咎狗共の血 7
「んぎゃー!降ってきたー!!」
ナノとわかれて数分も経たないうちに、地面に広がりはじめた黒い染みは
アスファルト一面を覆う水面となった。急ぎ走っていればなんとか雨宿り
できるところまではいけるかと想像していたのだが、それも叶わずあっという
間に濡れ鼠。
ここまでずぶぬれになってしまえばもう同じかと走るのをやめると、
走っていたことで強く顔に当たっていた雨脚だけは弱まり、視界が
いくらか開けてくる。
その瞬間。
「うわっ!」
突然目の前に掌が現れた。避ける事も出来ないまま顔を捕まれ、
地面に押し倒される。後頭部に受けた衝撃に耐えて目を凝らし、
指の隙間から見える人物には…見覚えが。
「んが…えいうえ!!」
「…お前さぁ。なんでお前からアキラの匂いがすんだろ…?」
顔を押さえつけられたまま、首元に吐息が掛かる。口まで塞がれていて
言葉は聞き取りづらかったが、「ケイスケ」と呼んだようで。
すっかりライン中毒になっているケイスケが、の首筋を嗅いでいた。
「お前、アキラの何…?」
「えういあんえおあい。」
「聞こえないなぁ…もう一回いってくれる…?」
「別になんでもない。」
「なんでもないならさぁ。なんでアキラのことしってる?匂いもするんだよ。」
「中立地帯のホテルで一緒にソファーに座ってたから?」
「へぇ…ここの新しいオトモダチってやつ…?」
「さあどうだろ?友達になれたのかなあ。」
天然発言を受けて、ケイスケは思わず
狂気に歪んだ目で、を見下ろした。
「お前、俺の事怖がったりしねぇの?」
「ケイスケが?こわくないよ。」
「なんで俺の名前を知ってやがるんだ!」
「だって登場人物だし。」
…いい加減そのフレーズをやめて欲しいものだが、ナレーションには略。
ケイスケもケイスケで、見覚えのないチビに呼び捨てにされて腹がたった。
しかも、アキラの匂いを巻きつかせているチビ。いらだつ、いらだつ。
「はっ!わけわかんないなお前、とりあえず、死んどけよ。」
「え、いやだ。」
「…命乞いー…にしちゃあ、軽いなぁ…。」
ケイスケの殺気が思わず弱まる。
天然パワーはここまで来ると一種のカリスマ性である。
「殺さない代わりにさ。アキラ、連れて来てくれるかな。そうしたら、
お前だけは見逃してやってもいいよ?イグラ参加者でもなさそうだし。」
「いいよ。とりあえず、今は頭痛いからもうちょっと待って。」
ともすれば殺されるであろう場面なのに、恐怖に戦かない人間を
殺す事は興味がないのか、それとものマイペースっぷりに
またもや毒気を抜かれてしまったのか。
ケイスケは後頭部を抑えて寝転んだままのの横に座り込んだ。
「……お前さあ。」
「何?」
「変な奴。」
「そうかなぁ…俺からしたら全部が変なんだけど…」
「ははは…はははは!!」
多少狂気じみてはいるが、ケイスケは笑い出した。
それは本当におかしくて笑っているらしく、殺人を犯した時のような
興奮を感じる事のない笑い。ラインを服用してからはじめての笑顔。
この子はライン中毒者であっても和ませるというのだろうか。
「…痛かったか?つい、アキラの匂いにコーフンしちゃってさぁ。」
「うん痛い。そうだろね。雨の中だとそそられるんだろ?」
「へぇ。そんなことまで知ってんだ?」
「うんまあ、だいたいは。」
大体どころか君は全てを知っている!
