堕竜のおよめさん霧散する意識を繋ぎ止めるモノがあった。か弱く、かぼそく、親を求め泣く幼子のように頼りなく強固な何か。誰か。声。どうか、と。帰ってきて、と。自ら零した盆の水が巻き戻り掌へ還ろうとする。 享けようと伸ばした手は、異形。力が欲しくて望んで成った。この手を伸ばす資格はもう無い。なのに声は縋る。いかないで。いかないで。終わったから。一緒にいるから。 ギアン、と。 名前を中心に意識が再構築される。唯その名を名を呼ぶ声だけを頼りに本来輪廻の輪に加わるはずだった魂は今一度肉の身体を得て――― 「―――ギアン!」 淡い瞳が此方を見ている―――泣き腫らして、また涙を浮かべて、なのに嬉しそうに――― 『……エニシア』 「おかえり、ギアン」 そうして半妖精の少女は、竜に至れず異形と化した男の、ヒトとワイバーンをぶつけて捏ね合わせた造作の巨体に、幾何学模様を描く血色の鱗に、躊躇いもなく抱きついた。 ラウスブルグの城の一角、特に使用されることもなく埃の溜まった広間に、堕竜ギアンは小さな部屋ほどもある身を横たえた。しんと静まり返った空気が鱗越しに冷たく響く。 ただ一点、華奢な少女の寄り添う場所だけが暖かい。 『……エニシア、そろそろ戻った方がいい』 堕竜の声帯はヒトとは異なる。苦労しながら紡いだ声は、以前のギアンとは大分様変わりしていた。 「ううん。ギアンと一緒にいる」 『エニシア、私は……』 「わたし、ギアンとずっと一緒にいたいの。 今だけじゃなくて、ずっと、ずっとっ」 ギアンは息を呑んだ。 被膜の張った腕の下で見上げてくるエニシアは、最後の戦いに際してギアンを説得しようとした時と同じく真剣な、その時よりも泣きそうな顔をしていた。 「ギアンと戦うことになった時、思ったの。『将軍』や『教授』や『獣皇』、ラウスブルグの皆がいて、竜の子たちと―――あの人とも仲直りして、誰とも戦わなくても良くなっても、 ギアン。 ギアンがいないと、わたし、すごく寂しいよ……っ」 縋る身体の柔らかさを感じるには、堕竜の鱗は厚すぎた。しゃくりあげる熱だけが確かに在る。 頭を撫でる為の手が使えないのはこんなにも不便だ。 『……こんなに変わってしまっても?』 自虐だ。 「ギアンは、ギアンだよ」 『はは』 背を震わせ笑う。畸形の翼が空気を叩いた。 『君を裏切った私に、そんな事を言うのか?』 「それでも!」 半妖精の少女の張り上げる声に、堕竜が身を竦ませた。単に彼女にしては珍しい大きな声に驚いたのか、それとも続く言葉を予想したのか。 「名前を呼んだら、帰ってきてくれた……ギアンは、ギアンだよっ」 淡い色の瞳から涙が溢れる。 「わたしの声に、ちゃんと応えてくれた……ギアンは、わたしのっ、大事な家族だよ……」 ―――エニシアに関するひとつの記憶。 エニシアの父親は、古妖精である妻―――エニシアにとっての母親が妖精界に去った後、外界への関心を失い唯己が不幸を嘆きながら死んだとか―――幼い娘を残して。 薄暗い家の中、ぼんやりと虚空を見上げる男の幻影。 必死で呼びかける幼い少女にも、男は応えない―――単なる想像。少女の痛みも、絶望も。 「やめて」と懇願しても止めてくれなかった祖父。 無様に泣く少年にも、彼は応えない―――これはギアンの記憶。ギアンの苦痛も、憎悪も、ギアンのものでしかない。 それでも、他人から『無いもの』の如く扱われる痛みを、置いていかれる恐怖を、ギアンもエニシアも知っていたはずではないか。 真直ぐに信頼と好意を寄せられる、その温かさも、それがどれ程貴重なのかも知っていたのに。 己が歪んだ巨躯を見る。 そうだとしても、あの時の自分は憎しみを選ぶしかなかった。自分には憎悪と復讐しかなかったから、それを否定されれば本当に『無くなってしまう』しまう気がした。 それを。 