咎狗共の血 2
だ が し か し 。
くるっと振り返ったの表情にも瞳にも、
相変わらず恐怖の色は欠片すらない。
当然である。
本人はもの凄くリアルかつ咎狗の血の夢を
見てるだけなんだと確信してしまっているから。
「…なんだっけ。アレ、仕事しなくて良いのか?処刑人だろ?」
(ンだジジ!コイツぜんぜんビビんねーぞ!?)
(俺が知るか!頭がイカレてんじゃねーのか!?)
思わず小声で話してしう処刑人。
「処刑」、「仕事」、全て理解しているくせに、
目の前の生き物はやはりありのままなだけで。
しかも「仕事をしなくても良いのか」とまで聞いてくる。
再び堪り兼ねて、グンジが、しかしいつもの
威勢のよさもなくしどろもどろに質問した。
「あー…お前さ、俺らのこと怖くねーの?」
「何で?」
「!?」
この会話は実は一切かみ合っていない。
方や夢なのだから怖がってどうすると人間国宝クラスの天然人間。
方やこの”現実”では恐怖の偶像である「処刑人」の2人。
が異世界から来た人間だと知らないことと、
自身も異世界に来たと思っていないことも相まって
本来ならば混乱すべきところなのだが、その事情を知らないお互いが
混乱するわけもなく。
― いや、処刑人は大いに混乱しているが。
余りの自然体にそれ以上の質問が出てこない。
それは決してグンジだからではなく、キリヲも
同じだった。自分たちを恐れない。
力があるわけでもなさそうなただの少年。
だが、「ただの少年」なのがあまりにも
狂気に馴染みすぎた2人には新鮮で。
…自分の中に在る狂気や毒気を、
抜かれていくような気がした。
キリヲとグンジが固まり、イグラ参加者たちは
恐怖に駆られて固まり。その場は物音一つしない
空間になる。一触即発を錯覚させるような沈黙。
それをあっけなく破る国宝天然。
「何で固まってんの?仕事しないのか?」
殺気も何もない腕でふいに腕をつかまれ、
跳ね除けることも忘れてしまう。
負の感情が何も無い存在、腕、温もり。
「…え…あ…。」
「何?ほら、仕事しろよ。」
もはや混乱も最高潮に達したところで、
すいっとグンジの背後にが回りこみ
背中をグイグイと押しだした。背後を取られるなど
一生の不覚、トシマであればもうこの時点で殺されて
いるのがこの都市のルール。
だが、パーカーごしに触れてくるのはただの掌の感触だけ。
「お、おいお前な…!!」
「何だよ?」
「俺らは処刑人…!!」
グンジはなんとか自分を保つ為に背中を
押すに出来る限り荒い声で怒鳴るが、
それをきょとんとした顔で見返され、さらには
「うんだから仕事だろ?いってらっしゃい。」
と、ジーザス!な程にナチュラルに返されてしまい、
思わずグンジも
「…お…おう…。」
と返事をしてしまった。
それを見守っていたキリヲが、
思わず爆笑する。
「頭がイカレてんのか?おもしれぇチビちゃんじゃねえか!」
「誰がチビちゃんだ!お前らがデカすぎるんだろ!」
突っ込むべき場所がずれているのもやはりだからこそ。
キリヲが爆笑したことでグンジもようやく我に返ったのか、
「笑ってんじゃねーよ!」と怒鳴り、鉤爪を慣らして「仕事」
に取り掛かることにした。
とっとと「仕事」を終わらせて、
この少年と「話がしてみたい」。
そう思ったからだ。
「話をする」など今まで一度も考えたことがない。
トシマにきてからはなおさらだ。
美味そうな獲物が居たら、犯して殺して、それでおしまいだった。
グンジが見てもキリヲが見てもは美味そうではない。
反対に、マズそうでもない。
しかし、に向けて殺気や狂気を向ける気にもなれない。
顔は童顔なのだろうか。年齢も不詳だ。
顔もどの系列に部類するかといえば
女顔くらいだろう。だが、纏っている
雰囲気があまりにもかけ離れすぎていて
興味がわいてたまらない。
「ジジー、とっとと終わらしちゃおーぜー。」
「あぁ、そーすっか。」
長年一緒に居ただけあって、
言わんとすることは通じているらしい。
から視線を外し、
イグラ参加者に向かい合った2人は、
スイッチを切り替える。
イグラ参加者に「恐怖」と「絶望」、
そして「死」を与える、処刑人のスタイル。
狂った歓喜に歪む顔。鋭い鉤爪、
こびりついた血で鈍く光る鉄パイプ。
とのやり取りをみていたギャラリー達が、現実に引き戻された。
自分たちはきっと幻を見ていたのだ。
処刑人があんなガキと仲良く遊んでたとか
笑ってたとかそんなことありもするわけがない、
奴らは処刑人だ、処刑人だ!!
