ヴァルゼルド×クノンラトリクスに位置するスクラップ場。滅多に人の訪れぬそこの、いちばん居心地の好い場所で。ヴァルゼルドは壁に背をつけ段差に腰掛けていた。 脚部には、横座りするクノン。 機械兵士とは比べようもない華奢な身を預けている。 不意にクノンは座った体勢で可能な限り背伸びをし、 そっとヴァルゼルドの頬にキスを、する。 じいっと見つめ合う瞳と瞳。光化学センサーと遮光レンズと、奥にゆらめく感情と。 「……申し訳ありません。自分の機体はこういうことには不向きなのであります」 戦闘にのみ特化した機体ではやわらかな唇の感触など知覚できない。ほのめく圧力に行為を返すことも。 悲しげに目を伏せるクノンを傷つけぬようぎこちなく鋼の腕が抱く。 つくりものが繋がりを求めるなど、愚かだろうか。 看護人形であるクノンはそれなりの性知識を持っていた。少なくとも男性患者の性欲処理を行なえる程度には。 陽気な海賊が餞別にとくれた小説のおかげで、恋愛面における人間の感情というものも存在自体は知っていた。 けれどそれは『知っている』だけ。 性欲は溜まるから出さなければならないもの、性交は子孫を残す目的で為すもの。 基礎データベースにはそう記載されていた。未発達な情動プログラムでは、他の理由で繋がることを望む感情までは理解できなかった。 ヴァルゼルドに逢うまでは。 この想いを知るまでは。 「―――お願いがあります」 震える声でクノンが呟く。 「抱いていただけませんか」 思わず聴覚システムと外部情報処理システムをチェックする。異状なし。聞き違いではない。抱く、という単語の意味なら知っている。想像してみた。性欲どころか生理的欲求とは端から無縁の機械の身ながら、あらぬ妄想に回路が音を立てる。 「…………は! クククノン殿?! 突然何を仰るのですか!」 暴走をすんでのところで押し留め問う。 応えは、まるで軽蔑を怖れるように小さかった。 「貴方と、つながりたい。私を感じてほしい……それだけでは駄目ですか」 ひとのように、と機械の少女は言った。 電子頭脳がふっとんでしまいそうだ。人間でいえば理性にあたる領域が焼けつく。 機械兵士にはあるまじきことに、ヴァルゼルドは上官でもないこの看護人形に特別な想いを抱いていた。懇願を無視するには、その感情は強すぎた。 うまく答えられなかった。代わりにほんの少し―――見た目には絶対分からぬ強さで、クノンを抱きとめる腕へと力をこめる。 肯定を受け取ったクノンは安堵したように吐息をつき、何やらコードを取り出した。長さはそれほどでもなく、両端にコネクタがついている。中心には携帯用の装置。 「これで、一時的に両者の情動プログラムを融合させます。 ……もちろん自我に影響を及ぼさぬよう、領域は限定しますが」 少しでも厭なら、と続けるのを遮り、 「自分は貴女となら」 繊細な指が装甲を這い、外部接続部位を探り当て。 ぱちんと嵌まるコード。もう片端はクノンの身体へ。 システムの立ち上げに際し、触覚に痺れにも似た電子信号が駆け巡る。自己への侵食に対する不快感かもしれない。けれど、何故かそれを酷く甘美なものに思った。 つくりものにはつくりものの繋がり方があるのだと、クノンは言う。 ならば肉の交わりに手の届かぬこの身体にも意味があるのだろう。 「……っふ、あ……」 痺れは今や全身に渡っていた。反り気味の背中が撫ぜあげられるよう。太腿の内側に波がはしる度、つま先がふるふると震える。 熱い。メインシステムが灼ききれる幻想。実際は冷却システムが躍起になって稼働している為、決してありえない予測。そう思わずにはいられない、あつさ。 黒い機体にしがみつく。 