Happy time Refrain 3夢を見る。ときどきどこまでも都合の良い夢を夢想してしまう。それはありえるはずの無い未来図。 その夢の中にはいつも二人の女の子がいた。一人は紫色の髪のヘッドセットを頭につけた女の子。 もう一人は亜麻色の髪のウサギの帽子を被った女の子。同じ年頃の娘だ。紫髪の女の子は大人しそうで、ウサギ帽子の女の子はとてもヤンチャ。紫の女の子はいつもウサギの女の子に虐められて泣かされている。 すると其処へ拳骨が飛ぶ。弱いもの虐めをするなとウサギの女の子と同じ髪の色の女性が出てきて叱る。 そこへ今度は紫の髪の色の女性もあらわれる。殴るのはやりすぎだと言ってウサギの女の子を庇う。 すると二人はそのまま口論になる。そんな母親達の様子に紫の女の子は困り果てておろおろする。 ウサギの女の子は自分が悪かったから喧嘩しないでとわんわん泣きじゃくる。そうするうちに今度は白い頭の男性も其処へ現れる。娘二人は縋りつくように父親の足元に駆け寄る。ママ達を止めてと急かす。 するとパパは二人の娘に優しく微笑みかけながらその頭を撫ぜる。大丈夫だと。ママ達は喧嘩じゃなくてああして二人でじゃれ合ってるんだと宥める。そうしてパパは娘達を連れてキッチンへと向かう。 パパお手製の仲直りの美味しいお菓子。一緒につくろうと娘達を誘う。すると二人の娘は無邪気に喜ぶ。 そうしてしばらくしてからじゃれ合いを終えたママ二人も帰ってくる。それを出迎えるパパと娘達の笑顔。 それと甘くて美味しそうな匂いのお菓子。ママたちもニッコリと微笑む。そんな幸せすぎる未来図。 最初の頃はただの憧れで笑って済ますことができた。ありえない。ありえるはずが無い。だからこそ夢。 無理に望むことはない。今の幸せ。大好きな二人の幸せな姿。それを見守り続けるという尊い幸せ。 なくしたくはない。なくしてはいけない。だから望んではいけない。今のままで満足しなくてはいけない。 そう意識したとき、夢想はかえって強く自分の中で膨らんできた。愛しい二人。本当に愛しい二人。 二人の幸せが自分の幸せ。二人が幸せでいてさえくれれば自分も幸せな。それが自分の真実。 その真実の殻が少しずつ内側から食い破られていく。それをひしひしと感じる。怖い。たまらなく怖い。 今のこの幸せを自分の手でなにもかも壊してしまいそうでたまらなく怖い。閉じ込めよう。 この気持ちは魔物。自分と愛しい二人から幸せを根こそぎ奪い去ってしまうとてつもない魔物。 けれど抑えきれない。顔に、態度に出てしまう。出てしまったら二人に気づかれてしまう。 そうなったらもうおしまいだ。笑ってなくちゃいけない。二人の前でいつも通りの自分でいなくちゃいけない。 それまで当たり前にあった自分の顔。気がつけば仮面になっていた。普段どおりの自分。 今まで自然に振舞ってきたことが自分の中で偽りになっていく。嫌だ。たまらなく嫌だ。今までの自分でいたいのに。 二人の事を心から笑って祝福できる自分でいたいのに。返して。お願いだから返して!わたしの笑顔を返して!こんな仮面じゃない本当の笑顔を返してっ!心の中で何度も叫んだ。けれど仮面と化した笑顔の下にはただ泣きじゃくるだけのひたすらに弱い自分がそこにあり続けた。 突如飛び出したあまりもの台詞。それを言ったリシェル本人さえもが当惑を隠しきれないでいる。 チラチラと泳ぐ視線。ライとポムニットの顔を交互に見る。ライは思ったとおり固まったままで、ポムニットは胸を押さえたまま小刻みに肩を震わす。 「リ、リシェル……おまえなに言って……」 数秒の間、硬直からようやく解けてライは口を開く。が、すぐに眼で制される。リシェルの視線。 その真剣な眼差し。声に出さなくても意味は分かる。今は自分に任せろという意思表示。 「っ………………………」 その眼力にライは従った。今のこの状況。つまりはリシェルとポムニット。そして自分。三人の問題。 たぶん自分の出番はもう少し後なのだろう。そんな予感がする。だから今はリシェルに任せる。 それが最良のものであると信じて。ポムニットの運命の変わったあの日の夜が丁度そうだったように。 