「俺はさぁ、アキラを殺す事だけが幸せなんだ…」
「うそだー。」
「なんでそんなに言い切れんだよ…」
「本当はアキラが大好きで大好きでしょうがないだけのくせにー。」
「…ああー…そういやそうか。そうだ。殺したいほど、愛してるんだ。」
「ケイスケの愛って激しいよなー。」
「そういうのもアリだろ…?」
「後で後悔しないようにしろよ。」
「?」
ライン中毒者と普通に会話。ありえない。だが、ケイスケは
の言葉に素直に言葉を返した。
「否定される事」。
ケイスケにとっては逆鱗であって、それを一切しない
は攻撃の対象外である。
「後悔ってなんだよ、アキラを殺して俺だけのモノにしたら満足だしさぁ」
「今はそうかもしれないけど、本当のケイスケは本当にそれ望んでるのか?」
「本当の…俺…?」
わけのわからないことを言うに対し、興味が湧いてくる。
未だ欠片として残っているのかもしれない、「ケイスケ」が、
その存在に強く惹かれているのかもしれない。
「お前、本当に変な奴だな。」
「そうかなぁ…。って…頭痛いの収まらない…。」
いまだずきずきと痛む後頭部。普通ならそこで「痛い!夢じゃない!?」
と思うはずなのだが、「感触もリアル」な夢であると思っているが
今更そんな事を思うわけがない。
グワングワンと痛む頭を抑えてなんとか起き上がろうとするのだが、
目の前がチカチカしてそれが出来ずにいる。
「弱いなぁ…お前。」
「しょうがないじゃんか俺一般人だもん…」
「せめて座れよ、風邪ひかれたらメンドーだしさぁ?」
と、ケイスケがに触れようとした瞬間だった。
ばしゃん!と大きな水音が響き、次いですぐさま風を切る音。
瞬時に反応してそこから飛びのくケイスケ。何が起こったのか
理解が遅れたが改めて見た景色は、ピンクのパーカーが
自分の前に、まるで守るように立ちふさがっているという事。
「クソジャンキーが!に触んじゃねぇ!」
その甲高い声、それから、雨に濡れて光るギミックを見て、確信。
「グンジ、違う、ケイスケは…!…って…痛っ!!」
「!…!!」
大声を出したのが頭に響いたのか、途端頭をかばって身を縮める。
その声を聞いて、グンジの怒りが最高潮に達した。
「ブッ殺してやらぁ!!!」
「…チッ!!犬が、お前なんか相手してる暇ねぇんだよ!!」
だが、グンジの動きは素早く、雨の中でもその勢いが衰える事はない。
とっさにケイスケはナイフを構え鉤爪をそれで受け止める。すると。
ギィン!と耳を劈くような金属音が響いた。
何度も何度もその音が響く。激しい攻防、血肉の争い。…だが。
「っだー!頭に響く!やめれー!!!」
…まさに、鶴の一声。
がそう叫んだ瞬間、グンジ、そしてケイスケまでもが動きを止めた。
「ケイスケは別に俺になにかしようってわけじゃない!グンジもどっから
でてきたんだよ、状況も考えないで飛び込むなバカ!2人とも怪我
したらどうすんだよ、痛いだろ!?もっと自分の体大事にしろー!」
「け、けどさー、コイツ今に触ろうとしたんだぜー?コイツ最近
おこってる大量殺人事件の犯人なんだぞー…?心配すんじゃん!」
「ケイスケ別に俺の事殺そうとなんてしてないの!なあケイスケ!」
「あー。ソイツは殺さねぇよ、約束、したからなぁ。」
何よりも、こんな自分を恐れない上に、アキラへの思いも認める。
自分でも否定してきた思いをあっさりと受け入れた存在を殺せるほど、
ケイスケもまだ堕ちてはいなかった。
「マジかぁ?ジャンキーのくせに案外フツーだなぁ…」
「テメェこそ殺人ジャンキーだろうが、クソが!」
「ンだとテメェ!殺されてえのか!?」
「だからやめれってのー!って…イタイー!!!」
再度大声を出して、頭を覆うと、グンジはケイスケをひと睨みしてから
に駆け寄った。両腕で覆うように頭を押さえる姿を見て、
ギミックを外して頭全体をそっと撫でてみる。
「ウワ!でけぇたんこぶできてんぞ!あいつがやったのか!?」
「不可抗力…もう、ケイスケ今は引き取ってくんないかな、
後でどっかで落ち合おう、アキラ、ちゃんとつれてくからさ?」
