腹ぺこ羊は泣き虫狼と夢を見るか・承前――例の一件より四ヶ月後、蒼天の節三の月、盛夏。 ――聖王都ゼラム高級住宅街、某所。 …メイトルパにいた頃は、祭りの時などには散々着付けを手伝わされた事もあり、衣服に関するセンスは確かだと、自分でも自信があった。 彼女は背が高いし、顔だって悪くない。 何よりもあの藍に近い青色をした髪と尾は、彼女がエルゴから賜った中々の授かり物だと彼自身感じている。 …青や紫は、清楚で知的な魅力、高貴さを引き出すには欠かせない色だ。 だからああやって寒色系の、薄い水色のワンピースでも着せて。 後は黙ってさえいてくれれば、周囲の目にはそれなりの美人に映るはずなのである。 …黙ってさえいてくれれば。 「…あっ、レーシィーーーーーーッ!!」 …しかし自分の姿を見つけるや否や、周囲の空気がビリビリ振動する程の大声を上げ、片手をブンブンと高々に振りつつ走って来る、そんなユエルの姿に、レシィは (……だ、台無しですぅ……) と内心涙を流しつつも、顔に貼り付けた笑顔を引き攣らす。 どんなに自分が可愛くコーディネートした服をユエルに着せても、あっという間に泥だらけにされてしまうのが、目下レシィの大きな悩み。 あのワンピースだって、レシィがせっせこせっせこ足踏みミシンで自作、「動きにくーい」と嫌がるユエルに、なんとか頼み込んで着せたのに。 さっそく茂みを潜り抜けて木の枝にでも引っ掛けたのだろう、スカートの裾の右の部分がビリビリなのを見ては、 (…いや、きっとこうなるんだろうとは判ってましたけど……判ってましたけどね……) レシィが思わずちょっと泣きそうになってまうのも、無理の無い話だった。 「レシィッ、一緒にかくれんぼして遊ぼうよ、かくれんぼっ!」 そんなレシィの嘆きは露知らず、ユエルは彼に駆け寄りにこやかにそう言う。 これを聞けば、この歳になって『かくれんぼ』かと、笑う者も居るかもしれないが、しかしこの二人にとっての『隠れんぼ』や『鬼ごっこ』は、幻獣界流儀の『狩る側』と『狩られる側』に別れて行う超ハードなサバイバルゲーム。 足跡や匂いの痕跡を消したり、気配を殺して茂みに30分なんて普通にやるので、あのミニスもこれだけはやりたがらなかったという、いわく付きの代物だった。 …ただ、そんななのでレシィも片手間にやるわけにもいかず。 「え…っと、……す、すみませんユエルさん、たぶんもう少ししたら一段落つくと思いますんで、ちょっとだけ待っててくれませんか?」 逡巡した後少し困って、イチゴとクリームたっぷりの巨大ケーキを片手に言うのだが。 「ええ~? でもせっかく久しぶりにギブソンとミモザのお家に来たのに…、ユエルな~んにもする事ないんだもん… トリス達はなんだか難しい話してるしさ」 「…あうう… そ、それはそうかもしれませんけど…」 彼女が家事をしようとすると、大抵はする前よりも酷い事になるのを知ってるのもあるが、それでなくても、今の彼女は身体が身体。 本音を言えばユエルにはじっとしてて貰いたくてたまらないレシィが、最近では何から何まで全部自分でやってしまうので、結果としてほとんど何もする事がないユエルは、それが大層不服ならしい。 …まぁ、それでも暇を見つけてはレシィが根気強く料理のレッスンを施しているので、最近ではコゲコゲのハンバーグとか、やたら塩辛いシチューぐらいならなんとか作れるようになった辺り、二人とも快挙だと思っているのだけれど。 だがそうやってレシィが『我侭言わないで一人で遊んでてくださいね?』的なオーラを放出し始めると、途端にユエルの機嫌が悪くなった。 「…いいもーんだ、じゃあユエル一人で木登りして遊んでるからっ!ミモザが裏にある桃の木の桃、食べていいって言ってたもんねっ」 プイッとばかりに横を向いてしまう彼女。 いつもと違って妙に機嫌の悪い彼女に首を傾げながら、けれども彼は『木登り』という単語にギョッとして。 