咎狗共の血 12
あのドタバタから結局数十分。
なんとか盛り上がっていた現場を落ち着かせ、
源泉、そしてナノの案内でトシマの北区に全員が赴き
例の錆びた鉄の扉、そしてあのマンホールを潜り抜け、
現在そこにあった下水道にはかつて無いほどの人口が
密集している。
「なーぁ。どーでもいいけどさぁ。」
「何?」
「狭ぇ!!」
どうでもよくないんじゃないですか。
………さておき。
グンジが真っ先に不満を漏らしたものしょうがない。なにせ、
総勢10人が、決して広いとはいえない薄暗い下水道を
肩をぶつけ合いながらずんずんと進んでいるのだから。
「しょうがないよ、だってまさか全員でここ脱出できるなんて
俺だって思ってもなかったし、でもこれで全員死なない
ってことは、俺はもの凄く嬉しいからちょっとくらい我慢!」
そんな中でも一人決して崩れることの無いマイペースを発揮し
意気揚々と下水道を突き進んでいく。そんな彼の後ろ
姿を見守って歩いていると、突然下水に爆音からくる地鳴りが
響き渡る。
思わずよろけて転びそうになったを、すかさずアキラが
抱きとめる事で事なきを得たが、それに満足しない一同。
「あー!は俺がダッコすんだぞ!ネコ!」
「アキラばっかりずるいよ!っていうかそもそもこの配置に不満!」
リンが下水道に良く響き渡る声でアキラに対して不満を漏らす。
たしかに、先頭を切って歩いていると、それに続くように
咎狗メンバーがぞろぞろと歩いている状態だ。
こんな暗がりの中。あわよくば何かあるたびにを
抱きしめんとたくらむ面々にとっては、非常に面白くない
配置であった。
シキなどは今にも日本刀を抜刀しそうな勢いで黒いオーラを
背後に従えている。それが無言であるから、尚の事、怖い。
「それにしてもお前さん、ここからの脱出経路まで
知ってるのか?随分と自信満々に進んではいるが…」
「あ。そうかウッカリしてた、俺よく考えたら地理さっぱりだ。」
「………。」
しかし源泉の突っ込みに、突然「そーだった!」と思い直し
止まったを、全員が呆然として立ち尽くしてしまう。
「…お前さん…考えもなしに進んでたってのか!?」
「そんなに怒らなくったっていいじゃん、きっとそのうちどっかに着くよ」
だがしかし、あくまでもマイペースかつどこからそんな自信が
来るのか相も変わらず再び前進しようとする。
流石に引きとめようとした瞬間、再び遠くから爆音が響き、
今度は全員が倒れそうな程大きなゆれが下水道内を支配した。
「うわっ!」
「ちょっ…なにこれ、規模でかすぎない!?」
「軍隊も派手にやるな、それとも苛立ってやがんのか?」
源泉が呆れた声で言うのも頷ける。なにせ今頃あのトシマには、
エマやグエンたちが到着している事だろう。だが、探し人となる
アキラにナノはすでに率いる下水道探検隊に存在し、
トシマには主要人物が誰一人居ない状態だ。
八つ当たりの一つもしたくなるというもの。
非常にはた迷惑な八つ当たりだが、あのエマのことだ。
見た目冷静そうに見えて、内心には激しい感情を持っている。
殊更にナノに対しての並々ならぬ執着心があり、そんな彼が
トシマのどこを探しても見つからないとすれば…。
まあ、八つ当たりもしたくなるのが人間心理であろう。
ちなみに、ケイスケを元に戻すという方法を実践し成功したあたり
でが思い出したようにアキラが持っている発信機を指摘し、
現在それはあの喫茶店で床に叩きつけられて破壊されていた。
「でも本当によかったな、誰も死なないでこうしてみんなで逃げて
られるって、俺やっぱり嬉しいし。日興連に逃げてもみんなで
仲良く暮らそうな?色々あるかもしんないけど、このメンバーなら
何があってもみんなで力強く生きていけそうだし。」
先頭を歩くが振り返り、満面の笑顔でそう言う。
ゲームのED全てを熟知しているからこそ出る言葉であり、他の
メンバーにはよくわからないことではあったが、とりあえずが
微笑んでいるという事でもうどうでもいいかと全員が思っていた。
そうして、
先ほどの一層大きかった爆発による振動が収まり。
下水道に奇妙な変化が訪れる。
「…なー…ここってさぁ、んなにくさかったっけぇ?」
それに一番に気付いたのは、グンジだった。
ぽつんと呟かれる程度だったが、この狭い下水道。
