咎狗共の血 6
昼間に眠ってしまっていたは明け方にふと目が覚める。
隣を見るとリンとアキラはまだ眠りの中にいるようだった。
「んー…せっかくだから、他のキャラとも出会ってこよう。」
思い立ったが吉日。
自分に巻き付くように眠るリンの腕からそっと抜け出し、
2人を起こさないように静かにホテルを後にしたは
当てもなくトシマを彷徨い始める。
一人で出歩くなど「殺してください」と言わんばかりの愚行だが、
幸いにしてイグラ参加者ではない、つまりは首からタグをさげていない
にはイグラ参加者たちはさして興味を示さなかった。
…というより、光の速さでもってトシマ中にある噂が流れたからだ。
「イグラ参加者じゃない”チビ”に何か
したら、もれなく処刑人に殺される」
という噂が。
先夜のカウ脱走、そしてグンジの騒動はあっというまにトシマに
広がっていた。重度のライン中毒者と出会わない限り、に
危害を加えるものなど、すでにこのトシマには存在しない。
否、一人を除いて、だろうか。
「あと誰と会ってないんだろ?源泉とアルビトロとナノとシキかな。」
グンジ、キリヲにリン、アキラ、ああ、ケイスケもまだ会ってない。
いや、アルビトロは会いたくないかも。うんそうかも、でも他のは
会って見たいなーなどと、指折り数えながら道をのんきに歩く。
迷子にでもなったらどうするのだろうかといいたいが、夢でもなく
現実であったにせよ、ここは本来ゲームの世界である。
望む望まないに関わらずなにかしらの目的地に到達してしまう
ご都合主義な世界。
そんな世界だからこそ、の誤解は解けることもない。
彼は未だに、ここが夢の世界だと信じ込んでいる。
(こんな長い夢みたの初めてだなー。妹に言ったら喜ぶかな?)
…誰かここは現実だよと懇切
丁寧に説明してあげてください。
理解してもらえないのも承知で懇々と
説明できる根気強い方を希望します。
などと、ナレーターまでもが少し現実逃避しかけた折に、
はナノが高確率でいるという広場にきていた。
ご都合主義万歳。
もちろんそこには、ナノの姿もありましたとさ。
はそれを確認すると、嬉しそう駆け寄った。
「ナーノー!!」
「……。」
突然名前を呼ばれて、それまで深くとじられていた瞳がパッチリと開く。
声のした方向を迷わず振り向いてみると、見たことの無い少年が
こちらへ向かって、手をふりながらフレンドリーに駆け寄ってくる。
ナノは困惑したが、仮に敵であったとしても問題はない。
ゆっくりと立ち上がり、多少の警戒態勢をとるものの、そうと見せない
いつもの儚げな存在のまま、が自分の側までやってくるのを
見守っていた。
「やっぱナノってここで寝てるのか?寒くない?」
「…お前は…」
「え?うん?」
突然現れたくせに、”やっぱここで”という単語に引っかかる。
たしかにナノはここが気に入っているし、晴れている日はたいてい
ここで眠っている。それを、この見ず知らずの少年は知っている?
「お前は、何者だ?」
ナノはそういうと、自分の中で疑問が巻き起こったのを感じた。
今までは他人などどうでも良かった。
所詮は敵か味方、すでに染まっている者と、これから染まり行く者。
ただそれだけで、「他人」に対して、「その存在を追及する」という
言動は、過去に一度も取ったことがない。…あの、エマにでさえ。
(ならば、今俺は何を口走った…?)