そんな視線を介した二人の意思疎通。確認した後、リシェルはポムニットに視線を移す。 「ポムニット……」 名を呼ぶ。するとビクリとポムニットは反応する。額から流れる汗。拭いながら大急ぎで仮面をつける。 いつも通りの自分。陽気でちょっぴり悪戯好きな小悪魔メイドの面を。 「な、なんでしょうか?おじょうさま♪」 狙い済ましたかのようにいつも通りの笑顔だった。チクリ。針のような傷みがリシェルの胸を刺す。 「おじょうさまったら本当にご冗談がお上手になられて。危うく心臓が止まっちゃうかと思いましたよぉ」 そのままの調子でメイドは喋りだす。張り付いた仮面の促すままに。 「でも、ダメですよぉ。あんまり性質の悪い冗談をおっしゃっては。ほらほら。ライさんも困ってるじゃないですか」 ライを指差しながら窘めるように言ってくる。陽気に。茶目っ気たっぷりに。いつも通りのポムニット。 そのキャラクターを押し通そうと必死に。見ていて痛々しい。 「冗談じゃ……ないわよ……」 「えっ?」 「冗談なんかでこんなこと言わないわよ!あたしっ!」 「っ!!」 その痛々しさが癇に障ったのかリシェルの語気は自然と強くなる。キッと追い詰めるような視線。 睨みつけながらポムニットに近寄る。にこやかな面持ちの仮面にはいくつものひび割れが無数にはしる。 「我慢……してるんでしょ……さっきからずっと……あたし達がするの……見てて……」 にじり寄りながら核心に触れる。ピシリ。仮面の一部が崩れた。 「ううん……今だけじゃない……もっと前から……たぶん……あたし達が付き合うようになってからずっと……」 ピシピシ。砂細工のように仮面の破片はボロボロと零れ落ちる。にじり寄るリシェル。こんなにも近く。 もう逃げられない。 「お、おじょうさま……随分とお疲れになられたんですね……今日はもうゆっくり休みましょう……」 それでも取り繕うとする。歯噛みするリシェル。わななく両手。その手で肩を掴む。そして気を放つ。 「わかるわよっ!そのぐらいっ!どれだけずっと一緒にいたと思ってるのよっ!このアホメイドっ!」 はしる怒声。粉々の仮面を吹き飛ばす。仮面の下の素顔。もう隠せない。 「ち……違います……おじょう……さま……わたくし……わたくし……そんなんじゃ……」 微笑みの面の下にある素顔。それはどこまでも弱々しく。 「そんなんじゃないんです……えう……そんなんじゃないんですっ!……ひぐっ……そんなんじゃ……そんなんじゃ……そんなんじゃっ!……えぅぅぅ……うぐっ……」 そしてどこまでも泣き虫だった。ボロボロに泣き崩れながら否定の言葉を繰り返す。 「……幸せなんです……わたくし……おじょうさまとライさんが幸せでいてくれれば……それだけでっ!」 そうして泣きじゃくりながら搾りだす言葉。それもまた偽りの無い本心ではあるのだけれど。 「幸せなのにっ!それだけで幸せだったはずなのにっ!なのにっ!」 それでも心の奥で望んでいたそれ以上。許されるはずがないのに。望んでも辛くなるだけなのに。 だからずっと押し込めてきた。けれど押さえつければ押さえつけるほど気持ちは膨らむ一方で。 「わたし……嫌だよぉ……」 抱え続けた気持ち。それを誤魔化すための仮面。それももう崩れた。 「おじょうさまを……裏切りたくなんかないよぉ……わたしのせいで……二人の幸せ……壊したくなんかないよぉ……」 崩れた仮面の下から零れ落ちるのは弱い言葉。とめどなく漏れる。 「それなのに……それなのに……なんでわたし……うぇっ……うぇぇ……」 心が心を裏切る。真実なる思いがこれまた真実なる想いによって打ちのめされる。 好きだからずっと幸せでいて欲しい。けれど好きだからこそ自分も同じように愛して欲しくなる。 愛し合う二人の姿。それに満たされていた一方で覚えた。自分が二人に置き去りにされてしまうような寂しさ。 そんなことあるわけが無い。二人はちゃんと自分に感謝してくれる。自分のことを大切に想ってくれている。 そのことを言葉で態度で何度も示してくれている。それなのに自分はそれで満たされないでいる。 自分で勝手に作った心の壁。途方もなく高くなっている。