妖姫新妻(未定)奮闘記 9「あれ? 今日はカレーじゃないの?」 「え? はいそうですが」 キッチンへ飛んできたラジィちゃんは、まるで其処にある筈のものが無いよ? という表情で、私へ向き直りました。 「カレーでしたら昨日クリュウさまが…」 「あちゃー、予想外れちゃった」 「予想って何が?」 クリュウさまが振り返ります。その手にはヘラとボウルが握られ、サラダを混ぜていらっしゃった様です。あくまでもクリュウさまはカレー以外の料理は専門外ですので、そこは簡単な物をお任せしています。私はクリュウさまの手料理ならどんなものでも頭を噴火させて美味しく頂きますが。 「実はね、ボク昨日の夜アニキの家の前まで来てたんだけど…」 「「!」」 クリュウさまのヘラを回す手が止まります。私もキッチンナイフを手から滑らせそうになりました。危ない危ない。…にしても昨日の夜といえば、まあクリュウさまと“そういう事”をしていた時刻でしょうか。 その時にラジィちゃんが家の前まで? それは、もしや… 「まあサナレがアニキの家から飛び出していったから、結局出直したんだけど」 カクッとクリュウさま共々ずっこけました。ちょっとシンクロ? って言ってる場合じゃないですね、はい。 「ええっと… それで、昨日何しに?」 クリュウさまがいち早く立て直してラジィちゃんに問います。強いです。個性的で七者七様(現在は欠員三名)な鍛聖様方の脱線しがちな会議でも軌道修正に一役買っているそうです。リンドウさまも最終決定の一言以外は聞く側に徹しているそうで… 現在はテュラムさまやルマリさま、コウレンさま等の比較的ハト派な鍛聖の方々しか在席していない為か、穏やかに会議は進んでいる様子です。 それでもタカ派たるウレクサさまやルベーテさまがいなくなった現在は余りにも会議進行が遅い時があり、妥協案で終わってしまう事が多いです。その妥協案を出すのは大抵クリュウさま。以前はサクロさまで、さらにその前はシンテツさまがその役割だったそうです。 聡明ですが職人気質な鍛聖が行政していてこの街は本当に大丈夫なのかと心配になっても、有事の際はキチンと動く皆様を見る辺り、杞憂なのでしょうが。 ああ失礼、また話が飛びかけました。ラジィちゃんもずっこけた私達を少し心配そうに覗き込んでいましたが、話を戻す様ですので私も耳を傾けましょう。 「ああそうそう、昨日アニキの家の料理が何かだけ確認しにきたんだ」 「料理?」 クリュウさまが首を傾げました。話が見えない様です。 「だって昨日カレーだったら、今日は一晩寝かせたアニキのカレーが食べられると思って」 …クリュウさまが『ああ成程、やっと合点がいった』という顔になりました。 ラジィちゃんやサナレさま、ヴァリラさまにもクリュウさま特製のカレーは振舞われた事があります。当然、皆様には大好評でした。 大人ぶりたいお年頃のお二人はともかく、ラジィちゃんは真正面からクリュウさまのカレーを絶賛していました。それこそ臆面も無くお代わりをする程。 「それで昨日換気扇からカレーの匂いがしたから、期待してたんだけど…」 ラジィちゃんはそう言って少し項垂れました。恐らくご馳走になった時の覗いた寸胴のカレーの量から、二食分程余計に作っていると思ったのでしょう。 ああ…何か気まずいです。 「そっか、じゃあ今から作ろうか」 え? 「ホント? 作ってくれるの!?」 あ、ラジィちゃんの目に星が沢山…… 「うん。スパイスはまだあるし、三人前ならなんとか…」 ま、まあ作れますけど。ん? …何か嫌な予感が 「じゃあボク見てたいな! アニキ位美味しいの作ってみたい」 え? いや待ってラジィちゃん、スパイスは確かにありますが… 「あ。具が無いや、魚か野菜でもあれば…って他のに使っちゃったか」 はい、お肉なら僅かにあるんですが…ってことは、誰かが買いに…… 「ごめん、シュガレット…おつかいお願いしていいかな」 「…やっぱり私ですよね」 こ~~~んチクショ~~~~~~~~~~~~~(再) 「シュガレット、ちょっと溜息吐いてた…ごめんアニキ」 「いや、僕よりシュガレットに謝った方がいいと思う」 シュガレットは落ち込んでいたが、クリュウの頼みとあっては断れず、食材を買いに出掛けた。閉店時間までは僅かに猶予があり、疾風の如く飛んでいった(文字通り)。 僅かに残っていた肉をクリュウが一口大に切り分け、ラジィは寸胴とスパイスを引っ張り出している。別の意味で気まずい雰囲気となってしまった。 「ま、まあ僕もちょっと作りたかったんだ。昨日の今日だけど」 ラジィの瞳から消えていた星が、僅かに光りだした。 「…ホント?」 「うん、昨日はなんだか味付け失敗しちゃってね。あんまり美味しく出来なくって」 「そうなんだ、よかった」 笑みが彼女に戻ってきた。クリュウがホッと息を吐く。 