咎狗共の血 5
カウはにおいを辿って、中立地帯のホテルへとたどり着いた。
珍しい匂い、優しい匂い。辿ることは簡単だった。
壊れた自動ドアの隙間からするりと滑り込むと、
ホテルのロビーが一気に静まり返る。当然だ、
あのカウが、こんな夜に、このホテルに現れたのだから。
だがそんなことに頓着しないカウは、一層強くなった匂いに
嬉しそうに駆け出した。
声、声が聞こえる。楽しそうに笑ってる声だ。
この人がこのにおいの元、あれ、もう一つ、良い匂いがする。
このにおいも知ってる、でも、今は…。
「リンってほんと写真好きだなー」
「いーじゃん、高尚な趣味っしょ?」
「いいなー俺もなんか趣味…ってうわー!!」
「!!っていうか…なんでコイツここにいんの!?」
突然にタックルをかましてきた黒い影。
そのまま押し倒し、顔をうずめるように匂いをかぐ姿。
誰も何も、カウである。
突然のタックルにそのまま倒れこんだ
は、上に完全に馬乗りに
なって幸せそうになっているカウ、
そして倒れた先にいたリンの膝枕状態だった。
においをかぐ色素の薄い髪、それから、特徴のありすぎる容姿。
さしものも、一発で名前を思い出した。
「あれっ?お前カウじゃんか!?なんでこんなとこいるんだ?」
名を呼ばれ、カウは顔を上げた。
名前を知っている、何故だろう?
でも、このにおいはなんて心地よいのか。
好き、大好き。この匂い、この声も、自分にあっけなく
押し倒されてしまった、この街ではあんまりない体格の
持ち主、優しい、存在。
カウは口元をほころばせて、また顔を
擦り付ける。胸元に、そこから辿って、頬へ。
「わっ!!カウ、くすぐったい!うはは!
何だよ、お前アルビトロどうしたんだよ!」
驚いても、突き飛ばさない。余りにも懐くその姿に、
はカウの事を大型犬だと思い込むことにした。
実際、カウのとっている行動は犬そのもの
なのだから、愛らしいといえば愛らしい。
さらさらと、念入りに手入れされた髪の毛を梳いてやれば、
なおさら嬉しそうに頬を摺り寄せてくるカウ。
「カウ、こんな夜に一人で出てきてよかったのか?」
カウはふと顔を上げ、うんと頷く仕草をした。
だってだって、会いたかったんだ、この匂いの人に。
アルビトロ様とは全然違うけど違う優しい匂い、あったかい手。
良い匂い、良い匂い。好き、大好き。
喜び極まったのか、頬を舌で舐め上げる。
「うひゃっ!なんだよ、舐めるなって!カウー!!」
そういっても、はカウを突き飛ばさない。
眼球が無いことは知っている。だから目にも触れないし、
声帯が取られていることも知っているので話さなくても
違和感も無い。
ただ。
「おいコラ変態の犬!になれなれしいっ!!」
ずる!っと、カウはその愛しい存在を突然取り上げられる。
取り上げたのはもちろんリンで、リンはカウとの間に
立ちふさがるように構えた。
カウは途端に不機嫌になる。
アルビトロ様の悪口を言った。好きなもの取り上げた、
自分に対して敵意を持っている、邪魔だ、邪魔だ。
カウは歯を向いて、声の無い威嚇をリンに向けた。
だが当然ながら、そんなことにひるむリンではない。
「なに?やろうっての?いくらあの変態の
お気に入りだからって容赦しないよ?」
そういって、リンは小さなナイフを取り出してカウに突きつけた。
カウはそれに動じることも無く、未だ威嚇を続ける。
中立地帯に、戦慄が走った。
「お、おいリン、よせ…!」
「そーだぞリン、中立地帯で暴れたらまずいって!」
「俺ののこと舐めたりするからだよっ!」
いつのまにかリンの中での存在は
「リンのもの」に昇格していたようだ。
「俺の押し倒して体まさぐって
舐めるなんて、良い度胸してんじゃん!」
「わー。なんかそういう言い方するとエロいねー。」
「!何をのんきな…!」
さすがミラコゥーな天然。
はさらっとBLな発言を受け流し、とりあえず2人を
止めるにはどうするんだ、こんなのゲームになかったなー
などととぼけたことを考えていた。…が。
「あー!やっぱここにいたぁー!」
間延びした甲高い声が聞こえて、
カウと以外がビクンと反応する。
アルビトロにこっぴどく叱られたグンジは、
「カウを連れ戻してくるまで食事は抜きだ」
といわれ、嬉々としてこの中立地帯へとやってきたのであった。
「そんでもってぇーチビともご対ー面ー!!」
「グンジだ、カウ、お迎えきたぞー?」
がグンジの言葉までスルーし、カウをリンから引き剥がして
グンジの元へと連れて行く。そんな行動を、奇異なものを見る目で
見守るホテルに居座る一同。
当然だ、処刑人を恐れず、しかもあの狗をも毛嫌いしたり
恐れたりもせずに、素のまま近づいていくのだから。
「グンジーはい、カウ。お迎えご苦労様ーってわー!?」
「チビー!会いたかったぞー!いじめられてねーか?飯は食ったか?」
だがカウになど眼中になくなっていたグンジは、
近づいてきたを力いっぱい抱きしめた。
そのあまりの強さに「イタイイタイ!」というと、グンジは
抱きしめるのをやめ、頭をなでる。その手には、いつもの
ギミックはついていなかった。変わりに腰にぶら下がっている。
「チビっていうな!それにカウ迎えにきたんじゃないのかよ!」
「あーそーだった。つーか、チビなんつー名前?」
「。だからチビって言うな!」
「ひゃは!、〜!」
「んぎゃー!だからそんな抱きしめるな、折れる、痛いー!」
「いーじゃんか、カンドーの再会…っていでー!!」
突然悲鳴を上げたグンジを不思議に思って足を見ると、
カウが力いっぱいグンジの足に噛み付いていた。
ますますギャラリーが凍りつく。
(処刑人にタメ口!?)
