エッジ×タタン「……疲れた」 そんな言葉を漏らしながら、タタンは居間のテーブルにぐでんと突っ伏していた。 窓の外はとうに夜闇に沈み、家の中に誰かの動く気配はない。 テーブルの上で淡い光を放ち続けるランプだけが、タタンとその周囲を弱弱しく照らし出している。台所には、まだ熱さを保っている、寸胴の如きカレーの鍋。 ちょうど明日のための仕込みを終えたところだった。 「んあー」 天板の上で猫のように体を緊張させて、そしてすとんと力を抜く。タタンはそんな心地よい疲労の中で、もう一度カレーのレシピを思い返した。 具材、肉、豆、カレー好きのお姉さんから教わった隠し味のスパイス諸々。 それと愛情。 もうたっぷりと。 「……えへへへ」 薄暗い居間のテーブルに突っ伏して、大切なひとがカレーを食べている様を想像しながら照れ臭そうに笑うタタンの姿は、しかし傍から見ると大層不気味に写った。 想像するだに恐ろしいことだが、タタンの作るカレーが連続して食卓を飾るようになって、かれこれ十日ほどが過ぎようとしていた。 タタンがようやくまともな味の料理が作れるようになったと、はじめの内は家族の誰もが喜んで口に運んでいた。 だが三食すべてカレーの日が四日ほど続いた頃、最初にアーノが偏食に不満を漏らした。 続くようにベルグ、そして最後にオルカが、立て続けに食べさせられるあのえもいわれぬ魔味に悲鳴を上げた。 知ったことか、とタタンは思う。 彼女にしてみれば、ただエッジが喜んでくれるから作り続けているだけのことである。 どれほど味付けに工夫を凝らしても、カレーと聞いただけで怖気を震う家族とは違い、エッジだけは素直に美味しいと言って食べてくれる。 タタンはそれを最大級の賛辞だと受け取って疑わない。 なにより、自分が一番大切に想っている人が、自分の料理を褒めてくれるというのは、とにかく嬉しい事なのだった。 それだけで充分だった。 オルカやベルグ、アーノの食生活を犠牲にしてまでも、エッジには喜んでもらいたい――いつしか、タタンはそんな風に考えていた。 恋が人を盲目にさせるとはこういう事を言うのかもしれない。 タタンは居間のテーブルの上に突っ伏していた。 組んだ腕に頭を乗せ、天板の木目を見つめながら、エッジの事を考える。そして、何かの偶然のようにお互いの気持ちが通じ合ったあの夜の事を思い出す。 怪我した指を舐めてあげた。 突然抱き締められた。 はじめてキスをした。 そして、 あれからもう何日も過ぎていた。 合意の上とはいえ、そうした振舞いに及んだことについてエッジも幾許かの罪悪感を持っているのか、最近の態度はまるであのことがなかったかのような感じだった。 以前と何ら変わりはしないし、普段通りに接してはくれるのだが、それではまた単純に家族としての関係に戻ってしまったような気持ちになる。 それを思うとき、タタンは歯痒さを感じずにはいられない。 もちろんそれがエッジなりの優しさの形であるとは分かっているし、あの夜囁いてくれた言葉の数々が嘘だとは微塵も思っていない。 それでも、タタンはもっと確かな絆や繋がりといったものが欲しかった。 エッジにはもっと自分を求めて欲しかった。 でも、エッジには自分がそういう事を考えるような娘であると思われたくなかった。 そんな相反する感情に板ばさみにされながら――いつしか、タタンは居眠りを始めていた。 喉の渇きで目が醒めたエッジは、寝ぼけ眼と寝巻きのままで工房を出ると、階段を上って台所へと向かった。 まだ真夜中で、こういう時間に何かの拍子で目が醒めると、なんだか睡眠時間を損した気分になる。 「……あれ?」 階段を上り終えたところで、エッジはそれに気付いた。 居間のテーブルの上にランプが一つ灯っていて、それに照らされるようにして、テーブルにうずくまる小柄な影がある。 「……タタン?」 エッジは目を擦りながら、近づいて声をかけてみた。起きる気配はない。 「おーい」 呼びかけてみるが、反応はなかった。エッジはその肩を軽く揺すってみる。 「ほら、こんなとこで寝てたら風邪ひくよ?」 「……ぅー」 タタンはそんな哀れっぽい呟きを漏らして体をよじったものの、目を醒まさなかった。 その寝顔が可愛くて、思わず起こすが躊躇われた。 