止めて。わたしを一人にしないで。響く嘆き。 どこまでも虚しく弾きかえってくる。二人の幸せが愛しい。けれど切ない。たまらなくなる。 介添えとしての営みへの参加。それで自分を慰めていた。愛し合う二人の手解きをする。 それによって自分も一緒に愛し合っている気分になれる。おじょうさまを身体の芯まで深く抱きたい。 ライさんに自分を隅々まで犯して欲しい。そんな淫らな欲求を二人の営みを介して満たしていた。 なんてあさましい自分。けれど同時に戒めでもあった。自分はあくまでもサポート役。 二人がより良く結ばれるための潤滑油。それが自分の役割。そのことを強く心に刻み付けていた。 そうすることで保ってきた自分の中のバランス。けれどそれももう。 「馬鹿……」 そんなポムニットにリシェルは呟く。噛締めた奥歯。わななく腕。吐き出す。その思いのたけを全部。 「馬鹿っ!馬鹿よっ、あんたっ!!何で言わないのよっ!自分が苦しい思い……辛い思いしてること……なんであたしに言ってくれないのよっ!馬鹿!馬鹿っ!馬鹿ぁぁぁっ!!ポムニットの大馬鹿ぁぁぁっ!!!」 気を吐くリシェルの瞳も涙に覆われていた。零れだす大粒の涙。嗚咽交じりでポムニットを見つめる。 「言えるわけ……ないじゃないですか……おじょうさまに言えるわけなんてないじゃないですかっ!」 するとポムニットも言い返す。リシェルの気にあたられてかポムニットの語気も強くなる。 「おじょうさまに嫌われたくないからっ!おじょうさまに辛い思いをさせたくないからっ!ずっと我慢してきたのにっ!」 抑え続けた気持ち。その箍は外れた。爆発する感情。ポムニットはぶちまける。 「好きなんですよっ!あなたのことがどうしようもなくっ!自分のことなんて二の次にしちゃうぐらいにっ!大切で大切でしょうがないんですよっ!だから苦しいんじゃないんですかっ!おじょうさまのわからずやっ!!」 「それが馬鹿だって言ってんのよっ!!それでなんであたしがあんたの事を嫌いになるのよっ!どうしてあたしが辛い思いすんのよっ!あたしを舐めるのも大概にしときなさいよっ!このアホメイドっ!」 ぶつけ合う感情と感情の押収。溜め込んできた気持ちと気持ち。取り戻すかのように激しく。 「じゃあ平気なんですか……おじょうさまは……ライさんが御自分以外の女(ひと)を抱かれても平気なんですかっ!」 そうして突く核心。ポムニットの反撃にリシェルの顔色が変わる。 「おじょうさまが平気なはず……ありません……それに……そんなのライさんにも迷惑です……だから……言えるはずなんてなかったんです……こんな……こんな……えぅっ……えぅぅ……」 そのままポムニットはまた泣きじゃくった。もう終わりだ。壊してしまった。もう元の三人には戻れない。 仲睦まじい二人を応援する自分。そんなささやかな幸せ。無くしてしまった。なにより尊い幸せだったのに。 壊したのは自分。二人の前で仮面を被り続けられなかった自分のせいで。泣きじゃくり続けるポムニット。 うずくまったその身体。その肩に小さな手が触れる。 「平気じゃ……ないわよ……」 それはリシェルの手だった。ポムニットの肩を撫でながらリシェルは続ける。 「平気じゃない……けどね……ポムニットっ!」 「おじょうさま……っ!?」 ギュムッ!刹那、肉を締めつける擬音が響いた。抱きしめられる。ポムニットの身体。リシェルによって。 「そんな苦しい思いをあんたにさせてる方があたしは平気じゃないのよっ!ポムニットっ!!」 「っ!!」 抱きついたままリシェルはその頭をポムニットの胸に擦り付ける。そして。 「なんでよぉぉぉっ!なんであんたがそんな辛い思いしなくちゃいけないのよぉぉ!!あんまりじゃないっ!不公平じゃないっ!うあぁぁぁぁぁぁあああああんんんんっ!!」 「おじょう……さま……」 そのまま泣き出した。ポムニットの胸の中で子どものように。 「ごめん……ごめんねぇ……ポムニットぉぉ……」 零れる涙。顔を擦り付けたポムニットの胸を濡らす。熱い水滴。 「あたし……あんたの気持ち……なにも考えずにずっと……あんたに甘えて……うっ……うぅっ……」 泣きながら悔やむ。