「ねえお兄ちゃんこれやってみなよ!」
唐突にそういわれて、やってみたのが
にとっての全ての始まりだった。
それは「咎狗の血」というBL18禁ゲーム。
妹がなぜこれを勧めたのかは解らないが、
勧められた以上はとりあえずコンプリートしてみる。
BLでしかも18禁なのだから当然男同士の
セックスシーンなども流れるわけなのだが、
はとりわけなんの嫌悪感もなくそれをプレイしきった。
なぜなら…
(ふーん。やっぱ男同士でもデキんのか。雑学だなー。)
…と、かなり大雑把というか天然というか、
おおらかな性格の持ち主だったからである。
妹に勧められたのも、きっと絵が綺麗だから
俺に見せたかったんだろうくらいの認識で
すましてしまうほどの奇跡的な天然素材。
「実際のホモさんたちもこんな美人だらけ
だったら見てて面白いんだろけどなー。」
以前に本屋で興味本位に「サブ」の本を見てみたことがあるが、
それはムサいオッサン同士が絡み合っていて、ギャランドゥーやら
腋毛やらが多少気になった。(それすらも”多少”程度だった)
「腋毛もギャランドゥーもない、しかも美形同士の絡みだとこうも違って見えるのか。
この絵描いてる人もすげーなー。話もなかなか複雑で面白かったし、明日妹に
そういってお礼になんか買ってやるかな。何がいいかなぁ。希望を聞いてみるかな。」
…しつこいようだが、ミラクルな天然である。
そんなが、この後とんでもない世界へとトリップしてしまうのは、
もはやこのお話を読まれている方にはご想像がつくことでありましょう。
咎狗共の血
ボーっとエンディングテロップを見守っていて、
ふと時計を見ると真夜中の丑三つ時も少し過ぎたころ。
「うわっもう真夜中じゃん、寝よ!」
と、パソコンの電源を落としてTシャツに
ジャージといういでたちで眠りにつく。
直前までゲームをしていて目が疲れていたのか、
程なくして規則正しい寝息が聞こえ出した。
そして、そんなの眠りを確認したかのように、
唐突にパソコンの電源が立ち上がる。
― ヴゥゥン…キュイィン…!
だがその画面には何も映っていない。
真っ白い画面。何かを読み込んでいる証の砂時計。
それがくるり、と反転したのを機に、
パソコン画面の光はまばゆいばかりのフラッシュを放った。
その光はの部屋全てのものを影とともに
消し去り、唯一存在するものはのみとなる。
そして光が収まると同時に、部屋だけはそのままに、
がベッドから消えていた…。
「………んーなんか硬いー…。」
たしかにベッドで眠っていたはずのは、
体に覚える違和感でゆったりと意識を覚ました。
「しかも寒いー…?」
もぞもぞと体を動かすと、むき出しの腕に
触れたのはやけに冷たいアスファルトの感触。
(俺道路でねてたっけ。わー危ない。
車に轢かれたら死ぬから。起きよ。)
どこまでもド天然かつマイペースなは
そこでやっと重い目蓋を開け、自分のいる場所を視覚した。
「…あれ。ここはどこでしょう。」
見えたのはどことなく見覚えのある廃墟の街。
幻覚を見ているのかと再び目蓋を閉じ、
手の甲でこすってもう一度目を開けてみるが、
やはり見えた景色は同じだった。
と、すぐさまは結論に行き着いた。
「ああ!凄いリアルな夢みてるんだ!」
……嗚呼、物凄い天然なんだ。
だが完全に夢だと信じ込んだは、
「せっかくリアルな夢だから散歩でもしよう」と思い
フラフラと歩き出す。…そこが、先ほどまで自分が
プレイしていた世界の中でもっとも危険な場所
― トシマ だとも気付かずに。
歩き始めて5分ほどしてから、は
トシマの寒さに震えだす。だが相変わらず感想は
「ほんとリアルな夢だ。もしかして風邪とかも
ひくかも、夢で風邪!ウケる!」である。
眠っていた格好もそのままなので当然素足で
歩き回っているのだから足の冷たさも尋常ではない。
もうそろそろ、これが夢ではなく、
”ありえない現実”なのだと気付いてもいいはずだが
は一向にその気配を見せなかった。
「寒いー冷たいー夢なんだから靴くらい
履いてたって良いのに…。うー…。」
が素晴らしい天然を披露するさなか、
遠くの方から野太い男達の歓声が聞こえてくる。
トシマでは公式の殺人ゲーム、イグラが行われているのだろう。
… だ が 。
「なんだ?夢の登場人物?お祭り騒ぎ?行って見よ。」
ご周知の通りの性格のは、
ごく軽い調子でイグラの場へと走り出した。
たどり着いた先では、やはりイグラが行われていた。
だが、ガタイのいい男達が取り囲んでいて
中での乱闘はには見えない。
は特別小柄というわけでもないが、
このトシマの住人は皆筋肉質で背が高い。
いたって平均的なが
小さく見えてしまうだけの話である。
イグラ観戦に夢中の男共は素足で近づいてきた
自分たちよりも小さなに気付くはずもなく、
血飛沫がとびかう狂宴に瞳に血管が浮き出るほど
興奮して大きな歓声をあげ続けていた。
そして男達の壁で何も見えないはというと、
なんでこんなガタイのいいお兄さんばかりが
登場する夢なのかと疑問に思いつつも、
壁に阻まれて見えないイグラを見ようと、飛び跳ねてみたり
屈んで足の隙間から見えないかと試行錯誤していた。
「んー見えないなー…。何してんだろ?
