その日、トシマでは雪が降った。
暖房器機で暖められた部屋の窓から、
ちいさな笑顔が外を眺めている。
ヴィスキオ・パニック3
「ぱぱ、雪ふってるの!」
「〜カゼひいちゃうぜ、こっちこい〜」
「つもる?つもる?」
「さぁ〜?んなこといいからこいって〜」
グンジは日常的に寒々しいトシマで、パーカーを直着
しているくらいなのだから、寒がりというわけでもない。
だが、
雪が降る程に空気が凍るともなれば、さすがに肌寒い。
ベッドの中から、愛しい愛しい拾って来たわが子を呼ぶ。
子供特有の高い体温を求めて、フカフカの、
暖かい、かわいらしい柄のパジャマを着て。
…………………………。
グンジが。
パジャマとか。
ありえない。
そう思われるでしょうが、最初はそもそもまたあの
アルビトロの世話焼きから始まっているのです。
冬が近付いて来た寒さもまだ本格化していない時期に
アルビトロが、これからの季節に向けてとに
内側がフコフコのパジャマをプレゼントした。
首元と手首足首の部分にもフコフコのファーが
あしらわれており、柄はかわいらしいウサたんだった。
それをもらって着てみた、が暖かい暖かいと
喜ぶ姿を見て鼻血をたらしながら眺めていると、
無言でグンジがアルビトロの前に立ち、右手を差し出す。
最初何の事か分らず、握手でも求めているのかと
手を握りかえそうとすれば、拳でなぐられ違うと言う。
「にゃあんなのあってぇ、俺にはねぇのー?」
「は?お前はパジャマというものを着る習慣が…」
「うっせー。オヤコならベアルックだろが!」
「熊のカッコしてどーすんだ。ペアルックだろうが。」
キリヲのつっこみは軽くスルーされ、どーでもいいから
俺にもパジャマをよこせと殺気を放ってくるグンジの
ために、急遽パジャマをとりよせる。
グンジの身長に見合うサイズのものがなかった為、
最初に届いたものは外国人サイズのジャージのような
パジャマだった。
……結果、アルビトロはやっぱり拳で殴られた。
「ベアルックつったべ?何このダッセェの。やりなおしー」
「ヒ…ヒイイ……。」
さすがにもう訂正する気もないのか、キリヲは黙ってみている。
その膝にはちょこんとウサたんなが座っている。
アルビトロの警備員達ですらいつグンジがマジギレして
暴れるかとヒヤヒヤしているというのに、の顔は
キリヲにだっこされているのでほがらかだ。
警備員の中にはグンジ達はあえて無視して
を見て癒されているものも居たりする。
まあ…ともかく、ベアだろうかペアだろうが、お揃いが
着たいというわけだ。だいたい、多少の言葉の間違いなど
細かい事を気にしていてはグンジと付き合う等
やってられない。終わりがない。不毛だ。
そんなこんなで、特注でグンジにもとお揃いの
フコフコなウサたんパジャマが支給された。
「ぱぱ、おそろいだー!ぱぱかわいいー!!」
と、飛び跳ねて喜ぶと一緒に飛び跳ねて喜ぶグンジ。
トシマの住人に見られたらと思うと実に間抜けな状態だが、
見られたら見られたで我が子とお揃いカワイイだろうと
デレデレになるか、記憶を失えとそのまま命を絶たれるかだ。
…どちらにせよ、寒々しい。
そしてそのグンジのパジャマの違和感もうっすら薄れて
来た頃には丁度冬になり、雪がふってきたと冒頭に戻る。
グンジに促されてベッドへ入ってくるも、雪が気になって
しょうがないというはなかなか寝つけない。
身動きせずじっと窓の外を見ていると、背中に届く、
規則的な寝息。
グンジは完全に爆睡モードにはいっていた。
その寝息のリズムが心地よく、もウトウトしだす。
からしてみればその眠りは一瞬だったかもしれないが、
時間にしてみればそれなりに経った頃に、またふと目がさめた。
ポカポカ暖かい布団からグンジを起こさないようにそっと
起きて窓から外を確認すると、そこは銀世界が広がっていた。