「だだだ、ダメですっ! きっ、木登りだなんてっ、そんなっ! ユエルさんもう四ヶ月なんですよ!? そんな危ないこと、絶対にダメですっ!」 『止めてくださいよぉ…』という意思を瞳に漂わせながら、拳を前で固めて力説するレシィ。 「ふーんだ、…ユエルだって立派なオルフルの戦士だいっ。オルフルの女戦士は、ちょっとくらいお腹が大きくなったからって狩りに参加するのを止めたりしないよ!? そんな風に怠けてたら、メイトルパじゃあっという間に餓死しちゃうんだからっ!」 …おそらく、怒り以外にもユエルのオルフルとしての誇りが、こんな風にレシィになんでもかんでもやって貰ってる自分に強い抵抗を覚えるのだろう。 むっとした表情で自分の腕を抑えるレシィの手を、力任せに振り払おうとして…… ……しかし、それが出来なかった。 「ダメですっ、ユエルさん! …もう忘れちゃったんですか?」 意外に強い眼差しで見つめられて、ユエルは僅かにだがギクリと身を竦める。 結構力を込めたはずなのに、レシィの腕が身じろぎもしない。 「ユエルさん、ずっと前に一回だけですけど、ミニスさんと木登りしてる時に木から落っこちた事あったじゃないですか!? あの時はたまたま、僕がクッションになれたから良かったものの……」 「そ、それはぁ……っ」 確かな事実を突き付けられて、思わずひるみ口篭るユエル。 彼女の方が気圧されている証拠に、無意識にだろう、尻尾がくるりと丸まった。 「ユエルさんの身体は、もうユエルさん一人のものじゃないんですよ?」 「で、でも、ユエル……」 「でも、じゃないです!」 三大戦闘部族の一柱であるオルフルの少女が、五大部族に名を連ねこそすれ草食系の亜人であるメトラルの少年に、怯え、竦んでいるなど、なかなか見られる光景ではなかった。 その奇妙さたるや、幻獣界の住民が見たら確実に目を丸くするだろう。 「…お願いですから、心配する僕の身にもなってくださいよ…」 「…ウウゥゥ…ッ、…わ、わかったよぉ…」 懇願されるような目で見つめられ、自分のプライドと相手の誠意の狭間、困ったように2、3度視線を動かした後、やがてユエルが渋々ながら頷く。 「本当に、お願いしますからね?」 ……そうすれば、もうそこにはいつものレシィしかいない。 オロオロと、泣きそうに顔をふにゃっとゆがめた、普段の優しいレシィである。 「区切りがついたら、桃も後で僕が代わりに採ってあげますから。 それまでは、あんまり危なくない所で遊んでてくださいね?」 「うん……って、え? …レシィ、桃採ってくれるの!? ……わーい♪」 自分の我が通らなかった為に、ふて腐れたような表情をしていたユエルだったが、それも一瞬、次の瞬間のレシィの言葉に、すぐにそんな事など忘れてしまった。 今の彼女の頭の中には、もう美味しそうに桃を食べる自分の姿しか浮かんでいない。 ……恐るべし、単純バカ。 「うんっ、じゃあユエルお庭の池んとこで遊んでるからっ、レシィも早く来てね!」 「はいっ! ……あ、そうだユエルさん、ちょっと待っててくださいっ」 邸の裏手にある小さな池――せいぜい小魚がいる程度で本当に小さい――の深さを思い返し、即座に『溺れる心配=ゼロ』という結論を出した後、レシィは近くの棚にケーキを置き……5分ほどで、すぐに戻ってきた。 「はい、麦藁帽子。熱射病になったら、大変ですからね?」 「…あ、うん、そっか。…そうだねっ」 丁寧に、彼女用の耳穴が開けられた麦藁帽子の紐を結んであげながら、その合間にちょっと、レシィはこの帽子の事を思い返す。 1年前の夏、とある理由で遠方に赴くことになった彼の主人に付き添った際、現地の樹上集落でユエルへのお土産にと買ってきたのが、これである。 露店の主人の話では、つばの部分についているのは妖精が生まれた後のルシャナの花なのだそうだけれど、流石にそれは眉唾臭い、とレシィ本人は感じていた。 