「…………」 早々に起こすのを諦めたエッジだったが、かといってタタンを置いていくこともできない。 しばらく間抜けなパジャマ姿のまま居間を右往左往し、どうしようかどうしようかと小声で繰り返しながら、 「……しょうがないよなぁ」 まるで誰かに言い訳するように呟いた。 エッジはタタンを脇に手を差し入れるようにして椅子から立たせると、屈みこんで自分の背中にタタンの体を乗せた。 ぐでんとした小さな体はすっぽりと背中に収まった。立ち上がるときの「よいしょ」の声も虚しく、タタンの身体は想像していたよりも軽く持ち上がった。 そして、その重みは予想していたよりも生々しい質感をもって背中を伝わってきた。 背中に押し付けられる体の柔らかさ。 首筋にもたれかかる頭。 襟首をくすぐる吐息。 「…………」 どうして部屋に運んであげるだけで、自分はこんなにも変な気持ちにならなきゃいけないんだろうか ――心のどこか片隅でそんな事を思いながら、ともあれエッジはランプを掴み、背中に乗ったタタンの脚を片手でしっかりと抱えながら、寝静まった家の中を足音を忍ばせて歩き始めた。 それなりに広い家ではあったが、今晩ほどそれを実感できる機会もなかっただろう。 居間から二階の部屋までの、取るに足りない距離ではあるが、背中にタタンを背負った状況ではそれが何倍にも感じられた。 それほどまでに、エッジの心には余裕が無くなっていたのだ。 一歩進むたびにタタンの髪や吐息が首筋を撫で、臍の奥のあたりが熱くなってくる。 いっそこの辺でタタンが目を醒まして、背中から降りて自分の足で歩いてくれないかと思う。 一方で、この心地よい重みと柔らかさをずっと背中に感じていたいと思う自分がいる。 そうこうしているうちに、いつかの夜の出来事がエッジの脳裏をちらつきはじめた。 熱に浮かされた夢のように細部は朧気ではっきりしないが、あの時の自分を駆っていた劣情と、貪るようにかき抱いた小さな身体の柔らかさだけはしっかりと記憶に残っている。 それら思い起こすと、背中に掛かる心地よい重みにはひどく心が乱された。顔を振り向ければ頬と頬が触れ合うほどの距離に居ながら、それを気にするなという方が無理というものだった。 それでも、エッジは黙々と足を進めていった。 いつ終わるとも知れぬ葛藤の果てに、エッジはようやくタタンの部屋の前に立っていた。 ドアを開けて、女の子らしい調度品で統一された室内をランプで照らし出す。小さな棚。奇麗に片付いた机。カバーが掛けられた椅子。鏡台。 最後に目に入ったベッドは、それまで頭を駆け巡っていた思考のせいか、いやに艶かしく映った。可愛らしい花柄の毛布がきれいに掛けてあった。 「……はぁ」 エッジは大きな溜息とともに胸に渦巻く思念のもろもろを吐き出して、毛布をめくった。 そして真っ白なシーツの上に、背中のタタンをそっと降ろした。気付けば彼女は普段着のままで、おまけにエプロンもつけていたが、エッジにはそれらを脱がして着替えさせてやるなどという大それた事をするだけの度胸も胆力も残されていなかった。 やるだけのことはやったのだ。 あとは毛布だけでも掛けてやって、自分は工房のベッドに潜り込んで、何もなかったかのように――翌朝になったら、家族としての気遣いをしてやったまでという意識だけを自分が持っているようにと願いながら――朝までぐっすりと眠り込んでしまいたい。 そう思いつつ毛布を掛けようとした、まさにその時だった。 「……エッジ」 死ぬほどびっくりした。 タタンが声を発したことで、先ほどまでの自分のよからぬ考えが全部看破されたのではないかと、どうしてだかエッジは一瞬そう考えた。 驚きを精一杯押し隠しながら見てみると、さっきまで寝息を立てていたタタンはぼんやりと目を開けていて、エッジのことを見上げていた。ご丁寧にも、その手はエッジの寝巻きの袖をしっかりと握っている。 「お、起こしちゃったかな?」 当り障りのない言葉に、タタンはゆっくりと、小さく首を横に振った。そして、ぽつりと言い放った。 「起きてたから」 安堵したのも束の間、言い放たれた言葉に、今度こそエッジの中の時間が止まった。 「……起きてたの?」 