ヴァルゼルド×アティ恋愛には障害がつきものだ。 それは年齢だったり身分だったり性別だったり、時には、種族、だったりする。 「こんにちは、ヴァルゼルド。調子はどうですか」 アティの挨拶に、何時もなら即返ってくる筈の言葉が、その時に限ってなかった。 首を傾げ、少々不安になる。 ヴァルゼルドの人格はバグによるもの。今は安定しているとはいえ以前のように暴走する可能性は残っているのだ。 「ヴァルゼルド、どうか」 「……ッ?!?」 手が触れる寸前に、ヴァルゼルドが文字通り飛び上がった。 「きょ教官殿?! いつからそこに?!」 「声掛けたんですけど、聞こえなかったんですか? まさか、どこか悪いとか……」 「ありませんありません自分は全くもって正常でありますッ!」 物凄い勢いで点滅する視覚センサーとは明らかに矛盾する答えに、アティは眉をひそめる。 「本当に?」 「本当であります! そ、それでは自分は巡回が残っているのでこれで!」 がしょがしょ音を立て遠ざかる背中に追いつくのは容易い。 けれども。 誤魔化されてしまったことにどう反応していいのか分からなくて、アティは伸ばした腕をそのままにしばらく立ち尽くしていた。 クノンの淹れてくれた紅茶をひとくち含み、アティは息をついた。 「あ、これ、借りていた本です」 手提げから文庫本を取り出しクノンへと渡す。薄い桃色の表紙には『恋する乙女』の文字が印刷されている。 「いえ、楽しんで頂けたのなら幸いです。アルディラさまはこの類の書物を好みませんので」 「確かにアルディラが読んでいるところは想像できないですね」 この場にいない女性の顔を思い浮かべくすりと笑う。そんなアティの姿をクノンはしばし見つめ、 「アティさま」 「……?」 アティはティーカップに唇をつけ澄んだ色の液体をすする。うん、美味しい。 「アティさまは欲求不満ではありませんか」 飲み込む。唇を離す。カップを受け皿に戻す。 一連の動作の間考えてやっとクノンの言葉の意味を理解した。 「―――ななクノン?! いきなり何を!」 「状況判断です。重ねてお訊ねしますが、アティさまは性的欲求の処理にお困りではありませんか」 あけすけな質問に怒るより先に呆然としてしまう。 「どうして、そんなこと」 「ヴァルゼルドとのことです」 クノンの言葉はあくまで淡々としている。 「機械兵士は生殖機能を備えておりません。生物であれば当然持つ性欲を持たず、また満たす必要がないのです。 そして、他の者の欲求を満たすことも出来ない」 「―――っクノン、それ以上言うと怒りますよ!」 その言いようは、まるで、 自分がヴァルゼルドによこしまな感情を抱いているようではないか。 「恥じることではありません。愛する者との肉体的繋がりを求めるのは当然のことです」 何となくテーブルの上の文庫本に目を落とす。今作の内容はどんなものだったっけ――― 「例え種が異なろうとも、そういった感情が生まれるのはごく自然な現象です」 ―――確かリインバウム生まれのヒロインと、メイトルパの亜人である恋人との異種族間恋愛を題材にした話だ。 最後はハッピーエンドだけれど途中は本当にはらはらしっぱなしだった。さては。 「これに影響されたんですか」 「わたしはアティさまに幸せになって欲しいだけです」 目を逸らす仕草が非常に人間臭い。 「今のままで充分幸せです。それにそんなこと考えたこともないです」 だって。 「ヴァルゼルドは、機械兵士じゃないですか。そんな風に考えるなんて失礼ですよ」 帰ります、と席を立つアティを引き止め、クノンが何かをエプロンから取り出―――固まった。 視覚刺激の衝撃が脳の許容範囲を越えてしまったらしい。 今自分の目の前で繰り広げられる光景はいったいどうしたことだろう。 クノン。無表情に見えても存外感情豊かだ。喜んだり怒ったり、人間と変わりない。 で、だ。 彼女の華奢な手に収まっているソレは、 円筒状で、いぼが付いていて、上方が傘のごとく張りだしていて、ぶっちゃけると勃起した男性器に酷似した形体のソレはいかなブツでありましょうや。 いやアティにだってソレが『おとなのおもちゃ』と総称される擬似性交の道具だと分かる。分かっているから尚のこと、何ゆえクノンの手にあるのかが判らない。 華奢な少女と黒光りする男性器(偽)。わあ背徳的だね。 クノンは薄い胸を張り、 「これと同形状のものをヴァルゼルドに組み込んでおきました。使用法も教えておいたので問題はないはずです。 そうそう、組み込んだのは未使用品ですから衛生面の心配はありません。使用後は来て下されば洗浄します」 「―――阿呆ですか貴女はあっ!!」 