どっさり積もっているわけではない。だがしかし、
子供のテンションをあげるには十分すぎる程の積雪。
チラリとグンジを見て、まだ爆睡していることを確認した
は、音をたてないように細心の注意をはらいながら
クローゼットから上着をとりだし、そっと部屋を抜け出す。
いつもは警備員数名が立っているはずの門まで来たが、
丁度交代の時間なのか、休憩の時間なのか、姿はなかった。
頑丈な錠がいくつもかけられている門の前で、は
しばらく立ち尽くす。そして何かを思い付き、門に背を
向けて走り出した。
足音など、それこそフコフコのカーペットが吸収してしまう。
静かなヴィスキオの城の中、小さな影が1階の窓向けて。
その窓の鍵は誰かが壊したのだとキリヲに聞いた。…まあ…
壊した犯人などあっさりと検討がつくが、今それは関係ない。
小さな手で壊れた鍵をそっと取り外し、窓をよじ登り外へ出る。
サク、と雪を踏む感覚をしばらく堪能したは、
自分が足跡で汚した場所から移動し、先程出る事を許され
なかった門の前までやってきた。
イグラ参加者もよほどの理由がない限りヴィスキオの城には
やってこない。加え、この寒さにやる気をなくしたのか、
街はとても静かだった。
門の前
まだ真っ白な雪を書き集め、
ちいさなゆきだるまをつくる。
季節に準じて枯れた木の細い枝を使って、顔をかたどる。
手袋をわすれた手は真っ赤になって痛そうなのに、
は使命を与えられた騎士がごとく真剣な表情で
いびつなゆきだるまをつくりつづける。
1つ1つ表情の違うそれは、よくよく見れば……
と、5個くらい作り終えた頃に、ヴィスキオの門が
けたたましい音をたてて開いた。飛び出して来たのは
グンジ、キリヲ、警備員にカウ。
……アルビトロはどうなったのかは知らないが、多分
ろくな目にあっていないと……おもいます。
+
が抜け出したために暖かさが薄れ、うっすら起きた
グンジは驚いた。抱き締めて眠っていたはずのがいない。
頭は起きても、体はまだついてこない状態でベッドから
転がり落ちる。そのまま何度か躓きながら、キリヲの部屋を
目指した。
の行動範囲は決まっている。
自分の部屋か、キリヲの部屋だ。
それ以外は入ってはいけないと教えた。
賢いはきちんとそれを守る子だった。
キリヲの部屋の扉を蹴破り、そんな騒音でも
目を覚まさなかったキリヲの布団をひっぺがす。
ベッドの中、いない。
クローゼット、いない。
ベッドの下。いない。
ゴミ箱。いない、に、決まってる。
しだいに顔色が蒼白になって行き、まさかアルビトロに
連れ去られなにかおかしなことをやられているのでは
ないかとその場にしゃがんで恐ろしい妄想にふけっていると
脳に響く衝撃。
こんな寒い日に、それでも気持ちよく寝ていたのを邪魔され、
部屋を荒らされ、その犯人は悪びれもなく考え事の真っ最中。
起き抜けの不機嫌もまして手加減無しのミツコさんが直撃した。
「っでぇぇぇぇ!!!」
「うっせぇピヨ、てめぇここで何してる。」
もんどりうって痛みを散らしていたグンジだが、キリヲの
一言で我にかえり、キリヲにがいなくなったと伝えた。
キリヲはため息を尽きながらも、上着を羽織りミツコさんを持ち、
寄り道する事もなくアルビトロの寝室のドアを壊して侵入した。
騒音に飛び起きたアルビトロが何事かを確認する間もなく、
目の座ったキリヲに胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。
「ヒ、ヒイ!何だね!何事だね!?」
ベッドの横に寝ていたカウも顔をあげ、聞き耳をたてる。
一緒に入って来たグンジはさっそくアルビトロの部屋を荒らし、
必死になってを探していた。
「よぉ。連れて来てねぇかぁ」
「は?!」
「いねぇんだよぉ。テメーくらいだろぉが」
「なっ何がだね!」
「アレにちょっかいかけんの、お前くらいだろぉが…」