自分の最も身近で大切な存在に。切ない思いをずっとさせてきたことに。 「違いますっ!おじょうさまはなにも悪くありませんっ!悪いのはわたくし……ですからっ!」 抱きしめ返す小さな身体。とても柔で繊細な感触だった。その温もりを確かめながらポムニットは。 「どうか……泣かないでくださいまし……泣かないでくださいまし!……泣かないでくださいましっ!」 こちらも涙をボロボロ零しながら叫び続けた。覚える既視感はあの夜と同じ。 「あたし……好き……あんたのことが好き……もうどうしようもないってぐらいに大好き……」 そうして泣き濡れながら伝える自分の気持ち。 「ずっと傍に居て欲しいよぉ……傍で笑っていて欲しいよぉ……毎日小言ばかりでもいいから……」 零れだす言葉はどれも自然に湧き出る。それでもまだ足りないばかりに次々と。 「幸せでいて欲しいよぉ……あんたが幸せじゃなかったら……あたしも幸せじゃないから……苦しい思いなんてもう……あんたにして欲しくないよぉ……これからはずっと……一緒なんだから……」 染み入る言葉。一つ一つ。そのどれもが真なる想い。硬い殻を突き破って芯まで響く。 「だって好きなんだもんっ!あんたのことが大好きなんだもんっ!好きで好きでしょうがないんだもんっ!あんたが幸せになれるんだったらあたしっ!どんなことだってできる!命だっていつでもかけられるっ!あんたのためになんだってしてあげられるっ!あんたがいつもあたしにしてくれてるみたいにっ!」 「……っ!!?」 飛び込まれた胸の中。モゾモゾと動く小さな頭。ヒクヒクと。伝わってくる。熱い涙。零れてる。 ポロポロと止め処なく。自分の瞳からも落ちている。胸の中の亜麻色の頭の上に何滴も。 「うっ……うぅっ……えぐっ……ポム……ニットぉ……」 「おじょう……さま……」 零れだす涙。土壁に染み入る。自身の中に勝手に作った心の壁。そんな壁なんて容易く。 「おじょう……さまぁぁ……」 愛している。愛してきた。世界中の誰よりも深く。このかくも愛しいおじょうさまのことを。 けれどずっと忘れていた。自分が愛していると同時に。 「おじょうさまぁぁああっ!!!」 自分もまた愛されているのだ。世界中の誰よりも深く。一方通行なんかじゃない! 愛している。愛されている。最も尊い絆の形。自分は既に手にしていたのだ。とっくの昔に。 「おじょうさまっ!おじょうさまっ!!おじょうさまぁぁぁっ!おじょうさまぁぁぁああ!!!」 それに気づいた瞬間、ぎゅっと強く抱きしめたいた。この世界で一番愛しいおじょうさまを。 この世界で一番自分を愛してくれるおじょうさまを。 「ポムニット……ポムニットぉ……ポムニットぉぉ!うぁ……うあぁぁぁぁああんっ!!」 「おじょうさま……おじょうさまっ……おじょうさまぁぁぁ!!えぅ……えぅぅぅぅうう!!」 互いに泣きながら交わす抱擁。その肌の温もり。そして涙の温もり。なんて温かい。 忘れていた。本当に自分は馬鹿だ。心によぎった甘い夢想よりも確かな幸せ。 こんなにもすぐ傍にあるのに。今もこうして。こんなにも近く。 「ポムニットぉぉ……」 「おじょうさまぁぁ……」 そのまま抱き合い、泣き続けた。体温と涙が介する心の交わり。確かに解け合う。なんて尊い。 そんな時間を堪能しあった後で。 「っ…………ライさん……」 見やるとライがすぐ傍にいた。抱き合い泣き合う自分達の傍らで。優しい瞳で見守っていてくれた。 いつか描いた夢想の中の彼よりも優しく。包み込むような眼差しで愛しく。 「ライさん……お願いします……」 見つめられながら吐露する。素直な自分の気持ち。もう隠すのはやめよう。 「よろしければ……抱いてください……わたくしも……おじょうさまと一緒に……」 そうして踏み出す最初の一歩。終わりを告げるこれまでの自分達。けれど、これからはじまる。 新たな自分達への一歩をポムニットは確かに踏み込んだ。 ずっと考えていた。二人のやりとりを傍で目にしながら。つまりは自分にとってのポムニット。 彼女がどんな存在であるのかを。 (ポムニットさんのことは好きだ……それは間違いない……けど……) それはリシェルに対する好きとは違う。燃え盛るように互いに強く恋焦がれるような好きとは別。 どちらかといえば家族に対するそれと同じ感情。実際、彼女は家族のようなものだった。 リシェルとルシアン、それに自分の三人とっては一番身近な姉のような存在。そして親友でもある。 そんな彼女を抱く。想像したこともなかった。確かにこれまでも彼女から性的な奉仕を受けたことがある。 それでもいざ抱くとなるとなにか特別なことに思えた。 (抱ける……のか?オレは……ポムニットさんを……) ポムニットを抱く。その行為に対する背徳感。世間の倫理もあるだろう。しかし一番はリシェルのことだ。 リシェルを裏切りたくない。だから論外なはずだ。けれど今はそのリシェルが自分に望んできた。 (リシェル…………) リシェルがそう言った気持ちは分かっている。普段は焼餅妬きな彼女。浮気をしようものなら殺されかねない。 そんなリシェルが自分にポムニットも抱いてと頼み込む。すごく切実な気持ちだ。それほどまでに大切なのだ。 ポムニットのことが。ポムニットがリシェルに対してそうであるように。 (オレは……) そうなると後はポムニット、そして自分自身の気持ちだった。リシェルが許し。ポムニットがそれを望んだとき果たして自分はポムニットを抱けるのかを。問いかける。自分の気持ちを。 (ポムニットさんは大切な人だ……) 自分にとっても。リシェルにとっても。絶対になくしたくない掛け替えのない人。だから抱く? 彼女の抱える苦しい思いを解き放つために。なにかが違う気がする。 (ポムニットさん……) リシェルと結ばれたあの夜、ポムニットは自分にこう言った。ただの哀れみや同情からその気もないのに気持ちに応じるのは結局、自分にとっても相手にとっても不幸なことでしかないのだと。 だから自分がポムニットを抱く理由。それが一時の哀れみや同情であっては決していけない。 ましてや自分の性欲の為になんてのは論外だ。それら以外に自分がポムニットを抱く理由。 果たしてあるのか?真に問いかける。 (どうしろってんだよ……) 悩む。悩みぬく。彼女を抱かないと言う選択肢もある。この場の空気にはそぐわないだろうが長い目で見ればおそらくそれが賢明な選択。けれどそれを安易に選ぶ気にもなれなかった。 それは何故か?考える。そして頭をよぎる。特別と言う言葉。 (ポムニットさんは……オレ達にとって特別な人なんだ……) 大切な人なら彼女の他にもたくさんいる。今は隠れ里に帰省しているコーラル。帝都にいるルシアン。 日夜、駐在としてこの街の平和を守っているグラッド。いつも美味しい野菜を提供してくれるミント。 旅に出た恩師のセクター。口やかましいけど本当は親身になって自分達のことを考えてくれるテイラー。 そして苦しかったあの戦いを一緒に乗り越えてきた仲間達。その誰もが自分にとって大切な存在だ。 そんな彼らとポムニットを心の中で比べてみる。大切な人に優劣なんてない。けれどその中でもやはり特別な人というのは確かに存在する。今の自分にとってリシェルがそうであるように。 (…………………………………) 考える。大切な人で特別な人に自分はどうあって欲しいか。幸せでいて欲しい。そんなのは当たり前だ。 じゃあどうすれば幸せになって貰えるか?そこに模範解答はない。その答えは自分で見出すものだから。 (………………………っ!?) そうして辿りつく。その答えに。気がつけば簡単なことだった。心が決まる。 それはおそらく正しいことではないのだろう。不細工な答えだ。けれどもう決めた。 今、自分の胸の中にあるこの想い。それだけは間違ったものじゃないと信じているから。 自分の心が決まれば後は彼女次第。リシェルと肩を寄せ合い、抱き合って泣きじゃくるポムニット。 そんな彼女の自分への望み。それへの答え。もう決まっている。 「ライさん……お願いします……」 そうして彼女は告げる。自分の願いを。まっすぐにこちらを見つめながら。 「よろしければ……抱いてください……わたくしも……おじょうさまと一緒に……」 散々、悩んだ末に出した自分の中の結論。