… 焔の啼く声 5 ―




「はい、あーん。」

「………。」


ベッドへと戻されたは、お目付け役にでもなったのだろうか。
リンに見張られ、今は目の前にソリドが差し出されている。


「い、いらない、僕ご飯たべなくても平気だから…っ!」

「そんな事ばっかり言ってるとアキラにもケイスケにも会わせてあげない。」


…この押し問答は、先ほどから30分ほど続いている。
リンは頑なにそれを食べようとしないに、いい加減腹が立ってきた。

アキラとケイスケに会わせないといえば、せめて少しでも食べるかと思って
そういったのだが、期待した行動ではなく、代わりにの涙が返ってくる。


「なっ何も泣く事ないじゃん!せめて一口でも食べないと、
 体がもたないっていってるんじゃんか!意地悪してるんじゃ…!」

「ご…めん、でも、本当に、食べられないんだ…何か食べたら、
 それ全部吐いちゃう…食べなくても、本当に平気だから。」


涙でそう訴えられ、リンは流石に差し出していたソリドを引っ込めた。


「拒食症ってやつ?」

「…わかんない。」

「もー!だからってほっとけないじゃん!」

「ごめん…なさい…。」

「泣かなくってもいいってのー!!」

「えう…っ」


リンの勢いに負けてか、それともリンの好意に素直に甘えられない事に対してか、
の中では酷い罪悪感などが入り乱れ、結局は泣いてしまう。

リンはこれ以上食べ物の話はやめておいたほうがよさそうだと、
さっさと話を切り替えてしまう事にした。


「そういえばさー。」

「…ん。」

「その黒い…ホータイ?何なわけ?」

「え…。」


先ほど、ケイスケの無事を確認した後、一瞬だけ気を失った
少し動いただけで汗だくになっており、衣服を着替えさせた。その際、
この包帯も、と取ろうとしたのだが、どういうわけかはずれもしない。


「無理矢理取ろうとしたらさ、アキラにめちゃくちゃ
 怒られたんだから。何かヤバイの?それって。」

「こ、れ…僕にしか、取れないようになってる…。」

「…アキラは、その理由知ってんの?」

「………うん…。」

「だったら俺にも教えてよ、友達でしょ?」


教えるべきか、黙っているべきか。アキラは気遣ってくれたのだろう、
リンが未だに知らないのだとすれば、そういうことになる。

少し迷って、リンにも打ち明けようとした、その瞬間。


― 再び、右手が強く脈打った…。


「っ!!」

?」


突然右手を押さえてつっぷしたの背中を擦るリン。

の頭に響く。また、あの”声”。


  悪 魔 ノ 血 ガ 、 生 マ レ ル …


「…っリン、教えるから、中立地帯のバーへつれてって!」

「え?あんなとこに…」

「お願い、早く!!!」


そんなの必死な感情に押されて、リンは
に肩を貸して、バーへと向かった。




















その頃バーでは、猛とアキラが戦っていた。

すっかりラインに毒された猛はもはやアキラを殺す事しか頭にない。
コンプレックスの対象だった。Bl@sterの個人戦無敗のチャンピオン。
そんな彼が、今いともたやすく自分の手に掛かり死にかけている。

恍惚の表情と共に、カスタマイズナイフを構え。


「そろそろ、死ねや?」


と、アキラの心臓めがけてナイフが振り下ろされようとした、

まさにその瞬間だった。


「させない。」


ぱぁん!と音を響かせて、猛が吹っ飛ぶ。

そのスキにリンがアキラにかけより、猛によって
酷く傷つけられた体を引き起こした。


「アキラ、大丈夫!?」

「リン!?」

が急にココに行くんだって言い出して、そしたら
 アキラのピンチなんだもん、びっくりしちゃったって!」

が?」


アキラを支えるリンを確認して、は猛に振り返った。


「ラインは力を得る代わりに、人としての全てを失う。
 そんなものに頼っても、貴方は強くなんかなれない。」


突然現れた子供に、しかも華奢な体、腕に。
吹っ飛ばされて、怒りの矛先がアキラからへ変わる。


「ガキが…!!」

「ガキ以下の単細胞に言われたくないよ!
 子供だって知ってる、ドラッグは心を壊す!」


今までの豹変振りから、リンは思わずアキラに「ってあんな子だっけ」
と聞いてみたが、アキラからは「説明するよりも見ているほうが早い」と言われ


「そのためにリンを連れて来たんだろ…」


と、どこか遠い目をしていう。リンをつれてきた。…いや、一人では
来られなかったのか。だとしても、リンの目の前であの力を使うのだろう。
ということは、やはり説明するよりも見ているほうが早い。


「まだ理性が残ってるんなら…、足掻いて、
 抗ってみなよ!その、悪魔の血から!!」


がそういうと、触れてもいないのに右手の黒い包帯が
また、バチン!と音を立てて外れる。アキラが見たあの刺青、
そして、真紅の炎がの体からほとばしった。


「思い出せ!なぜイグラに参加した!
 何故、力を欲した!何の、ために!」


  何 の た め 。


そう問われて、猛の脳裏に、ただ一人の妹の存在がよみがえる。


(…由香里…!!)