全員の耳にも聞こえないはずは無い。…たしかに、
グンジが言うとおり、先ほどまではそう感じなかった
悪臭が下水に充満し始め、何故かあれほど頻繁に
巻き起こっていた振動が、嘘のように消え去っている。
トシマにも人が存在したとはいえ、下水など殆ど使われた事も、
むしろ忘れられるほどの存在だったそこ。だが、突如として現れた
この悪臭。この匂いは形容しがたい。そう、まさに「生活廃水」と
いった類の、本当に 悪 臭 である。
「むー…言われてみればもの凄く臭い…さっきまでこんなに匂い
酷くなかったし…でも…この匂い、俺どっかで嗅いだことがある
ような気がするんだけどなんでだろう…?」
…が一人ごち、悪臭に顔をしかめるメンバーをよそに
下水を突き進んでいく。そうしていくうちに、弱弱しいながらも、
目の前に一筋の光が見えてきた。その光に照らされた光景を
見て、が一人「あれ!?」と声を上げる。
「チビちゃんよぉ、どーしたんだ?」
「え?うん…なんか…この光景見覚えが…。」
「見覚え?妙な事を言う、この下水は忘れ去られるほどに
誰も入ったことが無いはずだ。実際に俺も知ってはいたが
入ったのは今回が初めてのことだ。こんな悪臭がするとは
思ってもみなかったがな。」
キリヲ、そしてシキにそういわれるものの、にはどうしても
この場所が初めてとは思えなかった。前に一度だけ。
工事中だった家の近所の下水に落っこちた事がある。
その場所に…似ていなくも…。
「あー!」
「何だ!?」
そうしては、薄暗い空間の中で何かを見つけて声をあげた。
「やっぱり俺ここに来たことある!だってほらこれ見てよ!」
壁にあったあるものを目ざとく見つけ、
それを全員が覗き込んだ。そこには…
”下水道落下記念 BY”
…と、なんとも間抜けな落書きが記してあった。
「…下水道に落下した事が記念…?」
「え。だってほら、下水に落っこちるなんて日常的にそうそう
ありえないかなって思ったから折角だから落書きを…。」
「いや…その”折角”の意味がさっぱりわからないんだけど…。」
ケイスケの控えめな突っ込みにも動じず、のみが首を
ひねって何かを考えていた。何を考えているかなど想像も
つかない面々はただ悪臭に耐えて、が何かを導きだす
のを待っている。…だが、持ち前の天然さで
「まあ細かい事はいいか!さっさとあの光のとこから脱出して、
匂いが体に染み付く前にこんなとっから出ちゃえばいいんだ!」
と、やっぱりやっぱりマイペースなの言葉…に、
もはや今更誰も突っ込みを入れる気にはならなかった。
+
コンコン。ガンガンガン。
ようやくたどり着いた先の出口らしきマンホール。
だが、持ち上げようとしたがびくともしない。錆び付いてしまって
いるのだろうかとキリヲのミツコさんで強めに殴ってみるものの、
そこは開くどころか微動だにせず。
少しだけそんなマンホールと格闘していた面々だったが、さすがに
気の短い処刑人ズは苛立ちを隠さず、狭いというのに息も
ぴったりに蓋を2人同時に蹴り上げる。なんとも表現し難い
音がして、マンホールの蓋が吹っ飛んでいった。
「んだぁ?この蓋、固定してあったぜぇ?」
「そんな固定してある蓋を蹴りであける2人って凄いねえ。」
流石に固定してあった蓋を蹴りあけたのだ。足が痛かったのか、
ブラブラと左右に振ってみせる処刑人ズに一応声をかけて、
がまずひょっこりと顔を出した。
そして、無言で戻ってきて、その場にうずくまってしまう。
「どうした。ここを出れば日興連ではないのか。」
シキがそんなのおかしな行動に多少の疑問を浮かべる。
暫し黙って考え事にふけるが、ポツリ。と言葉を漏らした。
「日興連…って俺どんなところか知らないんだけど…外が…
もの凄く見覚えのある場所だったもので錯覚かと思って…。」
「…何を言ってるんだ…?は日興連出身だったのか?」
「いや俺は日興連出身じゃない…っていうか…あそこ日興連?」
「?」
が未だうずくまり、その目で見てきたものが信じられないと
いった風に頭を抱えている。アキラが不思議に思ってが
やったのと同じようにマンホールから顔を出してみると、そこには
なぜか閑静な住宅地が広がっていた。
そしてそんな光景を見たアキラも、同様に
無言で引き返し、頭を抱えてその場にうずくまってしまう。
