将来の旦那様と… 1「お、終った…」 「終りましたね…」 「つ、疲れた…」 厨房で仕事に忙殺されていたライ達から安堵の声が漏れる。明日の為の仕込みが終ったのである。 「あ、アンタ…これいつも一人でやってるの?」 「いや…時々ポムニットさんにも手伝ってもらってるけど…基本的には一人だな…コーラルも今ラウスブルグに戻ってるし」 「へぇ…でもさ…エラい繁盛してるわね…」 「ミュランスの星に載ってしまったらこうもなりますよ。お嬢さま」 普段ならばこの時間帯は一人で仕込みをしている筈なのだが、金の派閥の勉強会も一段落したリシェルが、その金の派閥に出張に行っているテイラーがいないのをいい事に夜遅くまで手伝っていたのだ。 それに伴い色々な事で心配であるポムニットも残業をしてくれた。 ライとリシェルは食堂のテーブルに腰掛けると、朝から働き詰であった身体をリラックスさせる。 「お前も自分のことで大変なのに。手伝ってくれてありがとな」 「いいって別に。どうせ後1週間も休みがあるんだし…そ、それに…ア、アンタと少しでも…一緒にいたいし…」 「は?最後の方なんか良く聞こえなかったんだが、何て言ったんだ?」 「え?ああ!なんでもないの!なんでも…」 「?」 ハァ…と溜息をつくリシェルに、相も変わらずこの手に関して鈍臭いライは頭を傾げる。 「でもよ、オーナーがいないからって本当に大丈夫なのか?帰って来てるルシアンとか他の使用人とかに心配されねぇか?」 「…どうかしらねぇ」 「あ、それなら大丈夫ですよ」 と、そこにポムニットが煎れてきたお茶を二人に渡すなり、間に割り入るように言った。 「ありがと、ポムニットさん。で?それはどういうこった?」 早速、ポムニットからお茶を受け取るとその意味を聞き返す。 「ちゃんと皆に伝えてあるって事ですよ。それに将来どうせ一緒になるんだからどうこうしてもって言ってましたし、お坊ちゃまも義兄さんが出来るから嬉しいと」 「ぶっ!げほっ!げほっ!」 「ポムニット!」 いきなり意味深な発言をされ、思わず咽たライと慌てるリシェルにポムニットはニヤニヤしている。 「あ、でも別にお嬢さまではなく、わたくしとでもいいんですよ?」 「ポ、ポムニットさん!?」 「なななな!?」 いつの間にか後ろからポムニットに抱擁されたライは、動揺を隠せずに顔を赤くしている。 そして、それを目の当たりにしているリシェルも、怒りと嫉妬で顔が真っ赤であった。 「わたくし…ライさんになら何をされても平気ですし…むしろ何かされちゃいたいですね~」 「じょ、冗談はよしてくれよ!」 「わたくしは本気ですよ?何なら今日の夜…ベッドでお互いの体温を確かめ合いながら、色々とお話しでもしましょうか?」 「あ、あぅ…」 ちろりと耳朶を舐められ、甘く囁かれる誘惑の言葉にライは言葉が詰まる。それよか後頭部に当たるポムニットの服越しに感じる柔らかい胸が抵抗を薄れさせる。 「ポムニットぉッ!」 度の過ぎたライへの誘惑にリシェルの怒りが最高潮に達した。我を忘れている彼女は、まだお茶が入っているコップをポムニットに向けて投げつける。 「お、お嬢さま!?」 「ふごっ!」 だが、その凶器は狙ったポムニットではなく、直線状にいるライの頭部をを直撃した。 コップの威力は申し分なく、地面に散らばったコップの破片と、ライの額の大きな腫れが物語る。 「あ…ライ…」 「ラ、ライさん!」 「う…うぉ…」 見る見るうちに顔が青くなっていき、今どういう状態なのかを認識できない。 ただ、リシェルとポムニットが大慌てで、自分の名前を呼んでいるのは何となく分かる。だが、それもまどろむ意識の虚空に消えていった。 ライの私室。彼がプライベートで使っている部屋であり、寝起をする場所でもあった。 「大丈夫かな…」 「大丈夫ですよ。ただ気を失って寝ているだけですから」 額に濡れタオルを当てられベッドに横たわるライを、事の発端であるリシェルが心配そうに見つめる。あれから数時間経って深夜になっているが、二人は屋敷には帰ろうとせずライを看取っていた。 「でも、お嬢さま…あれはなんでも危なすぎですよ」 「うぅ…だって」 「だってじゃありません!打ち所が悪かったらライさんは大変なことになっていたんですよ!」 「ご、ごめんなさい…」 厳しめに叱咤するポムニットに、自分がしたことを改めて痛感するリシェル。 「ふぅ…わたくしに謝ってどうするんですか…。ライさん本人に謝らなくちゃダメですよ」 「わ、分かってるわよ!起きたらちゃんと謝るわよ」 「なら、この話はもうここまでにしましょ。それより、これからどうするんですか?」 「どうするって?」 置かれている状況を把握していないリシェルに、ポムニットは大きく溜息をついて頭を悩ませていた。 「な、何よ…その落胆は…」 「お嬢さま…外を見てくださいまし」 呆れた様子で窓を指差すポムニットに言われたまま、リシェルは窓の外に目をやるが、何がなんだか分からず頭を傾げる。 「外がどうしたっていうの?」 「はぁ…本気で言ってますか?