「あ…!!」


猛の目に涙が浮かぶ。ラインに手を出し、その直後に見た映像が
再び脳裏を駆け巡る。妹、そして、家族の為。金が必要だった。

全ては、自分の大切なもののためにしているはずだったのに…!

猛の中で激しい後悔がめぐる。

それを察知したは、アキラ達には視覚できない
速度で動き、猛の胸の辺りを右手で貫いた。


「猛!!!」

「まってアキラ、様子が変だ!!」


その光景を見て思わず立ち上がろうとしたアキラを、リンが押しとどめる。
変だ、と言われて良く見れば、貫かれた猛の胸元からは、一滴の血も
流れ出してはいない。

途端グッタリとなり、バーの床に崩れ落ちる猛。

まだ、息はあるようだ…。

不可解だった。アキラは、たしかにの口から聞いた。

あの真紅の炎は、触れるものを焼き尽くすのだと。
だが、床に転がっている猛はその姿を誇示し、消えてもいない。

そこで、振り返らないままが語りだした。


「体の中の…ラインだけを、焼いた。」

「!!?」

「思い出した、この紋様、それから、炎の使い道。」


が、ゆっくりと振り返る。


「かつてENEDという人体実験を主とした機関があった。
 戦争に備えて、最強の人間兵器を作り出そうとしていた。
 被験者は全て子供達。それを快く思わない人もいた。」


が左腕の包帯もはずし、そこには
太陽をかたどったような、やはり紋様が在る。


「一人の博士がある実験に成功して、それを一人の
 子供に埋め込んだ。それがこの紋様で、その子供は、僕。
 ニコル・プルミエを体内から強制的に排出させる能力…。」


は右手を強く握り締め、遠くを見ながら決意の言葉を語った。


「ナノを、人間に戻す…!」


しかし、話がまるで見えないアキラとリンは付いていけず、
リンは返事は返ってこないかもしれないと思いながらも、
に疑問をぶつけた。


「その…ニコルなんとかとラインと何の関係があるっての?」

「ラインの原料はね、そのニコル・プルミエの血液なんだ。」

「うげっ!気持悪ぅ!!」

「っていっても、原液で飲むと死んじゃう。何十倍にも薄めて、
 加工してはじめて”ライン”っていう麻薬になるんだ。」


そこまで言って、はアキラに向き直った。


「…アキラのことも、治して見せるから。」

「…え…?」


アキラに向けられた視線。そこには、やはり先ほどまでのの面影が
なかった。全てを失う覚悟をしているような瞳。悲しみ、深い、悲しみ。


「ニコル・プルミエとナル・ニコル細胞。そのどちらも消す為に
 生み出された、一種の人間兵器。それが、本当の僕の姿。
 もうこの国に戦いはいらない、人は、人として生きればいい。」


「バケモノの、僕、以外は。」


「……。」


自らをバケモノと名乗った。その瞬間、の瞳から一切の感情が消える。
あれほど恐れていたことと向き合ったのか、それとも全てを投げ出してしまったのか。

何も解らぬまま呆然としていると、はさらに言葉を続けた。


「街の北。錆びた鉄の扉を探して、隠された通路を探して。
 日興連へと通じてる。みんなは、そこへ逃げて欲しい。
 リン、シキともあわせる、約束する。」

「!!」


シキの名を聞いて、リンの目の色が変わった。


「なっ何勝手に話進めてんだ!あいつの居場所
 しってるのか!?だったら教えろよ、殺すんだから!」


だが激昂したリンをものともせず、それどころか鼻で笑い。


「”殺される”の、間違いでしょ?群れなきゃ何も出来ない子猫のくせに。」


その一言に完全に切れたリンがウェストバッグからスティレットを
取り出そうとするが、それよりも早くが動き、リンの懐へ飛び込んだ。


「なっ!」

(嘘だ、早すぎる!!)

「何ビックリしてんの?言ったでしょう、僕は、バケモノだって…。」

「!!」


バケモノ。そういった瞬間、の目が悲しげに揺れたのを、
間近で見ていたリンが気付かないわけがない。その一瞬を付いて、
がリンの鳩尾に一撃を食らわし、リンを気絶させる。

余りの展開についていけなかったアキラも、さすがにそれには驚いた。


「……。」

「アキラ、さっき僕が言った事、覚えてるね?」

「あ…ああ…?」

「リンとケイスケをつれて、早く逃げて。」

はどうするんだ…?」

「…僕は、あとから追いかける。……絶対に。」


アキラから顔をそらして言う言葉には、真実がかけている気がした。
慌てて立ち上がり、の腕を掴もうとしたとき。


「グンジ!キリヲ!!」

「!?」


がこの場にありえない名を叫ぶ。だが、バーの奥から
ゆったりと現れた人影が、ありえないことではないと否定をした。






続。



+後記+

意地でも処刑人を(略)

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