「うん」 「起きてて、僕にここまで運ばせたの?」 「うん」 そのことの意味を、すっかり混乱していたエッジは理解することが出来なかった。 だから、訊いた。 「……なんで」 タタンは一瞬驚いたような、怒ったような表情を見せたあと、今度は赤くなって口篭もった。 「だ、だって……それはその……だから……」 最後の方は消え入るように小さな声で、視線はどこかシーツの上を彷徨っていた。そう言いながらも、エッジの袖を掴む手はこれっぽちも緩んでいなかった。 エッジはといえば、窓の外をこれ以上ないほど熱心に眺めていた。 ひどく気まずい時間。 「……ねえ、エッジ」 蚊の鳴くような声に、掴んでいるエッジの袖がびくりと震える。タタンは頬を紅くして、必死の思いで口を動かし、次の言葉を口にしようとする。 「その……一緒に寝ない?」 「だめだよ」 言外の意味が含まれている事が明らかなそれに対する返事は、搾り出すような声音で、しかし素早かった。 それでもタタンは食い下がる。 「なんで?」 「……だって、」 部屋のあちこちに視線を泳がせながら、エッジは何度か「だって」を繰り返した。 理由なんていくらでも思いついた。自分たちはまだ子供だからとか、親方に申し訳ないからとか、そんなありふれた言葉を後に続けるのはごく簡単な事だった。 そして、エッジはそうしなかった。 「……だって、タタンを傷付けそうだから」 その小さな声は、夜の静寂の中ではやけ大きく聞こえた。 エッジは、自分の言葉がタタンの表情にどのような変化を与えるかを見ようとした。が、その濃い色の瞳に見つめ返されるうちに、自分から視線を逸らした。 自分がひどく卑小な人間になったような気がした。自分がどうしようもない位にタタンに魅せられていて、彼女を傷付けてしまいかねない程の獣じみた劣情を抱えている事を悟られたくなかった。 それでも、タタンには本当のところを言わずには置けなかった。それもまたエッジの不器用な思いやりの形の一つだと……彼女は気付いていたのだろうか。 「本当は僕だってタタンと、また、その……でも、またそうしたら歯止めが利かなくなって、今度はタタンのことを滅茶苦茶にしちゃいそうで――」 「いいよ」 「え?」 唐突に差し挟まれたその言葉に、エッジは思わずそんな声を出した。 気付けば、ベッドの上のタタンは半身を起こしていて、両手がエッジのパジャマの裾を掴んでいた。 「だから、エッジになら……どんなことされてもいいよ、って言ってるの」 「いや、いいって言ったって」 「いいの!」 顔を真っ赤にして、やや声を荒げるタタン。そして、心持恨めしそうな口調になって続ける。 「……なんでこんな事わたしに言わせるのよ」 そう言って、タタンはエッジの胸に顔を押し付けた。パジャマの薄い布地に染み込み、じわりと広がる吐息の温かさが、エッジの心の鎧を一枚一枚剥ぎ落としてゆく。 「……これだけ据え膳用意したんだから、全部きちんと食べなさいよ」 そっと肩に両手を掛けると、タタンの小さな肩がびくりと震えた。 「……ほんとに大丈夫?」 「だ、大丈夫よっ」 そう言って緊張を解きほぐすかのように、えへへと笑うタタン。そして薄く目を閉じると、二人はそっと唇を合わせる。 おずおずとしたキスが終わって、再びお互いに見つめあう。タタンは頬を紅くして、熱っぽい目でエッジのことを見つめていた。 「タタン……ん」 エッジが何かを口にしかけたとき、再びタタンの唇が重ねられた。 何度も押し付けるように唇を触れ合わせたあと、お互いの舌を絡め合わせる。自分の唾液を相手の舌になすりつけるような激しい動きで、二人はお互いの唇を貪った。 「……んっ」 「ふは……」 唇を離すと、それまで止めていた呼吸を取り戻すかのように、二人は息を荒げていた。エッジは再び顔を近づけると、今度はタタンの頬にそっと舌を這わせた。 「きゃっ……」 その湿った感触に驚くタタンをよそに、エッジは耳の下を掠めるように舌を動かして、首筋に息を吹きかける。そして柔らかな肌に、何度も何度も吸い付くようにして口付けをしてゆく。 「やだ、くすぐったいって……んっ……」 まるで獣が獲物の頚に喰らい付くように、エッジはタタンの首筋を痕を付けるほどに吸い上げる。 