「…ねえその面白い構図はさておき、何が見えたの?」
リンが不思議そうに同じポーズで固まる2人を見守り声をかける。
漸くその疑問から立ち直ったのか、が顔を上げて切り出した。
「うんなんかねえ…この上に…俺の家があったんだよね…。」
『はぁ!?』
その言葉に弾かれるように、ただでさえ狭い下水道の出入り口から
咎狗メンバーが我先にと飛び出してくる。たしかに、日興連である
ならば今は内戦の真っ只中。軍隊がいてもおかしくないだろう。
だが、視界に広がるのは朝の静かな住宅街。
それも、リンたちが今まで見たことも無いような…なんというか、
平和な空気が漂っている。内戦中だというのならばありえない。
小鳥までもがチュンチュンと暢気に鳴き。
早朝だからか物音一つしない「居住区」。
「…なにこれ…っていうか…ここどこ…?」
「…日興連…じゃないことは確かだなぁ…。」
源泉も目の前に広がる光景が信じられないのか、
そのあまりにも平和すぎる光景を見守っていた。
暫くしてショックから立ち直ったのか、が下水から顔を出す。
酷く鈍い動作でそこから這い上がり、続いてアキラも出てきた所で
全員が住宅地の道のど真ん中で呆然と空を見上げていた。
…もっともカウだけは目が見えないので、嗅ぎなれない匂いに鼻を
スンスンと鳴らして下水道での悪臭を必死にかき消している様だ。
「…ええと…あれかな、やっぱり夢だからこういうことに…」
流石のも、予想し得なかった出口の光景に、
夢にしては、余りにもリアルすぎる懐かしい空気に戸惑う。
「とりあえず…俺ん家入る…?」
道端で呆然としていたところで何も変わらないと、の言葉に
しかたなく全員が賛同する。は自分の家の扉を開けようと
して、鍵が閉まっているのに気付き、こんな早朝に誰も起きている
わけがない。と思いつつも、インターホンを鳴らしてみる。
すると意外なことに、家の中からはドタバタと慌しい足音が響いた。
乱暴に開いた扉。そこには、目を真っ赤に泣き腫らした、の
母親と父親が立っていた。
「…んーと…ただい…ま?」
イマイチ現状を把握できていないが、とりあえず両親が泣いている
のを見て、歯切れ悪くそういうと、の姿を見て固まっていた
彼の両親が飛び出してきて、を抱きしめた。
「!あなた今までどこにいってたの!?5日も行方知れずで
…警察にも方々探していただいて…!ああ!おかえり…!」
「うーんと…母さん…?」
「!お前という奴は普段からボケッとしているのは分かって
いたが…突然行方不明になるとはどういうことだ!母さんや私、
妹がどれだけ心配…心配したか…!!!」
「父さんも…それに、5日って何のこと…?」
5日といえば、それはちょうどがトシマで過ごした日々と
重なる。とそこで、はあることを思い出した。
「あ、そういえば俺寝ぼけたか何かして路上で寝ていたような…」
「どこの路上だ!それに5日も帰ってこないなんて…!」
「そうよ!いくらあなたが普段からボーっとした子でも5日も
路上生活を送っていたって言うの!?もう、何してるの!?」
母親に抱きしめられ、父親にまで泣かれ、はやはり
夢遊病かなにかでどこかを彷徨っていたのだろうかとまたも
ぼけーっと考え、そして「そういえば咎狗の夢を見ていた気が。」
とまたもボケた事を考え、今更ながらに思い出したように後ろを
振り返る、と、
当然ながらにそこには咎狗メンバーが集結しているわけで。
「…あれ?もしかしてまだこれ夢の中?」
またさらにすっとぼけたことを考えていると、父親に殴られた。
「ばか者!何が夢だ、ともかく家に入りなさい、警察の方にも
連絡して、息子が帰ってきたことをお知らせして…ご近所
さんも心配してお前を探してまわってくれたんだぞ!」
「父さんいきなり殴るなんて酷い!!……って…あれ痛い?」
父親に殴られた箇所を擦りながら、は段々と自分の
置かれた状況を理解し始める。そう、ようやく、理解し始めた。
「んー…父さんにまで殴られて痛いってことは、これは現実?」
「!?これが夢だって言うの!?」
「え?夢じゃないの?」
そうして改めて振り返り、相変わらずそこに
存在している咎狗メンバーを凝視し。
「…わぁ。俺もしかして異世界トリップって奴をしていたのでは!」
…ようやくだけど うんその通り!!!!
