二人の絆編~夏美と綾~その4悪夢。無限に続く囚われの連鎖。永劫なる牢獄。脱け出すことはない。 絶望。あまりにも身近なもの。何度も味わった。それでも繰り返される。飽きることなく。 夢。自分の記憶の作り出す虚像。それの源は現実。原体験無しに夢は生まれえない。 現実。夢のような現実。荒唐無稽で無情で残酷な現実。夢とどう違う。 繰り返し見させられる悪夢とそれと寸分たがわぬ現実。それのどこに違いがある。 『もう…止めてよ……』 それは何に対して言った言葉か。哀しみと苦痛にまみれた現実に対してか。 それに不安と恐怖、絶望を更に上乗せして繰り返し再現してくる夢に対してなのか。 『助けて…だれでも…いいから助けて…こんなの…もう…」 救い出して欲しかった。こんなところからは早く。希望はない。ただ絶望を知るだけ。 朝昼晩。寝ているときさえもやすらぎはない。常に取り囲むのは不安と恐怖。 いつまた陵辱されるかそう思うだけで心が削ぎとられる。不安は脳に深い楔を打ち込む。 思い描く悪夢の地獄絵図を夢の中で繰り返し再生される。夢から覚めてもそれは解放を意味しない。 夢と同じようにされるのを震えながら待つ絶望の現実でしかないのだから。 『……綾……綾………』 一人の少女の姿が思い浮かぶ。こんな生き地獄の中で彼女の存在だけが唯一の支えだった。 優しくそしてどこか芯の通った強さをもつ少女。彼女が側にいてくれることで救われていた。 自分の方が彼女に甘えていたのに気づく。彼女の存在無しではもう自我を保っていられないほどに。 『…うっ……ぐぅ…ひっぐ…綾……綾ぁぁ………」 だが同時に思い知らされた。彼女も自分もただ慰みものにされるしかない運命にいることに。 あの哀れな少女。度重なる陵辱に心も身体も壊れ果てたあの少女のように。 どうすることもできない。自分にはどうする事も出来ない。嫌というほど思い知らされた現実。 自分は綾を守れない。自分自身さえ守れない。二人とも惨めに犯される。 泣こうが叫ぼうが助けは来ない。そして最期は壊れる。絵美のように。 『嫌…嫌ぁぁ…嫌ぁぁぁぁ……』 膨れ上がるイメージが自分を苛んでいる。何も考えなければよいのに。何も感じられなければいいのに。 そう心から思う。でも想像してしまう。この悪夢はどこからはじまったのか? 自分があの少年に遭遇した日からか。とすればこれは最初から夢。現実の自分が見ている悪夢。 ならばどうして覚めないのだろう。全てが夢ならば登場するものはみんな幻? 自分を優しく包み込んでくれる綾も。もう愛おしささえ覚える彼女さえも。 嫌だ。嫌だ。考えたくない。頭が割れる。考えたところでどうにもならない。 何も変わることなどない。自分を取り囲む漆黒の暗闇は。 『壊れちゃえばいいんですよ。絵美のように。そうすれば楽になれますよ。』 悪魔の囁き。悪魔の声はあの可哀想な少女のものだった。今なら彼女の言葉の一つ一つが容易に理解できる。 何も考えたくない。何も感じたくない。壊れてしまいたい。狂ってしまいたい。 ただ本能が赴くままにいられたならば。ああ。なんて魅力的な誘いなのだろう。 『もう…疲れちゃった…あたし…』 ポロリと零れ出る言葉。それが橋本夏美。彼女の本心であった。 荒れ狂う彼女の身体を抱きとめる。懸命に気休めな言葉を吐き続ける。 それだけだ。自分に出来ることはそれだけなのだ。 「大丈夫です。もう大丈夫なんです。夏美さん。」 欺瞞だ。言いながら自分でも気づく。何が大丈夫だというのだろう。自分達を取り囲む現実。 それをどうすることもできないくせに。ただ何もしていないと思いたくないからそう言っているだけ。 つまりは自分を誤魔化すための偽善。 「もう…大丈夫ですから……」 まだ言うのだろうかこの口は。何もできないくせに。本当に何も出来ないくせに。 可愛い後輩の苦境を助けることも出来なかった。自分の純潔さえ守れなかった。 今自分の腕の中にいる夏美。もはや自分にとってかけがえのない大切な人。 その彼女が無惨に陵辱されるのをただ見ることしかできなかった。 そして夏美を癒すことも慰めることも満足にできない。本当に弱くて無能な自分。 「夏美さん…夏美さんっ!!」 ただ彼女に呼びかけ続ける。すがっているのだ。彼女に寄りすがっているのだ。 彼女しかいないから。自分の側にはもう彼女しかいないから。 なんとも愚かで浅ましい。 「…夏美…さん?」 するとふいに夏美の身体からふっと力が抜けるのを感じる。驚き夏美の顔を覗き見る。 いつのまにか夏美は叫ぶのもやめ虚ろな瞳でただ呆然としていた。 「夏美……さん……」 言葉というものはどうして必要なときに適切なものが浮かんでくれないのだろう。 今の綾には夏美にかける言葉がない。何を言ったところで欺瞞になる。 何を言ったところで偽善だ。自分が一番よく分かっている。夏美もそう思うはずだ。 「……綾…………」 ポツリと夏美が綾の名前を呼んだ。息を呑む。心臓がドキリとした。 まるで責め立てられているかのように痛む。固唾をのんで夏美の二の句を待つ。 「もう…疲れちゃった…あたしもう…疲れちゃった……」 「っ!?」 