咎狗共の血 10
幾度目かの覚醒。だが、体に鈍い重みを感じるものの、あれ程
激しかった痛みはもはや殆どといっていいほど消えていた。
ふと自分の周りを見渡すと、アキラ、リン、そして見た事の無い…
否
「この子確か…、だ…。」
ケイスケはちゃんと覚えていた。もう一人の自分が喚きちらし、
人を殺したり傷つけたりしては狂悦に歪んでいた中で。
たった一人、臆することなく変わった自分と接してくれて、
本当の自分、今の自分の存在を忘れないでいてくれた。
中和作用に苦しんでいるときも、この子の声が聞こえていた。
『光はなくなってない』
『ケイスケ、頑張れ』
その声は優しく、暗闇に、赤い手に、自分が最初に殺した
あのライダースーツの男に責められていた時も、その声だけは
はっきりと聞こえていた。果てしない闇だと思えたその空間に、
少しずつ広がってきた光。
その中にはアキラがいて、そして、の姿もあった。
ケイスケが本当の意味で目を覚まし、呆然としている間に、
アキラがまず目を覚ます。ケイスケが起きているのを確認
すると、瞳を覗き込んだ。そこには当然ながら、あの狂気も、
ラインを使用した者に現れる独特の濁りも、何もなかった。
「ケイスケ…。」
「アキラ、ごめん…ただいま…かな…?」
少し照れくさそうにそういう幼馴染の姿に、アキラは安堵し、
次に怒りがこみ上げ、ケイスケの頬を力任せに殴りつけた。
ケイスケが床に転がる音で、リンとも目を覚ます。
「なっ何!またケイスケ暴れたの!?」
「…あ、違うよリン、ケイスケ、戻ってる。」
「え…。」
の言葉に、リンが先ほどアキラがしたような事をする。
瞳の確認。たしかに、ラインが抜けて澄んだ瞳が戻っていた。
そして今度はリンが、またもやケイスケを殴り飛ばした。
「痛っ!連続で同じ所殴るなんて酷いよ!」
「酷いのはどっちだ!ケイスケに何したか覚えてんの!?
でっかいたんこぶつくらせてすんごい痛がったんだから!」
「それに、ラインに手を出すなんて何考えてるんだ!その…俺にも
責任はあるかもしれない、それでもあんな物を…馬鹿野郎!」
2人から同時に責められて、ケイスケはしょぼんと項垂れた。
そんなケイスケに、一人だけ抱きつく姿がある。
「ケイスケ!ケイスケ!!お帰り、よく頑張ったな!!」
「あ…ええと、だっけ…。」
「うん、名前覚えてくれてたんだ、へへ、なんか嬉しいな。」
はケイスケが元に戻った事と、自分の名前を覚えていて
くれた事がよほど嬉しかったのか、さらに抱きつき、胸元へと顔を
摺り寄せた。それは、いつかカウがにやった事と似ている。
「ケイスケなら戻ってくるって解ってたけど、辛かったろ…?」
胸元に顔を埋めたまま、は言葉を続けた。
「でも、ケイスケはこれからもその辛さを味わって生きていかなきゃ
いけない、死んじゃったらそれはケイスケが逃げるだけだ。だから、
ケイスケはこれからも生きて、アキラにも償わなきゃいけない、な?」
ふと持ち上がった顔には、涙が浮かんでいた。
は、ゲームをプレイしていたときも
このシーンで泣いていた。
ケイスケが元に戻った事も嬉しかったし、本来アキラが言うべき
台詞だったが、この言葉を聞いて、きちんと生きる事を選択を
してくれることを知っている。だからなおさら、ケイスケが戻った事が
嬉しくてたまらなかった。
抱きついたままの姿勢でいると、ケイスケが(なぜか)頬を
上気させて、気遣うようにの後頭部に手を伸ばした。
「ごめん、このたんこぶ、俺がやったんだよな…。」
「うん。でも痛くないからいいよ、ケイスケも元に戻ったし。」
「…ずっと、アキラと、の声が聞こえてた。」
「俺も?」
そっとたんこぶをなで、ごめん。とまた小さく呟く。
もういいってば、とが口にした瞬間、まさにバリっ!