ユエルの方はその話を信じて、嬉しそうに受け取ってくれはしたけれど…… (…だって、帽子の飾りにできるくらいにそんなルシャナの花があるんだったら、今頃そこら中をルシャナの花の妖精が飛んでるはずですもんね) ……ふいに浮かんだ、「ですよぅ!」「ですよぅ!」と鳴きながらイナゴの大群の様に空を埋め尽くすルシャナの妖精軍団を、レシィは頭を振って脳の中から追い出した。 馬鹿な事を考えるものではない。 「じゃ、行ってくるねー♪」 「はい、気をつけてくださいね~」 外へ駆け出していくユエルの後姿を見送りながら、 「…本当は女の子らしく、お花摘みとかでもしてて欲しいんですけどねぇ…」 なんて一人ごちていると。 「それは無理ね」 「ひっ!?」 いきなり背後から掛かった声に、ビビって手に持ったケーキを落としそうになった。 …が、更にそのケーキを、横からニュッと伸びてきた手が受け止めて。 「おっと危ない。……うん、流石はレシィ君のケーキだ。実に美味い」 「ミッ…ミモザさんっ!? それに、ギブソンさんっ!?」 驚いて振り返るレシィの前に、意味深な笑いを浮かべて立っている二者の姿が。 …しかもそれだけならまだしもだ。 「ねぇ聞きましたぁトリスの奥さん? 『もう四ヶ月なんですから』、ですってよ~」 「ええバッチリですミモザの先輩っ。ご主人様、もうびっくりしちゃったなぁ~」 「ほぉ…、なかなかお熱いようじゃあないか」 振り返ったミモザの視線の先に、廊下の影からニヤニヤとこちらを伺うレシィの主や、眼鏡を押し上げながらフッ、と笑いをこぼす、その伴侶までいたのでは堪らない。 (ちなみにトリスとネスティは既に半年前に挙式済みなのに対し、ギブソンとミモザは未だにのろのろと、三年前と大して変わらぬ同棲生活を送っている。こういう関係の人達こそ一番くっつき難いという神話を、現在も証明更新中だった) 「ご、ご主じっ……いっ、いいい、いつっ、いつからそそっ、そこにぃっ!?」 ガクガクブルブルしながら、聞くのが怖いけど、聞かなきゃいけない事を聞いてみる。 「うーんと、あたし達の方は『隠れんぼ』の辺りからかな?」 「いや、なに。ミモザが急に、面白いものが見れるからと我々を急かし始めてね…」 「ちなみにあたしはユエルちゃんがレシィ君に駆け寄って来た辺りから見てたわよ♪」 …………天国から地獄へ。 (…ほ、ほとんど全部見られてたーーーーーーーーーーっっ!?!?) ふらぁっ、と後ろによろめきかけ、だけどなんとか踏み下がって踏みとどまる。 2、3秒動きを停止した後、ふいに妙に強張った動作で顔を上げて、 「…ジ、ジャア僕ハ、台所ノ後カタズケガ有リマスカラ、皆サンゴユックリ……」 マニュアル喋りを残すと、触らぬ神に祟り無し、そのまま回れ右して一目散に…… 「…待ちなさいってば♪」 ……逃げようとして、捕まった。『逃がしてたまるもんかい』とばかりに、グワシッと。 「そんなの後でいいから、レシィ君も一緒にちょっとお茶飲んで行きなさいよぉ。朝うちに来てから、もうずっと働き詰めじゃないの。…色々聞きたい事も、あるしねぇ」 そら恐ろしい笑みを浮かべて御訓示賜る、幻獣界の女王様。 「そうだな、僕もひさしぶりにレシィ君が入れてくれたアップルティーが飲みたいしなぁ」 横から的確な援護射撃を行うその子分A(ギブソン)が、この時ばかりは憎たらしい。 「(あ、あわわわわわ…)で、ですが、僕、ユエルさんも待たせてますから…」 そんなミモザの毒手に、レシィはこの際なりふり構わってられず逃げ道を探すが、だけどそもそも幻獣界メイトルパ出身の彼が、『幻獣界の女王』たる彼女に逆らおうとする事自体、無見無謀の極みであって。 「あら? でもその為に被せてあげたんでしょう? む・ぎ・わ・ら・ぼ・う・し♪」 …レシィの尻尾の毛が逆立ち硬直するのは、当然怒りや性的興奮のせいではない。 