他の誰に拒まれても。 『エニシア。君だけには……僕は、否定されたくなかった』 同じ響界種の、同じ痛みを抱えた少女に、受け入れて欲しかった。 「ギアン……」 『今は分かっている。僕の遣り方じゃあ遅かれ早かれ破綻が来ただろう』 力でねじ伏せれば、その分反発は強くなる。他者から奪ったツケは何時か支払わねばならないのだ。 「ギアン」 小さな手が硬い皮膚を撫でる。 「今からじゃ、ダメかな」 手は優しく。温かい。 「今から、たくさん話して、お互いのことを知って、ちゃんと『家族』になるの。 お願いだよ、ギアン……わたし、ギアンと『家族』になりたい」 ずきりと胸が痛んだ。 家族。その単語が持つ甘さと温かさと、遠さに、叫びたくなる。 『今から?』 「今から」 何時の間にか、ギアンの頭はエニシアの近くへと垂らされていた。エニシアは眼球の横、耳にあたる部分に顔を寄せ囁く。 「遅くなんかないよ。きっと、大丈夫だよ」 本当にそうなら、いい。 エニシアよりほんの少しだけ長く生きているギアンは、エニシア程に世界を信用できない。けれどそうなれば良いと、心から思った。 目蓋を下ろし、エニシアの腕へと頭を傾ける。体重の関係で預けることは不可能だが、意図は伝わったはずだ。 エニシアは少しだけ驚いて、そっと巨大な頭を抱いた。 「わたし、ギアンのお嫁さんになりたいな」 ……淡い体温にまどろみかけていたものだから、危うく聞き逃すところだった。 『エニシア?』 「『将軍』がお父さん、『教授』がお祖父さん、ローレットたちがお姉さんで、グランは弟なの。それで『獣皇』とクラウレがお兄さんで」 エニシアの頬に朱が昇る。 「……ギアンが、お婿さんならいいなあって思ったの」 特別な『家族』 他人なのに、一番近い『家族』――― 『それは―――嬉しいな』 「本当?」 『ああ』 特別だと言われるのは、大切に思われるのは―――特にエニシアから想われるのは、嬉しい。 「お嫁さんに……してくれるの?」 答えは決まっていた。 誓いのキスは、エニシアがギアンの口元に唇を寄せて。閉じても牙が剥き出しになるの為やもするとエニシアを傷つけてしまいそうでギアンは及び腰だったが、結局押しきられてしまった。 触れるだけの、ままごとのようなキスだった。 「ギアン……」 それでもエニシアの目が潤んでいるのがいじらしくてならない。 「次、は?」 『は?』 「ええっと、ね、新婚さんの、初夜はどうしようか」 『なっ?!』 嗚呼ままごとでは終わらないらしい。 『何処でそんなことを覚えたんだ?!』 「そ、そのくらい知ってるよ。あ、でもギアンが眠れるくらいに大きいお布団ってあるのかな……」 寝具の問題ではないのだが。 「あ、横になったらわたし潰されちゃうかな。ギアンは寝相いい?」 『エニシア、落ち着くんだ』 『僕は、堕竜だ』 エニシアが口をへの字に結ぶのが見えた。 『人間と堕竜では違い過ぎる……こればかりはどうしようもない。それに堕竜に生殖機能は―――』 あった。 「ギアン?! どうしたの、あ、ごめんなさい、わたしっ、そんな困ることを言うつもりじゃなくてっ」 『……いや、エニシアの所為じゃない……今でなくとも気づいただろうし……』 エニシアのことを考えて、生殖機能のことを考えて、有体に言えばエニシアとセックスすることを考えた途端。 ずるりと音を立て性欲と生殖器の所在が明らかになってしまった。この素直さが別の場所で発揮されていればもっと違う道が歩めたろうにと、股間の生殖孔から這い出た生白い生殖管を感じつつ遠い目になる。 理性の悟り具合とは裏腹に、生殖管は交尾の相手を求めてうねる。恥ずかしくて消えたい。 エニシアが気づいてまじまじと見つめてくる段になると「消えたい」から「死にたい」に微妙にランクアップした。 