… 焔の啼く声 ―
はじめてのタグ獲り、銀髪の男。
あの男、何故突然あんなにも苦しみだした…?
「…はっ…くそ、どうなってる!」
アキラは腕の傷を抑えながら壁にもたれかかった。
今しがた自分の目の前で起こった事態が未だに整理を
付けられずにいる。何が引き金であの男は…。
腕の痛みも忘れ、思考に沈みそうになったそのときだった。
― ちりん 。
「!?」
あまりにもこの街にそぐわぬ澄んだ音色。
アキラの心にごく自然に警戒心が湧き上がる。
まさか、鈴をつけた猫がいるわけではあるまいに。
となれば、この無機質な街で音を奏でるのは人間のみ。
もたれかかった壁伝いに路地の奥に目を凝らすと、
ボロボロの服をまとった、一人の少年が立っていた。
(…子…供…?)
こんな、廃頽した街に、子供がいるというのか?
まさか。では、あれは幽霊かなにかなのか。
混乱続きのアキラには一瞬その少年が”不確かな存在”
にしか見えなかった。だが、今にも折れそうな華奢な四肢は
しっかりと存在し、足は地についている。
もう一度、音が鳴った。
― ちりん …。
幻覚、幻聴の類ではない、あの子供は確かにそこにいる。
暗がりにいるので詳細はわからない。だが…少年の首から
下がっている、あれは…。
「…っタグ…!お前…イグラ参加者…なのか!?」
思わずアキラが声を上げて身構えると、少年は不思議そうに
首をかしげ、改めて自分の首にタグがかかっているのを見た。
まるで、今までその存在を忘れていたかのように。
「― …これの事…?うん、でも…興味ない。
イグラも、タグも、イル・レとか。全部。」
すると、見た目同様にやはりまだ幼さの残る声が響いてくる。
だが言葉の内容は、全てを知り尽くしている、そんな感じだ。
「それよりも、お兄さんの怪我が気になる。」
「………。」
そういって、油断させてタグを奪う気なのだろうか。
イグラの参加者だ、油断は出来ない。…だが、
頭のどこかで”敵ではない”、そう声がするのも確かで。
「近づいてもいい?変な事しそうになったら、
殺しても良いから。僕、武器とかももってない。」
少年がその細い腕を伸ばして、自ら丸腰だと宣言する。
いったいそれでどうやって生き延びてきたのか、
あのボロボロの服が、それを物語っているのだろうか…?
暫し悩んだ後、アキラは少年に返事を返した。
「………ああ…。」
なぜか、ナイフを構えようという気にはなれなかった。
+
― ちりん …。
― ちりん …。
少年が少し動くたびに鈴の音が聞こえてくる。
少年は既にボロボロだった自らの衣服を破り、
妙に慣れた手つきでアキラの傷の応急手当をする。
近づいて見ると少年は遠くで見ていたときよりもさらに細く、
白い肌で髪の色素も薄い。本当に、この細腕でどうやって
生き延びてきたのかがわからなかった。
左の二の腕付近には真っ黒の包帯があり、右側は
手の甲から肘にかけて、やはり真っ黒の包帯をしている。
その包帯だけは、汚れてはいるものの他のものと比べれば
綺麗に巻かれているし、やぶれたりもしていない。
ふいに、興味が湧き、アキラは自分でも信じられない言葉を発した。
「…お前、名前は?」
「え?」
「…名前。」
少年はぽかん、と呆けた表情で見上げてきた。
もっとも、伸びっぱなしの前髪に隠れてほとんど表情など見えないが。
髪の隙間から見える、どこか眠たそうな、やはり色素の薄い瞳。
半開きになった唇で、そのまま返された声で、驚いている、そう感じた。
暫くたってから、アキラは堪り兼ねたように再び口を開く。
「…名前、ないのか?」
「えっううん。だって…トシマで名前聞く人なんて初めてだったから。」
少年に言われてから、アキラは「もっともだ」と思い、思わず視線をそらす。
― ちりん …。
― ちりん …。
再び軽やかな音が聞こえて少年に顔を向けると、少年は笑っていた。
「ふふふ、変なお兄さん。」
その鈴の音と、笑い声がさらに警戒心を和らげて良く。
純粋に笑っている顔、声。そんなものが、ここで見られるとは。
さらさらと揺れる髪の隙間から、整った顔立ちが見え隠れする。
(…アルビトロが見たら大喜びしそうだな。)
細い四肢、整った顔立ち、美少年。アルビトロはさぞ喜ぶだろう。
と思ったとたん、アキラは顔をしかめる。なぜ、あの変態の好みを
言い当てなければならないのか。実際にそうだとしても、あれの
仲間入りはしたくない。
「…すまない。」
「。」
「え。」
名前を聞いたことと、思わずアルビトロに直結させてしまったこと、
そんなこと黙っていればわからないのに、以外にも素直な性格の
アキラは思わず謝罪の言葉を述べていた。それに気付いてか、
無視したのか、少年が突然単語を言った。
「僕の名前、。お兄さんは?」
「俺は…アキラ。」
「アキラ、いい名前。僕と、トモダチになってくれる…?」
まさかこんなところで友達を求めて徘徊していたのだろうか?