ミシミシッと音がするくらいのスンゲェ握力で肩を掴まれつつ、『ペン太君』と油性マジックで書かれた緑色の石を笑顔でちらつかされたら、彼じゃなくてもそんな風に凍りつくというものだった。 もはや抵抗することも諦めての泣きそうな顔で。 ずるずるとトリスとミモザに引き摺られたレシィは、そのまま奥の応接間に連れ込まれ。 誰も居なくなった廊下に、無情にもバタンと、扉が閉じる音が響いた。 ……さて。 そもそも何故、レシィとユエルはトリス達と一緒に暮らす事になったのか? ファミィとミニスが、果たして易々とそれを承諾したのか? そしてこの四ヶ月の間に、果たしてどのような事があったというのか? ……それらの数々の疑問に答えるためにも、ここはまず、両名の生活が一変する原因にもなった『あの日』の翌朝の話に遡らなければならないだろう。 ◇ ◇ ◇ ◇ ――あの日の翌朝、『どうせすぐにバレるのなら』と腹をくくったレシィがファミィに対し、 「ファ、ファミィさん…」 「…あらあら、どうしたのレシィ君? 何か……」 「ユッ…、ユエルさんを僕にくださいっ!!」 …突然にそう言い放ってしまったのが、そもそも全ての始まりだった。 屋敷中が天と地をひっくり返したような騒ぎになる、ほんの十数分前の出来事だ。 ま、それ以前に、朝顔を合わせた使用人の数人が、チラチラとレシィの方を盗み見たり、目を合わせようとしなかったりで、レシィとしては既に十分過ぎる程気まずかったのだが。 (※ ユエルの部屋の真下には、住み込み使用人用の部屋が並んでいる) 少なくとも泥酔のため泥睡していたトリスとファミィは数秒の間をおいて食器を取り落とすし、ネスティは口の中の物を吹くし、ミニスはそもそも二人の会話に全く注目していなかった為何事も無く食器を動かすという、珍妙な光景が繰り広げられる結果に相成ったのだ。 ……まぁそんなミニスも、その三分後には「このケダモノォォォッ!!」って叫びながらレシィに料理ごと皿を投げつけてたりとかしてたのだが。 んで、当然のごとく、そんな驚愕の時が収まった後には、眠そうな顔でやっと起きて来たユエル(いつも早起きな彼女がその日は三時間も寝坊した)と並んで座らされ、レシィが恐れたのと寸分たがわない『地獄の詰問&からかいタイム』が開始されて。 レシィ自身、トリスとファミィからの連携攻撃に十分身を切られるような思いだったけれど、その上背後で同情心と好奇心からの問いを繰り返すミニスに対し、ユエルが顔を真っ赤にして俯きながら、何事かをポツポツ話しているのを見るに及んで、彼は気まずさと申し訳なさで、押し潰されそうな気持ちだったとだけ伝えておく。 ……いつもは止めに入ってくれるネスティも、流石にその時ばかりは非情であった。 しかし、そうやってひとしきり騒ぎに騒いだ後。 「…でも、じゃあレシィとユエル、うちとトリスの所と、どっちの方で一緒に暮らすの?」 そうミニスが疑問を口に出したあたりからが、真の地獄絵図の始まり。 同時に「「…え…?」」とその言葉の意味に気がついたような声を漏らすと、困ったように互いの顔を見合わせ、やがて再び俯いてしまうレシィにユエル。 レシィにすればご主人様の下で身の周りの世話をする事は生き甲斐であり、ユエルとしてもミニスと一緒に暮らせなくなる事は耐え難いものであったが…………しかし繋がれた手に篭る二人の力が、けれども答えを物語っていて。 そんな二人にちょっと憧れを抱く反面、大事な友達のユエルをレシィに全部取られたような気がしてムッとするミニスに、(青春だなァ……)と親父臭い感慨を抱きながらキラリと眼鏡を光らせる老成青年ネスティ。 でも、トリスとファミィは、それどころでは無いようで。 …っていうかものすごい勢いで、喧々諤々と舌戦を繰り広げ始めてさえいた。 