ヤッファ×ドライアード響く剣戟。飛び交う怒声。 暁の丘に繰り広げられる戦いは、今正に熾烈を極めんと激しく気炎を巻き上げる。 そんな戦場の一角で、刃と刃の間を巧みにすり抜け、縦横に飛び交う妖精が異界の門を開け放とうとしていた。 「出てきてくださぁ~いっ!」 その小さな体の何処に籠められていたのかという程の魔力が虚空へと弾け、古の王が築き上げた隔世との境界を穿つ。 時を空間を越え現れたのは、清廉な緑の葉に飾られ、見る者全てを惹きつける花精が一人。 静かに開かれた丸い双眸。桜色の小さな唇と、同じ色をした花弁を象る髪。横に突き出した耳朶の少ない耳。 その面にはまだ幾分かの幼さが残るものの、魅力の点では決して成熟した同族のそれに劣っているというわけでない。 文字通り華が咲き零れるかのような微笑を伴い、花精――ドライアードは舞い始める。 舞に併せて伸ばされる指の先から光が溢れ、そして鼻腔を擽るような甘い芳香が周囲へと放たれた。 彼女達ドライアードがその身に備わる特性を利用し標的を意のままに操る幻惑の術――“愛しき者への薫風”である。 「ヒラヒラさん、あの人たちの武器を取り上げちゃってくださぁい!」 幾度と無く繰り返された召喚に、ドライアードとはすっかり顔馴染みとなった小妖精が敵陣を指差す。 召喚主の要請に従い、ドライアードは己の指に燈る暖かな光を意の方へと向けた。 「しまった、2時方向にドライアード! 召喚兵精神防壁を張れ、魅了さ……っ!」 自分達に向けられた光に気付いた帝国軍突撃兵は、咄嗟に後続の隊員へと指示を飛ばしたが、既に手遅れだった。 視界に飛び込む柔らかな桃色の光。それに付随する甘い香り。 視覚と嗅覚は一瞬にして己の意識を離れ、次第にその他の五感さえも曖昧になっていく。 耐え難い倦怠感に体を支配され、彼等は呆気なくドライアードの術中へと嵌った。 “――お願いです、手に持っている武器を棄てて下さい” 鈴を転がしたかのような涼やかな声が頭に響く。 刹那の駆け引きに命を賭ける戦場で武器を棄てろなどという馬鹿げた言葉さえ、帝国兵士達は全く疑問に思わず手にした得物を放り出した。 一部隊が完全に無力化し、安堵のため息をもらす小妖精。 「いつもありがとうございます、ヒラヒラさん」 振り返り自分の背後に浮かぶ花精ににっこりと微笑む。 ドライアードにも勝るとも劣らない主の笑顔に、彼女もまた笑みで返した。 しかし、彼女達は気付いていなかった。 部隊の背後に、一人の人影があったことを。 そして、その人影の首下に輝くネックレスが完全なる精神防壁を展開する力があることを。 「オラどきやがれ馬鹿野郎どもが! ボケっと突っ立ってんじゃねぇよ!」 一瞬の隙を突き、味方である筈の帝国兵士達を蹴り倒して人影が飛び出してきた。 「羽虫と雑草の術なんざ効かねぇんだよ! とっとと逝っちまいナァ!」 顔に鋭利なデザインの刺青を施した下級仕官――ビジュは紫電の速さで腰の飛具を抜き撃つ。 たとえ普段の言動に聊かの問題はあろうとも、やはり戦闘に関しては隊長、副隊長の後を追い第三位の位置にいるだけはある。 放たれた飛具の速度は銃弾を彷彿とさせ、その軌道は過たずドライアードと彼女の主の咽喉を貫くであろうことは誰の目にも明らかだった。 小妖精に驚愕と緊張が走る。 あらゆる飛び道具の軌道を瞬時に予測し最適な回避路を見つけ出す彼女の見切を持ってしても、このタイミングでは避けようが無い。 己の身に食い込む鋭い切っ先を予感し、ひ、と息が漏れる。 ドライアードも、逃れられない死に固く目を瞑った。 ぞぶり、と何かが肉に突き刺さる音が二つ。 錆びた鉄のような臭いが、ドライアードの芳香を覆って辺りに充満する。 赤黒い血の玉が、地面へと滴り落ちて広がった。