自信満々な口調に、思わずサモンマテリアルで召喚したスリッパですぱーんとはたくアティを誰が責められようか。 ―――ヴァルゼルドは、機械兵士じゃないですか 当たり前の言葉は意識しない範囲までを深くささくれさせる。 そうだ。どんなに好きになったって、人間と機械、この隔たりは埋めようがない。 自覚してしまうと辛いからずっと考えないようにしていた。彼にはそんな想いなんて持っていない、思ってはいけない。 ―――そんな風に考えるなんて失礼ですよ 辛いから、問題をすり替えて終わらせようとする。 (結局、クノンは正しかったみたいですね) これでヴァルゼルドの不審な態度にも納得がゆく。そんな対象として見られていると知れば、戸惑ったり不快になったりしても不思議ではない。 人間だったら、と思ったことは、ある。 ヴァルゼルドに悪くて直ぐに打ち消したけれど、考えたという事実まで消すことは不可能だ。 求めている。彼を受け入れたい。彼とひとつになりたい。 「……きたないな」 本当に。 “彼”が戻ってきた時はとても嬉しかった。“教官殿”という独特の呼称は特別扱いされているみたいでくすぐったくて、幸せなことだと思う。毎日挨拶を交わして、一緒に見回りをして、笑いあって。 それでどうして満足できないのか。 ―――人間だから。 肉体があって、付随する生理的欲求があって、それはどうしようもないことだから。 だからせめて彼の不安を取り除くくらいはしておこうと思う。 「ヴァルゼルド」 スクラップ場の片隅で見つけた背中に明るく呼びかける。 「教官殿……先程は、失礼しました」 「気にしてませんよ」 微笑みを作る。うん、平気、ちゃんといつも通りにできている。 「それよりクノンに聞きましたよ」 「き聞かれたのですかッ?!」 「はい。……変な改造されて、災難でしたね。戻すようお説教してきましたから、もう大丈夫ですよ」 微笑む。緑色の眼が見ている。ずくん、と深いところが揺らぐ。 「……教官殿は、ひとつ誤解をされていらっしゃるようです」 首を傾げる。 ヴァルゼルドは、ひと呼吸ぶん躊躇って、 「これはクノン殿に強制されてではありません。―――自分が望んだことでもあります」 告げられた言葉はにわかには信じがたい。 「自分は、教官殿と共にありたいのです」 聞き間違いではないか。自分の曲解ではないか。 「混乱し貴女を避けた自分が言うのもおこがましいですが……本心です」 「……ヴァルゼルド」 鼻の奥の熱さと不安を隠して、アティは、 「私は、貴方と、貴方に本来必要のないコトをしたいと思っていて、」 必死で言葉を紡ぐ。吐き出す。 「すごく……きたない人間です。それでも、貴方を好きでいて、いいですか?」 「教官殿、その発言には間違いがあります」 じっと見つめ合う。 「教官殿はきたなくなどありません」 「でもっ」 「もし根拠が……その、性的欲求にあるのでしたら、自分のような欠陥の機械兵士ごときに身に余る想いを持って頂けたのだと、自惚れさせてはもらえないでしょうか」 これは。もしかして。 「両思い、ってやつですか」 はは、と少しだけ涙が滲んだ。驚きの急展開だ。 「教官殿―――ではなく、その、ア、アティ……殿」 たどたどしい口振りで、 「貴女が、欲しい、のでありますが」 「……クノンの入れ知恵ですね」 「……ッ! も、申し訳ありません! こう言えば喜ぶと教わったのですがやはり付け焼刃の自分では」 「嬉しいです」 呆けるヴァルゼルドにアティは涙をそっとぬぐい微笑んで。 「私も―――ヴァルゼルド、貴方が欲しいです」 股間部分に収納されていたソレが姿を現し、アティは頬を染めた。 「ええと、まず、舐めさせてくださいね」 「舐めるでありますか?」 「はい。そのままじゃ、入りませんから」 機能のみを追及したフォルムの中でそこだけ明らかに戦闘には必要ないモノが存在している。それも、それの前に跪き唇を寄せる自分も、きっと冷静に顧みれば滑稽なこと限りないのだろうけれど。 構わない。今は二人だけの時間なのだから。 舌を這わせる。ソレは、当たり前だが冷たくて、味もにおいもない、無機質なもの。 頂点にくちづけて、ちろりと舐める。そのまま下がって裏筋をなぞり、今度は舌全体をくっつけるようにして同じルートを辿る。 戻り傘部分をはくりと咥えてねぶった。 同時にショーツへと片手を滑り込ませ指で弄る。見られているのに、と羞恥でくらくらするのと、自分で濡らすしかないんだからしょうがない、と言い訳する気持ちがせめぎあって息が荒くなる。 不意に哀しくなった。 これは相手を昂ぶらせるためではなく、自分のための行為。 まるで他者を利用した自慰のよう。 「気持ち好い…ですか?」 離した口から零れる疑問は泣き出しそうな表情で彩られていた。 