もう外は真っ暗ですよ。ほら、町の明かり一つもないくらいに…」 「あ…」 やっと事に気づいたりシェルは阿呆みたいに口を開けている。その姿を見たポムニットも更に落胆の色を示していた。 「今帰ってもお屋敷の玄関は閉まっているでしょうし…他の入り口もメイド達が締め切っていると思いますよ?」 「…」 「そこで、ここにお泊りしちゃうっていうのはどうですか?」 「お、お泊りって…ちょ、ちょっと待ちなさいよ!言ってる意味分かってるの!?」 「はあ。理解してるつもりですが…」 ポムニットの非常に大胆な発言に思春期のリシェルは頭の中で、お泊りから来るライとの色々なことを妄想してしまい真っ赤になっていた。 「アアアア!アンタねぇ!ライと!いいいい、一緒の部屋でなんて!」 「お嬢さま?誰が?いつ?ライさんと同じ部屋で一緒に眠るなんて言いました?」 「…へ?」 「ですから、宿として使用している部屋をお借りするんですよ」 「ああ、なるほど…そ、そうよね!そうしよっか!」 今度は勘違いで恥かしくなるリシェルは、なんとか誤魔化そうとしてるが後の祭りであり、ポムニットにクスクスと笑われていた。 「…それはそうと…むぅー?」 何か気づいたのか、怪訝な顔でポムニットの周りをうろちょろするリシェルは、犬みたいに鼻をクンクンとしながら何かをしている。 「汗臭い…」 と、一言。 「はい?」 「ポムニット…汗臭いわよ…」 「はぅ!…そ、そんな突拍子もなく言わないで下さいまし…!そ、それにお嬢さまだって…」 「え…うっ…確かに…否定できないわね」 言葉のとんぼ返りを喰らって、図星だったリシェルが項垂れた。朝から晩まで身体を動かしていれば当然であろう。 「どうせ部屋も借りちゃうんですから、お風呂も借りてもよろしいのでは?」 「うーん、このまま汗臭いわけにもいかないしね…」 「じゃあ、決まりですね」 「な、何してるの?」 突然、ポムニットに両腕を掴まれてリシェルは驚く。対する本人はリシェルに不敵な笑みを送っていた。 「何って…それは、お風呂に向かうんじゃありませんか」 「え、一人ずつじゃないの…?」 「はい。別々に入ったらお水やら燃料が単純計算で二倍になってしまうじゃないですか」 「で、でも!アタシは…!」 「そんな気にすることでもありませんよ?ちょっと前までは一緒に入っていたじゃありませんか」 ささやかな抵抗をするものの、ポムニットの力の前では無力であり、床をズリリリリリリと引きずられていく。 「いやぁぁぁ…!」 「そんなに怖がらなくても…ちゃんとお身体の隅々まで洗って差し上げますから…!」 ニタリ…と口元が釣り上がるポムニットに最大の恐怖を覚えるリシェル。 「やぁぁぁぁー!助けて!ライ!ライィィィィ!」 絶叫であった。リシェルはそのままポムニットの魔の手に捉えられ、ライの私室から強制送還される。 リシェルは今、ポムニットと共に秘密の花園へと旅立っていった。 「ん…」 額に違和感を感じるというか痛みがある…。リシェルの旅の始まりとすれ違うように、長い意識の旅に出ていたライが今ようやく現世に帰還した。 「ふわぁ~」 ベッドから上体を起こすと大きな欠伸をして、まだぼやけている視野で周りを見渡すと、そこには見慣れた 自分の部屋の風景が広がっていた。 「あれ…?何でここにいるんだ?…痛ッ!」 はっきりしていない意識の中、はっきりとしている痛みが脳を刺激する。 「あー…そっか…リシェルの奴にやられたんだっけ…」 段々と鮮明に蘇ってくる記憶。リシェルに投げつけられたコップが、額に直撃した瞬間をはっきりと思い出す。 「ちっくしょー…いきなりコップ投げてくるか?普通…」 誰に言う訳でもなく独り愚痴を零しながら、まだほんのり腫れあがっている額を擦る。 ふと、視線の先に毛布の上に転がっている濡れタオルがあるのに気づき、もう一方の手でそれを拾った。 「ま…ちゃんと手当てもしてくれたし…アイツの事だから内心申し訳なさそうにしてんだろうな…」 窓の外、もう帰っている筈のリシェルとポムニットのいるテイラーの屋敷を見る。 「アイツ、明日どんな態度で来っかな…くくっ」 腐れ縁の幼馴染のことであるから大抵のことは分かっていた。 それにライも大して怒っていない。いつものことだったなのか、リシェルにとばっちりを喰らっていたちょっと昔を思い出して逆に苦笑していた。 「…さてと…目も冴えちまったし、風呂でも入ってくるか」 いくら忙殺されている身であってもお風呂に入る。これだけは絶対に外せないことであった。 食料を扱う仕事であって自身も清潔を保たなくてはならないし、何より疲れを癒しリラックス出来るのが至福の時でもあるからだ。 「風呂入ったら今日の支度して…」 着替えを持って部屋を後にするライは、今日の予定をブツブツ言いながらお風呂場へと向かって行った。 帰っている筈の二人がいるとも知らずに。 つづく 目次 | 次へ |
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