「私としては、若く生活に余裕の無いトリスちゃん達のところよりも、うちで二人を飼……お世話するのが妥当だと思うのよねえ。レシィ君のお料r……誠実な仕事ぶりに関しては、私もミニスちゃんも高く評価しているし、喜んでうちで雇……」 「何言ってるんですか、レシィはあたしの大事な家政……ご、護衛獣なんですから! ユエルが正式な護衛獣ではない以上、うちに二人が来るのが道理ってもんですよ」 「……レシィ君は、トリスちゃん専用の全自動家事マシーンじゃありませんよ…?(怒)」 「ファミィさんこそ! レシィもユエルも貴女のペットじゃないんですからねっ!?(怒)」 お互いに『こんなイイモノ向こうに渡してなるもんかぃ!』と言い争う二人の周囲に、次第に険悪な空気が漂い出す。…いつしかお上品な敬語も消えうせた二人の間で、らしくもない「性悪」「貧乳」「若作り」「小娘」などと相手を直接攻撃する単語が行き交わされ始め、そして…… 「……召喚師なら、」 「実力で勝負っ!!」 ……その日、マーン邸の広大な裏庭に、大小様々なクレーターが召喚された。 その戦いの凄まじさもさる事ながら、池も生垣も芝生も消えた焦土に座り込み、『…もうこの仕事止める……』とすすり泣いていた庭師のおじさんを、ユエルと二人で必死に慰めてあげた事が、やけにレシィの記憶に鮮明だ。 ◇ ◇ ◇ ◇ 「…いやぁ、あの時の敢然とファミィさんに立ち向かうトリスと来たら、勇ましいのなんの。僕も思わず惚れ直すほどの見事な戦乙女ぶりだった」 「もうっ、ヤダァネスったらぁ♪」 その戦いの凄まじさをイチャつきながら語る二人に、 (…あれが勇ましいって言うんでしたら……まぁ、勇ましいんでしょうけどね……) レシィは何故か五セット用意されたティーセットに、紅茶を注ぎながら暗澹とする。 なにせ、機竜ゼルゼノンと機神ゼルガノンの援護射撃を背に受けつつ、母親に脅されパニクったミニスの、剣竜ゲルニカの炎壁を切り裂きながら、 トリス:戦闘タイプ レベル:50 選択属性:獣 ランク:超律者 装備:千斬疾風吼者の剣+マジェストシェル+猛き角笛 召喚石:ナックルキティ闘(憑依中) トライクルセイズ 牙王アイギス 『 抜・剣・覚・醒! だぁりゃああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』 千斬疾風吼者の剣を振りかざし、そんな雄たけび声を上げながら単騎突撃、天兵さん、ガルマちゃん、レヴァティンちゃんによる複合同時のオールレンジ攻撃を、どこぞの戦闘力インフレ漫画よろしく、紙一重の差でかわして疾駆するトリスの姿が、それでもネスティ(Lv45)の目には戦場を翔けるワルキューレと映ったらしい。 …彼以外の者の目には、どうみても般若か闘神にしか見えなかったにも関わらず、だ。 (…あのファミィさんが、思わずひるまずにはいられなかった位ですもんね…) 『バ、バカなっ、この史上最凶にして全ての召喚師達の母っ、金の派閥の議長たるこのファミィがっ、…恐怖っ!? 恐怖しているとっ!? こ、こんな小娘にっ!?』とかなんとか思ったのかどうかは不明だが。 僅か二、三度の召喚を繰り返す間に眼前までトリスに肉薄されたファミィさんは、次の瞬間『信じられない』という表情のままトリスのみね打ちに昏倒する羽目になり。 …そうして、レシィとユエルは、晴れてトリスの下で暮らす事になったわけである。 もっか現在のところは、ネスティが『ちょっと書類をいじくって』くれたので、名目上はユエルはトリスの護衛獣、レシィはネスティの護衛獣という事になっており、彼らは二人の任務や蒼の派閥内への同道も許された、公式?の護衛召喚獣だ。 …まぁ、レシィもユエルも大抵は家の留守を――トリスとネスティが結婚した際に、ラウル師範が二人の為に用意してくれた屋敷である――預かる事がほとんどで、二人+二匹が暮らすには(やっぱり)少し大きめの屋敷を手入れするのに忙しく、派閥の公式行事でもない限りは派閥の本部内に同道する事はなかったけれど。 …そうして、そうやってファナンからの帰還後しばらく忙しかったトリスとネスティが、同じように忙しかったギブソン・ミモザとようやく空いた時間の予定が合ったので、こうして今日二人の屋敷を訪れたというのが、事の次第。 けれど、それでもレシィは、今日は朝から嫌な予感を感じずにはいられなかった。 自分達は召喚獣なので、正式な結婚式なども出来ないのだから、かつてお世話になった二人にも、ちゃんとこういう事は報告しなければ。 …と思う反面、ものすご~~~く嫌な予感がしていたので、挨拶もそこそこ、朝から邸内の掃除にかこつけてあまり顔を合わせない様逃げ回っていたのだが。 「そっかぁ。レシィ君とユエルちゃんが、顔を赤らめながら、手をねぇ……」 ………… 「…どっ、どどどっ、どうしてっ、どうしてよりによってそこに注目するんですかぁっ!」 …自分の嫌な予感が当たってしまった事に、思わず叫ばずにはいられないレシィ。 「も、もっと別に聞きたい事だってあるはずじゃないですかっ! …た、例えば、ほら、何てったってご主人様とファミィさんの戦いですよ? 人類最凶決定戦ですよっ? そ、そんなどうでも良い事より、そっちの方がずっと聞きたいはずですよね? …そうですよねっ? ねっ、ギブソンさんっ……ギブソンさぁん……」 半泣きになりながら、それでも必死に哀願の意を込めて、――さりげなく、彼のご主人様をバカにするような内容を発言に含めながら――レシィは唯一ミモザを止める事ができる可能性を持った人間に訴えかけるが。 「いやぁ、僕としても当の二人が『人外さん』だと言う事についてはすでに重々知っているしなぁ。今更そんな事を聞くよりも、もっと興味深い事の方を聞きたいよ」 「あらギブソン、奇遇ねぇ♪ 珍しく意見が合うじゃないの」 どういうわけか、実に爽やかな笑顔でそんな彼の救援要請は一蹴されてしまった。 いつもは良識派で、自ら進んでミモザの暴走を抑えてくれるはずのギブソンの、そんな何故かのそっけない対応に、レシィは絶望感を隠し切れない。 「先輩、その手を繋いでた辺りの事、詳しく教えて欲しいなぁ~、ねぇトリスちゃん?」 「え、えぇ~? あたしはちょっとそれ見てなかったしなぁ。…むぅ………ぁ、」 「そうだ、ネスッ! ネスなら見てたでしょ、詳しく教えてよ!」 しかし、それでも僅かに救いなのは、トリスがそのシーンを見ていなかった事で。 だから彼女は今ネスティに助力を求めているのだけれども、でもレシィには、ネスティがそんな事を真面目に解説する人間にはとてもじゃないけど思えなく。 (…た、助かりました。…も、もうこれで後の展開は見え見えですね。いつもの様にネスティさんが『君はバカか!どうして僕がそんな事を一々詳しく解説しなければいけないんだ』って怒り出して、ご主人様が膨れて、それでおしま……) 「ああ、見ていたとも! それはそれはもう、若い二人の青春真っ最中といった趣きでな。初々しい事この上なく、まるでプラトニックな恋愛小説のワンシーンのようだったぞ?」 『この手だけは~♪ 離さな~い~♪』と、数年前に流行った古い歌を微妙に狂った音程で口ずさむネスティ(音痴)と、キャーッと叫びながら手を叩き合う女性陣。 (……はれ?) これにはレシィもポカンと開けたまま、呆然とせずにはいられない。 (…ネ、ネスティさん? …な、なんでそんなに眼鏡キラキラさせてるんですか!?) これは一体どうした事か? いつもであればここら辺でそろそろ、 『いい加減にしないかトリス!』、『そろそろその辺にしておきたまえミモザ』、 というネスティやギブソンの合いの手が入るはずなのだ。 …思わず(今日は一体どうしちゃったんですか?)