「どっかってどこだよ…」
「2人がトシマで初めてあった場所でいい?」
「…あー…あそこならいいな。絶対アキラつれて来いよ…。」
「うんわかった。」
グンジには解らないように、だがケイスケは良く知った場所を指定する。
その返事を聞くと、ケイスケは雨の中へと消えていった。
そんなケイスケを放って、グンジはの頭を刺激
しないようにそっと抱き上げる。
「、お前あんなクソガキともお友達になれんのかー…?」
「ケイスケのこと?ケイスケ実はすごい良い奴なんだよ?」
「ラインでラリってんじゃんよー…」
「でも良い奴なの。グンジも…意外に良い奴なんだな。」
「あぁ!?」
初めて言われた言葉に、思わずグンジは真っ赤になった。
「ンなこといわれたのってぇー初めてだぜー…。」
「だって俺が襲われてるって思って飛び出してきてくれたんだろ?」
「あー、あのガキ見張るようにーってビトロが言うから見てたらよー
いきなりでてきて押し倒されっしよー…ビビって最初動け
なかったっつーの。したらアイツに触ろうとすっしぃー…。」
「そんで登場が遅れたのか…っていうか、どこから見張ってたのさ?」
「あっこー。」
くい、とグンジが顎で指した先は、廃屋の2階、ガラスの割れた窓だった。
「…あんなトコから飛び降りたんだ…スゲー!って…いてて…。」
「あーもーおとなしくしてろってぇ、ホテルまでつれてってやっからー…」
ラインを使ったケイスケの力で押し倒されたのだ。巨大なたんこぶで
済んだのはもはや奇跡としか言いようがない。
そうして再びグンジに抱き上げられホテルまで連れて行かれる道で。
…無情な神様の悪戯か。
硬質な足音が聞こえてくる。
「うげっ!なんでシキティーがんな雨ん中!!」
「シキティーってシキだっけー…おー。今日はよくキャラに会うなー」
…トシマでの日々での時間が押しているので、強制イベント
だとでも思っていただければ幸いにございます。
「今走れねえし…隠れっか…?」
「ここ何にもないじゃん。」
「…!気絶したフリしてろ!」
「えー…どうやってさー…?」
「ね、寝てりゃいいんじゃねえか!?」
「やだ。折角だからシキにもいいたいことあるし。」
「何だよ知り合いなのか!?」
「ううん。」
「あーもうまじで不思議ッ子ー!?」
などと、じゃれあっているうちに。
「…ほう、駄犬が獲物と戯れるのか…。」
シキがもはやすぐそこまで接近していた。
を抱えたまま戦う事など出来ない。かといって、地面に
下ろすのもいやだ。この降りしきる雨の中、すでにずぶぬれとはいえ
これ以上また寒い思いをさしてやりたくないというグンジなりの気遣い。
「シキティー、今忙しいからそこ通してくんないー?」
「シキー、ナノに近づかないでねー」
「ばっ!しゃべんなよ!しかもンなフレンドリー!?」
精一杯隠すように抱きなおしたというのに、そこから手を振って
存在を自らアピールする。シキも、突然馴れ馴れしく
名前を呼ばれたことで、器用に片眉をあげてそ怪訝な表情を浮かべた。
「ナノ、とは誰の事だ。貴様は何者だ。」
「俺はで、ナノはシキがおっかけてる人の名前ー」
「…俺が…追いかけているだと…?」
の言葉に、シキの中で殺気が渦巻き始める。シキが
追いかけている人物など一人しかいない、あの、無気力そうな
男のことだ。名は…ナノというのか。
「駄犬、それを置いていけ。そいつには聞きたい事がある。」
「いやだね、シキティーぜってーいじめんもん。」
「貴様が言えた口か。」
「俺今頭打ってて自分で立てないからこれで勘弁してよシキティー。」
「…シキ…ティー…?」
グンジのみならず、と名乗った人物からまでシキティーなどと
ふざけた名前で呼ばれてしまい、違った意味で殺気が増量する。
「もう一度言う駄犬、それを置いて、立ち去れ。」
「いやだーつってんじゃん。」
「むしろこのままで勘弁してっていってんじゃん。」
…だれか止めてって言ってんじゃん…。
続。
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