ケンカかなー。物騒な夢だなー…。」
などとぶつぶついいながら、懸命に目を凝らす。
余りにも夢中になりすぎていて、自分のすぐ後ろに
人が立っているなどということにも気付かない。
その人物が、イグラ参加者たちに
恐れられる「処刑人」であることも。
そんな「処刑人」、グンジとキリヲは必死に
イグラを見ようとしているを見下ろしていた。
こんな(他と比べて)小柄な人間をトシマで見ることは
めったにない。しかも何故かはだしで、
特別服が汚れているわけでもないのに。
「なージジ、こいつ何してんだと思う?」
「…さーなぁー。本人に聞いてみろよ。」
それまで黙って見ていたが、疑問に我慢が
出来なくなったのかグンジがキリヲに声をかけた。
キリヲのもっともな言葉を聴いて、
グンジは身をかがめてに話しかける。
「なー。お前さー何やってんのー?」
甲高い間延びした独特の口調。
トシマの住人であるならば一瞬で判別がつく。
自分の背後に、残虐非道な狂犬、
処刑人のグンジがいるということに。
だが、人壁の奥を見ようと必死かつ、自分が
「咎狗の血」の世界にトリップしていることすら
気付いていないが、そこからさらに
「グンジに声を掛けられている」などと解る訳もなく
「んー…ちょっと…何してんのかなって思って…。」
ごく普通の口調で返し、それにグンジは大いに驚いた。
普通ならばグンジの声を認識した者は
恐怖に体を引きつらせ、即座にその場から
逃げ出そうとする。それが今までの常識で、
これからもそれが当たり前だと思っていた。
だが、この目の前の生き物はごくごく普通に
返事をして、恐れおののくことも、
恐怖に引きつることも、振り返ることすらもない。
グンジはかつてないリアクションに
ひゃは!と盛大に笑った。そして。
「チビだから見えねーか!」
「おおぉっ!?どうも!?」
鉤爪が当たらぬよう器用にの脇下に手を突っ込み、
ひょいと持ち上げる。そんなことをされてもは
後ろを振り返りもしなかったし、あげくは「どうも!?」と
疑問系だがお礼まで言ってのけた。
…鉤爪が見えていないのだろうか。
だが、そんなグンジの「だっこ」のお陰で、
男共の頭一つ分飛びぬけて見えた先には、
血を流して殴り合う、殺戮ゲーム”イグラ”。
…そこでやっと、が声を上げた。
「うわーっ!血!生々しい夢!痛い!
見たくない降ろしてくれー!!」
…がしかし、やはり感想は”夢”である。
痛いと言っているあたり、
今までで一番まともなコメントかもしれないが。
「ヒャハハハハ!何だコイツおもしれぇ!」
グンジはますますもって真新しいリアクションに笑う。
このトシマで、イグラを見て”恐怖”から悲鳴を上げた者は
かつてもたくさん居たが、どこかすっとんきょうなこんな
悲鳴ははじめて聞いた。
グンジが地面に下ろしたところで、
ようやくははっとなった。
(…て、今俺のこと持ち上げたの誰?)
非常に遅い疑問。
そうしてやっと、やっとは振り返り、
少し屈んだ格好のままだったグンジと目が合う。
「………。」
「………。」
見詰め合うことたっぷり20秒。
グンジは生まれて初めて、自分に向かって真っ直ぐ視線を
絡めてくる人間に出会った。その瞳には恐怖も何もない。
ラインで濁っているわけでもない。
ただ ただ 純粋な光をたたえた瞳。
(もしかして俺のこと知らない?んなワケないよなぁ…。)
グンジは自分の立場をよく理解している。
このトシマで自分を知らないものなどいないと。
実際に知らないものなど居ない。
そして、も知らないわけがない。
先ほどまでプレイしていたゲームに
登場したキャラクターなのだから。
「……あー……誰だっけ?」
が、ド忘れしたらしくゆっくりと右手がグンジの方へ伸びてくる。
グンジはの「誰だっけ」発言にあっけに取られてしまい、
普段ならば絶対に見せないような呆けた表情をしての言動を
見守ってしまう。他の者がそんな事を言おうものなら瞬時に鉤爪で
引き裂いていたであろうが、なぜかに対してそれができずにいた。
ちなみに、キリヲもの存在そのものに驚いて黙り込んでいる。
暫くぼーっと手を中途半端に差し出したままだったが、
2〜3回首をびねったところで、やっとこさ思い出した。
「あっそうだグンジだ!!」
「!!?」
ビッと無遠慮に指を指され、の
口から出たのは確かに自分の名。
だが、それでやっと恐れを成すどころか、
全開の笑顔で呼ばれてさらに混乱する。
はというと名前を思い出せたのが嬉しかったのか、
「こっちはキリヲ!」と怖いもの知らずに処刑人を指差し確認した。
そしてさらにこの世界そのものへの誤解を確信に変えてしまった。
グンジとキリヲが目の前に居る。イコール、
「なーんだやっぱり夢かー!」
…と。
だが夢ではない現実のトシマでは、その2つの名は恐怖の対象。
それまでイグラに夢中だった男共が、一瞬にして静まり返る。
「処刑人だ…!!」
「ひ…っ!!」
小声で聞こえてくるガタイのいい
男達の弱い声に、はさらなる納得を得た。
(ああ、咎狗の血の夢か、道理で濃いワケだ。)
…違うと、誰も突っ込めない。
突っ込める人物が居ない。
そうして、そんなおびえる連中を見つめるの背中を、
グンジとキリヲが興味津々に見つめていた。
この奇妙な少年も、さすがに「処刑人」の
名を聞けば恐怖をあらわにするはずだ。
きっと頭でも打っていて今はおかしくなって
いるだけなのだろうと考えていた。
続。
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