恐怖に染まってゆく空気と複数の瞳。
のペースに飲まれかけていたグンジが
いつもの感覚を取り戻しかけた、まさにそのとき。
「あ。」
「んがっ!」
それまで背中を押し続けていたの手が
突然グンジのパーカーを握り締め、
フードを目深に被っていたグンジは
その引力に従い首を仰向かされる。
予想していなかった衝撃なだけに、
ダメージは結構大きかった。
「ってぇ!!何すんだテメェ!」
「あー…仕事さ、俺がどっかいってからにしてくんない?」
「は!?」
「いや、いくら夢でも人が殴られたりしてんの見てると痛いしさあ。」
先ほど見た光景と、ゲームでみたグンジとキリヲの
残虐性を知っているからこそ、はこの場を離れたがった。
ここまでリアルな夢、夢だとしても、目の前で誰かが死ぬのは見ていて
怖いし、痛い。
「痛ぇって…チビちゃんは殺らねえぞ?」
「そうじゃなくて、人が殴られたり殺されたりするトコ
見てるのって痛々しいじゃん?だからさ、俺がどっか
いってからにしてくんないかな、その…怖いからさ?」
「はあぁ!?」
「処刑人」や「仕事」は怖がらないくせに、
他人が殴られていると事を見るのが怖いと言う。
グンジは心底ワケが解らずに盛大な声を上げた。
…だが、このままを逃がすのも惜しい。
自分たちから逃げるわけではない。
これから起こる「狂宴」から逃げたいという。
ますますもって興味を引かれたキリヲは、
未だ口を開けっ放しにしてるグンジに声をかけた。
「おいピヨぉ。チビちゃんについててやれよ。」
「あぁ?何いってんだジジ、モーロクしたかぁ?」
「チビちゃんの目と耳、ふさいどいてやれっつってんだよ。なぁチビちゃんよ、
見てんのが嫌ならそこのバカピヨに耳と目ェ塞いどいてもらえよ、だったら
どっかいっちまわねえですむだろーがよ?」
「…あー。なーるほどねーぇ。」
キリヲの言わんとすることを理解し、
グンジはイグラ参加者からあっけなく興味を無くした。
グンジも、がどこかへいってしまうのは本意ではない。
なぜなら、「話がしたい」からだ。今ここで手放せば、
このだだっ広いトシマで、めぐり合えるかも解らない。
このままの雰囲気をもったままの、この不思議なに。
不粋な誰かに壊されたりでもしたらたまらない。
「しょーがねーなー。ほれ、こっち来ーい。」
「うんなんで?」
話を聞いていなかったのか理解できなかったのか、
突然自分に向かって両手を広げたグンジに対して
またも素の質問を返す。拒絶の意味も含まれない
その言葉に、グンジは気付いて自分から近づいて
その体にを閉じ込めた。
「耳ふさいで、目ぇつぶってろ。」
「え?グンジ仕事は?」
「せつめーすんのめんどくせーから、
とっとと耳ふさいで目ぇつぶれよ。」
少し疑問の表情を浮かべながらも、
グンジの腕の中でおとなしく言うとおりにする。
それを確認して、さらにの頭を抱え
耳をより聞こえなくさせると、グンジは
キリヲに合図を送った。
そして、キリヲの「お楽しみ」が始まる。
(…なんも聞こえん。)
自ら目を瞑り、耳をふさいで、さらにそこには
グンジの長い腕が撒きついて聴覚を奪っている。
暫くは何が起こっているかわからなかったが、
鉄錆の匂いが鼻を掠めたときにそれまでの
らしからぬ鋭い理解を示した。