タタンの髪をまとめている緑色のリボンが鼻先でちらちらと鬱陶しくて、その端を唇でつまむと、首を振ってそっと解いた。反対の髪も同じようにすると、解かれたリボンは白いシーツの上に音も無く落ちた。 まとめ上げていた錆鉄色の髪の毛がさらりと垂れた。 「……タタン」 「……なに」 「こういう風にするのも可愛いかもね」 そう言いながら、エッジは思いがけなく長いタタンの髪を、そっと手櫛で梳いた。 もはや茹で上がって融けてしまうのではないかと思うほどに頬を赤らめたタタンは、エッジがそう言うのなら髪形を変えてもいいかもしれないと、そんな事をぼんやりと考えていた。 タタンのまだあどけなさの残る白い肢体が、ベッドの上に横たわっていた。まっさらなシーツの上に広がった赤い髪がなんだかひどく艶かしかった。 「…………ぃ」 「ん?」 頬を赤らめながら何かを小さく呟くタタンに、エッジが顔を寄せて訊き返す。 「……やっぱり、ちょっと恥ずかしい」 そう囁くように言うと、タタンは両手で隠すように胸を覆って、脚をすり合わせた。 そんな仕草がエッジの悪戯心に火をつける。いつもは闊達な振舞いのタタンが、こうもしおらしくなると、色々と意地悪してみたい気持ちに駆られるのだった。 「でも、前に一度したじゃないか」 緊張で声が震えないように気を付けながら、そんな事を言ってみる――案の定、タタンの顔がさらに赤くなる。そうした反応のひとつひとつが、エッジには愛おしい。 はやる気持ちを抑えながら、エッジはタタンの細い手首をそっと掴んで、胸を覆い隠す両手をそっと除けた。 「あっ……」 何か言いかけたタタンの言葉を、エッジは唇を押し付けて阻む。舌を絡ませながら、まだ残る幼い肉付きを確かめるように両手でタタンの体をまさぐった。 指先が胸の膨らみや白い下腹部、太股を滑るたびに、合せた唇から甘い吐息が漏れる。 「っはぁ……っ」 ようやく唇を離すと、零れた唾液がタタンの口の端から糸を引いて、喉元のあたりまで糸を引いて落ちた。エッジは休む暇も与えずに、その軌跡をなぞるようにして舌を這わせ、唾液を舐め取ってゆく。 「んく……あっ……」 柔肌の上で舌が翻るたび、タタンが堪えきれないように小さな悲鳴を漏らす。エッジは次第に舐める箇所を喉、鎖骨と下へ移しながら、タタンの背中を軽く撫でた。 ただそれだけの動作で、背中が反るほどの形容し難い感覚がタタンの背筋を這い上がる。 そうして目の前に突き出された乳房に、エッジはあくまでゆっくりと唇を押し付けた。ときに痕が残るように強く吸い上げたり、桃色に淡く染まった先端に軽く歯を立てながら、手はもう一方の胸を弄うように撫でている。 「あ……ふっ…」 胸に落ちかかるエッジの金髪の感触にさえ、タタンは切ないような刺激を感じる。無意識にその頭をそっと抑えると、エッジはそれを誘いの仕草だと思って、さらに舌と手の動きの緩急を強めた。 「やだ……っ……」 思わず漏れる拒絶の言葉はもちろんタタンの真情ではないが、もとよりエッジはそれを意に介してすらいない。それどころか、まるで処女のようなタタンの恥じらいはエッジのささやかな嗜虐心を更に煽っていた。 容赦ない動きの舌は胸からみぞおちを過ぎて、白く柔らかな腹部と臍を通り、エッジはタタンの脚の間に頭を割り込ませる。 「やっ、だめっ!」 慌てて制止したものの、続いて感じた湿った感触がタタンの意地らしい抵抗をどこかへ吹き飛ばした。エッジはほっそりした脚を軽く持ち上げながら、わざと音を立てるようにして太股を濡らす甘露を舐め取り、啜っている。 「やぁ……ぅ……」 耳に届く淫猥な音すらも快感を募らせるだけで、今やタタンは舌や唇が触れるたびに喘ぎを漏らしている。舌先が固く閉じた粘膜を開くように少しずつ押し込まれ、甘い声はどんどん激しくなってゆく。 「…はぁ…う…うあ」 タタンは自分の体の中心で、熱い何かが膨れ上ってゆくのを感じた。それは次第に大きくなり、例の――ひとりでする時の最後のような――思考が白く染まるうな快感の訪れを告げる。 タタンはシーツを固く握り締めて、目を閉じ、迫り来る快感に耐えようとして―― 急にエッジの動きが止まった。 「……ふぁ?」 息を荒げながら、不思議そうに呟く。