と、縋るように二人の方を見たレシィの顔が、けれどそんな二人に共通した異変に、今さらながら凍りつく。 ――ネスティもギブソンも、目がちっとも笑ってなかったり。 ……嗚呼、言わずもがな、天が許し、地が許し、たとえ女が許しても。 全ての男が許さない、そんな事柄が、この世には歴然として存在するのである。 つまり、今のレシィはこの世の全ての男の敵。罪状は…明言する間でもないだろう。 (……あはは、お父さん、もう生きて帰れないかもしれません…) 同じ男として嫌というほど判る己の罪業に、レシィは力無く笑って、…死を覚悟した。 ――同刻。 もともと研究者気質で、そういうのに無頓着な二人のみの屋敷。 全然手入れのされていない荒れ放題の裏庭の、葦に囲まれた小池の傍で、ユエルはパシャパシャと脛から下だけを水に入れて動かし、水飛沫と共に広がる波紋をぼーっと眺めていた。 遊ぶのが好きな彼女でも、やはり一人遊びで済ます範疇には限度がある。 最初の頃は小魚を追いかけたりと楽しかったが、やがてそれにも飽きてしまった。 「…つまんないなぁ~」 レシィまだお仕事終わらないのかな、などと考えている内に、自然と思考はレシィについての関連事項へと傾いていく。 近頃では何もする事がない時に故郷の思い出に耽るような事が少なくなった代わり、その分ユエルは、暇さえあればレシィの事を考えてしまうようになっていた。 「…ユエル、何やってるんだろ…」 そうやって、先刻の自分の醜態を思い出して溜息をつく。 ……さっき『木登りしてやるから!』なんてレシィに絡んでしまったのは、朝からちっとも自分に構ってくれない彼の態度が…面白くなかったからだろう。 本当の事を言えばユエルも、飛んだり跳ねたり走ったりする分にはまだ全然構わなかったけれども、…けど木に登ったりとか…冷たい水に入ったりとか…、そういう事は、最近あまり『シタクナクナッテ』来てしまっている。 ……ただ、いつもは自分が呼べばレシィはすぐに飛んで来てくれるし。 お願いや我侭を言ってしまっても、彼が適えられる範囲内でだったら大抵聞いてくれる。 自分の姿がちょっと見えないと、すぐ不安になって探し回るのは、いつもは彼の方で。 だから今日のように、いざ彼の方が全く自分を見てくれないような状況に陥ると、逆に彼女の方が不安になり、面白くなく、どうしていいか判らなくなってしまうのだ。 …たとえそれが、ほんの半日程度のことであったとしても。 (…なんで、こんなになっちゃったのかなぁ?) 『あの日』以前、二人がまだ、ただの友達同士でしかなかったあの頃までは、……若干双方にそういう側面がなかったわけではないけれど……でも、ここまで酷くなかった。 だけどあの夜、二人とも隠してきた本当の気持ちを曝け出して、ぶつけてしまって以来。 ユエルは普段は自分でも手が届かない、心の一番奥のところに、なにかねばねばする蜘蛛の糸みたいなものをひっつけられてしまったような居心地で。 お互い、漠然と自分に足りない物を、欲するものを相手に見出してはいたのだけれど、それでも遠慮や畏れが多分にあって、今一歩踏み切れないでいたのだが。 しかしいざ勢いと成り行きにまかせてくっついてしまったら、それがあんまりにも――想像していた以上に――気持ちの良いものだったから。 (……離れられなく…なっちゃったんだよね……) そう、言葉に替えて思う分には簡単だったが、けどそれがすごいトンデモナイ事なんだと気がついて、ユエルは顔を赤らめた。 確かに、レシィの側にいるととっても居心地がいい。 なんか落ち着くというか、のんびりするというか、今も昔も、レシィの周りにはそういう穏やかな雰囲気が漂っていて、なんとなくだけど安心できる空気がある。 レシィ本人はそう言われるのを嫌がるけれど、でも彼がああほど周囲の皆から『可愛い』『可愛い』と言われるのは、彼の女の子みたいな容姿だけでなく、あの温和な性格から醸し出されるそんな空気のせいも大きいのかもしれない。 