「何の事かわからんね!第一くんが私の手元に居たら
私がこうやって安らかに眠っているわけがないだろう!」
「あぁ…たしかにお前が連れ出してたなら悪趣味な部屋に
連れ込むかぁ。……チッじゃあどこ行きやがったんだ…。」
がいない。
それを聞いたカウは、本来主人であるべきアルビトロを
おいて外へ通じる門の方へと走り出した。
それをみたキリヲがアルビトロをボトっと
おっことして、カウを追う。
グンジも続き、嵐が去ったアルビトロの部屋は無惨なものだった。
+
城の中を走って、カウが懸命に門をひっかき、あけろ、
そう言っている。グンジはたくさんの施錠を自力で
開けようとガチャガチャやっているが、開く訳がない。
あくびをしながら、キリヲが警備員のいる部屋へ向かう。
1分もしない内に門の鍵を持った警備員数人とキリヲが
戻り、慌てふためきながらも鍵を外して行く。
最後の鍵が解けたと同時に、その場に居た全員が門から
飛び出し、城の敷地内にすわりこんで何かを一生懸命
作っているを確認し、安堵のため息を漏らした。
「ー!!!」
「あえ?ぱぱだ!」
「いなくなっちったら心配すんじゃんよぉ!」
「んーだってね、楽しい気持ちなの!」
駆け寄って抱き締めると、冷えきった頬、耳、真っ赤になった手。
鼻まで真っ赤になっている。それでも、はずっと雪だるまを
作っていた。
「チビちゃんよ、黙って居なくなんのは悪ぃ子だぜぇ」
「あう。でもね、ぱぱねむってるのじゃましないのね。」
「お前なりに気ぃつかったのか。で、何してる。」
「ゆきまるだつくってるの!あのね、雪がつもったからね!
楽しい気持ちなのね、みんなの分つくるの!思い出なの!
フフフ、おきたらびっくりするかなっておもったの!!」
「ゆきまるだぁ?」
「……雪だるまのことか?」
見ればなるほど、不細工ではあるが、雪だるまが、5つ。
「これがね、ぱぱで、これがジジちゃん!」
一つ一つに指さしで名前をあげ、ニコニコと微笑む。
3つめはカウ、4つめは警備員のひとり、もう一つも同じ。
アルビトロの雪だるまがない辺が、子供ながらの残酷さだろうか。
「みんなの分作るつったか?」
「うん!」
「30個以上もひとりで作る気だったのか?」
「ダメなの?」
きょとん、と首をかしげるを見て、ため息しか出ないキリヲ。
具体的なその数字の大変さが理解できない辺が、まだまだ子供だ。
しかも最近になって分って来た事だが、は結構頑固な
性格らしく、一度言い出したら聞かない時がある。
…このテンションからして、今回も譲らないだろう。
「おいピヨ」
「んぁ?」
「チビちゃんの手袋とかとってきてやれ。」
「なんでよさみぃじゃん、なあ、ねんねしようぜ?」
「や!つくるの!たのしいきもちなの!!」
……ほら、やっぱり譲らない。
動機が純粋なだけあって、怒るにも怒れない。
手っ取り早くを納得させて寝させるには、手段は一つ。
「おいてめぇ」
「へっ?ハイ!」
突然話をふられた警備員は驚いた。
「寝てる奴等叩き起こしてこい」
「え…は…はい…」
「5分以内に全員連れてこねぇと殺す。」
「起こして来ますううぅ!!!」
そんなキリヲの言動をこれまた首をかしげて見守っていた
グンジも、ちんたらするなとミツコさんで殴られて、
自分の部屋へ、の防寒グッズをとってこさせた。
「早ぇ話が、雪だるまができりゃいいんだろ。」
「みんなのつくるのね!」
「ヘーヘー。じゃあ一人で作るよりももっと楽しいな気持ち
でやりゃいいじゃねえか。いーかぁ、全員で作るんだよ。」
…理解に、数十秒。
意味を解して、が冬だと言うのに
ひまわりのような笑顔をキリヲに向けた。
一人で30個以上も作っていたら時間が足りない。
そんなに雪が積もっている訳でもないから、溶けて
しまうかもしれない。そうでないとしても、が
風邪をひく事だけはたしかだ。そうなると絶対に