そしてタタンが目を開いて見たものは、口の周りの粘液でべとべとにした、自分を覗き込むよう見ているエッジの顔だった。 「……なん、で……」 どうして止めたのか、という問いは、そんな途切れ途切れの言葉にしかならなかった。中途半端な責めは絶頂を迎えるにはまだ足りず、熱く燃える快感はまだ下腹部の奥で燻ったままで、次第に冷めてゆく。 そんな不満げで非難めいたタタンの視線に、エッジは微笑で答えた。いつもと変わらぬ優しげな笑みだが、そこに意地悪そうな色が混じっていることに、タタンは今更のように気付いた。 「気持ちよかった?」 「……え……」 あまりに答え辛いその質問に、タタンはそう漏らしたきり目を逸らしてしまう。そして、エッジもまた返事を待たずに、拗ねたような口調で続けた。 「タタンばっかり気持ちよくなって、ずるいな」 「……だって、」 それはエッジが、と反駁しようとして、再び背筋を走ったささやかな快感にタタンは沈黙する。エッジが肩に顔を埋め、耳に軽く口を付けていた。 そして、こう囁いた。 「だからさ、今度は……」 続くエッジの提案に、タタンは難色を示した。 「……え。え、でも、」 「でも?」 「……やっぱやだ、そんなの……」 タタンは消え入るような声で、弱弱しくそう呟いた。 「僕はタタンのを舐めてあげたのに?」 「……っ!」 エッジは母親が子供をあやすように、タタンの髪をそっと撫でた。そして、最後の念押しをする。 「ね?」 タタンは答えなかった。ただ、小さく――ほんとうに小さく一度、こくりと頷いた。 タタンは床にぺたりと座って、エッジは向かい合ってベッドの端に腰掛けていた。タタンは難しい顔をしながらエッジの脚の間を凝視している。 「……ど、どうしたの?」 流石に恥ずかしさは感じているのか、そう問うエッジの声は微妙に上ずっていた。 「……これって、普通くらいの大きさ?」 「いや、いつもより大きいけど……」 「そうじゃなくてっ! ……男のひとってみんなコレくらいなの?」 知らない。 他人のイチモツがどうかなど、エッジには興味もないし知りたくもない。 「たぶん……でもそんなに大きい方じゃないと思うよ」 「…………」 タタンは黙りこくって、恐る恐る手を伸ばした。初めて間近に見るそれは奇妙で、自分の想像とは細部がだいぶ異なっていた。好奇心と欲情の相半ばした視線でそれを見つめながら、タタンは訊ねる。 「ねえ」 「なに」 「お風呂入った?」 「入ったよ。夜」 「歯磨いた?」 「うん。……どうして?」 「…………」 タタンは何も言わず、しばらく手にしたエッジのそれを見つめていた。しばらくしてから、小さく近づけた舌先で、ぺろりと舐めた。エッジの腰がベッドから軽く浮いた。 そして少しずつ、タタンは舌を使って全体を唾液で濡らし始める。熱く滾り、時折びくりと脈打つそれを舐め、咥え、先端を拙い舌使いで弄びながら、エッジの息が荒くなってゆくのを頭上に感じる。 「ん……ぅわ」 顔に垂れかかる髪を払いながら、タタンは奉仕を続ける。さっき最後まできちんとしてくれなかった意趣返しの意味も込めてか、その責めは容赦なかった。 唾液が口の端から零れて糸を引いて滴り落ちていたが、依然タタンの動きは止まることが無い。 「くっ……ん、っ……」 タタンの口は温かく、しかも吸い上げるような動きはエッジの限界を着実に近づけていた。時折不器用に触れる歯の硬い感触ですらも快く感じる。エッジは腹筋に力を込めながら、食いしばった歯から仔犬の鳴くような情けない声を出した。 「ちょ、ちょっとタタン……」 「ん……ちゅ……」 下腹部で爆ぜそうになるものを感じながら、エッジは声を絞り出した。 「っ、待っ……」 それがいけなかった。 「ん……はに?」 タタンが咥え込んだまま声を発したことが引き金となって、エッジは呆気なく果てた。 「きゃっ!」 突然口の中に吐き出された熱い液体に、タタンは驚いて口を離した。射精は止まらず、どくどくと脈打ちながら、タタンの顔を汚した。 エッジがその快感から立ち戻ってみれば――タタンは吐き出された精液を口に留めながら、呆然とした表情でエッジの下腹部を見つめていた。 「ご、ごめん!」 流石に慌てたエッジは、とりあえず手近にあったタオルを引っ掴んで、それをタタンに差し出した。 