ナノの中に渦巻く、深く果てしい疑問に気付くわけもなく、
はきょとんとしてからああ!と手を打って。
「ごめん、ナノは俺の事しらないよな。アキラ達もそうだったし
あたりまえか。俺、。なんでナノの事知ってるかって
聞かれたら………うん。登場人物だったから。」
再びその言葉を口にするが、ナノはますますもって混乱する。
当然であるが、はお構いなしなのももう当然であって。
「ねえナノ、ナノが元気ないのって、昔にフられたからなのか?」
「……フられ…?」
「それともやっぱり人体実験で傷付いたのか?」
「お前は…俺の何を知っている?」
人体実験、の言葉に、ナノの瞳がかすかにざわめいた。
危険因子かもしれない。
もしかしたら軍がすでに動き出していてこの目の前の少年も、
こんなに無防備なフリをして近づき…そして…俺を騙すのか。
軍…あの身勝手な連中…こんな少年まで、俺を捕らえる為に
まさか…あの…実験を施してある?
ナノはもともと生真面目な性格でできているのか、に対して
あらぬ想像図を持ち込み始めた。しかしそれこそレベルの
誤解であるために、ナノが傷付いた表情を見せた途端、が
同じくらい悲痛な顔をする。
「あ、ごめん…俺無神経だったかな…そだよな、人体実験なんて
思い出したくもないよな…あんな酷い事、思い出したくなんて…。」
この、の表情と一言で、ナノはやはり誤解をしてしまった。
(この少年の表情、言葉の意味…やはり、軍はまだあの実験を…
そして、この少年は感情を残したまま…俺と、同じようなことを…?)
違う…
違うんだナノ!
と。相変わらず誰も突っ込む人がいない。
ので。
「…と…言ったな、お前は…誰か、手を…」
「手を握ってくれる人?んー…よくわかんない。ナノは?」
「俺は…待っている。」
「…そっか。」
同情されているのにも気付かず、はナノの言葉の意味だけを
理解した。待っている。つまり、アキラを待っているのだろう。…だが。
(あれでもこのままいくとケイスケEDっぽいしな?そうなったらナノは
どうなるんだっけ?一人ポッチになっちゃうのかな…だったら…ナノは…)
この2人の存在に突っ込めるものなどこの場にはいない。
誤解が誤解を生み、さらなる誤解を生じて、もっと誤解が増えていく。
ご、誤解だらけだぁ!!
そもそもがここに現れ、しかも「ここは夢だ」と信じきっている時点で、
もうこの世界は大きく歪み、とんでもないEDが用意されているに違いない。
だとすれば、今更何が起ころうが突っ込もうが、無駄な気がしてきた。
「なあナノ!」
「…?」
ナレーションが軽く自暴自棄を起こしかけたときに、がぱっと顔を
あげて、おもむろにナノの手をとる。ぎゅうと握り締めると、ナノが驚いて
目を見張った。
「俺じゃ、駄目かな?」
「…な…にがだ…?」
「ナノの手握るの、俺じゃあ、だめかな…?」
「!!」
ナノの大きな手を、(ナノと比較して)の小さな手が包み込んでいる。
アキラがもしナノの手をとらないんだとしたら、ナノひとりぽっちになっちゃうし、
俺の夢でそんな悲しい事とかおこってほしくないもんな、俺の夢なんだから、
俺が何かしたってかまわないだろ。と、もうめちゃくちゃだ。
だがしかし。
「お前は…俺が怖くないのか?」
「怖くないよ。ナノ本当は寂しいんだろ?優しいのも知ってる。
だから、怖くない。ナノはナノでいい、ナノは、俺でもいい…?」
「………。」
温かい掌。懸命な言葉、そこから、嘘は感じられない。
ナノの中にいつの間にか出来上がっていた事。
全ては予定調和なのだと、想定されたことなのだと、
…必然なのだと。
言い聞かせ、全てに蓋をしてきたナノの心が、
というスーパー天然ッコパワーで、
チン(解凍)されてしまう。
「…が、いいのなら…」
「ほんと!?よかったこれでもしケイスケEDにいっても心配ないな!