固まるギアンを前に、エニシアはぎゅっと拳を握り、 「ん―――しょっと」 ごそごそギアンの腹の下へと潜り、生殖管へと近づいた。 「あ……すごい、ね」 生殖管は白く滑らかな肉で出来ていて、太いホースのようだった。但し太さはエニシアの太腿くらいはあり、先端が窄まっている。 エニシアが、思い切って手を伸ばす。両手で幹の上部を包むと、びくりと揺れた。 「痛かった……?」 『いや……触られているのは分かるんだが……』 快感やそれに類似するものは感じない。 エニシアの手が困ったように撫でさする。酷くこそばゆい、中途半端な感触だ。 そうして真綿で包まれるような鈍い時間が過ぎて――― エニシアの手が生殖管の先端に触れた時、それはキた。 さわりと全身をわななかせるギアンに、エニシアは驚き身を離す。 「痛かった?! ごめん、ごめんね、ギアン」 しかしギアンは首を横に振る、ぶん、と空気が掻き回された。 感じたのは電流にも似た鋭い快さだった。生殖管から腰骨を通り脊髄を逆流する快楽に、背の翼が後方に伸びる。性感帯が全部先端に集まっていると言われても信じてしまう。 エニシアはといえば、乏しい知識を総動員してどうするべきかを考えた。 痛いわけではないらしい。 でも手だと苦しそうだ。 ……手では、硬すぎるのだろうか? 手よりも柔らかくてエニシアが今使えるものといったら――― 先端から快楽が生まれる。 先程より深く、奥底から抉られる―――善すぎて、動けなくなってしまう、動いて快楽を零してしまうのではないかと不安でそうではなくて単に駆け上がる感触が気持ち良過ぎるからで、 「ふっ……くんっ……」 エニシアが、舐めていた。 小さな口に、含んでいた。 ……エニシアが、ギアンの生殖管を、しゃぶっていた。 視覚情報が延焼剤になり快楽はより明確に。脳に送り込まれ、熱さと冷たさが交互にきて、根元にナニやら溜まるのが分かる。 まずいと呼びかけるより先に。 「ギアン……どうしよう」 見上げるエニシアの顔は、上気し、蕩ける寸前だった。 「ギアンに気持ちよくなって欲しいだけだったのに、わたしも、変に……」 それはきっと生殖管から発するフェロモンか何かの効果なんだよいやあ堕竜の生態は興味深いね―――なんて、分析する余裕なんてこれっぽっちもあるわけがなく。 「きゃあっ!」 生殖管がエニシアの腹を、脚を伝い、長い裾をめくり先程とは逆にルートを昇って目的の場所へと辿り着く。 ほんの十数分前までは動かし方どころか存在すら知らなかったのに、適応能力とは素晴らしい。 思考は甘い喘ぎに上書きされる。 下着の上からずりずり先端を擦りつけると布越しに濡れてくるのが伝わった。一部固い場所を刺激すると、小さな身体がびくんっと跳ねる。 「ふ……あ、やあっ、ギアン、ギアンっ」 限界だった。どちらも。 下着を無理矢理ずらし、生殖管の先でエニシアの入り口とその上の肉芽をすりあわせて。 エニシアの身体が弓なりに反る。 同時に下腹部から生殖管を熱い物が通り抜け、 「うあ―――」 僅かに開いただけの膣口めがけて勢いよく吹きつける液体に、エニシアは最後に一度、名を呼んだ。 終われば床はべったり濡れて、エニシアのドレスも負けず劣らずの有様で、でも身づくろいや掃除をするには疲れすぎていて、結局二人は全部を後回しにして眠ることにした。 「明日……掃除しないとだね……」 『手伝おうか……?』 「うん……お願い……」 どうやって手伝うのかは全く考えていないが、まあ何かあるだろう。今夜もどうにかなったように。 そして、境界の子らは寄り添い眠りにつく。 どうか。今夜も、明日も、明後日も。そのまたずっと次の日も。 『家族』と一緒にいれますようにと願いながら。 おわり 目次 |
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