脱力しきった表情で瞳から涙をはらりと流しながら夏美は綾にそう呟いた。 「もう疲れちゃったよ…あたし…もう…駄目だよ……」 綾が初めて聞く夏美からの諦めの言葉。常に綾を気遣って無理にでも前向きであろうとした彼女。 そんな夏美から聞かされたその言葉。その響きが鼓膜に余韻を残している。 「夏美……さん……」 声もかけられないというのはまさにこのことだろう。夏美が受けた苦痛。感じ続けた不安と恐怖。 それは綾も知っている。散々というほどに思い知らされたから。だから分かる。 何をいっても気休めにもならないことを。 「もう駄目なんだよ…っぐ…あたしたち…うっ…もう駄目なんだ…えぐっ…もう…」 ひくひくすすり泣く音。それは夏美からだけではない。綾も夏美に釣られていた。 もう駄目だ。どうする事も出来ない。分かりきった事実。何故だろう。 分かりきったことなのに改めて聞かされると哀しい。夏美の口からそれを聞かされるのはとても哀しい。 「あいつ等に…玩具にされて…嬲りものにされて…あの娘のように……」 あの娘。誰だか言われなくとも分かる。絵美のことだ。身体のみならず心まで壊された可哀想な綾の後輩。 綾と夏美がこれから味わうであろう陵辱地獄を先取りした哀れな少女。末路なのだ。あの娘は。 綾と夏美の。 「うぇぇ…ぐぅぅ…やだよぉぉ…そんなのやだよぉぉぉぉ!」 糸が切れたように夏美は泣きじゃくり出す。嗚咽が響く。ひくひくと。夏美とそして綾から。 泣きじゃくる夏美を前に綾もハラハラ涙を流していた。とめどなく。 「ふぇぇぇぇっ!どうしてっ!どうしてっ!こんな目に遭わなくちゃいけないの!? ……ふぇぇ…えぐぅぅ…うっ…ひぐぅ…うぇぇ……うぁぁぁぁぁぁんっ!!」 大声で夏美は泣き叫び出す。肩を震わせ全身をひくひく痙攣させながら。 そんな夏美を綾はどうする事もできない。言葉をかけることも。抱き寄せて慰めることも。 綾自身が泣くのを堪えるので精一杯だったから。 (夏美さん……夏美……さん……) とめどなく涙が流れる。喉を鳴らす嗚咽は止まない。夏美が口にした言葉。 それは綾も心の中で何度も思い浮かべた。捕らえられ、監禁されて。 陵辱を受け、慰み者にされて。散々に傷つけられた。自分の大切な人たちまでも。 残酷な調教を受け壊れ果てた絵美。その絵美に無惨に犯されズタボロにされた夏美。 大切な人たちが壊れていくのに対し何も出来なかった。 今だってこうして泣くのを堪えるので精一杯だ。自分一人さえ守れない。 惨めに陵辱されて最期には自分からよがり狂っていた。自分が心底嫌になる。 なのにどうしようもできない。なにもどうすることもできない。 ただ自分が惨めに犯されるのを、ないしは夏美が目の前で陵辱されるのを恐怖しながら震える日々。 もうたくさんだ。こんなのはもうたくさんだ。狂ってしまう。自分が自分でなくなってしまう。 「綾………」 「……えっ!?」 綾が物思いにふけっているうちに夏美は泣くのを止めていた。泣きはらしたひどい顔。 涙の痕が何重にもできている。おそらくは綾自身もそんな顔をしているのだろう。 「…あたし…嫌だ…綾がまた…あんなふうにされるの……」 ボソリと囁かれる。どこか物悲しさを孕んだ響きで。 「でも…駄目なんだよね…無理なんだよね…あたし…弱いし…綾のこと守れないし…… 自分のことだって…………」 その響きの一つ一つは実感を伴う。もう無理だ。もう駄目だ。そんなことばかり思い知らされてきた。 そんなことばかり。 「あたし…駄目だよ…頭痛いよ…何考えても…悪いことばっか考えちゃって…怖くて… 苦しくて…夢にまで出てきて……それで……」 そのまま黙り込んで俯く。ふいに抱きしめてやりたい衝動にかられる。でも出来なかった。 それは欺瞞だから。落ち込んでいる彼女を慰めた振りをして自分を慰めているだけだから。 この数日、何度も自分がしてきたことだ。自分だけが救われるために。浅ましく。 「ねぇ……綾……」 「……えっ…あっ…きゃぁっ!!」 刹那、どこか甘ったるい夏美の声に振り向こうとする。するとそのまま夏美に綾は押し倒された。 「夏美さん…何を………」 訳もわからず問いかける。いったいどうしたことだろうかと。だが夏美の表情を見た瞬間に綾は硬直する。 「あは…あはははは…はははは…えへへへへ……」 「………っ!?」 壊れた笑い声。狂気に引きつった顔。既視感を覚える。知っている。この顔は。既に。 (絵美ちゃん。) そう同じ顔。あの壊れ果てた絵美と。絶望に全てを奪われたあの娘と。 「あはははは…もうどうでもいいや…どうでも…考えてたら…苦しいだけだし……」 歪みきった笑顔。その頬を伝う涙。何から何まで同じだ。あのときと。 「もう楽になっちゃおうよ…一緒に楽に…そうすれば…もう苦しまなくてすむから……」 「夏美さん……夏美さんっ!…やめっ…やめてっ!!夏美さんっ!嫌ぁぁぁぁっ!!」 悲鳴をあげる綾の身体に夏美は覆いかぶさる。無限に続く悪夢の牢獄から逃避するために。 つづく 前へ | 目次 | 次へ |
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