と音を立ててケイスケからが引き剥がされた。
の両脇に手をつっこんで、リンと、そして
何故かアキラまでもが鬼のような形相で立っている。
「とにかく、元に戻ったならいい。」
「それから、は俺のだからね!」
「えっそうなのか!?」
リンの言葉にに必要以上に驚くケイスケ。
その隣ではアキラまでもが目を見張っている。
ケイスケももはや、の魅(魔)力にとっくの昔に
引きずり込まれていた。ラインに侵されていた時から、
自分を怖がったりもしないでアキラへの思いも真正面から
認めてくれたたった一人の人物。
強いわけでもないのに、だがその存在は
このトシマでは余りにも、強く心に響く。
アキラの事を諦めたわけでは勿論ないが、アキラと同等程に
ケイスケの中ではの存在が大きくなっていたのである。
…罪作りな子でごめんなさい。
そしてやっぱり当然ながらそんなことにも気付いていない
が、はっと思い出したように言葉を発した。
「そうだ!もうすぐ日興連とCFCが内戦始めるんだ!」
その言葉に、以外の3人が素直に驚いた。
+
時を同じくしてヴィスキオの『城』でも、
同じように内戦の情報が飛び交っていた。
「ふむ、そろそろ潮時かも知れんな。」
内戦になれば、このトシマは真っ先に激戦区になるだろう。
そうなったらもはやイグラどころではない。聡明なアルビトロは
ここを切り上げる事にして、処刑人とカウを呼び出した。
「もうすぐここは軍隊が乗り込んできてイグラどころではなくなる。
ラインの原液はまだたっぷり残っているから、暫くなりを潜めて
頃合を見計らってまた売り出せばいい、お前達は私の警護を
してもらう。コレクションたちは置いていく、カウは別だがね。」
と、その言葉を聞いて、それまで俯いて
話を聞いていたグンジとカウが顔を上げた。
「外にいる奴らどーすんのパパー?」
「そんなこと知った事ではない、軍隊が一掃してくれるだろう。」
放っておけ。
その言葉を聞き終わる前に、グンジは
アルビトロの部屋から飛び出していた。
「なっドコへ行くというのだ!待ちたまえ!」
「なービトロ様よぉ。」
「き、キリヲ、何をしている、グンジを連れ戻して…!」
「嫌だね。俺もアイツも、今日でここ辞職させてもらうぜー。」
「なんだと!?」
アルビトロは驚愕の表情を浮かべ、思わず後ずさった。
驚きの余りカウを繋いでいた鎖からも手がすべり、
カシャン!と音を立てて落ちたのを聞いたカウまでもが
アルビトロの部屋から飛び出していってしまう。
「カっカウ!?カウまで、どうしたというのだ!!」
「ビトロ様よりお気に入りをみっけたんだよ。俺も、アイツもなぁ。」
「な、なんだと!?」
「ソイツを守ってやるほーが、お前守るよか楽しいだろぉなあ。」
「何を言っているんだ!お前達、カウとこいつらを止めないか!」
アルビトロがキイキイと喚き声を上げると同時に、アルビトロの側近が
銃を構える。が、キリヲが鉄パイプを肩でトントンと遊ばせニヤリと
笑い、「ヤんのか、あぁ?」とすごんだ瞬間に、側近達は銃を下げて
とっさに目をそらした。
猛獣と目を合わせてはいけない。
そんな本能が働いたのかもしれない。
だが、本能が人よりずれているらしいアルビトロはそれを見て大層
腹を立て、机の引き出しから護身用…にしては随分と煌びやかな
小ぶりの銃を取り出し、キリヲへ向ける。
「馬鹿な発言は見逃してやる、カウとアレを連れ帰って来るなら
恩赦もあたえてやろう。分かったらさっさと私の言う事ひぃ!」
アルビトロが言い終わる前に、キリヲがその見た目に反した素早い
動きでアルビトロへと接近し、愛しい武器ミツコさんで護身用の銃を
叩き壊した。
「だからよぉ、テメェのお世話はもう飽きたっつーんだよ。」
じゃーなぁーと、ひらひらと手を振って、キリヲも『城』を後にする。
今まで反抗された事もなければ、ただ従順な狂犬だと
思い込んでいたアルビトロは、豹変そして攻撃された
ショックから、失禁していた。
+
飛び出したグンジを追いかけるべく外へ出てきたキリヲは、
未だ城を出たすぐのところで立ち止まっているグンジを発見する。
「なぁにしてんだ、チビちゃん探さなくっていいのかよ?」
「ポチが匂いかいでっからすぐだろー?まー焦んなよジジ。」
「あーぁ、成る程な。」
言われてみれば確かに。自分の遥か低い位置でカウが
匂いを嗅いでいた。あの匂いを辿る事、晴れた日ならば
容易だが、今はあいにくの雨で少し分かりづらい。
それでもの匂いを嗅ぎつけると、カウは走り出した。
その後に、グンジとキリヲも続く。
その頃、アキラとケイスケ、リン、は、
とりあえずホテルへ戻ろうと喫茶店を後にしていた。
「ケイスケー!」
「わあっ!」
喫茶店を出た直後、はケイスケの背中に抱きつく。
はケイスケが元に戻った事がもう嬉しくて堪らないらしく
先ほどから懐きまくっている。それを見て不機嫌を募らせている
アキラとリンなどにはお構いなし、故に、今もこうして突発的な
行動をとってしまっているのだった。
ケイスケが赤くなりそれでもの腕を解かず振り返ると、
笑顔全開のがさながら兄に甘える弟のようにケイスケに
すがりついていた。
(うっ!可愛い!!)
