ビジュ×アティ油断していた。残業中で勤務時間外とはいえ施設に残っているのは自分だけとは限らぬし、そいつがちょっかい掛けてくる可能性はあったのだ。 何が言いたいのかというと、現在アティは危機的状況。ある意味で。 椅子に腰掛けて溜息を吐く。自分のだと信じられないくらい甘ったるい。 シャツは思いっきり前開いて服の意味を為していないし、豊かな乳房を支える下着はずらされ先端が見えている。こんなことになるならアズリアの小言通り士官服身につけるべきだったろうか。あれなら脱がされにくいし。でも士官服だと白衣が着れな 「ひあっ」 妙に可愛げのある高い声が思考を中断する。 側で片膝立ちになっていたビジュが目線を上げた。 「今のもしかしてテメエ、か?」 確認しなくても、ここはビジュとアティの二人きりで、野郎がそんな声出すわけない。 というわけで決定だが、アティは首まで真っ赤にしたまま動かない。 硬直しっぱなしの横顔を見上げている内になにやら思いついたらしく。 「……弱いのか」 否定は途中で悔しげな嬌声に替わる。 色づく先端をねぶられる。指とは違う湿り気を帯びた軟らかい感触。不意打ちで歯が当てられ背を弓なりに仰け反らせた。 手からペンが転がり落ちて先程まで取り掛かっていた始末書の上に黒い水たまりを作った。 しまった、と涙が滲む。 もっとも、八割方仕上がっていた書類を台無しにしてしまったからなのか、抵抗する余力のある内に、この男にヘッドロックかけてオトしてしまわなかったことに対する後悔なのか、一瞬でも「いいかも」とか思って流されてしまった自分へのものなのか、判然としない。 行為を止めるべくビジュの肩へと回したはずの手は、いつしか弱々しく上着を握り締めるだけになっていた。もう背筋だけでは支えきれなくなって背もたれに身を預ける。 逃げようにも背後から回された腕がそうさせてくれない。 シャツの下に隠れたままの乳房を男の手が弄る。すくいあげられる度に布と擦れるのが酷くもどかしくて、ついもっととねだってしまいそうになる。 どうにか必死で堪えていると、スラックスの止め具が外される。 「ちょっと待ってそこはさすがに……っ!」 手が厚さの違う二枚の布をかき分けて茂みに絡む。 柔肉がくぐもった水音を立てた。 羞恥と刺激で体温が限界超えて上昇する。 そこはもうぐちゃぐちゃに濡れて生理反応だけではくくりきれない。 むしろ待ちかねていたかのように指を呑みこむ。 襞の中隠された粒を抓まれ、腰が跳ねた。 低い笑い声。自らの優位を確信した者の。 自分からは何もできないのに悔しさを覚えつつ、刺激の与えられる場所に視線を移す。 中途半端な脱がされぶりが却っていやらしい。白衣と素肌の間を緑の色が埋める。 ごく自然に手を移して人工色に染まる髪を梳いた。 柔らかい。普段は「ネコっ毛は歳食うと危険なんですよねー」なんてからかっているけれど、毎朝櫛を通すのに四苦八苦する自分とは大違いだ、と少々羨ましくなる。 息が上手く継げない。体温が妙に高いのを除けば水に潜っている時に似ている。 酸素不足で頭ぐらぐらするくせに足元のはっきりしない浮遊感が心地好くて、ずっとこうしていてもいいかな、と思うのだけれど。 「……はっ…」 気持ちいいのに苦しくなる。 足りないから。もっと気持ち好くなれる場所があることを、知っているから。 指だけでは舌だけでは肌をなぞるだけでは その先が、欲しい。 気づかぬ内にビジュの頭を自らの胸に押しつけるようにして抱え込んでいた。 心よりも身体はずっと欲望に忠実だ。 続きは要るか、と聞かれた。 頷いた。 ビジュが笑う。相変わらず小物臭い笑い方だ。 まあ、嫌いでは、ない。と思う。多分。アティに確信はないしあっても絶対に言わないが。 悔しいし。こんなはしたない姿晒すのはこいつの前だけ―――それだけで充分負けか。 指がわざと水音立てて引き抜かれる。 鼓膜に届くいやらしい音と、自分の身体がそれを発したのだという事実が心臓を早鐘の如く打たせて。ぼんやりとする頭で気になるのは、 (続き……どうやってするんだろう) ベッドは向こうの部屋だし、床は痛そうだなあ、なんて荒い息で考えていると。 椅子ごと斜めにされる。 「……え、え、」 肘掛が机と当たって小さな音を立てた。キャスターもついてないのに、さすが軍人体力がある。 ビジュが机の上を無造作に空ける。そこへとアティに肘をつかせた。 肘掛に腰が当たって少し痛い。横座りの体勢になって足が床から浮く。 