グンジやアルビトロがギャーギャー煩くなるに決まってる。
なら。
動ける奴を総動員してとっとと30少々の雪だるまを
作ってしまえばいいのではないか。と、キリヲは考えた。
も、理解した。
…若干意味合いは噛み合わないだろうけれど。
*
キリヲが言った通り5分以内に城に留まっていた警備員が揃い、
もグンジが持って来た防寒グッズで身を固めて。
みんなで仲良く雪だるまづくりが始まった。
最初は叩き起こされて不機嫌だった警備員達も、
懸命に雪だるまを作るを見て、
なんだか…自分が子供だった頃の事を思い出す。
こんな殺伐とした時代。
雪で遊ぶなど、なかったように思うけれど。
ただ寒くて、冷たくて、儚くて、雪など興味もなかったのでは
なかっただろうか。そんなものがあったかと、存在を忘れる程に。
しかし雪に触れあっていると、不思議と懐かしい感じがした。
雪を集めて、まるい形を作る。
となりのやつが妙に不器用で、にまけないくらいに
いびつな雪玉をみて笑ったり。どうすれば綺麗な丸になるか
なんて、こだわってみたりとか。
自然とこぼれる、笑い声。
ほどなくして30個、それを上回る、倍の数の、
小さな雪だるまが、城の前にきれいに並べられた。
「できたね!できたね!!みんなたのしいきもちになった?」
一番喜んだのはもちろんで、手袋をしたまま
ポフポフと音をさせて手をたたく。そんな姿を見て、
一同が胸の辺に暖かいなにかが生まれたのを感じた。
血とか、暴力とか、裏切りとか、恐怖とか……
そんな気持ちに支配されていたというのに、この子供は。
一瞬の内に、心の氷を溶かしてみせた。
自分達が作り上げた様々な雪だるまを見て、自然と口元が綻ぶ。
雪とは、こんなにも 「たのしいなきもち」 なものだったか。
しかしそんな幸せな時間も、のくしゃみによって
一瞬にしてかき消された。そうだ、この子はキリヲ達に
見つかる前から一人で、上着だけを着て外に居た。
風邪が。
しもやけが。
もう…なんかもう…何かがあっては大変と、
警備員達がグンジにだっこされたをなだめだした。
「さま、私どもはとても たのしいなきもち を
満喫させて頂きました、どうかお部屋にお戻り下さい。」
「まんきーぅーまんーきーつー?ってなに?ぱぱ?」
「しらね。けどまあ、ゆきまるだ作ったからねんねだべ?」
「うん!ねんねなのね!」
今度は素直に応じたのに、一同心底安心した。
ばいばい、おやすみーといいながら城に帰って行くを
見守って、警備員達はもう一度、大漁の雪だるまを見る。
こんなちいさなものでは、朝かもって昼か、溶けてなくなって
しまうだろう。そうなったら、あの可愛い子はどう思うだろう。
だが、考えたところで雪だるまを保存しておく方法などない。
冷凍庫に入れればもつだろうが、これは、ここにあるから
価値があるのだ。
久しぶりに暖かな感情に触れて
それが消え行く事を、なげくなど。
日が登ればまた血飛沫飛び交う狂った街に戻るだろう。
だが、せめて今だけはこの気持ちを溶かしたくないと、
警備員達はなかなか城の中へと帰ろうとはしなかった。
早朝、という時間が近付くに連れて、
ひとり。
またひとり
と、城の中へと戻って行く。
名残惜しそうに、
なんどもなんども
振り返りながら。
やがて朝になり、痛い程の太陽の光を浴びて、
雪だるまがキラキラと輝いた。
その日は毎年のこの頃に比べ暖かな気温になり、
昼を待たずに雪だるまは溶けて無くなってしまった。
…それでも、は泣いたりしなかった。
一人で作って、みんなをびっくりさせるつもりだった。
でもみんなが集まって、みんなで雪だるまを作った。
その思い出がなによりの宝物となったのだから。
ある寒い冬の日の、暖かな思い出となった。
続。
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