ナノ、俺あんまり強くないけど出来るだけ側にいるから!な!!」
「…えんでぃんぐ…」
ふいに耳慣れない言葉が聞こえたが、ナノは特に疑問を持たない事にした。
もって欲しいと願ったところで、しょせん物事を補足するだけのナレーションに
そんな権限はない。
それよりも、ナノは”嬉しい”のである。
かつて握っていてもらえなかった手。
本来、もう一度握って欲しいと思っていた手は、見つからない。
だが、目の前の…が、側に居ると、手を…握ってくれると…。
「…の手は、暖かいな。」
「ナノの手は冷たい。でも、手が冷たい人って心が優しいって言う。」
純粋な笑顔を向けられ、ナノは顔に血液が集中するのがわかった。
ナノの全感覚が研ぎ澄まされすぎてそんな表現になるが、簡単に言えば
照 れ て い る の で あ る 。
実験結果次第で、よくやったと笑みを向けられる事はあった。
だが、それは自分に対してではない事も気付いていた。
「実験が成功した」という笑顔。
決して、ナノの存在を認めての表情ではない。
アキラも小さな頃からどちらかといえば表現は乏しく、
笑顔を向けられた事はなかった。…エマも同様である。
こんなに純粋な言葉。
まっすぐ自分に向かってくる感情、
それも、笑顔であるだなんて。
こんな、血に汚れた…呪われた血を持つ、自分に。
それを知っているのであろう、が、笑んでいてくれる。
「…どしたナノ、嫌…だった…?」
「…いや…違う。」
久しぶりの”感情”に、思考回路が付いてこず固まっていたナノを、
心配そうに見上げる瞳がある。は突然固まってしまったナノを見て、
やっぱりアキラじゃないとだめなのかな。と不安になっていた。
が、違うといわれて再び笑顔を取り戻す。
ナノの言葉一つで、こんなにも表情がコロコロと入れ替わる。
その感情には一切、負のものが存在しない。
なんと、心地よいものなのだろうか。
この子の放つ、全てが。
ナノは一方的に握られていた手をそっと握り返す。
人を殺めるときにしか感じなかったはずの温もりが、確かにここにあって。
しかも、血に染まる事もなく…ただ。触れるだけの…優しい温もり。
「は…」
「うん?」
「優しいな。」
「…なんだよ、照れるじゃん。」
とたんに真っ赤になって手を離され、赤く染まった頬をゴシゴシと擦る
様子を見て、ナノの口元に自然に笑みが広がった。それを見た
が、やはり嬉しそうな顔をして。
「うん、ナノ、笑った顔カッコいい。俺そっちのほうが好きだよ!」
と言ってのける。…今度は、ナノが真っ赤になる番だった。
+
ナノと会話を楽しんでいると、気付けばもう昼も過ぎて、
夕暮れ時に差し掛かっていた。
「あっやばい!俺何にも言わないで出てきちゃったんだった!」
「…帰る、所があるのか?」
「帰るところっていうか、待ってる人がいる。」
「…そうか。」
残念そうに顔を俯けたナノの頬に両手を添えて、少し迷った後。
(…BLゲームなんだからこういうのしとかないと駄目かなー)
とすっとぼけたことを考えつつ、「どーせ夢だし!」と意を決した
は、ナノの唇に触れるだけのキスをした。
初めてのキス。どうしていいのかわからずに、ぎこちないそれが終わる。
一応目をつぶっていたのを開けてみると、ナノが驚いた顔をしていた。
「あは、ナノがビックリしてる!でも、寂しい顔よりまだマシ。」
にへ。と照れた笑みを浮かべて、「感触までリアルな夢だ。」と感心
しながらそっと体を離すと、「またな!」と来た道を帰っていく。
ナノは一瞬追いかけようか迷ったが、唇にかすかに残る感触が、
体に金縛りをかけていた。慣れない行為だったのか、本当に
触れるだけのキスだった。
それが、自分のためだけにされたのだと思うと、胸が震える。
余韻に浸りながら空を見上げると、
灰色のそこは余りにも原作と違うストーリーが
成り立ってしまっているこの世界に悲観したのか、
今にも泣き出しそうな表情をしていた。
続
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