そうして無防備なところを、こんなにボロボロになるまで…
否、そこまで考えて、再び被りをふった。
どうも、思考回路がアルビトロ寄りになっている気がする。
それをごまかすかのように、アキラは自分でも信じられないほどに
と会話を続けた。
暫くたって。
「は、それ以外、服…もってないのか?」
「うん。」
それを服と言うのもおかしな気がする。なぜなら、
タボタボのTシャツに、素足という格好。しかも、
すその方は擦り切れていて目のやり場に困るほど。
下はきちんと履いているのか、この寒々しいトシマで?
おおよそ自分らしからぬ考えだが、この数十分でアキラは
という名の少年に強く惹かれているのを自覚していた。
父性本能とでも言うのだろうか、どうにも、気になってしょうがない。
守ってやりたくなるような、そんな儚げな存在だった。
「僕、タグ獲りしないから、服の変えとかもないし。」
「…そう…か。」
タグ獲りをしない、ということは、はよほど隠れるのが上手いか、
逃げ足が早いかなのだろうか。…まだ隠れ上手な方が納得する。
タグがあれば服も交換してくれるのだろうか?
そんなことがアキラの頭を掠めたとき、特徴のある足音とともに
何かを引きずる音が聞こえてくる。ズル、という重たそうな物、そして
カラン…カララララン…
(鉄パイプの音…処刑人か!!)
「、隠れるぞ!」
「どうして?」
「良いから…!」
どういうわけか、アキラは処刑人から目を付けられている。
そのアキラと一緒に居る、こんな華奢な少年を見たら、
あの狂犬共は一体何をしでかすか解ったものではない。
とにかくの手を引いて隠れようとしたが
「おっせぇよーネーコちゃーん。」
気配に気付いたのか、グンジが路地の入り口で鋭く光る
ギミックを構えて完全にアキラを見ていた。
とにかくを、と思い、無駄だとはわかっていても
せめてグンジから見えない様にを抱きかかえた。
首だけで振り返り、グンジを睨みつけるとグンジは嬉しそうに笑う。
「イイなぁその目ー、ネコー俺と遊ぼうぜー…ってあぁ?」
だが、不自然な格好のアキラにグンジは不満そうな声を漏らす。
「なぁに隠してんだー?なんか隠してんなぁ、ネコー?」
「アキラ。」
「っ?」
アキラが余計力を込めてを抱きしめたが、は
腕を突っぱねて放して欲しいと言い出した。それに驚き思わず
腕の力が緩んでしまうと、は臆することなくアキラの腕を
すりぬけてグンジの前に姿を晒す。
「…おい!!」
腰のホルダーに手をあて、慌てて捕まえようとしたそのとき。
「あーっ!ちゃんじゃーん!!」
「!?」
を見た瞬間、グンジはアキラへの興味を無くし嬉しそうな
声をあげて、あろうことかを優しく抱きしめていた。
「ドコにいたんだよ、トシマ中探しちゃったっつーの!」
そこへ追いついたキリヲが、やはりを見て目を細めた。
「ンなに細っこくなりやがって、また何も喰ってねーんだろ?」
「何か食わせてやるって、何がいーよ?」
「ううん。何もいらない。ありがとう。」
「ナンでだよ、城にいきゃ何でも食い放題だぞー?」
「嫌だあそこきもちわるいんだもん。」
「ギャハハ!!たしかにぃー!!」
ごく自然な処刑人との会話に、アキラは目を疑う。
するとようやくグンジがアキラの存在を思い出し。
「ってぇー…なんでちゃんとネコが一緒にいんだぁ?」
グンジがを抱きかかえ、まるでアキラから守るように牙をむく。
本来は立場が逆なのではないかとも思えたが、それを口にすることはない。
先ほど、アキラにもそうしたように、はグンジの体を押して
熱い抱擁から身を逃すと、グンジを真っ直ぐ見つめて言った。
「アキラは、僕のトモダチ。だから、酷いことしちゃ嫌だ。」
グンジの体が見ただけで解るほどに一つ、大きく震えた。
「そっそれってぇーつまりぃー…?」
「諦めろピヨ、が言うんだから駄目なんだろー。」
よほどショックを受けたのか、2、3歩後ずさってから、グンジ。
「…く、くそー!ジジのクソッタレー!!」
「そこで俺に八つ当たりかよ!」
と、叫ぶだけ叫んでどこかへと走り去ってしまった。キリヲも後を
追いかけようとして、はたと振り返りアキラへ。
「…っと、嬢ちゃんよぉ…。」
ジャラ!と、タグの束が投げて寄越された。
「に服とか飯とかやってくれよ。」
そういって、ようやくキリヲも去っていく。
その後姿に「ばいばーい」などと無邪気に手を振る
を見て、アキラはますます
(何者だ…!?)
と疑問を深めた。
続。
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