それを告げる。この大切な女(ひと)に。 「ポムニットさん……」 口を開いた瞬間、彼女は僅かに身を硬くした。緊張と不安。解き放つためにその続きは早く。 「オレもポムニットさんのことを抱きたい」 葛藤の上に出した自分の結論。ポムニットの望みに対してライはそれを迷うことなく口にした。 ポムニットを抱きたい。そんな台詞がライの口から出てきたとき確かな胸の痛みをリシェルは覚えていた。 納得はしていた。そもそも自分から言い出したことだ。ライがポムニットを抱く。それが抑圧された想いからポムニットを解放するただ一つの方法であると。けれど。 (ライ……) 平気じゃなかった。自分でも言ったようにそれで平気ではなかった。ライ。ずっと想い焦がれてきた幼馴染。 結ばれてから積み重ねてきた幸せの記憶。他の誰にも渡したくない。ずっと自分だけのライでいて欲しい。 そんな気持ちがリシェルの胸に溢れてくる。切ない。この上なく切ない気持ち。 「オレ……」 続く言葉。ふいにリシェルは身を硬くした。今までに自分だけに囁かれてきた愛の言葉。それがポムニットにも囁かれるかと思うと苦しくなる。さっと身構えた。どんな続きにも耐えられるように心を強く。 そうして不安とともに迎える続き。ライの口から出る次なる言葉は。 「リシェルの事が好きだ!」 「…………へっ!?」 それは予想外の言葉だった。リシェルは目を丸くする。するとライは続ける。 「好きだ。大好きだ。この世界の誰よりも愛してる。もうリシェルのいない人生なんて考えられないぐらい好きだ。リシェルの顔をたった一日見てないだけで気がもどかしくなっておかしくなる。そんなぐらいに大好きだ」 「ちょ……なっ!?なに言ってんのよあんたっ!!正気!?ねえ、ちょっと!?」 てっきりポムニットに向かって囁かれるかと思っていた愛の言葉。それを自分に対して告げられ当惑する。 ポムニットを抱きたい。それなのに自分のことが好き?何を言っているんだコイツは?わけがわからない。 「リシェルとセックスしてるとき、オレ……すっげぇ幸せな気分になれる。もう死んでもいいぐらい幸せな……オレとエッチしてるときのコイツ……すげぇ可愛い……普段、素直じゃねえくせに……いや、だからこそ余計にそそられてる!こいつとのエッチ……すげぇ気持ちいい!もうこの世のものとは思えないぐらいに!」 「っ~~~~~!!!!何言ってんのよこの馬鹿ぁぁぁあああ!こらぁぁぁぁああ!止めろぉぉぉおお!!」 ますます調子付いてあらぬ事を口走るライに真っ赤になってリシェルは怒鳴りつける。 ライも自分で言いながら真っ赤になっていた。この上ないほどに恥ずかしい台詞。口早にまくしたてる。 もう一生いわねえぞ。こんなみっともない台詞。たぶん。 「だけど……そんな風にオレが今……コイツと……リシェルと一緒に幸せでいられるのは……」 しがみついて羽交い絞めにしてくるリシェル。適当に制しながらライは続ける。今の自分のこの想い。 その核となる部分をポムニットに。 「それはみんな……ポムニットさんのおかげなんだ!」 「っ!?」 告げる言葉。感謝の気持ち。それは改めて口にする程のことではないのかもしれないけれど。 「ポムニットさんがいてくれたからオレ……リシェルへの気持ちに気付くことができた。ポムニットさんがオレ達のために頑張ってくれるからいつもオレとリシェルは幸せでいられる。みんなポムニットさんのおかげなんだ。リシェルと一緒にいてすげぇ幸せな気分になれるのも。リシェルとエッチしてすごく気持ちよくなれるのも。全部、ポムニットさんがいてくれたからなんだ」 「ライ……さん……」 それでもライは口にした。ポムニットが自分達にとって掛け替えのない大切な人であること。 ポムニットがいるから自分達が幸せでいられること。そのことを言葉で直接ポムニットに伝える。 それは必要な事だから。例え心で通じ合っていても人は直接的な何かを求めてしまうものだから。 「オレも……リシェルも……ポムニットさんにはいつだって感謝してる……だから……オレ……」 悩みぬいて出した答え。出来の悪い不細工な答えだ。