そう、まるで花の様に。 ――花妖の二人からではなく、彼女等を背に立ち、伸ばした手と肩に二本の飛具を生やしたフバースから。 「――――!」 「しっ、シマシマさん!?」 「ったく……マルルゥ、お前は頭に血が上ると飛び出し過ぎるから出しゃばんなってあれほど言っといただろうが」 無傷な方の腕を使い、フバースの男――ヤッファは無造作な手つきで突き刺さった飛具を引き抜く。 「!!」 その勢いに乗じて噴き出す鮮血に、ドライアードが怪我をした本人よりも悲痛な面持ちで顔を顰めた。 声には出さずとも彼女の表情に自分への気遣いを感じ取ったのだろう。ヤッファが何でもないとばかりに大仰な身振りで肩を竦める。 「お前もおろおろすんな、毎度の事だろうが。……心配すんなって、お前達みたいなヤワな鍛え方しちゃいねえよ。この程度ならちっとばかし筋肉で締めときゃ勝手に止まる」 言うが早いか、見る間に出血は収まり、飛具が突き刺さっていた痕は毛皮に隠され、毛皮を汚す赤色のみにその痕跡を残すだけとなった。 手の中の飛具を投げ捨て、二人に見せたどこか皮肉気な眼差しとは打って変わった荒々しい眼光を目の前の軍人へと向ける。 青の凶眼に突き刺され、ビジュは忌々しげに舌打ちしながら残りの飛具を手に取った。 「チッ……虎野郎が。手前から死にに来るたぁつくづく脳が足りてねぇよなぁ?」 相対するヤッファが腕を振る。手甲に仕込まれた爪が鋭い音を立てて現れた。 「は。確かに俺はアルディラみたいに知恵があるわけじゃないからな、何とでも言えよ。だがな……」 ヤッファの背中が一回り大きくなった――ようにも見えた。 同時にざわり、と周囲の空気が一変するのを、傍らに控えるマルルゥとドライアードは感じ取った。 本能が、目の前の背中は危険だと囁く。 「……俺の大事な仲間を狙ったツケは、ここで払っていってもらうぜ……!!」 密林の呪い師たるフバース、その中でも特に優れた戦闘者は己の発する声を呪詛として自らに暗示をかけ、さらに戦闘能力を飛躍させる。 傷つく事を厭わず、唯只管に敵を殲滅する姿は狂戦士とも称される戦闘技法―― 限界まで体の内に溜め込まれた力が、一気に解き放たれた。 轟声。 草が、風が、石が、大地と空までもが震えているかのような錯覚。 目の前のビジュはおろか、周囲の帝国軍兵士、延いては味方の護人や海賊一家までもが何事かと振り向くような大音声。 マルルゥなどに至っては危うく気を失いかけ、慌ててドライアードが墜落しそうになった彼女を受け止めた程である。 ヤッファの“雄叫び”を真正面から受け止めて腰を抜かさなかっただけでも、ビジュは賞賛されるべきだろう。 「…………っ」 凶眼は狂眼となって獲物を狙う。 両の手から伸びた爪は担い手の意識を反映してか、海に沈み行く夕日を受けて鈍い光を放ち、敵を切り裂くのは今か今かと解放の瞬間を待つ。 その姿に気圧されながらも、自分の矜持に縋り付いてビジュが猛った。 「…………ッソッタレがぁっ!!」 手にした四本の飛具を一斉に投射。 一本は負傷した腕、もう一本は足、三本目はフェイントの咽喉で続く四本目が前の三本を囮とした本命の目。 「ウオオオオオオッッ!!」 ビジュの投擲に対し、真っ向正面からヤッファは突っ込んでいった。 四閃は狙い通りの軌道を疾り、標的の箇所へと吸い込まれる。 だが狂化したヤッファには避けるという選択肢は無い。 腕と足への飛具はそのまま受ける。ただ目への一投は獲物の捕捉に不利と本能が判断し首の動きだけで避ける。 その過程で首への三投目も狙った箇所を反れて首筋を浅く薙いだだけに留まった。 己の首筋から漏れる赤など気にも留めず後ろに置き、ヤッファが間合いを詰める。 