「はい。とても」 「……っ。そう、ですか」 機械兵士に快楽を感じる回路があるかどうかは知らない。おそらく存在しない。 けれど。嘘でもバグでも良い。彼の優しさを信じたかった。 ヴァルゼルドの組んだ腕の中、身体を預ける。ショーツだけを取った格好でアティは両の脚をヴァルゼルドの腰へと絡めた。引き寄せて、偽の男性器の先端を自らほぐした入り口にあてがう。 「じゃあ……いきますね」 唾液で濡れて温みを帯びたソレに、細い腰を寄せる。 鼻にかかった喘ぎ声。 傘で一旦大きく拡がった場所はくびれを呑み込んでふるふると震えた。 「大丈夫でありますか?」 硬いソレはアティの都合では位置を変えてくれなくて、途中で侵入が止まってしまった。 アティは艶やかに染まった顔を上げ、 「少し……腕、下げてください」 「体が落ちるでありますが……」 「お願いします。貴方からも、いれてください」 ゆっくり。低くなる視線。空が遠くなる。視界を黒い装甲の占める割合が増す。 身体のナカに異物の感触。熱を持たない、柔らかさを持たない、根本から異なる存在。 「……気持ち、いいです」 それをアティは愛しいと想う。 全部収めた時点で変化があった。 「え、きゃっ」 なされるがままだったソレがぐっと鎌首をもたげ、振動を開始する。 喘ぎ仰け反るアティが落ちぬよう、ヴァルゼルドは慌てて腕の位置を微調整した。 「申し訳ありません教官殿! 機能の説明が不十分でありました今すぐ停止を―――」 ぶんぶんと長い髪が横に揺れる。 「で、ですか」 「止めないで―――こっちの方が、貴方を感じていられて―――嬉しい、から」 ぶつかる突起が襞を巻き込みかき回す。その都度新しい体液が溢れ外へと押し出され。気泡が幾つもはじけて黒の装甲板をてらてらと濡らす。 無機物に絡みつく肉。容赦なく貫かれる。決して越えること無き一線。 それでも。溶ける。 「教官殿……ッ」 「あ…もうっ、わたし、私……」 膣が与えられる刺激を逃すまいと収縮しナカに収めたモノのかたちに歪む。対抗するかのようによじれ打ちつける塊り。 「ひっ……ああっ!!」 鋼鉄の腕に縋り、えびぞりになる身体を支える。 絡めたふとももにぎゅっと力が入り。弛緩する。 しかし直ぐに持ち上がり締めつけ始めた。 「や…あっ! まだ、動いて……っ!」 心なしか先より激しい律動で突き上げてくるソレに、一度絶頂を迎えた身体はいともあっさり押し上げられる。 途切れそうになる意識を繋ぎ止めるのは、繰り返される呼び声と鋼の感触。 じゅぶじゅぶと撹拌される音をかき消すように、アティは再び高い嬌声を放った。 「で、弁明はあるかしら」 椅子に腰掛けにっこりと笑うアルディラ。但し目はこの上なく冷ややかだ。 「ねえ、クノン、看護人形<フラーゼン>が過度の負荷をかけてしまう行為を薦めるのはどうかと思うのだけれども」 「……」 正面で正座するクノンは言葉もなくうなだれている。 「ヴァルゼルド。ろくなデータベースもなしに新しい機能を他人に試すのは危険ではなくて? 分かっていてやったにしても知らずにしたにしても、誉められることじゃないのは理解できるわよね」 「……」 ヴァルゼルドの関節では正座ができないので立ったままだが、萎縮して見える。 「それに―――アティ。気絶した貴女を見た時の私の気持ちを少しでも慮ってくれると嬉しいのだけれど」 嫌味たっぷりの台詞に、アティはふらふらと顔を上げ、 「せ…説教は休んでからで宜しいですか」 「我慢しなさい」 「正座してるだけで体力が尽きそうなんですけれど」 「抜剣してでも耐えなさい」 んな無茶な。 思わず非難めいた表情で見上げて―――ふと浮かんだ疑問を大して考えもせず口にする。 「そういえば、クノンが『アレ“は”新品だ』って言っていましたけど」 「……」 「ならもしかしたら使用済みのもある…ってこ……」 アティは、見た。そして己れの浅慮を後悔した。 「―――ふふ」 アルディラの怜悧な顔が一瞬紅潮し、次いで瞳から完全に慈悲の気配が消える。 「ふふふふふふ」 「あははははは」 「……電気ショックによる記憶操作も考えなくてはね」 口許をあでやかに綻ばせたまま、アルディラは据わりきった眼差しをアティたちへと向けた。 それからどのような交渉が行われたのかは、「私も甘くなったわね」と少しばかり不機嫌な面持ちで愚痴をこぼすラトリクスの護人と、彼女に恋愛小説を没収された看護人形と、 二人―――というか一人と一体で行方不明になることの多くなった抜剣者に機械兵士だけが知っている。 終 目次 |
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