「ケイスケ、俺つかれたからおんぶしてよー。」
「えっおんぶ!?」
「なっ…」
「何言ってんの、おんぶなら俺がしてあげるよ!」
「やだ。ケイスケにおんぶしてもらった方が視界が高いじゃん。
それに、アキラのこといじめた罰ゲームだ。おんぶしろ!」
本人は最高の罰ゲームを見出したとばかりに
胸を張ってそういうのだが、周りからしてみれば
をおんぶ、すなわち密着するなどと、
ボーナスステージである。
そんな突然の棚から牡丹餅状態にオロオロと視界を
泳がせると、アキラとリンがもの凄い目で睨んでいた。
それから素早く視線をそらし、身を屈める。
ケイスケは瞬時に悟ったのだ。
(ライバル多すぎ!!)と。
以前のケイスケであるならばここでアッサリ引き下がっていた
かもしれない。だが、ラインの毒が抜けたパワフルケイスケ
はそんな彼らになぜか挑みたくなってしまったのであった。
無言でおんぶの体勢を作ってくれたケイスケに疑問符を
浮かべながらも、は大喜びでケイスケの背中に
乗りかかる。当然、体の大部分が密着するわけで。
(ふおあぁあ!背中に!背中にの…!!!)
…ケイスケが何を言いたいかは、
皆様のご想像にお任せします。
すっくと立ち上がると、耳元での笑う声が聞こえる。
「うは!本当に高い!ケイスケすげー!」
「そ、そうかな?」
いつぞやのグンジ同様、ケイスケの周りにピンクのフラワーが
ぽよぽよと咲き乱れ、風に乗ってアキラ達の所にもたどり着き、
べし!
と無言でその幻覚を叩き落すリンとアキラ。
かつてない程の殺気を撒き散らしケイスケにおんぶされる
を見守っている。ケイスケの手が一瞬でも不埒な
動きをしようものならば、速攻殴るために拳も握り締めて。
だが、がケイスケにおんぶをせがんだのにはもう一つ
訳があった。ゲームをプレイしていた人間ならば誰しもが
考える事だろう。それをケイスケ本人に確かめたかったのだ。
「ケイスケ。」
「う、うん?」
「アキラとセックスしなくてよかったのか?」
「ゴフっ!!!」
突然激しく咳き込んだケイスケに一瞬背後で動きがあるが、
それ以上何も起こらない事を察知して背後の鬼達は再び
大人しくなった。
が、本当にそれどころではないケイスケ。
「なっ何いきなり…セッ…!?」
「え?だってアキラのことずっとそうやって思い続けてたんじゃ…」
「だからっていきなりそんな言葉…!が言うから!!」
…誰だって突然、例えば目の前に愛しくて堪らない人が
居たとして、そんな人に、「他の人とせっくすしないのー?」
と言われたら固まるでしょう。
凝固するでしょう。
むしろお前としたいんじゃぁああぁ!
と、グンジあたりならば叫んでくれたかもしれません。
ですが、今回この被害にあってしまったのはケイスケでした。
しかし言われてみればその通り。
ケイスケはアキラの事を好きで好きで堪らなくて、守りたくて
ラインにまで手を出した。結果、酷く傷つけたとはいえ、その
思いまでもがなくなる事は決してなかった。だが、今はどうだ。
たしかに未だアキラに対する思いはある。
かつて女の子と事を起こそうとしたときすらアキラのことを
考えてしまい平手打ちを喰らったことまであったというのに。
(あれ、アキラのこと好き…なんだけどな…でも…でも…)
背中の存在。そして、ラインで狂っていた時も
その姿勢を崩さずにありのままでいてくれた存在。
何よりも自分を認めてそして今、
あの悪夢から助け出してくれた。
それはケイスケの中に余りに大きく根付き、
ケイスケの中に在った絶対的方程式をも
覆してしまった。そう。
アキラ 超 絶 LOVE!!!