(しかもなんか溺愛っぽい!?)
(あのアルビトロのお気に入りにも相当愛されてないか!?)
それを見てイライラを募らせたのは勿論リン。
「ちょっと!ソイツ迎えに来たんならとっとと帰んなよ!!」
「あぁ?うっせーな、俺との再会、お前まで邪魔すんのかぁ?」
噛り付いていたカウをなんとか引き剥がすと、次にリンに絡まれる。
ギャラリーはますます。ますます…以下省略。
(刺激するな!俺たちに火の粉が…!)
そんな緊迫した状況に、当然の如く気付かない。
「中立地帯で争いごとは禁止ー!!」
と、腰にぶらさがったギミックに手を伸ばしかけた
グンジのそれを掴み、リンとグンジの間に立つ。
「ほら、他の参加者の皆さんが怖がってる、だめだって!!それに
カウもはやくつれて帰ってやってよ、アルビトロ泣いてるかも!」
「ちゃん〜あんな仮面どーでもいーじゃんーそれにぃ、
ポチが勝手に城飛び出したから俺思いっきり怒られたんだぜー?」
「…カウ、飛び出してきたのか?」
グンジの言葉をまたもやスルーし、は
グンジの足元で四つん這いになるカウに声をかけた。
カウと言えば構ってもらえているのが嬉しいのか、
笑顔のままうんとまた頷いてみせる。
「だめじゃんか、お前アルビトロの最高傑作だろ?アルビトロんとこ戻れよ?」
頭をまたさわさわと撫でてやると、カウは少し残念そうながらも、もう一度
の、今度は 唇を ぺロリと舐めてお別れの挨拶をした。
それを見て、ショックを受けたのはリンとグンジ。
「んなっ!ポチ何しやがんだ!俺だってまだチューもしてねえんだぞ!」
「そのバカ狗おいてってよ、殺すから!!」
だが唇を奪われた本人はきょとんとしている。
「カウの愛情表現みたいなもんだろ?なんでそんなにカッカすんの?」
「「わかってねえのかよ!!」」
グンジとリンの息の合ったツッコミが
聞こえて、はけらけらと笑い出した。
「あははは!なんだこのステレオ!ありえない!おもしろいー!!」
その様子に、あまりの天然っぷりに、
リンとグンジは同時に戦意を無くす。
「あ〜あ…にゃかなわねーよ。」
「…同意するのはなんかアレだけどほんとに。鈍いにも程があるって…」
「え?鈍いの俺?なんか変な事いった?」
再びガクゥ!と肩を落とす2人。カウはといえば、
グンジの「俺だってチューもまだ」発言に気を良く
したのか、もはや上機嫌でグンジが出てくるのを
ホテルの出入り口のすぐ側で待っていた。
「けっ!いつかぜってぇチューしてやっかんな!」
「その前に俺がやっちゃおーっと♪」
「ふざけんなオカマ!手ぇ出したらブッ殺すぞ!」
「誰がオカマだ変態!あんたにだけは、渡さないよ!」
イ゙ー!とお互いに歯を向いて威嚇
しあった後、嵐はなんとか去っていった。
「アキラ、俺って鈍いの?」
「…俺にはわからない。」
未だグンジとカウの去っていった方向に向かって
悪口を叫び続けるリンを置いて、はアキラの
元へと戻ってくると質問をした、が、アキラにはわかるわけもなかった。
(それよりも…ケイスケのことをききたかったんだが…。)
アキラの願いは、次回に持ち越される。
続。
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