下肢を覆う布地が膝近くまで下ろされた。 「やですよこんなのベッドが良いですっ!」 「そこまで我慢できる風には見えねェし」 「それは貴方でしょう?!」 「違いねェ。けどな」 楽しんでいる。天井からの灯りで逆光になっていてよく見えないが、確実に楽しんでいる。 鎖骨から胸へと舌が這う。抗議が封じられてしまう。 「テメエもだろ?」 背筋に甘やかな寒気。 こういう時だけ勘がいいとは、全く、憎たらしくて―――愛おしい。 屹立が秘所へと触れ一気に貫かれる。 慣れない角度に悲鳴が出そうになった。 咄嗟に白衣の襟を噛んだ。すんでのところで声が差し止められる。 外そうとする手を、必死に首を振って避ける。髪が乱れて朱に染まる肌へと陰を添えた。 夜とはいえ―――いや人気がなく物音のよく通る夜だからこそ、声を上げるわけにはいかない。ここは職場で自分は残業中なのだから。 今更だろうと何だろうと譲れない一線は誰にでもあるのだ。 「しょうがねェなあ……」 少しだけ動くのを止めてくれた。 じりじりと楽な姿勢を探すうちに痛みと快さの比率が後者へと傾いていく。 ふと、思う。 こっちは自分のことだけで精一杯だけど、相手は気持ちよくなれてるだとうか、と。 (……さっきから恥ずかしいコト考えてるなあ私) ここ数十分の考え文章に残して明日の朝見たら、穴掘って生き埋めになりたくなるに違いない。 ……今は考えないでおこう。 それより胎内を埋めるきつい快楽を得るほうが分け合うほうが、ずっと。 つま先すら床に届かぬ不安定な姿勢のまま覆いかぶさる身体へとすがりつく。 もう大丈夫だという合図のつもりだった。 どうにか伝わったらしい。 息があつい肌があつい繋がった部位が、熱い。 動かされる。 淫猥な、粘液の擦れる音。 体液が流れ落ち服を汚す。 いちばん奥を突かれて。 張りつめる。 全身がひきつる。男を締めつける。 硬いモノが内側を擦りながら引き抜かれる。無理矢理押し広げられる感覚はしかし、とても、快くて。 腹部に重く粘る熱を感じながら、やっとアティは唾液に湿る襟を離した。 「で、どうしてくれるんですか」 「何が」 ビジュの返事にアティは眉と口調を吊りあげる。 「何がって始末書ですよ! インク零したから書き直し決定なんですけど?!」 「そりゃ大変だな」 我関せずでうそぶくのに文句を言いかけ、 「……分かりました、もういいです」 やたらとあっさり引き下がる。 もう私は知りません、との不吉な独り言は、不幸にもビジュの耳には届かなかった。 他人の仕事邪魔したツケは三日後にやってきた。 緊急と表紙に赤文字で書かれた書類のくどくどしい内容を要約すると、『本日の十八時までに提出しなければ減俸>ビジュ』といったところか。 呆然とするビジュの手元を覗き込んで、アティは。 「やっぱり来ましたか」 やれやれといった調子で戻ろうとする首根っこ掴み、 「どういう意味だ」 「そのままの意味ですよ……っと」 掛け声と同時に手首に負荷がかかり力が弛んだところを逃げられる。 「私ちゃんと言いましたよね。『誰の為に始末書書いてると思ってるのか』って」 つまり言葉のあやではなくまんまの意味だったのか。 「最近ビジュさんに出すより確実だからって私の方に書類回されるようになってたんですが、 あのあと面倒になっちゃったんで結局ほったらかしにしたんですよ。 大変だろうけど頑張ってください。……あ、でも」 くるりと振り向いたアティの表情は酷く愛らしい。 だがビジュは騙されない。目の前の女が甘い容姿に似つかわしくなく 策士で、腹黒で、いぢめっこ体質であることを分かりすぎる程解っているのだから。 「この間のこと反省して、良い子になります……というのは無理だろうから、 金輪際ひとを仕事中に襲わないから助けてくださいと敬語で頼めば手伝いを考慮しなくもないです」 「死んでも御免だ」 「即答ですか。まあ落としたら夕飯奢りますよ、30バームまでなら」 「安いわっ! それで恩売られるならいっそいらねェっての」 アティは行儀悪く机に腰を下ろし足をぶらつかせる。 「後二時間さあ間に合うか、実況は軍医アティでお送りします」 「帰れ」 「嫌です」 だって貴方の焦った顔好きですし、と本気とも冗談ともとれる台詞を口にして<今度は本性に相応しくにんまり笑ってのけた。 諜報員の憂鬱へ続く 目次 |
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