という、絶対的方程式を…!!!!
覆されてしまったケイスケは今更に背中にいるを
意識してしまい、思わず腕がもぞもぞと動き出す。それが
くすぐったいのか、が微かに身じろぎケイスケに何か
言おうとした瞬間それより先に、ケイスケの背中から再び
引き剥がされる。誰かと振り返ればそれは意外な人物。
アキラだった。
「ケイスケ、お前はラインが抜けたばかりで疲れてるだろ。
は俺がおぶっていく。リン、荷物をもってくれ。」
「やだよ!なら喜んで持つけどね!」
「 … リ ン … 。」
「………はい。」
ケイスケからを引き剥がしたままの格好で、アキラが
当然のように文句を言い出したリンに振り返る。とたんに、
あの強気なリンが真っ青になって目を逸らしながら頷いた。
一体今、あのアキラがどんな顔をしているのだろうか。
想像もできませぬ。
とにもかくにも、ケイスケは手ぶらになり、アキラの豹変振りに
怯えるリンをみてそれだけで怯えてしまい言葉も出ず、リンは
大人しく荷物もちになり、晴れてアキラはをおんぶする
こととあいなりました。
「おお、アキラも結構背高いんだなー。」
ド天然のに対する、アキラ自身も気付かぬうちに
芽生えていた恋愛感情、執着心と嫉妬に狂い、ケイスケから
取り上げたなど言葉で説明できるわけもないが、
目は口ほどにものを言う。
その証拠に、リンとケイスケには十分伝わっていた。
(あのアキラが他人に興味を示した…!)
(しかもものすごい嫉妬してるよ!)
ある意味、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになり、
ケイスケとリンはアイコンタクトで”触らぬ神に祟りなし”と通じ合う。
そんな妙な緊迫感を微塵も感じずに、おんぶされて喜ぶ
と、そんなの匂いを辿って追いかけてきた
カウ達とが、ホテルの真ん前で見事鉢合わせ。
本当にご都合主義な世界である。
「ー!とネコー!とー…あのクソガキぃ!?」
グンジが立て続けに喜んだ後、ケイスケを見つけ
毛を逆立てて威嚇する、それこそまさに猫さながら。
「てんめぇまたにナンかしやがったのか!?」
「あぁ?ラインでトチ狂ってたあのガキかぁ…ピヨから
聞いてるぜぇ、テメェそのチビちゃんにでけぇたんこぶ
つくったそうだなぁ…?……あぁ?んだぁコイツ…。」
グンジはもはや「に会う」事を前提として走って
いたので、出会ったら速攻抱きしめてやるつもりだったらしく
またもあの鉤爪は外され腰にぶら下がっていた。
だがケイスケを見て、アキラにおんぶされているをみて
何か勘違いをしたのだろう。大慌てでギミックを装着しようと
ワタワタしているうちに、キリヲがゆったりとケイスケに近づき…
そして、気付く。
「おいピヨォ、本当にこいつか?」
「あぁ!?俺が忘れるわけねーべ!?そいつだよ!」
「けどなぁ…こいつの目、ラインやってる奴らと違ぇぞ…?」
「あぁ!?」
キリヲからそう言われ、右手に装着し終えたばかりのギミックで
器用にケイスケの顎を持ち上げ、瞳をじろじろと覗き込む。
「…あっれー…っかしいな…あん時はぜってぇ…」
「………お前らっ!!」
グンジが心底不思議そうに何度も何度も自分の記憶と、
目の前のケイスケとを見比べていると、おもむろにアキラが
声を上げて処刑人を呼びつけた。何事かと見遣れば。
「この…コイツをなんとかしろ…!!」
「あー!ポチずりぃ!!」
「タマー。てめぇ意外に力あんだなぁ。」
アキラの背中におぶさる…の背中に、さらにカウが
よじ登ったのか飛びついたのか、とにかくくっついてさらには
ほお擦りまでかましていた。
アキラはカウを振りほどこうにも、それにはまずも
手放さなければならない。そこまで思考が巡らないらしく、
2人分の体重を背中にかけられて前のめりになりながらも
その重力に耐えていた。
リンといえば、突然の展開について来れず、
荷物をもって呆然と固まっていただけだった。
が、
数十秒後に我に返り、ホテルの前では壮絶な
争奪戦が繰り広げられる事となる。
続。
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