ごくん。 「――え」 予想外の事態に、今度はエッジが呆然となった。 「……の、飲んじゃったの?」 「うん」 タタンは頷くと、今度は堪えきれないようにえへへと笑い出した。 「……どうしたの?」 「えへへへへ」 タタンは答えずに、自慢気に笑った。そして再びエッジの逞しい脚の間に顔を埋めて、飛び散った粘液を奇麗に舐め取ってゆく。 先端を咥えて、まだエッジの中に残る白濁液を最後まで吸い出そうとする。そんな後始末の奉仕を受けながら、エッジは自分のものがまた硬さを取り戻しつつあるのを感じる。 しばらくの後、タタンが上目遣いでエッジを見ながら訊ねた。 「きもちよかった?」 なんだか決まりが悪かった。 「え、えと……」 まさかここまでしてくれるとは思わなかっただけに、言うべき言葉が見つからなかった。出したばかりなのにまた元気になった息子も決まりが悪かった。 それを知ってか知らずか、タタンは言った。 「まだ大丈夫?」 「え?」 「だって、その……まだ最後までしてないじゃない」 そんな風に言い淀む時の恥ずかしげな、しかし物欲しげな表情が、エッジの心を猛烈に揺さぶった。 「……するの?」 タタンが頷いて、そっとベッドによじ登った。その太股を伝う粘液はさっきよりも多く、エッジを受け入れるのを待ちかねているような風だった 相変わらずランプは灯ったままだった。 柔らかい光は物の輪郭を判じる程度に室内を満たしており、ベッドに仰向けに横たわるタタンの上に覆い被さるエッジの姿は影絵となって、壁にゆらゆらと映し出されていた。 「じゃ、行くよ……」 「うん……」 タタンが小さく頷くのを認めてから、エッジは腰をゆっくりと沈めてゆく。お互いのそこが触れ合う湿った感触に、それだけで背筋がぞくぞくと震える。 「ん……」 くちゅり、と小さな体を押し開くようにして入ってくるものに、タタンが軽く呻き声を上げる。大きく息を吐き出しながら、不安げな瞳でエッジを見上げ、どちらからともなく互いに手を握り合う。そして、もう入りきらない所まで腰を押し進める。 「……痛くない?」 「う、うん……」 強く内側から押し広げられるような感覚に、タタンは息を荒くしながら答える。そして、エッジはゆっくりと腰を動かし始めた。 「……あ、ふあ……っ」 あくまでゆっくりとした動きだが、それでもタタンは快感の混じった吐息を漏らした。エッジは息も荒く、一杯まで引き抜いては、再びそれを押し入れるという動きを繰り返す。 初めこそはタタンが辛くないようにと大人しい動きを努めていたが、それも快感の波がエッジの思考を飲み込んでゆくにつれて、次第に激しいものへと変わってゆく。 「んうっ、ぅ……」 タタンは熱を帯びた体の奥深くをこねくり回されながら、必死に漏れそうになる嬌声を抑える。抑える分だけ快感は増すように感じられ、一層タタンは高みへと昇り詰めてゆく。 「…………」 しかし――なんの前触れもなしに、突然エッジの動きが止まった。 「……え?」 とろんとした表情で怪訝そうにエッジを見上げるが、構わず彼はタタンの体内からそれを引き抜いた。 突然の事に何が何だか分からなかったが、エッジは構わずにタタンの体をくるりと反した。力が入らずにくたりとした腰を後ろから抱え上げる手の感触を感じた次の瞬間――タタンは後ろから貫かれていた。 「んぅああああっ!」 さっきとは違う角度で押し入れられたそれに、思わずタタンの口からひときわ大きな喘ぎが漏れた。それでも、エッジの腰の動きは容赦なく、タタンの中を抉っていく。 「んあっ! あぅっ! ああっ!」 腰が打ち付けられるたび、意志とは関係なしに声が出てしまう。シーツに手を付いて上体を起こそうとするが、後ろからエッジの体が覆い被さり、体の前の方を手でまさぐられて力が抜ける。 乱暴とも言える手つきで胸を撫で回され、時折指先がその先端を摘んだ。 「やだっ、エッジ……っ、おかしくなっちゃ……ひゃん!」 途切れ途切れの抗議の声は、肩甲骨のあたりに落とされた口付けで遮られた。何ということは無い場所のはずなのに、タタン自身信じられない程の快感が背筋を駆け抜けた。 