ビジュはロングレンジからの召喚術、またはミドルレンジの不意打ちや狙撃を得意とする戦士であり、ヤッファのようなクロスレンジやショートレンジで戦う相手には真正面から間合いを詰められると一方的に弱い。 自分の攻撃に全く怯まず突撃してくるヤッファに狼狽しながら、バックステップで距離を取ろうとするビジュ。 だがヤッファは文字通り獣の様な敏捷さで難なくそれに追いつくと、手にした爪を大きく振りかぶった。 「ォオラァッ!」 「ひ、ひあぁぁっ!?」 ビジュがその一撃を避けることが出来たのは、足元の窪みに躓いたという偶然の産物である。 だが尻餅を付いた状態では、続く斬撃を避けることなど到底適わない。 今度こそ外さないと、ヤッファは爪を突き刺すように引き絞ったが、次の瞬間突然両の足を大きく曲げ、弾かれたように横へと飛び退いた。 入れ違いにヤッファのいた場所へ、上空から突如現れた無数の光刃が雨のように降り注いでいく。 その全てがリィンバウムとは異なる世界では広く知れ渡る神器の数々。 限りなき聖の加護を受けた武具は、担い手の無いこの世界でも意思あるかの如くに標的に対して切れ味を遺憾なく発揮する。 “打ち砕く光将の剣”だ。 一足、二足、三足。 四足目で漸く追撃の“打ち砕く光将の剣”が止まり、ヤッファの足も止まる。 「ビジュ、一時撤退だ! 戦列に戻れ!」 声のする方を見れば、恐らくは今の召喚術を唱えた本人であろう、目的を果たし薄れ行く刃を通した向こうに隊長であるアズリアが他の隊員を纏め撤退準備を始めているところだった。 先ほどドライアードの魅了に囚われた兵士達も、同じ幻獣界の住人であるセイレーンの“癒しの呼び声”に未だ朦朧としながらも意識を取り戻している。 「逃がすと思うかよっ!!」 再びビジュへと向かうヤッファだが、その間に浅黒い巨躯が壁となって立ちはだかった。 「貴様とは……オレが相手をしようっ!」 豪腕一閃。 帝国軍副隊長であるギャレオの拳が、決して軽くは無いヤッファの体をも遥か後方へと吹き飛ばす。 即座に受身を取り体勢を立て直すヤッファが見たのは、既に目前へと迫ってきているギャレオ。 「ぬおおぉっ!」 長身から繰り出される拳はその威力を知る部隊員達に戦鎚と揶揄され、下手な防御など意にも介さず貫く破壊力を持つ。 「アアアアアッ!!」 そんなギャレオの拳に、怖れを忘れた狂戦士は受けに廻る事無く自ら飛び込むこんでいく。 衝撃音。 「ぐっ!」 「ガァッ!?」 一撃を受けたヤッファだが、引き換えにギャレオの二の腕に三本の線を引き立てた。 自ら飛び込んだ事が幸いし、ギャレオの拳が完璧な威力を出す前にヒットしたのだ。 さらに一撃では終わらず、二度、三度と同様の攻防が繰り返される。 後退は無い。あるのはただ、目の前の敵を粉砕するのみ。 防御に回す力は全て攻撃へ。血が舞い骨が軋む音が木霊する。 何度目かのギャレオの拳がヤッファの左脇腹を捉え、ヤッファの蹴りがギャレオの右肩を打ち抜いた。 大地を踏みしめる足は衝撃を流しきれず、二本の轍を作りながら長い距離を伴い停止。 睨みあう両雄。互いの隙を付け狙い微動だにしないその間には、永遠に引き伸ばされた一瞬が蟠る。 ヤッファは視線を前へと向けたまま、ビジュによる二度の創傷とギャレオの拳打をまともに受け、だらりと下がったまま完全に動かなくなってしまった右腕を初めとする身体の状態を確認した。 ――肘から下の感覚が無えのがやべえ。今ので肋も何本かイったか? まあいい、今は―― 「……どけよ。お前さんとやり合うのも悪かねえが、今はどうしても後ろのヤツにこいつを突き立ててやらんと気がすまねえんだ」 「この身は隊長より殿を任されている。下がらせたければ貴様の拳で適えてみせるがいい」 「そうかい、ならこの牙と爪で退いてもらうとするか」 四肢を地面へと付け獲物を狙い飛び掛らんとする獣のような低い体勢へと沈み込むヤッファ。 