世の中 金 だ !
何を突然言い出すのかと思うかもしれないが、
所詮世の中 金 であることは間違いない。
これは俺のモットーであり、生きる意味でもある。
この歳で貯金が趣味だと言えばかなりの勢いで
笑われるが、それがどうした。
俺は俺のやり方で生きて俺のやり方で死ぬ。
ただ、それだけである。
柔は剛を制す?
そんな金の亡者こと、がイグラの噂を聞きつけて
速攻で参加しようと思ったのはもはや言うまでもない。
「金がなく物が食えるだとぅ!そんな素敵なお話!」
それまで生活費というか生命維持費まで削って
生き延びていただったが、お金が掛からず
食事にありつけるというのは彼にとって非常に
魅力的過ぎるお話であった。
の通帳には既に同年代からは考えられないほどの
金額が貯蓄されているのがだ、彼はそれに手を出そうと
しない。「貯めるのが大好き」で、「使うのが大嫌い」
なのだから溜まるのはもはや必然である。
そんなは「カツアゲ対策」として各種様々な
武術をほぼ独学で会得しており、金に対する執着心
からなのか一般人。いや、下手をするとそこらの
武道家よりも強い子かもしれない。
動体視力も野球選手以上あり、
恐ろしすぎる最凶の金の亡者であった。
「金もある程度溜まってるけど最近飯食ってないからな。」
そんなどうしようもなくしょうもない理由で、は
トシマへとスキップしながら入っていったのであった。
+
もさもさとソリドを頬張る。これといって美味い
ワケでもないが、食事をすることすら金が惜しいと
拒んできたにとっては最高のご馳走。
がトシマに来てからというもの、トシマは
新たに現れた「最強のタグ狩り」の影に怯えていた。
影、というのは、が名を明かさない上に
あっというまにイグラ参加者をのしてしまい
ギャラリーが出来る前にトンズラしているので誰も
が戦っている姿を見たことがないからである。
おかげで見当はずれな憶測が飛び交い、
「おい、あのタグ狩りってすげー巨漢じゃねえかな。」
「けど誰も姿見たことねーんだろ?マジで巨漢ならもう
●目立って誰だかわかるだろうが、そうならこんなに
●被害者増えねえよ。つーかそんなに強えならもう王に
●挑んで死ぬとかして消えて欲しいもんだぜ…。」
「あの処刑人ですらそいつ見たことないって話だぜ?」
中立地帯のホテルにて、ソリドを頬張っているとそんな
会話が聞こえてくる。は水をがぶ飲みしたあと、
(誰が王に挑むか。負けて死んだりしたら帰って
●貯金できねーじゃん!第一に俺はここには飯を
●食いに来てるだけなんだからお門違いだっつの!)
と、お前こそこのトシマ、そしてイグラにおいて
お門違いだと言わんばかりの我道を突き進んでいた。
腹も満たされたは、運動がてらに外へと赴く。
もちろん、タグを狩るためだ。
元来の貯金癖が高じてすでにタグはやたらと持っては
いるが、それでも「必要以上にジャラジャラと」持って
いないと気がすまない彼は毎日食後に必ずタグ獲りに
出かけていた。
夜のほうが都合がいい。相手の目もあまり利かない
暗闇、路地裏での戦い。武器などのリーチの差も
あったりするが、相手の武器が長身であればあるほど
にとっては都合が良かった。
ふいを突いて懐に飛び込み、柔道の一本背負いで一気に
地面へと叩きつける。相手が肺に衝撃を受けて意識が
朦朧としている間に、とっととタグを奪って逃げる。
これがの十八番。
その後、殺してはいないのだからと復讐などを
覚悟していたのだが、この街には敗者をお掃除する
処刑人達がいるので未だそんな目にあったこともない。
相手の武器が小ぶりで十八番が使えない場合でも、
足に巻きつけてある特殊警棒をつかって応戦し
人体急所を突いてやはりあっけなくヴィクトリーを
勝ち取ってしまう。
それがライン中毒者であっても、である。