おまけにこの格好では自分とエッジが繋がっている部分がちらちらと見えて、突かれるたびにぬるぬるした液体が太股を伝って漏れ出てくる様や、自分の中でエッジが動く卑猥な音が鮮明に聞こえてしまう。 「やっ、やあぁ……っあ、あぅ」 後ろから突かれ、愛撫され、背中や肩を吸われながら、もはやタタンの口から漏れる喘ぎは悲鳴に近い声量になっていたが、それを自制するだけの思考はもう持ち合わせていなかった。 シーツを握り締める手は汗ばんで、下ろした髪を振り乱し、喘ぎを挙げる口からは唾液がだらしなく零れている。 エッジも時折短く呻きながら、普段の彼からは想像もつかないような強引さでタタンを責め立てる。 「っ、だめっ……だめ……はぁっ」 何度も焦らされて、そして責められて、タタンは限界の極みにあった。体の奥底から湧き上がってくるような快感が、急激にこみ上げて来るのを感じる。 一人で自分を慰めるような時には加減のしようもあろうが、今その手綱を握っているのはエッジだった。自分ではコントロールしようがないという不安が、一層タタンを煽り立てる。 「あっ、あはっ、やっ、あああああぁぁっっ!!」 何度目かに一番奥深い箇所を突かれたときに、遂にタタンは限界を迎えた。意識が真っ白に染まるような、背筋を頭に向かって駆け上がるような快感を感じながら、自分の中に入ったエッジのものが一瞬膨らんだような気がした。 「……っく!」 押し殺した呻き声の後、エッジが抑えていたものが、堰を切ったように溢れ出した。 タタンの中で熱いものが爆ぜる。それは脈動しながら流れ込み、腰を抱え上げられているために漏れ出る事なく、絶頂の痙攣に導かれるようにしてさらに奥へと流れ込んでくる。 「っは……あぁ……ぅ」 そのぬるぬるとした液体の温かさを体の中に感じながら、タタンは放心したような声を出した。ありったけの精液を注ぎ込んだエッジの体が覆い被さって、その心地よい重みを背中に受けながら……しばらくの間、タタンは息を喘がせていた。 「……エッジって結構激しいんだね」 「…………っ」 汗で濡れたシーツにくるまって寝そべりながら、タタンは開口一番そう言い放った。事が済んだ後で、隣に横たわるエッジはやはりいつものエッジで、タタンの言葉にいたく傷付いたようだった。 いや、傷付いたというよりは、むしろ図星を突かれた上に自己嫌悪を感じているようだった。 「ごめん……良くなかった?」 そう訊かれると、今度はタタンが赤面して沈黙してしまうのだった。正直な所を言うと――ものすごく気持ちよかったのだが――はしたないと思われそうで言い出せなかった。 油の切れかかったランプの光が弱弱しく揺らめき、時折部屋が暗闇に沈む。そんな中で、タタンは突然思いついたようにこう切り出した。 「ねえ、まだしてみたい事があるんだけど……いい?」 この上まだ何かするというのか。エッジはそう思ったが、その首は縦に振られていた。 「手出して」 「?」 「そっちじゃなくて、左手」 言われるままにエッジが左手を差し出すと、タタンはそれを掴んだ。そして自らの頭を二の腕のあたりに持っていくと、それを枕代わりにした。 「…………」 「えへへへへへ」 「……これがやってみたかったこと?」 「そうよ。だってその……終わった後って、こうするんでしょ?」 そう言うタタンの口調には、女の子が性をロマンチックなものとして見る時の純粋な憧れの色が混じっていた。エッジはなんとなく嫌な予感を感じた。 「……もしかしてさ」 「うん?」 「このまま寝るの?」 「だめ?」 タタンが悪戯っぽく問い返す声には、抗いがたい響きが秘められていた。部屋に戻らないとエッジは厄介なことになる。朝起きた時に主人の姿がなかったら、アーノはどうするだろう? 多分親方に知らせて、家中探し回って、そして捜索の手はもちろんこの部屋にも―― そんなイヤな想像を膨らませていると、タタンがエッジの体にそっと腕を回してきた。お互いにまだ裸だったが、既に欲情を覚えるだけの精力はエッジに残されていなかった。 「……タタン、」 「おやすみっ!」 全てを遮るような一声。そしてタタンは目を閉じて、お気に入りのぬいぐるみを抱いて眠る女の子のように寝息を立て始めた。 今しがた自分と体を重ねたばかりとは思えない程あどけないその寝顔に、エッジは何もかもがどうでも良いような感じを覚えた。