫁さんにしてくれますように」だったな。
「お兄ちゃんが・・・お嫁さんをもらって、もう出て行けって言うまで・・・」
「・・・嫁なんかもらうつもりはない」
留実は知らない。
子供の頃。留実の手が届かないような高い枝に、俺が毎年吊した短冊。
「留実がボクのお嫁さんになってくれますように」
あのころの二人の願いは
今ではもう叶わぬ夢になってしまったけれど
今の願いなら
このささやかな願いなら
叶えられる。叶えてやれる。
「だから・・・ずっと・・・そばにいろ」
「うん・・・それが・・・私の幸せだよ・・・」

(Seena◆Rion/soCysさん 作)

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