クノンさん導入編彼女の意識は、浮いていた。 メンテナンス中、クノンの意識レベルは内面の思考にとどまる。 身体は外からのアクセスによってチェックされ、クノン自身の制御から外れることとなる。 その間クノンという存在は電脳のみで成立する。ただし供給電力も最小限のものだ。 演算は制限され、意識レベルも下がる。 人であれば夢を見ているような状態で、クノンはぼんやりと考えていた。 (私ではレックスさまにご奉仕することしか……繋がることができない……) いくら、二人の間に特別な感情があったとしても。 (……この身体ではどうしようもありませんね) 時に凶器となる腕。 膨らんでいるというだけで、硬い胸の双丘。 関節部の継ぎ目以外なにもない、つるりとした股間。 恋、と教えてもらった感情を抱いた相手との温かい接触は、何故かそこだけ人間的な温もりと柔らかさを持った、口でのみ。 情熱的なキスをすることも、口の中で彼の剛直を愛することもできる。 だが、そこまで。 互いに肉体で愛し合う、という行為が、彼女にはできない。 (なぜ、私は女性なのでしょうか?) いっそ機械兵士のように性の概念など無いほうがよかったとさえ思う。 男性でも女性でもなければ、男女の関係になることなど無いのだから。 彼がクノンの口で果てたとき、彼は満足だと言ってくれた。 しかし、本当の所はどうなのだろう? 普通に女性を抱くという行為を求めてはいないのだろうか? お互いに、愛し合い――― と、そこまで考えて、気づいた。彼と繋がることを求めているのは、 (――私、ですか?) 結論と同時、クノンは目に入ってきた光のまぶしさに顔をしかめた。 体の制御が戻っている。メンテナンスが終わったのだ。 微かな駆動音とともに、ハッチが開いていく。 「……クノン? どうしたの」 メンテナンスカプセルのハッチが開いたというのにしばらく動かないクノン。 訝しんだアルディラがその顔を覗き込むと、彼女はやっと口を開いた。 「アルディラ様、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか」 え、と一瞬戸惑うアルディラ。予想外の反応だったらしい。それでも彼女は、いいわよ、と了承してくれた。 「でも、カプセルを出てからにしましょう? クノン」 「――アルディラ様、こんなことを考える私は……さもしいのでしょうか」 彼に、レックスに、抱かれたい。与えるだけでなく、与えて欲しい。 そんな感情を、クノンはアルディラに隠さず全て吐露していた。 アルディラは、2人が島を出ている間にそんな関係になっていたことに驚いていたようだったが、 「いいえ、そんなことはないのよ、クノン。ええ、絶対に」 と、クノンの両肩に手を置き、それから抱きしめた。 姉が妹に、いや、母が我が子にするように、優しく。 「そしてそれが不可能ってわけでもないのよ?」 「?」 「いらっしゃい。あなたも立派な女の子だっていう証拠、見せてあげる」 そしてクノンがアルディラに促されるまま辿り着いたのは、 「格納庫、ですね」 「ええ。あなたが召喚されたのとほぼ同時期にロレイラルから召喚されたものの格納庫よ」 「ここに、何があるのですか? わたしのデータベースにはこのような場所はありませんが……」 「そうね。この場所に関する情報はクノンにア閲覧権を与えていないから」 アルディラは格納庫の最奥へ辿り着くと、おもむろに壁に手を当てた。 「アクセス」 壁に方形の亀裂が入り、開いていく。そこに格納され、並んでいたものは。 「フラーゼンの、パーツですか? アルディラ様」 「ええ。ここからは自分で検索なさい。――アクセス」 アルディラがクノンの額に手をかざし、それを契機にクノンの認識領域に新たな項目が加わった。 否、加わったのではない。元からあったものにアクセスできるようになっただけのこと。 「人工皮膚にポリマー……シリコン……。あ、……ああ、これは……」 「ええ」 アルディラは頷いた。 「これで、レックスに愛してもらえるわね? クノン」 「換装完了ね」 「はい。……あ、やわらかい」 自分の胸を恐る恐る触ってみるクノン。 「大丈夫。ちゃんと立派な女の子の身体よ」 「アルディラ様」 「なに?」 「質問です。なぜ、プロテクトを?」 その短い質問に、アルディラ少し考える仕草をし、 「その、ね。クノンが女の子だから、かしら」 「?」 「あの人……ハイネルに愛されて私は嬉しかった。でも同時に思ったの。 もしこの繋がりに愛が無かったら、って」 「……」 「クノンはもともと医療用兼介護用で、そういう用途にも対応できるタイプなの。 でもね、あなたには心がある。我侭かもしれないけど、私は」 「いいえ」 言ってクノンは首を横に振った。これ以上はもういい、と言うように。 「ありがとうございます、アルディラ様。アルディラ様のお側にお仕えすることができたのは私にとって最大の幸運です」 「クノン……」 「アルディラ様。あの」 クノンの目がいきいきしていた。もう夜だ。 「外出ね?」 クノンはコクコクと頷いた。 (あー……、もういてもたってもいられないのね) 「いいわ、いってらっしゃい。でもその代わり絶対に」 「なんでしょう?」 アルディラはニヤリと笑った。普段の彼女なら絶対に見せない顔だ。 「絶対に――キメてくるのよ! いいわね、クノン!」 「あ、アルディラ様!?」 主人の未だかつて見たことの無い反応に戸惑うクノン。 しかしアルディラはそんな彼女を強引に部屋の外へと押し出す。 「いい? 明日になるまで帰ってきちゃダメよー」 ついにアルディラはクノンを部屋から追い出した。 クノンはしばし呆然とし、 「……ありがとうございます」 と小さくつぶやくと、すっくと立ち上がり、ラトリクスを後にした。 彼女の足が向かう先はひとつ。 「……キメます」 とんでもないことをぼそりとつぶやいた、クノンの瞳は――燃えていた。 End 目次 |
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