それにひどく眠たかった。 ベッドの脇のテーブルに置かれたランプに手を伸ばすだけでも気だるさを覚えた。苦労してつまみを回し、灯芯を引っ込めると、頼りなく揺らめいていた炎は今度こそ完全に消えた。 「……おやすみ」 暗闇の中でそう呟くと、エッジも目を閉じた。 翌朝。 タタンより遅れて目が醒めたエッジは、他の家人が起き出す前に部屋に戻ろうと大急ぎで身繕いを済ませて、足音を忍ばせて廊下を通り、階下の居間へと降りた。 「ん……?」 階段を下りると、いつもの朝と同じように、カレーの匂いが立ち込めていた。居間のテーブルにアーノが腰掛けているのを見て少しどきりとしたが、あのぼんやりした護衛獣には昨晩の事を言い訳するのはあまり難しい事ではないと、エッジは考えた。 「あ、ご主人さまです」 アーノがそう言って顔を綻ばせる。その声を聞いて、台所に立っていたタタンがひょっこりと顔を出した。いつもと違って髪の毛が下ろされていたのは、朝の忙しさで後回しにされた訳ではなさそうだった。 なんだか嬉しくなって、エッジは知らぬうちに頬が緩んだ。 「おはよう、タタン」 直後、タタンが手にしたおたまが左頬を直撃した。 訳も分からずに尻餅をついたエッジを見下ろして、タタンは顔を真っ赤にすると、こう叫んだ。 「ばかぁ――――っ!」 そして「行くよアーノっ!」と言ってアーノの手を取ると大股で居間を横切り、それこそ風をまく勢いで家を出て行ってしまった。 何が何だか分からずに、エッジはただ呆然としているしかなかった。 「――我が家はそう安普請じゃないんだがな」 突如背後から響いた囁くような声に、エッジは凍りついた。 「それでも、廊下挟んだ部屋の物音くらいなら聞こえてしまうんだ」 親方だった。 エッジはまるで処理落ちしたポリゴン映像のような動きで振り向くと、背後に立つ親方の、いつもと変わらぬ細い眼を見た。そして、その後ろに立って一言も発しないオルカの姿を見た。 立て続けの驚愕に思考を麻痺させながらも、とりあえず思いついた質問をぶつけてみた。 「……聞こえてたんですか?」 「つぶさに」 頭を抱えたくなったが、体が強張って動かなかった。 だいいち、恐ろしくて視線を片時も逸らせなかった。 「タタンにそれとなく訊いてみたんだが、面白いくらいに動揺してたよ。……で、まあお前に訊きたい事も色々あるんだが、」 親方の手にはでっかい斧が、オルカの右手には恐ろしげな唸りを上げて空転するドリルが握られていた。 「とりあえずイチから説明してもらおうか」 ところ変わって、クリーフ村にある小さな池。 エッジを殴り倒してきたタタンが池のほとりに腰を下ろし、その膝の上に連れ出してきたアーノをちょこんと乗せ、その明るい緑色の髪の毛をわさわさと撫でている。 「……はぁ」 溜息一つ。 「――タタンさん?」 「ん?」 問い掛けるアーノの声には、不安そうな響きが含まれていた。 「ご主人さまとケンカしたですか?」 「ん――。そういうわけじゃないんだけどね」 そう言うと安心したのか、アーノがふに、と子猫のような柔らかい笑みを見せた。タタンはその無邪気な表情を見ながら、エッジと自分にはこれくらいの子がいても良いんじゃないか、というような事をふと考えた。 「ねぇアーノ」 「はいです」 「もしわたしがアーノのお母さんになったら、どうする?」 アーノは、きょとんとした表情を見せた。 「ボクの、ですか?」 「そ」 「おとうさんはどうなるですか?」 「お父さんは……エッジかなぁ」 「ならいいです!」 なんだか歯切れの悪いものを感じないではなかったが、タタンは素直にその言葉を喜ぶ事にした。たとえアーノ自身が、自分の言葉通りに行くならばエッジとタタンが夫婦になるという事を理解していないにせよ。 アーノの頭をいい子いい子と撫でると、アーノはくすぐったそうに頭を振った。 「……あとはエッジが無事かどうかかなぁ」 タタンが誰にともなく呟いた直後、家の方からエッジの悲鳴が聞こえたような気がした。 よく晴れた温かい日だった。 おわり 目次 |
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