… 焔の啼く声 ―
「そんで、つれて帰ってきちまったってワケか?」
「そんなちりんちりんするものつけててよく今まで無事だったよね」
「子供…だよな?しかも、イグラ参加者…?」
「…ああ。」
矢継ぎ早に質問されたのを全て「ああ。」で返したアキラ。
「アキラ、この人たち誰?アキラのトモダチ?」
はアキラの背後に隠れながらも、興味深々に
源泉、リン、ケイスケを見た。その瞳には、先ほどまでの
呆然とした様子はなく、ワクワクしている様子が目に見えて解る。
「あーオトモダチ、オトモダチ。ところでお前さん名前は?」
「僕の名前、。おじさんは?」
「オイチャンは源泉ー…って…だと!?」
の名を聞いた瞬間に、源泉が声を荒げたのでは
ビクっとなってますますアキラの後ろに隠れてしまった。
「おっさん、を知ってるのか?」
アキラのいぶかしげな質問に、源泉は一瞬しまったという顔をした後、
曖昧に笑ってみせる。それは、源泉が「これ以上はしゃべらない」という
無言の合図でもあった。
「ああ、まあ…なんつーか…ここじゃ結構有名なんだよ。」
「そういえば俺も聞いたことあるよ、処刑人に甘やかされてるって。」
それを補うようにリンが付け加えるが、改めて驚いたのはケイスケだけだった。
アキラは既に処刑人達がに対して好意を抱いていることは、
先ほどに体験済みだったからだ。
「あの処刑人たちに甘やかされてるってどういうこと?もしかしてすっごい
強いとかそういう感じなのかな、もしそうだったら俺凄いと思う、だって
そんなに細いのに強いんだろ?って本当に何者なんだ!?」
ケイスケが興奮気味にそういうと、は「え…う」と言葉につまり、
やだ、怖い!と言いながらアキラに抱きついた。
「アキラ、このお兄さん怖いよ…!」
「…ケイスケ。」
「あ、ごめん…つい。」
アキラに呆れられながら諌められると、ケイスケはすぐさま落ち着きを取り戻し。
「と…とりあえず、服…なんとかしないと…」
「目のやり場に困るよ…」と、そういったケイスケの言葉に一同は頷いた。
+
「これでいい?」
キリヲから預かったタグを全て使い、の服一式を揃える。
本人の希望で、ランニングと動きやすいズボン、それから、ブーツ。
その様は、小汚い格好をしていたころとは比べ物にならない程、
より少年らしさを強調させる。
伸ばしっぱなしだった髪も結い上げ、今は一つに纏め上げられていた。
ケイスケが「うん、いい感じ。よく似合ってるよ。」というと、は
照れくさそうに笑って、「ありがとう、お兄さん」とお礼を述べた。
お兄さん、と呼ばれたことにケイスケは笑い、
「ケイスケでいいよ!」
と持ち前の人懐っこさでそういうと、再びはぽかんとなる。
疑問符を浮かべてそれを見守ると、は微笑んだ。
「ケイスケ、ケイスケも僕とトモダチになってくれるの?」
どうやら、名前を明かす=オトモダチという法則が成り立っているらしい。
それにケイスケが反対するわけもなく、うんと頷いてみせると、
はさらに嬉しそうに自分の名も明かした。
「さっきおじさんがいってたけど、僕は。よろしくね、ケイスケ。」
「うん、よろしく、。」
そんなケイスケとの友情が芽生えていた頃。
― ヴィスキオの『城』では。
「を見つけただと?なぜ連れて来なかった!」
と、アルビトロがキイキイと金切り声を上げていた。
それに精神的ショックをうけて暗闇を背後に背負うグンジが
「るせーな…連れて来る訳ねーじゃんか…」
それにキリヲが付け加え。
「アルビトロ様よぉ。俺らに連れてこれると思うのか?」
「む…。」
「は、初代の王だぜぇ…?あのシキですら敵わねえのによぉ。」
くっ!と悔しそうに手に嵌めた純白の手袋をかみ締め、アルビトロは
カウの頭を撫でて自分を落ち着かせようとしていた。そんなカウが、
の名を聞いた時、一瞬だけ顔を上げたことすら気付かずに。
もちろん、が初代の王だということは誰にも知られていない。
だが、情報屋の源泉はすでに気付いたのであろう。そのため、
が名前を明かしたとき、声を荒げたのであった…。
+
新しい洋服をもらい、上機嫌で昼のトシマを歩き回る。
それまでボロボロの衣装だったため、昼間のこの街を歩いた事のなかった
は、夜とは違って見える廃墟の都市を興味深げに眺めていた。
あの後中立地帯、ホテルのソファーでリンとも仲良くなり、
源泉ともそれなりに打ち解けて、久しぶりの「人との会話」に疲れて
何時の間にか眠っていたは、誰よりも先に目を覚ました。
源泉の姿は既にそこにはなく、だが未だ眠っているほかのトモダチを
起こすのも忍びないと、気配を消してそのままホテルから出てきたのである。
何をするでもなくぶらぶらと歩き回っていると、まばらな足音が近づいてきた。
「あれぇ、女の子かぁ…?」
「ちっげーよ、胸ねーじゃんか。」
「でも可愛い面してんぜー?」
「しかもいっちょまえにタグなんかもってやがる…」
声のした方へと振り向くと、完璧にラインに侵された柄の悪い連中が、
を取り囲んで品定めをしていた。口からはだらしなく涎が零れ
目はラインで濁り、狂喜に歪んでいる。
それを見て、はあからさまに嫌な顔をした。
「汚い目…ライン、使いすぎだよ…。」
だが、そんな生意気な口を叩かれたとしても、すでに思考回路まで