トシマは、シキ、処刑人、そして謎のタグ狩りの
3大勢力の噂でもちきりになり、恐怖に揺れていた。
食事の為に、エンヤコラ。ソリドも沢山溜め込んで、
お持ち帰り用に、とある場所に大量に隠してある。
それでも一生分にはまだまだ遠いと、貯蓄の鬼は
今日も今日とてタグを奪う。
だが、今日はなんだか勝手が違った。
「…今日に限って参加者見つからないなぁ。」
かれこれ1時間ほど路地裏を彷徨ってみたのだが、
いつもならの外見に騙されて寄ってくる
イグラ参加者の姿がなかった。
に第6感というものがあったのならば、今後
彼にふりかかる災難は…なかったのかもしれない。
路地の奥へ奥へと進んでいくと、途端むせ返る様な
鉄錆の匂い。普通ならばそこで「ヤバイ」と感じ
逃げるか隠れるかするものなのだが、残念なことに
はそういう類の人種ではなかった。
「血の匂いーってことは、タグ獲り?」
つつつーと億尾もせずに血のにおいに寄せられてゆく。
そこで見たものは、やはり一刀両断された死体の山と、
まるでその死体共の王者であるかのような、漆黒の存在。
そう、はトシマの本来の最恐の人物と出会って
しまった。…現在のトシマの3大勢力の一人、シキ。
シキが振り返り、の姿を確認する。と同時に、
もシキの首元を確認した。そこにあるのは2つの
ロザリオのみ。タグがぶら下がっているわけではない。
「んー…タグ持ってないのか、俺がやったわけじゃ
●ないし、そいつらのタグってあんたのだよね。
●さすがに横取りまではしないから俺帰るわー…ってぇ!」
話し終える前に、シキの日本刀が閃き、の喉を狙った。
が、動体視力のやたらいいはそれを余裕で避けて、
再び振り下ろされてくる切っ先を特殊警棒で防ぐ。
「…ほう…?」
「なっにすんだよ!別にあんたのタグなんか
●取らねーってーいってんじゃんかー!!!」
ギリギリと金属がせめぎ合い、力では叶わないことを瞬時に
悟って警棒を横にずらして刀と共に籠められた威力を去なす。
シキもシキで、第一撃を避けたのはまぐれではなさそうだと
形の良い唇をしならせて愉悦の表情を浮かべた。
「貴様、名を名乗れ。」
「人に物尋ねるときは自分からって教わんなかったか!」
「威勢がいいな。だが、どこまで保つ…?」
再び風を切る音と共に刃がへと襲い掛かる。
だがそれもひょいと避けると、後ろへ飛びのいて
距離を置いた。
(何だコイツ、隙ねーじゃん…。)
日本刀という大きな獲物を振りかざしている割に、
懐に隙が生じることがない。お陰での十八番も
使えないままでいる。そもそも、タグを持っていない
人間には興味がないのに、なぜ絡まれなければならぬのか。
「…あのさー…」
「話は後だ。」
「いやいや!後じゃなくて今!NOW!」
今にも飛び掛ってきそうなシキに対してこの態度。
トシマではありえない。シキとてありえない。
思わず踏み出しかけた足が止まると、は話を始めた。
「俺さ、タグ持ってない人興味ないんだ。だから、兄さんの
●質問に答える気もないし、兄さんと戦う気もない。だって
●タグ持ってないなんて俺にとっては果てしなく無意味だし。」
「無意味…?」
これまでそんな扱いを受けたことのないシキは、怒る所か
ますますもって笑みを強くした。
「面白い、俺と戦うことが無意味だと?」
「無意味だね。タグもってなきゃ、無ー意ー味ー。」
「なぜそこまでしてこんなものに拘る。」
シキが、死体の一つにかけられたタグを切っ先で
持ち上げて、ジャラ、とに見せ付けた。
「王と戦う事にでも興味があるのか。」
「一切ナッシング!!」
ビ!と親指を立ててウィンク付きで言い切られてしまう。
「………。」
「俺はただ食い物を貯蓄してるだけ、その為にここにきた。
●外の世界じゃ金、金、金!俺は金とか貯めるの好きだけど
●使うのは大ッ嫌いさ、けどここじゃ金じゃなくってタグ。