「あー…ってことはー…俺もしかして咎狗の世界を
めちゃくちゃにしてきてしまったのではなかろうか…。」
うんその通り!!!!!
「しかも皆連れて帰ってきちゃった…?」
うんー!その通りー!!!!
ナレーションの…ナレーションの苦労が漸く報われました…!
ここにきて、こんなところにまで来て漸く、は自分の
置かれた状況を、本当に今更ながらに理解してくれました。
だが、今度は咎狗メンバーが混乱する番である。
「えーと…ってもしかして今までの事ずっと夢だと…」
「うん。」
しかしスーパー天然はあっさりと頷いてみせる。
「つーか、ここってじゃあのその…”世界”って事か?」
「うんそうみたい。」
「ここは日興連じゃない?」
「そうだねー。」
「…その人たちはの両親ってこと?」
「とーさんとかーさん。」
そう、あの最後の大規模な爆発で、世界が歪んでしまったらしく、
途中からし出したあの「生活廃水」のにおいは、咎狗メンバーが
の世界へ迷い込んでしまった瞬間でもあった。
各々が自らの頬をつねり、そして「痛い」と確信すると…
『えーっ!?』
っと声を上げる。早朝からご迷惑はなはだしい。
そうして、それまでの帰還に気をとられていて気付いて
いなかったの両親が、改めて咎狗メンバーを認める。
「あなた達…一体なんなの…?」
の母親の言葉はいかにも常識人である。
なにせピンクのパーカーに腹筋むき出しで派手なタトゥーを施して
あるグンジに、いかにも人相の悪い鉄パイプを持ったキリヲ。
日本刀を片手に多少驚きはしているもののそれを表面に出さない
類稀なる美形。そのほかにもこの辺では見慣れない面々が、
の後ろで固まっているのだから。
「ええと…この人たちは…5日間俺の事を色々と世話してくれた…
人たちだと思います。…世話っていうか…これどういう状況?」
「そんなものは私達が知りたい!…だが…もしかして、この子を
家まで連れてきてくれた…という…こと…だろうか…?」
の父が…まあ見た目にもの凄く違和感を覚えるメンバー
を前に、しどろもどろに質問。家まで連れてきたのは厳密
に言えばになってしまうのかもしれないが…
あながち間違ってはいない。
「…そういうことに…なる…かもしれない。」
「うんまあ…間違ってはいない…と、思います…。」
比較的見た目がまともなアキラとケイスケが、
やはり腑に落ちないがそういうと、不審がるどころか
そこはやはりさすがの両親。
「ああ…ありがとうございます!この子を保護してしかも家まで
送り届けてくださるなんて…!どうぞ、狭い家ですけどゆっくり
していってください、こんな早朝ですし、皆さんお休みになって!」
「そうです!私達の大事な息子を保護してくださったんだ、
本当になんとお礼を言っていいか…!ともかくどうぞ!さあ!」
明らかにどうみても妖しい一団にもかかわらず、家へと招きいれた。
そこでようやく、が初めてまともなコメントを発したのであった。
「…夢じゃなかったんだ。」
…失礼。まともではありませんでした。
今更かよ!という突っ込みは、もはやナレーションしか
言えず。結局、咎狗メンバーはその後招き入れられた
家の中で盛大にもてなされ、やはり泣きはらした目で
ようやく起きてきたの妹がそんな彼らを見つけ、
卒倒したのは、まあ…普通のことであろう。
終。
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