だからレシィと一緒にいると、不思議なくらい心が安らぐ。 レシィと一緒に話していると、――もっぱら話すのはユエルの方で、レシィは聞き手に徹する事が多いのだけれど――とても楽しい。 ユエルがどんな大した事ない話をしても、彼は一生懸命に聞いてくれるからだ。 …でもそれを差し引いても、流石にこれは異常なんじゃないかと、最初にそう痛感したのが、あの日以来、初めてレシィがいない夜を迎えた時だった。 少し前、深夜のゼラム繁華街で外道召喚師の手による暴行事件が起こり、それを受けて緊急の召集がかかったトリスとネスティに随行して、レシィは『ユエルさんは今は大事な身体なんですから』と、ユエルには留守番をしているように言い、自分一人だけ出かけて行ってしまった。 …その夜は、ちっとも眠れなかった。 夜一人で寝るのは元より嫌いで、誰かと一緒でないとなかなか寝付けない部分が彼女にはあったけれど、しかし幾らなんでもおかしい事に自分でも気がついた。 だって全然眠れないのだ。ちっとも落ち着けない。 ここ最近はずっと大丈夫だったはずなのに。 しかしまた、こちらの世界に一人だけ連れて来られたばかりの頃のように、全然眠れない自分に戸惑うその裏で。 …いつの間にかユエルは、自分が今にも泣きそうになっている事に気がついた。 『……レシィ、早く帰ってきてよぉ……』 思わず口に出してしまったあたりで、とうとうポロポロと涙を溢し始めてしまう。 すぐそばにレシィの匂いが無いのが寂しい。 裸のレシィのぬくもりが傍に無いのが切なく、胸が苦しくてたまらない。 だってあの日以来、眠る時はいつもレシィの身体にぴったりと身体をくっつけて、胸に頭をこすりつけるか、腕枕してもらって寝るのが習慣だった。 そうやって眠りに落ちるまでに、同じ様に眠たそうにしながらも微笑むレシィの手で、頭をワシワシと撫でてもらえるのが。 手櫛で優しく髪を梳かれて、レシィの指が髪の間を通り抜けていく感触が好きだった。 たったそれだけの事なのに、どうしようもなく幸せで。 そしていざ自分の傍からそれが無くなってみれば、今度はそれが恋しくて堪らない。 …一体全体、どうしてこんなおかしな事になってしまったのか? 「…やっぱ、あれだよね? …レシ……『お父さん』が、悪いんだよね?」 そっとお腹に手を当てて――流石にまだ胎動は感じられないが、でも何かいるんだなぁ、というのは感じられるようになって来た――聞こえるはずもない相手に話しかける。 「…あんなとんでもない事、いっぱいいっぱいするから…」 ふいに思い出したのか、顔を赤くしてそう呟く。 「あんな、恥ずかしくて誰にも言えないような事、ユエルにいっぱいいっぱいしてくるから…」 そうやって、みるみる耳まで顔を真っ赤にしながら、小さな声でボソリと一人ごちた。 …ミニス辺りが聞いたら、『何!? 何されたのー!?』っと血相変える事間違いなしである。 「おかげでユエル、もうお嫁にいけない体にされちゃったんだよ?」 自分がもうとっくにお嫁に来ている事を忘れて、『あんな虫も殺せないような顔して』『キョーボーだし』『ドーモーだし』などとぶちぶち愚痴るユエルに対し、生来つっこみ根性旺盛な彼女の夫がこの場にいたなら、一体どんな顔をしただろう? 「…ユエル、レシィなしじゃ生きてけなくなっちゃったら、どうするんだろね?」 …おそらく顔を真っ赤にして、きっと何にも言えなくなってしまったに違いない。 だってそうやって顔を赤らめながら愚痴るユエルの表情は、その言動とは裏腹に、とても幸せそうなものだったから。 「大体だよ? 『お父さん』ってばねぇ、あの日の次の日からしてもう……」 【 続 】 目次 | 次へ |
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