●しかもタグは奪っちゃえばタダ!俺はここで一生分の水と
●食料を確保してお家に帰るのだ!したがって、タグを持って
●ない兄さんと戦うことは俺にとって無意味そして無意味!」
「…ちなみに聞くが、今現在タグは持っているのか?」
「隠してあるけど多分100枚位は持ってんじゃないかな。」
100枚というのは決して大袈裟な数字ではない。むしろ
まだ控えめに言った方で、実際にはもっと持っている。
その中には無論フルハウスも何枚も混ざっているが、
本人の述べた通り王戦に一切興味のないには
そんなゴールデンカードもただの”食費の一部”である。
そこでシキが思い出す。そういえば、このトシマに
得体の知れない「タグ狩り」が現れたということを。
「成る程、貴様がその”タグ狩り”か。」
「気付いたらそう勝手に呼ばれてるみたいだけど。」
「もう一度聞くが、王には興味がない、といったな。」
「ない。俺は食料溜め込んで帰るだけ。」
「帰さん、と言ったら?」
「兄さんにそんな権限ないっしょ?」
シキが王だということはイグラ参加者でもほぼ知られてない。
ことさら王に興味のないがそれを知っている訳もなく。
「俺が王だ。王はこの街の支配者でもある。俺が帰さん
●と言えば、お前はここから帰ることはできん。」
「えー!なんでそんな意地悪言うんだよ、いいじゃんかケチ!」
…かつてシキにこんな口を叩いたものがいたであろうか。
いたとしても、一刀の元に切り捨てていただろう。しかし、
目の前のにはそれをすることは難しそうだ。
あくまでも独学で習った戦い方には型がない。だが
先ほどの技量からみても、手練と称しても良いだろう。
”剛”を去なす技量を持ち、反射神経もすこぶる良い。
シキを臆することない所も面白い。王だと知っても尚、
その態度に微塵の変貌も見受けられない。シキは溜まらず
「くっ…はは、ははははは!!」
と、笑ってしまった。
「な、何がおかしいんだよ!衣食住確保すんのって
●外の世界じゃ結構大変なんだぞ!?それを愛想笑い
●なしで稼げて貯蓄できるなんて夢みたいじゃねーか!
●そんな俺のささやかな夢がそんなにおかしいかよ!」
「面白い、貴様、名を名乗れ。」
スッと笑を収めて、再び日本刀を構えるシキ。
こんなことでビクついて名を明かすような人物では
ないのはもはや百も承知だが、それでもそうせずには
いられなかった。
「なんでそんなしつこく名前聞いてくるわけ?」
「貴様が気に入った。」
「だからって俺が名乗ってやる義理はないし。」
「ならばこいつらの…」
日本刀が再び死体の山へと向く。
「タグを貴様にやろう。どうせ俺には不要のものだ」
「交換条件?んー。労働しないでタグ集められんのは
●嬉しいけどなーそれって俺のポリスィーに反する。」
「甘んじて受ける事もないか、ますます面白い。」
タグ、いやしかしポリスィーが。と未だ悩むに、
シキは改めて提案をした。…下心があるのにが
「肉体労働で得たタグならば問題ないのか?」
「ないね。まあ、名前くらい別に教えてやってもいいんだけど。」
「ならば、来い。」
「は?」
「貴様に働かせてやる、その代わりにタグもやろう。
●愛想笑いなど必要もない。働かせてやる代償に、名を言え。」
「んーそれならまだいいや。俺、。
●兄さんは?王って呼べばいいのか?」
「そんな下らん名で呼ぶな、斬るぞ。…シキだ。」
「ふーん。シキね。で、俺どこで何すりゃいいの?」
「付いて来れば、解る。」
気付くわけもなく。
再度「ふーん」とだけいうと、無言でタグを拾い
始めたシキを見守り、「行くぞ」と声を掛けられて
ポテポテと付いていってしまう。
その後、どんな目にあったのかは…
皆様ならば、お分かりかと。
終
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