決して正しい解答なんかじゃない。 それでも告げる。辿りついた回答。自分自身の素朴な気持ちを。 「ポムニットさんにもオレ達と一緒に気持ちよくなってもらいたいんだ!」 「……っ!!」 一気に吐き出した台詞。それを言ったライの顔は紅潮していた。上気している。湯煙のような熱気。 それを立ち上らせながら続けて言う。 「ポムニットさんにも感じて欲しいんだ。オレ達がいつもポムニットさんのおかげで感じてる幸せを。ポムニットさんとも一緒に気持ちよくなりたいんだ。オレ達にとってポムニットさんは一番大切な人だから。だからオレ、ポムニットさんを抱きたい。ポムニットさんとも一緒に幸せになりたい」 「………………………」 葛藤の末に辿りついた自分の真実。それは大切な人と一緒に悦びをわかちあいたいという素直な気持ちだった。 こんな形での悦びの分かち合い。決して褒められることじゃないのだろう。ただの爛れた性欲とどこが違う? そう突っ込まれたならば返す言葉もない。けれどそれでも思う。これは一時の同情や哀れみなんかじゃない。 嗤いたいならいくらでも嗤え。大切な人を幸せにしたいんだ。大切な人と一緒に幸せになりたいんだ。 その気持ちさえあれば十分だ。この気持ちは決して偽りのものじゃないのだから。 「ライ……」 そんなライを見つめリシェルは呟く。胸に刺さった棘のような痛み。ライがポムニットを抱くことへの抵抗。 消えたわけではない。けれどそれを包み込むような温かさ。胸に灯っている。 「ポムニット……あたしも気持ちよくなりたい。あんたと一緒に気持ちよくなりたい。一緒に幸せになろう。ポムニット。あたしとあんたとコイツと三人でさ……」 そうしてリシェルも伝える。素直な自分の気持ちを。自分にとって誰よりも大切な人と。 一緒に幸せになりたいという純粋な想いを。 「ライさん……おじょう……さま……」 そんな二人の温かな気持ち。それに触れたポムニットの目からは涙がポロポロと零れだす。嬉しかった。 誰よりも愛しい二人から誰よりも大切に思われていること。二人のために尽くしてきたこと全て。 ちゃんと二人に感謝されているということ。頭ではわかっていたけれどようやく肌で感じることができた。 人の心は弱い。信じてはいてもそれを信じ続けるためになんらかのアクションを求めてしまう。 それを自分のために。この二人はこうして。 「えぅ……えうぅぅぅ……」 そして何より嬉しいのが二人とも悩んだ上で自分の答えを出してくれたこと。ただ場の空気に流された訳でも、自分への同情や哀れみでもなく。どうすれば自分達三人が一番幸せになれるのかを考え抜いて答えを出してくれた。 ライとリシェル。二人の幸せが自分の幸せ。これまでずっとそうだった。けれど。 (わたくしの幸せが……お二人の幸せでも……あるんですね……) 幸せは与えられるだけのものじゃない。与え合うものなんだ。いつか辿りついた回答。ずっと忘れていた。 けれど思い出させてくれた。この二人が。もう二度と絶対に忘れない。 「そういうことでいいか?ポムニットさん。ポムニットさんが望むものとは違うのかもしれねぇけど……」 この手の事には不器用な二人が自分のために考え抜いて出してくれた答えへの返答。 そんなものは一つしかない。そう。ただ一つ。 「えぅ……えうぅ……は…い……」 嗚咽でしゃくり上げながら縦に振る頭。頬に涙を垂らしながらそれでも表情は笑顔で。 「それで……いいです……いいえ……それが……いいです……わたくし……わたくしも……えぅぅ……」 涙交じりの声はつまる。それでも二人はじっと聞いてくれている。自分の返事を。 だから言おう。ちゃんと最後まで。 「わたくしもお二人と一緒に幸せになりたいです……ライさん……おじょうさま……よろしくおねがいします……」 そうしてポムニットはにっこりと微笑んだ顔で望みを伝える。その顔はもう仮面でもなんでもない。 ポムニットが生まれ持った自然な最高の笑顔だった。 (続く) 前へ | 目次 | 次へ |
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