ライン中毒者と化している連中はゲラゲラと下品な笑い声をたてた。
「それがどぉしたよォ?」
「やさしくしてあげるからさぁ、俺らとおいでよボクー?」
「ヒヒヒ…!!」
下劣な言葉に、は悲痛に顔をしかめて目をそらす。
「人格が壊れるまで乱用するなんて…!」
そんな言葉ももはや届かないのか、いつまでたっても自分達の言う事を
聞こうとしないに業を煮やしたのか、一人がの胸倉を
乱暴に掴んだ。
「何ヌカしてんだよ、さっさと来いっつーんだよ!!!」
だが、そんな事に臆するではない。
…誰も知らない事実。
が、初代の王であった事など。
「…に…な。」
「あぁ!?」
ぼそっと呟かれた言葉にもう一度聞きなおそうと顔を近づけた、瞬間だった。
の手がその見た目を裏切りもの凄い速度で動き、
ボキ!!と派手な音を立てて、自分の胸倉を掴んでいた男の
首の骨をおって見せた。
「あ゙…」
男はそのまま昏倒し、数回痙攣すると、あっけなく息を引き取った。
は視線を鋭くして、他の男達に振り返る。
その瞳には、殺気が溢れていた。
「僕に、さわるなって言ったんだ。」
まるで汚いものでも触ったかのように、男を殴った手を数回振る。
「ライン、嫌いなんだ。だからお前らも死んじゃえよ、臭いから。」
それまでの雰囲気とはまるで違う。アキラたちに見せていた表情とも
まるで違う。殺気だらけの存在。…それが、真実に初代の王なのだと
証明した。
― ちりん、ちりん。
鈴の音が響き渡る。
直後には、を取り囲んでいた男達は
全員、首の骨を追って事切れていた…。
+
細い路地の出口付近、もう少しで表通りへ出る。
そこまで歩いてきて、は突然カクンと膝から地面に崩れ落ちた。
自らの体をかき抱いて、震える手を必死に押しとどめているように見える。
「……もう…や…だ…いや、なのに…!!」
人を殺した、また、人を殺してしまった。
”力”を使ってしまった、呪われた力、
蝕まれた右の手、左の手…そこに封じられた能力。
こんなもの、こんなものがあるから…!!
「ふ…え…うう…」
我慢できずに、嗚咽が零れだす。
に秘められた能力。それは、両腕に巻かれている黒い包帯が
覆い隠しているものの、それだけでは収まりきらないほどの力をもっていた。
細い四肢でこれまで生き延びてきたのも、初代の王だったのも、
黒い包帯に隠されている ソレ のせいで、生き延びてきた。
いとも簡単に人を殺してしまう力。
本来は別のことのために、埋め込まれた力のはずだった。
だが埋め込まれた力は今、この都市では人を殺す事にしか
作用しない。…心根の優しいには、あまりにも重過ぎる力。
怖い、怖い怖い怖い…怖い…!!!
「う…ぁ…うわぁぁん…うああああん!!!」
声をあげて泣き出す。誰でもいい、誰か、助けて欲しかった。
泣く事でしか、助けを求める術を知らないのは、
がまだ子供である証でもあるのかもしれない…。
「やだぁ…やだよお…!!わああぁぁ!!!」
蹲り、大声で泣く。それで今まで誰かが駆けつけてくれた事など無かった。
泣いても無意味だと解っていても、は泣き続けた。
そこへ…。
「!!」
「っ!!」
を呼ぶ、声がする。
「、どこだ!」
この声、聞き覚えがある。誰、誰…?
アキ…ラ…?
「あ…アキラ…アキラァ!!アキ…ラ…!!」
救いを求めて名を呼ぶ。涙が止まらない。
誰かが、自分を探してくれている。
泣き声を聞いて…必死に探してくれている、声が…存在が。
「!!」
ふいに、体を抱きしめられる感覚。温かい体温。
それまで自分の体を、指が白くなるまできつくかき抱いていた手が
するりとほどけて、今度は抱きしめてくれた存在、アキラに抱きついた。
泣きじゃくり、ただアキラの存在を確かめるかのように、強く、強く…。
「どうしたんだ…、目が覚めたらいないから、リンとケイスケで
探し回ったんだぞ…?何か怖い目にでもあったのか…?」
「うう…うー…!!」
「……?」
強く抱きついてくる体はただ震えている。
こんな街を一人で出歩いたのだ、しかも、こんな昼間に。
よほど怖い目にでもあったのだろうか、とアキラが憶測を始めたとき、
が嗚咽の合間に言葉を紡ぎだした。
「ぼく、僕…自分が怖い、怖い…よぉ…!!」
「怖いって…何が…」
アキラはしがみつく体をそっと離し、の顔を見つめる。
涙で濡れた目は閉じられていて、そこから何かを読み取る事は出来ない。
両手で押さえていなければすぐに俯いてしまうの顔。
「、何も言ってくれないと、何も解らない…。」
アキラの言葉に、必死に下を向こうとしていた力が弱まる。
そっと手を離すと、涙で濡れる相貌が緩やかに開かれ、
細い声が聞こえてきた。
「…アキラは…」
「うん?」
「アキラは、僕の”ほんとう”を知っても、これからもトモダチでいてくれる?」
「何が、あっても。」その言葉から感じるものは悲しみ。
困惑したアキラが何か言おうとしたとき、は顔を上げて
再び涙を零す。とまらない、湧き水のように。
「お願い、もう僕一人じゃ耐えられないよ…!」
その表情が余りにも必死で、その涙が余りにも切なくて。
アキラは、頷くと、につれられて適当な廃屋へと入っていった。
続。
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