ギャレオも次の一撃こそその顎を打ち砕かんと右腕を握り締める。 じりじりと詰められていく両者の間合い。あと数歩踏み込めば互いの伸ばした手が届く距離。 両者の擦する気が殺する気にまで昇華されようとしたその時、思いもかけない第三者の闖入があった。 「――――!――――!!」 ヤッファの背後から細い腕が伸び、彼を止めようと必死に抱きつく姿。 ドライアードだった。 愛らしい目から湧き出る泉のように涙を零し、ふるふると首を振ってヤッファを引きとめようとしている。 「なっ……!? おい、何してんだよ、離せっ!」 「ダメですシマシマさん! これ以上けがしたらシマシマさんが死んじゃいますよぅ!」 見ればドライアードに習い従うように、マルルゥまでもが鬣に縋り付きヤッファを止めようと躍起になっていた。 留めるというよりはじゃれ付いていると言った方が近いかもしれない三人のやりとりを見て、ギャレオは構えを解く。 本音を言えば、向こうが退いてくれるのは願ってもいない事だった。 確かに今の時点では自分よりも目の前のフバースの方がダメージは大きい。押し切れば七三で自分が勝つだろう。 だがそうなれば今度はこの二匹の妖精とも戦わなくてはなるまい。容姿こそ可憐だが、彼女等が決して見た目通りの力だけではなく、寧ろ召喚術を不得手とする自分とは相性の悪い相手であることをギャレオは知っていた。 つまり、ギャレオにとってこの戦闘はいつ彼女等の援護があるかという常に緊張の中にあったのである。 幸いにして相手が自分と同じクロスレンジでの格闘者であったため、同士討ちを怖れてかその懸念は杞憂に終わったが。 「ふん……時間は稼げた。貴様との勝負、預けておくぞ」 そう言い捨て、ギャレオは身体に似合わぬ俊敏さで大きく飛び退きそのまま姿を消した。 「待ちやがれっ! オレはお前じゃなくてあの刺青野郎が……っ!」 「――――!!」 ギャレオの後を追おうとするヤッファを、ドライアードはより自分の腕に力を込めて止めんとする。 しかし見るからに細い彼女の腕ではさしたる効果など望むべくも無い。 そしてさらに運が悪い事に、今のヤッファは“雄叫び”により自制の一部を失い、普段の彼のような冷静な思考が出来る状態に無かった。 「離しやがれっ!」 自分の身体に回された腕を振り払おうとする。その手には未だ鋭い爪が伸びている事も忘れて。 払いのけようとしたヤッファの手から伸びた爪は、図らずもドライアードの白磁のような滑らかな肌に一筋の紅い線を引いてしまった。 「ああっ! ヒラヒラさん!?」 「――――――――」 マルルゥが驚きの声を上げる。 ヤッファの一撃を受けたドライアードは、何が起きたのか分からないといった風な目で、自らの創を見つめ、やがてそのままふらりと倒れてしまった。 ドライアードに走った傷痕を見て、熱く滾っていたヤッファの血はまるで嘘のように冷め、目にいつもの青い輝きが戻る。 「あ………! す、すまねえ、大丈夫か!?」 一歩を踏み出そうとしたヤッファだが、突然思い出したかのような全身の激痛にその場へと倒れ込んだ。 「ぐ、お……! 畜生、思ってた……よりもや、やべえ、な、こいつは……!」 「うわわわわ、シマシマさんまでぇ!?」 一人為す術無くおろおろと二人の周りを飛び回るマルルゥ。 「え、えっと、こういうときは……そうだ! みなさんに知らせないと!」 動転したマルルゥが信号弾代わりに打ち上げたペンタ君の群れは、遠く離れた風雷の郷からも良く見えたと言う。 続く 目次 | 次へ |
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