ほぼ同じ体温は冷却に役立たなかったが、代わりに融けるような一体感をもたらす。 そこで、気づいた。 熱を帯びた己れの身体。同程度の温度の機体。事柄が示すのは。 ノイズの入り始めた視覚センサーでヴァルゼルドを見上げる。 点滅を繰り返す眼。おそらく自分も同じ。 誰に教えられたわけでもなく、クノンはうまく上がらない手でヴァルゼルドの頬を撫ぜる。 「クノン殿」 可認値を下回るあえかな仕草を確かに感じ取れて。 華奢なつくりものの身体が、 愛しい。 どくん、と、どこかがはねて。 愛しいとおもうのは、その感情は、 自我を形成する情動プログラム。本来自己以外の介入を受けつけぬ場所に絡むのは。 「ヴァルゼルド……?」 誰か、他の存在。自分ではない情動が接触し侵入する。 恐怖はなかった。 だって、彼は、こんなにも優しい。 どくん。また、くらりと衝撃。 押されるように、 「ヴァルゼルド……」 何百万分の一の確率で生まれて、何百万分の一の確率で出会った、稀有な存在に、 「私、も」 ―――好きです、と伝えた。 聞こえない音を立てて情動プログラムの最後のセキュリティが外れ落ちる。 途端流れ込んでくる情報。 「あ、うあ、ああああっ!」 未成熟なクノンを圧倒し、蹂躙するそれは、破瓜の痛みにも似ているかもしれなかった。 あまりにも悲痛な声に、ヴァルゼルドは必死で自制しようとする。だが、叶わない。 自分のことなのに自分ではままならない。……この人格が、バグから生まれたせいか。 自己嫌悪で空回るおもいを断ち切ったのは、 名を呼ぶ声。そして。 涙を流さぬ瞳を苦痛に歪ませて、それでも微笑む腕のなかの少女。 ―――自制がきかぬのも当然だ。侵食されているのはクノンだけではないのだから。 躊躇いがちに、しかし確実に滑り込む他者の存在。絡み合い融ける衝動。 破壊の予測と、恐怖を上回る期待。 苦痛の声が徐々にやわらかくなる。 最初の接触が破瓜の苦痛だとすれば、次いでやってきたのは情交によってもたらされる快楽。 ぐちゃぐちゃに蕩ける自己。愛しい存在を自らの想いで染め、征服というには拙い欲望が満たされる。 きっと、ひとが交わりを求めるのは、こうしていたいから。 だから、ヒトを模してつくられた人形と、ヒトに似た感情を得てしまった機械兵士が求め合うのは、当然といえば当然で。 「……クノン殿」 誰よりも大切なのだと、伝える。 「ヴァル、ゼルド……っ」 アルディラと同じくらいに好きだと応える。最優先されるべきマスター、唯一無二の存在と並べ表す矛盾。矛盾を内包せずにはいられない、制御しきれぬ感情。 まざり、とけて、限界まで押し上げられて。 赤く灯る警告。 終わりは近い。まだ早い。まだあなたを感じていたい。 ふたつの身体がミリ単位での隙間も消そうと重なって。 大きくのけぞるちいさな身体。離すまいと拘束する鋼の腕。 視野をしろく塗りつぶしなにかがはじけて―――果てた。 抱きしめられたそのままに、クノンは余韻をすくうような仕草でヴァルゼルドの胸へと手を置いた。 「……クノン殿、大丈夫でありますか」 「はい。貴方は?」 「その、自分は、とても気持ち良かったであります」 「私もです……また、したいですね」 掌の下で熱が増した。 今はまだ、クノンには分からない。 自分が―――看護人形としては規格外なくらいの―――蕩けるように甘く、たおやかで、そそる微笑みを無意識に浮かべたことや。それを知覚したヴァルゼルドがオーバーヒート起こしかけた理由や。 自分たちの、これからなど。 唯。寄り添うふたりは、とても、幸せそうだった。 End 目次 |
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