(…あ、俺が見たくないっていったから隠してくれてるのか。)
今の周りでは阿鼻叫喚が繰り広げられているのだろう。
それから、視覚、聴覚ごと隠してくれているのだと。
(よくできた夢だなぁ。)
感心しつつ、意識が暗闇に連れて行かれる感覚を覚える。
この感覚をは知っている。いつも眠るとき、
この心地よい闇の誘いがやってくる。
(夢の中でも寝るのか。っつかあれかな、目が覚める
ってことか?…どっちでもいいや…どうせ夢だし。)
こんな中でよくも眠れるものだと感心したいところだが、
半そでにジャージ、素足という格好でいたの体は
完璧に冷え切っていて。グンジに抱きしめられたことで体が温まり、
眠たくなってきたというのが一番の理由だろう。
グンジも抱きしめてからようやく気付いた、
が、髪の毛の先まで冷たくなっていることに。
パーカーを直に着ただけのグンジには、
の体の冷え具合が良く解った。
抱きしめた体が、寒さから震えていることも。
だから、必要以上に体を密着させてみたのだ。
「!! っお…!?」
すると突然の足の力が抜け、カクンと
グンジの腕からずり落ちそうになったのを
慌てて抱きとめ、鉤爪で傷つけないように
気をつけながら腕をずらして改めて掌で耳を塞ぎ、
の顔を確認した。
(…んだよ、ビビらせやがって…)
初めはあの阿鼻叫喚がもれ聞こえていて、
それで気絶か何かしてしまったのかと思った。
が、
実際にはグンジの体温に暖められて
眠ってしまっただけだというのを認識し。
(よく眠れんなー…この状況でー。)
この状況、というのは2つある。
1つはもちろん未だ背後で繰り広げられている阿鼻叫喚。
もう1つは、「グンジ」を知っていてなお、そのグンジの
腕の中で、完璧かつ無防備に眠りこけるなど。
普段なら馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
眠っている相手を何もしないとか。殺しもしないなんて。
だが、その両方とも今のグンジの頭には浮かばなかった。
…が余りにも、気持ちよさそうに眠っていたからだ。
「…チビー、あったかいかー…?」
少しだけ耳を塞ぐ手に隙間を空けて、
眠っているに話しかける。
返事などあるはずも…
「…んー…」
…あった。
しかも言葉だけでなく、体でも肯定する。
冷え切った体は更なる温もりを求めて、
グンジの体に擦り寄ってきた。
心地よい場所を確かめるようにもぞもぞと動き、
頭の位置を確定するのかグンジの鍛え上げられた
胸板に少し温まってきたの頬があたる。
それに困惑したのは、やはりグンジだった。
(ヤベーなにこれ、カワイー…。)
純粋になにかを可愛いと初めて思ったグンジは、
を抱えなおしてはだしの足先まで
暖められるようにと全身を自分の体で包み込み、
の嫌うであろう、男の死に際の悲鳴を
聞こえないようにと再び頭を抱え込む。
規則正しい寝息。
意外にさらさらしている髪の毛。
自分の体の中にすっぽり納まる体躯。
そのくせ、何にも怖がらない。
初めは単なる興味だったものが、グンジの中で色づき始める。
それは例えるならば、ピンク色だったりしちゃったりするのだろう。
続。
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