「ところでアニキ、スパイスの分量ってこれでいいの?」 「ん、ちょっと待って…よし、どれどれ」 一通り肉を切り分けたクリュウが、色とりどりなスパイスの山を見渡す。その中で、白い粉山を見つけた。 「これ…だったかな?」 「あれ、間違えちゃった?」 「いや…色は合ってるんだけど、何か粒の形が違うような……」 試しに入っていた容器を持ってきて貰う。軽くつまみ、舐める。 「甘、苦い…?」 「甘いの? ボクにも舐めさせて」 そう言ってラジィが手を入れ、指の腹に付いた分だけ口に含む。 「ちょっとラジィ、勝手に ドクッ 「…!!?」 「アニ……キ?」 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ 「……ぅ…あ」 全身の血管から凄まじい熱波を彼は感じた。思わずその場にうずくまる。 ふと、近くでドサッと音がした。 「あ、にき…」 胸が煮え繰り返りそうな中、顔を上げる。そこには、 「は、は、あ、あ…あついよお」 今にも己の服を全て剥ぎ取ろうとして、肩紐を下ろし、小麦色に焼けた肌の上に綺麗な鎖骨の線を見せる少女がいた。 「ら、ラジい…何をッ!?」 グゥンッ ただ猛スピードで全身を廻っていた自分の血流が、変わるのを感じた。足から上り、頭や腕、胸から下へ流れていく。 気付けば、屈んだまま立てなかった。 「アニ、きぃ」 少女が何時の間にか近くに這ってきていた。耳元で少年を呼ぶ。いつも聞きなれた愛称を、切なげな、甘ったるい声で。 気付けば少女はベルトを外し、押さえを無くした彼女のトレードマークたる山吹色の衣は、重力でずり落ちている。発展すらしていない胸元がちらちらと覗く。よく見ると黒い布が後ろに落ちていた。スパッツだと解るのに随分掛かった。 「あにき、ボク、まえから…はあ、あにきに、聞きたかった事があるんだぁ」 発信源が受信先に近いからか、直に脳髄で声が反響している。一つ一つ言葉を切り、語尾が伸ばし気味なせいもあるのか、朦朧とした頭でもしっかり判別出来る。 「ラ、ジィ………な、に?」 途切れ途切れだが、正確に伝達される様に、震える唇を叱咤する。 「ボク、オンナノコ、らしくない、のかなぁ……?」 「…え?」 はっはっという荒い呼吸音と鼓動の中、聞き分けた彼女の言葉。普段の彼女らしさなど微塵も無い。酷く怯えた口調。 「ボ、ク、ぜんぜ、んむね大きく、ないし、背もの、びないし…」 「うん……」 「サナレ、とか、シュガレ、ットとか、みんなかわいいって、女のボクも思うし…」 「うん…」 「ボクは、おしゃれとか、よくわかんないし、こどもだってヴァリラにも言われたし……ボク…」 スン……スン……… 「うん………?」 気が付けば、座り込んだまま彼女を抱きしめていた。耳元で囁く声が聞こえなくなったので、肩に乗せていた彼女の頭を離し、顔を合わせる。 泣いていた。ぼろぼろ、ぼろぼろ、大粒の涙と、少しぐずりながら、鼻を垂らしていた。顔は真っ赤で、俯いて、其処には彼女の最大の魅力たるものが、“笑顔”が消えていた。 「……いいんだよ、ラジィ」 「ずっ……え…………?」 顔を合わせなかったラジィが、ぐずりながらクリュウを見上げる。 「いいんだよ、ラジィはラジィ。だから……」 「あに…!」 ぎゅっと抱きしめる。強く、強く。 「笑ってよ、ラジィは、笑ってると凄く“可愛い”よ」 「!!!……ク、リュウ…」 大雨の跡はまだあるが、既に降ってはいなかった。その野原には、また向日葵が咲き誇っていた。 ガチャッ バンッ 「クリュウさま! 申し訳ありませんがお魚はもうありませんでした! 野菜、な…ら……」 「「あ……」」 尤も、新たな黒雲がそこへと到達しかけていたが。 ピキーン 「こ、この感覚は…ッ!?」 仕事が数日振りに一段落し、久しぶりに入った行き付けの酒場で頼んだ酒がやっと来て、さあ煽ろうとしていたブロンは新型の如く“何か”を感じ取った。顔はどうも旧型のソレだが。 「間違いねえ、この俺の知らない所で……彼女が…」 ガタンと席を立つ銀の匠合を纏める男。その只事でない様子に何人かが振り返り、ざわめき出す。 「アマリエさんが俺の話をしてくれてるな!? いや絶対にそうだ!!」 なんだいつものか、今日もオツカレー、という声が聞こえ、振り返った者達が飲みに戻る。この店…否、街では見慣れた光景故か。 「今日は控え目にしとくかと思ったが、こりゃ飲まずにはいられねえな! んぐっ…ぶはぁっ、おいマスター! 追加だ追加!」 ジョッキを一飲みしガハハと豪快に笑う男の様は、果たして主婦の話の種になるかどうかはさておき、今宵もワイスタァンに人知れず小さな嵐が吹こうとしていた…… To be continued. 前へ | 目次 | 次へ |
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